491冬の間の成果の食事
「兄上がなぜここに……!?」
亡霊か何かを見るようなハンノと副騎士長だが、それも当然。
二人は、いやトラピア国の民にも「長兄フォテオスは凶刃にかかり亡くなった」という布告がされており、よもや彼が生きてるなど誰しも思っていなかった。
だが、そこに立っているのは片目こそ失っているが紛れもない兄、ハンノの兄、フォテオスであった。
彼らの驚きに対しフォテオスは笑顔を見せる。
「ははは、驚いたかい。私も何故こんなことになったのかと考えると不思議でしょうがないんだよ。
なら君たちが不思議なのは至極もっともだ。
どうやら私はサイに殺されたらしいしね?」
「サイ騎士長に……」
「しかしそれは……いや、あの御仁なら……」
「おっと、そこは知らなかったのか」
フォテオスはおどけた様に肩をすくめて見せた。
そもそもハンノはそのサイ騎士長からの報告を受けてしかいない。
曰く、長兄フォテオスは鉄血悪姫からの刺客の手にかかった。
曰く次男、三男は賊の手にかかったが、これもまた鉄血姫の手の者の仕業だろう。
などなど。
もちろんハンノはこれを全面的に信じたわけではない。
ないが、すでに兄たちの死の原因を究明するよりやらねばならないことがあった。
それが対鉄血の四国同盟に従って軍を進める事だった。
やりたくないが、これをやらねば同盟を締結した国々からの信用を失い攻められることになるだろう。
サイ騎士長からそう言われれば是非もない。
すっかり頭がパニックしてしまい、ハンノたちがもはや何を訊いていいかもわからなくなったその時、食堂にさらに数人がやって来た。
そしてその集団の真ん中にいた小さな人物が言いながらストンと席に着いた。
「その辺りも含めて、食事でもしながらお話ししましょう?」
この食堂において最も上座に当たるその席に着いたのは、若いハンノのさらに半分も歳が行っていなさそうな小さな小さな女の子だった。
「ハンノ殿下、こちらが我が主君、セルテ候エルシィ様です」
傍らでまだ先ほどの話の途中と言う態で立っていたフォテオスが言うと、ハンノと副騎士長は慌てて立ち上がって腰を折る。
「こ、これは失礼いたしました。改めまして、故トラピア子爵が四子、ハンノです」
もちろんフォテオスから紹介されるまでも無く、すでエルシィの顔は謁見にて見ている。
だが、こうして近くにいるとなおさらその小ささがよくわかった。
こんなあどけない幼女が本当に噂に聞く鉄血の悪姫なのか?
そう疑わずにいられなかった。
「まぁまぁ、とりあえず座って座って。
すぐ料理が来ますのでいただきましょう」
無邪気にニパっと笑うその少女を見ると、とてもじゃないがそうは見えなかった。
もちろん、顔が良いから、雰囲気が良いから、それが善人だと決まるわけではない。
ないが、それでも雰囲気に当てられ毒気を抜かれるのは人間の性なのだろう。
ハンノたちは力が抜けたように、ストンと席に座った。
それからフォテオスや、エルシィの周りにいた者の一部がテーブルに着き、ほどなくして料理が運ばれてきた。
キャベツを始めとした春野菜のサラダに始まり、澄んだ黄金色のスープ、白くやわらかなパンや、オーブンでじっくり焼き上げた鶏、そしてプルプルのプリンなどである。
「これはまた、豪勢な……」
ハンノの随伴家臣としてここまでなるべく口を開かないようにしていた副騎士長だったが、これを見て思わず感嘆に声を漏らした。
ここ数年で徐々に不作が深刻化しているトラピアでは望むべくもない煌びやかな食事である。
もっともこれらはどれも冬からこっち、エルシィの周りで改善策を講じたり、事業が起こされたりした結果の産物であった。
失敗もあったが、多くが成功をおさめてくれたおかげでセルテ侯爵領の食生活はかなり豊かになったと言えるだろう。
「話は食事でもしながら」と先に言われていたが、正直、ハンノも副騎士長も食事に集中してしまいそれどころではなかった。
ゆえに、一通り皆が食べ終わり、食後のハーブティが供されてからやっと話す余裕ができた。
「それで……兄上はなぜ生きているのですか?」
それはあまりにもストレートで端的な問いであったため、言われたフォテオスは思わず苦笑を漏らした。
まぁ、貴族的な迂遠な言い回しなど末弟は一切教育されていないのだ。
自分でさえ、都会の洗練された貴族に比べれば土臭い田舎者でしかないと思っているので、それは仕方のないことである。
「実は経緯については私もそれほど詳しくない。
ただ、エルシィ様に御命を救っていただいたのは確かだ」
「はぁ……」
「それについてはウチのモノから説明させましょう!」
よく解らない、と言った顔のハンノだったが、すぐそこにエルシィが口を挟んできたのでギョッとする。
ハンノにとってはトラピア国を下した上位者であり、その冷徹さをさんざん噂として聞かされてきた人物なので、現状の印象と一致せず戸惑うばかりである。
端的に言えば「やけにフレンドリーなお嬢さんだな」という感じだった。
ゆえに、どう返して良いか戸惑うのである。
とりあえず説明してくれるというのだから、と、ハンノはエルシィの方を向く。
するとエルシィの傍らに、いつの間にかシックな色合いのエプロンドレスに身を包んだねこ耳の少女が立っていた。
エルシィ付きのねこ耳侍女見習い、カエデである。
ねこ耳!
あれは草原の妖精族と言うヤツか。
始めて見たが、何というか……撫でたいなぁ。
ハンノはそんなことを思いながら、彼女の話に耳を傾けた。
続きは来週の火曜に




