156 朝日に輝く霊脈気結晶 あまたの失敗を乗り越えて
(一人でやろうとしたことが思い上がりだった……。でも……。オメガバースのクニちゃと二人でなら)
剣奈は朝日に向かって深く礼をした。剣奈は顔を上げた。そして来国光を高く掲げた。
しばらくそのままで祈りを込め、それから来国光を胸の高さまで下げた。
「ん♡」
剣奈は丹田に剣気を込めた。そして。
「んんんんん♡」
静かに。ゆっくりと。細く。指を通じ、来国光の樋に剣気を流していった。
剣奈は初心に帰っていた。飛針を作り出したときのことを思い出していた(71-72話)。
今、剣奈は白黄の飛針をまったく無意識に、瞬時に作り出すことができる。
だからこそ、違った形にするためには、ひとまず基本に立ち返る必要がある。そう考えたのである。
剣奈は、来国光の樋に白黄の光を流しながら、ふと幼い頃のことを思い出していた。
――――
それは千剣破が大好きだったロボットアニメを一緒に見終えた時のこと。
千剣破が優しく剣人に語りかけた。
「剣人、アムルは自由自在にこのポーウェを操っているわ。ニュータイプだなんて言われて、見えないはずの後ろの敵さえビームでやっつけてるわ」
「うん。すごいよね。アムルカッコいい。思うままにポーウェを操縦してるよね」
「まさにアムルはポーウェと同化してるわ。でも……。思い出してみて。アムルが最初にポーウェに乗った時のこと。アムルはマニュアル見ながら操作してた。それでも全然動かせなかったでしょ?」
「そういえば!」
剣人は物語の序盤を思い出した。宇宙衛星が敵におそわれた。凄まじい爆風に包まれて、床が傾き、警報が鳴り響いた。
アムルは必死に格納庫へ駆けていった。そして白いポーウェを見つけた。
「うん。ポーウェを初めて動かした時、アムルは敵に襲われてパニックになってたよね。それで座席にもまともに座れなかったんだ」
「そうだったわね」
「アムルは操縦マニュアルを読みながらポーウェを操作してた。腕のレバーを引いたら手が動いて驚いてた。歩かせようとして、でもうまくバランスがとれなくて何度も前につんのめってた」
「そう。あんなにうまくポーウェを操縦できるアムルも最初はそんな感じだったの。何度も転んだりぶつかりながら。ただ歩かせる。そのことから積み重ねていったのよ」
「だよね。最初からかっこよく戦えてたわけじゃない。最初はポーウェの足で歩く。たったそれだけのことを失敗を繰り返して学んだんだ」
「でしょう?だからね、剣人。何か困ったことがあったら基本に戻るのよ?それが大切。ポーウェでまず足踏み。そんな小さな訓練からやり直す。それが案外早道だったりするのよ?」
「うん、わかった。覚えておくよ。ありがとうお母さん!」
――――
(そうだった。あんなに自由自在にポーウェを操縦できるアムルだって最初は全然ダメだったんだ。ボクはこんなことさえ忘れてた。ここでもやっぱり思い上がってた。基礎だ。基礎が大切なんだ)
――剣人ワールドである。剣人語である。しかしそれでも真理にたどり着くのは見事である。
いまから全然関係のない話をする。英語で水を溜める堰はweirである。ダムも堰の一種である。ポー(pozo)はスペイン語で井戸である。井戸は長い筒状の穴が特徴である。銃は長い筒が特徴的である。銃は英語ではGunである。
え?それがなにか?とある名作アニメのレスペクト……、いや何でもない……
――――
剣奈は母と格闘ゲームで遊んでいた時のことを思い出した。名作ゲームロードファイターである。
剣人は千剣破にコテンパンにやっつけられていた。
「あー!また負けちゃったぁ」
「剣人は大技にこだわりすぎるのよ。「波振拳」は確かにカッコいいわ。威力もあるわ。でもね、波震拳なんて出せなくてもいいのよ?しゃがみガードと小パンチ連打。これが一番役に立つの。強い人は基本技を大事にしてるわ」
千剣破がドヤ顔で剣人になにやら教訓めいたことを語っていた。
――いや千剣破よ、幼児相手にガチマジになってさんざんに打ち負かす君もたいがいだと思うのだが……。大人気な……。 いや、なんでもない……
――――
「クニちゃ……ボクは、ボクは……、昔からお母さんから何度も教わってきたんだ。強くなるために一番大事なのは基本に戻ること。必殺技じゃない。基本が大事なんだって……」
『そうじゃの。基本は大事じゃの』
剣奈がぽつりぽつりと口に出した「アムル」、「ポーウェ」、「ニュータイプ」、「波振拳」。
来国光にはさっぱりわからなかった。けれど剣奈が母千剣破から基本が大切だということをしっかり教わっていたと理解した。
だから同意した。何を言ってるか細かいことはわからない。しかし剣奈は、剣奈なりの理をもって真理にたどり着かんとしている。そのことを確信していた。
『ではどうする?』来国光が尋ねた。
「雫だよ。あの時は雫を細くするためにインフルエンザの注射器に通した。今は違う。細くしなくていい。だから。雫のままクニちゃに出す。そしてクニちゃと共同作業で固める。オメガバースだよ!クニちゃとボク、二人の共同作業で硬くするんだよ!」
『うむ』
「いくよ?ボクと……、ボクと……、一緒にいこう!クニちゃ、いくよ?」
『うむ。いつでも来い!』
「ん♡」
来国光はしっかりと剣奈の背中を押した。実のところ来国光には何がどう一緒にいくのか、さっぱりわからなかった。
しかし良いのだ。剣奈が何かをしようとすればそれを後押しすればいい。来国光は剣奈の様子を見守った。
「ん♡ んんんん♡」
剣奈は手首の雫の靄をすっと人差し指にまとわせた。そして来国光の樋へ流し込んだ。
剣気の雫はそのまま輝く核になった。そして樋の中で震えた。
その光はまだ安定しきっていなかった。周囲に微細な波紋を漂わせていた。そして……
ブワッ
樋の剣気の雫は崩壊した。そして空気に解けた。
「あーーーーー!もう!」
剣奈は刀身に反射する朝日に目をすがめながら涙ぐんだ。
『ふむ?剣奈よ。先ほどお主は言っておったではないか。アムルじゃったかの?その少年は最初は失敗ばかりだったのじゃろ?』
剣奈はハッとした。そうだ!そうだった!剣奈は思った。
(ボクは馬鹿だ。ついいま気づきをえたばかりなのにもう忘れてる。馬鹿!ボクの馬鹿!鳥頭!)
剣奈は自己嫌悪に陥って頭をがっくりと落とした。そして……再び顔をあげた。朝日に向かって。
「ん♡んんんん♡」
――――
なんど繰り返したろうか。結晶化は何度やってもうまくいかなかった。
しかし……
剣奈は息を詰めて意識を研ぎ澄ました。崩壊寸前の靄を樋の軌道に沿わせてゆっくりと圧をかけた。
何十回繰り返したろうか。剣奈はうまくいかない自分に悔し涙を流した。
ポロリ
剣奈の頬に涙が流れた。
ポタリ
剣奈の涙がマリンサイト裏の芝生に落ちた。剣奈の意識が白くなった。頭が空っぽになった。
……その時である。
雫はゆっくりと形を変えた。凝縮された剣気が……、樋の中でゆっくりと固まっていった。
「んっ♡!」
剣奈は驚いて圧を高めた。
すると……
ピカッ
剣気が一瞬眩しく輝いた。
そして……
輝きはきらめいて乱反射し、そのまま鋭く一点に収束し始めた。
樋の中に白黄の輝きが……、確かな結晶として……、顕現した……
剣気の結晶化。霊脈気の結晶が出来た。歴史が……、変わった。




