111 アタイは玲奈 全国バイクで旅してる 見たくねえもんまで見えちまう体質さ (イラストあり)
現世に戻った剣奈と藤倉はバイク駐車場に向かって歩き始めた。藤倉は剣奈の手を繋いで、その小さく華奢な手にニマニマしていた。剣奈は何も考えず繋がれるままに歩いていた。
バイク駐車場に戻ると、赤い革ジャンを羽織った女性がいた。彼女はバイクのミラーに赤いジェットヘルメットをかけ、腕組みをして剣奈と藤倉を睨んでいた。
バイクはXV400 Viragoである。アメリカンバイクが流行した一九九〇年前後に生産されていた。ライバル車のHonda Steedに比べると知名度は低い。しかし空冷四ストロークV型エンジンが強烈な存在感を主張する個性的なバイクである。
「あなたは?」
藤倉は女性に尋ねた。剣奈にロリ心を抱いていたとは思えない見事な紳士ぶりである。
「アタイは牛城玲奈。バイクで全国を旅してる。甲山とあそこの岩、そしてこの近くの神社はこの辺を通ったら必ず来てる。ここはいつもアタイが停めてる場所だ」
◆イラスト アタイは玲奈っ!見知りおけ!
縄張り主張?めんどくさっ。ここはさっさと引こう。藤倉はそう判断し、口を開いた。
「それはすまなかったね。君の場所とは知らなかったんだ。すぐバイクをどかすからちょっとだけ待っててもらっていいかな?」
知ってるも知らぬも誰でも使える有料駐車場である。藤倉はきちんと予約して確保したのである。文句をつけられるいわれはない。それどころか自分が使う以外は空けておけとの彼女の主張は駐車場オーナーにとっては営業妨害ですらある。
であるのだが、めんどくさかった。藤倉はトラブルに巻き込まれたくないのでさっさと縄張りから出ていくことにした。
牛城玲奈は目をすがめながら剣奈を見た。
「アタイは昔から変なもんが見えちまう体質でね。オメエ、うっすらと全身光ってやがるな。しかも腹から光の紐がでてんぞ。うっすらと消えてなくなってるけどな。お前それで生きてんのか? おかしな嬢ちゃんだぜ」
剣奈と藤倉はビクッとした。藤倉は思った。「この女性は神気や剣気が見えるのか。いったい何者だ」。
いぶかしむ藤倉をよそに、剣奈は口を開けてしばし呆然としていた。そしてはっと気がついたように急に勢い込んで話し始めた。
「すごい!すごい!お姉さん見えるんだ!ボク全然見えないよ?お姉さん勇者の目を持ってるのかもしれない!いいなぁ。ボクも見えるようにならないかなぁ」
さすが剣奈である。剣人ワールドは斜め上に突き抜けていた。そんな様子の剣奈を変な奴だと思いながら、どうしてだか嫌いになれない玲奈である。いや、むしろ彼女の魂の一部がこの小さなボクっ娘に惹かれている気すらする。
「アタイは別に訓練したわけじゃねえ。生まれつきの体質さ。小っちゃいころは誰にでも見えると思ってた。見えるのが当たり前と思ってた。だから親にも普通に話した。あそこに黒いワンちゃんがいるってね。でも見えるのはアタイだけだったみてーだな。すごい顔されたよ。気味悪がられたよ」
「えー、そんなぁー。カッコいいのに」
「さあな。うちの親はそう思わなかったみたいだぜ。アタイが変だってわかったからか、元々そうだったのか、よく喧嘩してたよ。アタイはクソ親父に何度も暴力を振るわれた。家を飛び出しては連れ戻された。そしたらまた暴力だ。クソのような毎日だったさ」
「そうなんだ……」
「だからアタイは中学卒業と同時に家を出た。友達の家を転々としたよ。男どもは身体任せりゃあ守ってくれたよ。おっと、嬢ちゃんにはまだ早えぇ話だな。まあそんなこんなで家を出てやれることはなんでもやったよ。酷い目に遭わされたこともあったけどな。家にいるよりずっとマシだったさ。ってなんで一人語りやってんだアタイは。きめーよな。いきなりこんな話されてよ」
「ううん。そんなことない。それにね。ボク、お姉さんと会ったことがある気がするんだけど」
「そんな訳ねーよ。変なこと言う嬢ちゃんだぜ。まあ狭い世間だ。どっかですれ違ってることくらいあるかもな」
つっけんどんに返事を返しながら、玲奈は不思議な感覚に囚われていた。確かにアタイはこのボクっ娘に会ったことがある。そんな気がしたのだ。そんな訳はない。そう思いながら、どこか否定できない気持ちになっていた。
「まあ、袖触り合うも多少の縁っつうしな。アタイの後ろに乗ってみるか?」
「うわぁ。いいの?乗りたい、乗りたい」
「ちょ、ちょっと待ちなさい剣奈ちゃん」
藤倉は慌てて止めに入った。どう見ても彼女は不良である。壮絶な人生だっただろうことは今のわずかな会話からも想像できた。気の毒な人生だったのだろう。しかし剣奈とは関わらせたくない。藤倉は強くそう思った。
中学校を出て男の家を転々?そんな歳から男に身体を任せながら生きてきた?もし仲間が近くにいて剣奈に興味を持ったらどうなる?関わり合いになるべきでは絶対ない。藤倉はそう判断して口を開いた。
「せっかくのお誘いありがたいんだけど、これから私たちは帰るところなんだ。あと、知らない小学生をいきなりバイクに乗せようとするのはちょっと常識はずれかな。ともかく場所はすぐ譲るよ。君の場所とは知らず悪かったね。じゃあ私たちはすぐ移動するよ」
藤倉は話を終わらせて立ち去ろうとした。しかし剣奈はむしろ玲奈のお誘いに興味を引かれた。
「えー。ボク、お姉さんのバイク乗りたいなぁ。すっごくカッコイイバイクじゃん。タダちのもかっこいいけど、タイプの違うカッコよさがあるよ。ボク、乗ってみたい」
「タダっち?オメエ、父親じゃねーのか。オメーこそこんな小っちゃな女の子を連れ回してきめーな。このクソロリコン野郎が」
当たらずといえども遠からずである。剣奈に絶賛初恋中の藤倉である。図星をさされて一瞬言葉に詰まった。
「わ、私はこの子の親から頼まれて面倒を見てるんだ。知らない人にほいほい渡すわけにはいかないね」
「渡すだと?きめー。すけべ心丸出しなんだよ。この変態野郎が。大体親に頼まれて?オメーの女の連れ子かなんかか?連れ子に手を出してんじゃねーよ、クズが」
「違うよ。この人はお母さんの先生なんだ。ボク、一人旅してて、いろんなとこ行きたいんだけど、電車とかバスが通ってないところは行きにくくてさ。それでタダっちが連れて行ってくれることになったんだよ」
「はぁ?教え子の子供を連れますだぁ?ますますきめーよ。ボクっ娘の嬢ちゃんよ、世の中の酸いにどっぷり浸からされちまったお姉さんからの忠告だ。こいつはやめとけ。見たらわかる。嬢ちゃんに下心丸出しだぜ」
すっかり見抜かれている藤倉である。図星だけに大いに狼狽える藤倉であった。




