158 休息も修行なり 死に急ぐ若き英雄たち 君よ早世することなかれ (フォト絵)
パシュ パシュ
剣奈の耳にLCP IIの射撃音が聞こえてきた。
「あ!ガスガンの音だ!」
剣奈は音のする方に歩みだした。剣奈の頭は音への好奇心でいっぱいになった。
ガスガンの音。それは山木がガスガンで練習する音だった。山木は幽世での戦闘を経て、(自分の身は自分で守らなければ死ぬ)、そんな気持ちに襲われた。そうして山木は藤倉から借りた東京マルイ製のプロターゲットを使って部屋で射撃訓練にいそしんでいたのである(143話)。
ポトリ
剣気の結晶、霊脈気結晶は……、芝生に落ちた。
――おい剣奈!せっかく作った霊脈気結晶だぞ?苦労してやっと出来たのではなかったのか?出来たらもういいのか?何のために作った?
それにその結晶……たぶん邪気の大好物だぞ?ほったらかしにすると邪気を呼ぶぞ?いいのか?
来国光は、剣奈が芝生の霊脈気結晶をそのままにしてその場を去ろうとしているのを見て慌てた。そして急いで霊脈気結晶を隠し部屋に収納した。
剣奈は音のする方に歩んだ。そして山木がガスガンを撃っているのを窓越しに見つけた。
「山木先生!」
ガラッ
山木は剣奈の声に気づいて窓を開けた。
「おお、剣奈ちゃんか」
「おはようございます。なにをしてるの?」
「ははは。見つかったか。お恥ずかしい……。実は闘いの中で藤倉君と牛城さんが銃を使って黒犬を怯ませているのを見てね……。私もこいつに習熟しなければと思ったんだよ」
「すごい!先生も冒険者なんだね」
「はは……。冒険者か……。私は君の様に敵を倒す冒険に心を躍らせることはもうないよ。正直に言うとね……、怖い。怖いんだ……。しかしね。君が行く異世界には興味がある。とってもね。異世界の地質、そして現世の自然現象に与える影響……」
山木教授
「うふふ。それが冒険だよ。山木先生は賢者だね。魔法使いは前衛には向いてないんだよ。だから……、前衛のボクが山木先生を守るよ!」
「ははは。それはありがたいね。なら魔法使い?賢者?後衛の私は、君が来るまで身を護る手段を持たなくてはね」
「確かにっ!さすが山木先生!頭いい!」
「はは。そうかね。ところで君は昨日、大激戦だっただろ?休養していなくていいのかね?」
「ボク、今まで修行してたんだ。みんなも修行頑張ってるんだね!ボクももっと頑張んないと!」
剣気の結晶化というとてつもない、空前絶後の偉業を達成した剣奈である。しかし本人は全くその凄さに気づいていなかった。来国光は剣奈に提案した。
『剣奈よ。今度はワシが修行する番じゃよ。剣奈は休息の大切さを学ぶべきじゃ。それも修行じゃ。体を休めておかねば、いざという時に活躍できぬ。それは愚かではないかの?』
「はは。邪斬さんの言うとおりだよ。君は今日は体を休めないとね。ほら、今度は邪斬君の番なんだろ?」山木が言った。
「はっ!確かに!さすが山木先生!そしてクニちゃ!ボク……ボク……、あやうくオーバーワークでブラック企業的過労死するところだったよ。次はクニちゃのターンなんだね!ごめん!危うくクニちゃのターンを奪うところだったよ。ボク、部屋に戻って休憩するね!」
発言している剣奈自身、何を言っているのか分かっていない。雰囲気に合わせてそれらしいことを言っただけである。
山木も来国光も、剣奈の言葉にぽかんと口を開いて聞いていた。山木には剣奈の言う言葉の意味は理解できた。来国光には言葉がさっぱりわからなかった。しかしなんとなく意味は通じた。
――子供は親の言葉を意味も知らずに真似る。千剣破大丈夫か!?
「じゃあ私はもう少し練習するよ。剣奈ちゃんは部屋に帰って休んでなさい」
『山木殿の言う通りじゃ!休養もまた修行なりじゃ!』
「はいっ!」
剣奈は建物の壁に沿って歩き出した。裏の芝生からぐるりと回ってマリンサイトの玄関にたどり着いた。建物に入り、階段を上った。そして自分の部屋に向けて歩いていった。
来国光は思った。今朝の剣奈はかなり根を詰めた修行を行ったと。剣奈自身は自覚していないようだが、その精神疲弊はかなりのものだろうと。
――ブラック企業での労働で働く労働者は疲労を自覚していない場合が多々ある。しかし、本人が自覚していなくても疲労は確実に身体に蓄積され続けている。最悪の場合、本人が自覚したときには……、遅い。
来国光は考えた。剣奈は気分が高揚すると寝食を忘れる気質だと。そういう気質の人物は時にとてつもない偉業を打ち立てる。まさに剣奈が今、偉業を成し遂げたように。
そして来国光は知っていた。この気質の人間は……、体を壊してあっけなく死んでしまうことも多いのだと……
来国光は、南北朝期の武将や有力公家のことを思い出していた。彼らが極度の激務の中、労苦や心労にさらされていたことを。
そして……、休む間もなく出陣する彼らの多くが……、若くしてその命を散らしたことを……
(北畠顕家殿(一三一八~一三三八)がそうだった。彼は苛烈な戦乱の中で激務にさらされた。そして無茶を重ねて死んだのだ。
彼の活躍はすさまじかった。十七~二十一歳という若さで奥州総大将を勤め上げた。
しかしその激務と連戦疲労はすさまじかった。結果、彼は疲れ果て、無念の戦死を遂げしまった。
彼が戦死したのはわずか二十一歳であった。和泉国石津(大阪府堺市)の合戦で、奮戦の末に足利尊氏配下、高師直の軍によって討ち取られてしまった。彼は猛烈に突き進み、そして壮絶に散った。若き天才であった……)
来国光はまた別の人物のことを思い返していた。新田義貞殿(一三〇一~一三三八)である。彼は鎌倉幕府を滅ぼした人物として有名である。
今、彼は東京都府中市の分倍河原駅前でその壮大な雄姿を見せている。
――新田義貞。後醍醐天皇の討幕命令を受けて一三三三年に挙兵した人物である。彼は見事に鎌倉幕府を討ち滅ぼした。
彼はその功績をもって新政権(建武政権)で重用された。しかし足利尊氏と対立することになってしまった。
彼は建武政権崩壊後、南朝方の将として各地を転戦し続けた。いかほどの肉体的疲労、精神的疲労であったろうか。
彼はやがて後醍醐天皇の皇子を奉じて北陸へ下った。しかし越前国灯明寺畷(福井県福井市)で斯波高経軍と戦いになった。そして流れ矢に当たって討死してしまったのである。享年わずかに三十八歳。
来国光は思いをはせた。彼らは波瀾万丈の人生を駆け抜けたと。激務と理想の狭間で最後まで戦い抜いたと。
(彼らの生涯はまさに烈火のごとくじゃった。時代を駆け抜け、そして燃え尽きていった英雄たちじゃった)
来国光は思った。剣奈は連戦連戦、闘い続けている。昨日は死の淵にまで追い詰められた。
今、剣奈に必要なのは修業ではない。剣奈には必要なのは休息だろうと。
(今朝の修行で剣奈は空前絶後のとてつもない偉業を達成した。それを口実に強制的に休ませるのも悪くはなかろうよ)
来国光はそう考えひとごこちついた。
剣奈によって作られた霊脈気結晶は、来国光の部屋でいつまでもその存在が保たれ続けていた……




