163 玉藻 悪の女幹部から味方魔法少女に(フォト絵)
「うああああああ」
九尾が叫び声をあげた。悲痛な声だった。
「おのれええええぃ!」
バリン
パァァァァァァ!
光が満ちた。黒九尾の黒き闇が、光の奔流に呑まれ四散した。そして……、金色に輝く巨大な狐が、九尾の金狐が現れた。
しかし金狐は見る見る間に小さくなり、小狐ほどのサイズとなった。そして……、落下し始めた。
「あ!堕ちる!ん♡」
タッ
パシッ
剣奈は力を失い落下する金狐を、その小さな体を空中でキャッチした。そして。
「ん♡」
タッ
両足で空中を蹴った。剣奈の身体がどんどん海岸に近づいていった。
ズザザザザザー
剣奈は両足で速度を落としつつ、海岸に着地した。その胸に幼体化した小さな金狐を抱えて。
「おい!そいつを下ろせ!とどめを刺す!」
玲奈が金狐に銃口を向けた。
剣奈は静かに首を横に振った。
「玲奈姉、お願い。この子……、邪気に無理やり憑依されてただけみたいなんだ。闘ってたボクにはわかる。この子、ボクと、ホントは闘いたくなかったんだ」
剣奈は優しく金狐を撫でた。金狐は力を使い果たしてぐったりしていた。
「いや!ダメだ!またいつ操られて敵対するかわかんね」
「大丈夫!そしたらまたボクが倒す!」
剣奈が必死に玲奈に訴えた。しかし玲奈は納得していなかった。
「お人好しもいい加減にしやがれ。テメェはそいつに殺されかけた、いや、殺されたんだぞ!」
「でも、この子の意思じゃなかった。そしてこの子はいま、魔王の呪縛を解いた。アニメでもよくあるじゃん?敵の女幹部が、すごく苦悩してて。その子は魔法少女の強敵で事あるごとに立ちふさがってきたけど、魔王の呪縛から解かれて味方の魔法少女になるんだ。この子もそうだよっ」
「はっ!現実とアニメをごっちゃにすんじゃねえ」
キュウウウ
その時、金狐が鳴いた。甘えるような、か細い鳴き声だった。
「うふふ。かわいいよ?この子、ここに残していったら、また邪気にとりつかれちゃうかもしれないもん。ボクたちの世界に連れていきたいな」
キュウウウ
「ついてくる?」
キュウウウ
「うふふ。じゃあ君はきゅうちゃん。きゅうちゃって呼ぶね?」
ブワッ
その時、剣奈の腕から金狐が消えた。そして……、目の前に女性が立っていた。たおやかな美しい女性だった。
◆玉藻前
「ごきげんよう」
「えっ?えっ?きゅうちゃ?」
「そうね。今あなたが私をそう名付けたわ。私はあなたから名をもらった……」
「えええええ?人だったの?」
「そう……、人として生きてきた期間は長いわ……。昔、この地に暮らしてたこともあった……」
女性は懐かしいような、泣きそうな目をして遠くを見ていた。
「それは……、異世界で?」
「いいえ。あなたと同じ世界で生きてきたわ」
「そうなんだ」
「その時、私は藻女と呼ばれていた……。育ててくれた両親からそう名付けられた」
「みずくめ?」
「ええ。海藻のことね。私は船に乗っていた……。でも嵐で難破して……、海に投げ出された。渦にのまれて……、死ぬかと思ったわ」
「そうなんだ……」
「それでね。妖力をほとんど使い果たしたの……。そしてこの地に流れ着いた……」
「大変だったね……」
「そうね。私は浜辺に打ち寄せられて……、気を失っていたわ。藻だらけになっていたらしいの」
「ええええ?」
「うふふ。それで藻女って……。おかしいわよね」
剣奈はどきりとした。藻だらけになった子犬。もし剣奈が拾ったら……、「もちゃん」とか……、言いそうだったからである……
「そ、そうだね。その人は……、嫌な人だったの?」
「いいえ?とても優しい人たちだったわ……。とても……」
女は泣きそうな、懐かしいような、それでいて、とても愛おしそうな顔をしていた。
「じゃあ、ミクちゃんとかのほうがいい?」
「いいえ。きゅうちゃんでいいわ。私はいろんな呼び方で呼ばれてきたから……、別に何と呼ばれても……」
「そうなんだ。なんて呼ばれてきたの?」
「華陽、妲己、ジウウェイフー、藻女、玉藻の前……、たくさん……」
『なんじゃと?ではおぬしは』
「あら?刀さん?そうね。たぶんあなたが想像する通りよ?そして千年、この海底で封じられてきた……。殺生珠に閉じ込められて……」
「ん?どういうこと?」
『大怪異、九尾の狐じゃ』
「あー、知ってる!忍者のお腹の中に封じられてる狐さんでしょ?」
――いや剣奈。それはそうなのだが……。それはとある大人気コミックス、ナル……ゲフンゲフン。
はっ!そう言えばここは鳴門海峡!そうなのか!?
「いいの?きゅうちゃんで?」
「ええ。そう呼んで?愛称は「きゅうちゃん」。名は玉藻。自分では「私」、そうするわ」
「わかった!きまりだねっ!」
「ったく。何でも拾うやつだな。まあ……、アタイもその一つか」
「あら?あなた……」
「玉藻が……、玲奈を見た。その魂を……。大怪異の玉藻には見えた。彼女の……」
「はっ!やめろやめろ。アタイはタダの女だよ。ちょっと変なもんが見えちまうだけの……」
「そうなのね……。わかったわ……」
玉藻は今見たものを見なかったことにした。そして心の中にそっと押し込めた……
『剣奈よ。邪気を封印しようかの?』
「うん!」
『ではまいろう』
剣奈は山に向かって歩き始めた。右手に玲奈、左手に玉藻。両手をつなぎながら。
やがて剣奈は諭鶴羽山の山頂に着いた。鳴門海峡が見渡せた。海は深い青だった。
剣奈は上着を脱いだ。そしてリュックを探した。けれど……、リュックは見当たらなかった。
「あれ?ボクのリュックは?」
「コイツのブレスに焼かれて消し炭になったんじゃねえの?」
「そか……、じゃあ仕方ないね……」
「あら?ごめんなさい。何をされたいの?私にできることはなにかあるかしら?」
「えっと……、禊をしたくて……。水があればなぁって」
「あら?お安い御用ですわ」
玉藻は右腕を天高く上げた。途端に黒雲が現れた。
ポツリ、ポツリ……
ドシャア!
いきなり大粒の雨が降り出した。
カラッ
「これでよかったかしら?」
「あははははは。きゅうちゃ、おかしいの!」
「え?」
「きゅうちゃ!やりすぎだよ!びしょびしょだよぉ!でも……気持ちいい」
「うふふふふ」
「あはははは」
からりと晴れた青空のもと、虹が光った。笑い合う剣奈と玉藻である。苦笑しつつ二人を見るは……玲奈。
そよ風が吹いた。虹はやさしく三人を見守っていた。




