492新旧面会
「本日はカミツレのお茶でございます」
一通りの料理は終わり、各々の前には給仕の手から食後のお茶が供される。
カミツレは、ここセルテ領ではよく使われる丸く白い花を咲かせる薬用植物で、一部では専門に栽培している農家もある。
もっとも野にも咲く花なので、庶民は時期に摘んできたモノを家で乾燥させて茶にしたり薬にしたりして利用している。
効能は精神安定、冷え性改善などである。
突っ伏していたトラピア国代表のハンノも、これを飲んで一時ホッと息をついた。
兄たちの死、それから継嗣としての差配、出兵、敗戦、そして生きていた長兄との再会。
とにかく短い期間に色々あり過ぎて混乱していたハンノの頭と心が、解きほぐされるかのように和らいだ。
もうここまで来ればどうにでもなれ。
何なら長兄が生きていたのだから自分はまた気楽な立場に戻れるだろうし。
そんな余裕も少し生まれて来た。
まぁ、開き直りともいう。
と、そんな気持ちになってお茶を飲んでいると、同テーブルに着く人物がしみじみとした様で言った。
「うむうむトラピアの若いの。その方も苦労したようじゃのう……」
ハンノはこの時、初めてその人物に注目した。
いや、最初から同じ食卓に着いているので今になって気づいたわけではない。
ただ特に紹介もなかったし、もっと衝撃的なこともあったためにツッコむタイミングをすっかり失っていただけなのだ。
その人物はこの場の主人であるエルシィと同じくらい小さな少女だった。
雰囲気としてはエルシィより幼い顔立ちな気もするが、その小ささからおそらく同じくらいの歳であろうと思われた。
ついでに他の同席者も見てみる。
まず今しがた声を発した幼女。
その隣にはその幼女よりいくらか年上と思われる活発そうな少女。
そしてその向かいに、真面目そうな少年。
よく考えると自分、随伴者の副騎士長、そして兄であるフォテオスと、トラピア勢の三人はセルテ勢の誰と比べても年上である。
もちろん、席についていない侍女や近衛、給仕、を除いての話ではあるが。
え、この国って、子供に牛耳られてる? こわっ。
思わずそう思ってしまっても、いったい誰が責められようか。
戸惑いつつ自分の兄を見上げると、その兄、フォテオスはとても楽しそうな顔をして彼女を紹介してくれた。
「今、お声を下さったのはヴィーク男爵様。
そうですね……私からすれば我が主君にお仕えするご同輩というところかな?」
「へー、ヴィーク男爵……男爵様!?」
ハンノも、そして副騎士長もひっくり返りそうなほど驚いた。
その様子に当のヴィーク男爵レイティルは「かっかっか」と可笑しそうに笑った。
「そうじゃ、我こそはエルシィ様がいちの家臣、ヴィーク男爵レイティルであるぞ」
彼女が笑いながらそう言えば、その隣にいた明るい茶の髪をした活発そうな少女が不本意を顔いっぱいに表しながらレイティルの前にあった食べかけのプリンの皿を奪った。
「ちょっとレイティル? エルシィのいちの家臣はアタシよ、アタシ」
「おっと、そうであったかの? それはそれとしてぷりんは返してくれんかのぅ……」
打って変わって情けない顔になったレイティルに、活発そうな少女、バレッタはふむんと満足そうな息を漏らしながら皿を返す。
「彼女はその言葉の通り、我が主君エルシィ様のいちの家臣、バレッタ様だ。
かのティタノヴィア神の……」
「曾曾曾曾曾曾孫よ」
「だ、そうだ」
「ティタノヴィア神……って軍神でしたっけ?」
「ん? 火の神じゃなかったか?」
「どっちも正解ね」
そう言うことらしい。
もっとも「神の子孫」を名乗るモノは為政者には少なくもないので、それについてはあまり気にならなかった。
こういう場において、それが真実か嘘かはアンタッチャブルなのである。
続いてその向かいにいた少年も紹介される。
バレッタの双子の弟でアベルと告げられたが、彼は一言だけ「アベルだ」と少し会釈しただけで終わった。
ハンノは、なんとも騒がしい姉とは対照的だな。という感想を持った。
さて、そうして紹介されて「子供ばかりじゃないか」と思いつつも、もっと気になることが、ここまでの会話の中で出来てしまった。
そう、兄、フォテオスがさっきからエルシィのことを「我が主君」と呼んでいることである。
「兄上、その……さっきからエルシィ様のことを『主君』と呼ばれているのはいったい?」
気になることだが少々訊ねずらい。だが訊ねないわけにもいかず、ハンノは意を決して口を開く。
まだ位を継いでいないとはいえ、自分たちは故トラピア子爵の遺児であり、兄が生きていたのならその兄こそが子爵になるべき人なのだ。
それが他国の長を「君主」呼ばわりというのはどうなのだ。
フォテオスは良い笑顔を張り付けたままに、ハンノを見る。
「ハンノ、勘違いしてはいけないよ。
私はもうトラピアでは死んだ身である。であれば、唯一残った継嗣はハンノ、君なんだよ」
「いやいや、生きてるじゃないですか兄上!?」
「ここにいるのはトラピア子爵の息子ではない。
旧トラピア子爵の血を引いてはいるが、ただ無位無官のフォテオスという男。
そしてその私は命の恩人であるエルシィ様にお仕えすると誓ったのさ」
「そんな……ん? 旧トラピア子爵?」
ショックを受けつつも、さらに気になる言い回しが出て来た。
フォテオスは「気づいたか」という満足そうな笑みを浮かべ、満を持したという風でもう一度、先に紹介したヴィーク男爵とバレッタの方をへ手を差し向けた。
「ハンノ。改めてもう一度紹介しよう。
この度、新たにトラピアの主となった、レイティル様とバレッタ様だ」
「うむ。おぬしらが留守の内にトラピアは落とさせてもらった」
「思い付きでやったけど一切反省はしてないわ!」
「……弟として、ちょっと申し訳ない気がするので謝っておく。すまない」
もはやハンノは何かを問うような気力も失い、魂が抜けたかのように天井を眺めるしかなかった。
続きは来週の火曜にノシ




