488デニスのピンチ
「押し込め押し込め!
敵将の首をとり、後は反転して猛ダッシュ。
我々の生き残る道などそれしかない。
今は力を惜しまず押し込め!」
トラピア子爵国軍の総指揮に当たっている副騎士長がそう叫んだ。
指揮官と言えど彼はこの時、ほぼ最前線にいる。
そして最前線ということは目と鼻の先にセルテ領軍指揮官、デニス正将がいる。
あともう少し。
ここまで来ればグレイブをもう少し伸ばせば届くかもしれない。
そんな距離だ。
だがその一歩二歩が簡単ではない。
なぜなら、その間には命を捨ててでもデニス正将を守ろうという近習の兵がいるからだ。
彼らを何とかして押しのけないと穂先は届かない。
とは言え、こちらも必死だが彼らも必死だ。
必死同士が揉み合っていれば、それはもう泥沼の戦いであり、簡単には勝負が付かなくなる。
「騎士長! 僕も行くぞ!」
と、彼の後ろから一押し掛けようと突撃してきたのは、トラピア国の現責任者と言っていいハンノ殿下だ。
彼はそもそも武人ではないが、この乱戦でいくらか興奮状態にあるようだ。
この彼の行動に副騎士長は一瞬蒼白となる。
「殿下は危ないから来ないでください!
っていうか私は副騎士長ですぞ!?」
「しかしどっちにしろここで勝たなければ後の人生奴隷のようなものだ。
なら乾坤一擲、勝負をかける!」
ああ見えてハンノは頑固のようで、副騎士長の言葉をそう一蹴した。
あんなところは無くなった陛下に似ておられるな。
副騎士長は思わず感慨深い気持ちになり、懐かしむような、そして慈しむような目になってハンノを見た。
だがそれも一瞬の事。
副騎士長はすぐさま自分の近習兵に指示を飛ばした。
「俺のことは良い。お前たちはハンノ殿下を守れ!
殿下の近衛だけではこの乱戦、足りぬかもしれぬ」
「し、しかし……」
「ええい、いいから言うことを聞け!」
忠誠心に富んだ近習たちであったが、本来そ忠誠は国を治める貴種の為に捧げられるべきものだ。
そういう思いを込めて副騎士長は彼らを蹴とばすように離し、近習たちもまた一瞬迷いつつも副騎士長の意を汲んで彼の元と離れた。
これで副騎士長を守るものはその身に付けた鎧兜だけである。
その代わり、デニスとの間にある物も一つ減った形となる。
「敵将殿、お覚悟を!」
副騎士長はもう自分に当たる攻撃をかわすこともせず、猛突進をかけた。
マズい。非常にマズい状況だ。
この場においてセルテ軍を任されているデニスは、血の気の引きかけた顔に力を籠め、何とか顔色を変えぬようとどめながらも、そう思った。
何がマズいかと言えば自分の首まで敵の矛が届きそうなこの状況ではあるが、もっと引いて考えれば「敵より多い兵を揃えて貰ったというのに、その敵の思惑にまんまとハマってピンチに陥っているこの状況」である。
このままであればこの局地戦においてセルテ領は敗北を喫することになる。
これはここまで連戦連勝であった主君エルシィの戦績に泥を塗ることであり、そしてそれよりもっと悪いことに自分の人生がここで終わることを意味する。
せっかくここまで様々な荒波を乗り越えて来たのに。
せっかく将軍とは名ばかりの国境砦の将から一国の副将クラスまで上り詰めたのに。
その為に、屈辱をかみ殺してあの鉄血悪姫に膝を屈したというのに。
冗談ではない。冗談ではないぞ。
などと思いつつも、この状況を作ったのは自分の油断から来る失態である。
ゆえに最も強い感情は「自分の馬鹿!」であった。
幸い、近習の兵たちの忠誠心は悪くないレベルで、彼を守るために奮戦してくれている。
この間に何とか状況を打開するしかない。
無いのだが、出来ることと言えば先鋒隊で守りを固め、後方隊が合流するのを待つくらいだ。
苦しい戦いだが、生き残るためには。そして自分の失態を覆すにはやるしかない。
だが、このままでは間に合わないだろう。とも思っている。
「さすがにもうダメかもなぁ」
状況は絶望的。
デニスはもう三割ぐらい諦めの境地に達し始めていた。
と、その時だ。
「くっくっく、デニスよ。諦めるのはまだ早いぞ?」
城で、そして砦でも聞きなれつつあった、頼もしき老騎士の声がすぐ耳元で聞こえた気がした。
その直後、彼の近習を刺していた敵兵が真っ二つになった。
「!?」
デニスが振り返る。
同時に彼を討ちに来ていた敵兵の数人もまた彼の視線を追うように一点に集中した。
「馬鹿め、それが隙よ……」
その瞬間だけで、現れた老騎士に視線を移してしまった敵兵の首がいくつか飛んだ。
「なにやつ!」
トラピアの副騎士長が叫んだ。
現れた老騎士はニヤリと笑って答えた。
「ジズ公女エルシィ姫が家臣。騎士ホーテンよ。
この名が貴様の引導となろう」
「げぇ、鬼騎士ホーテン!?」
ホーテンは敵将の反応に満足しつつ、デニス正将を押しのけて前に出た。
「俺をここに飛ばしてくれたのは姫様だ。
感謝を、忘れるなよ」
前に出つつ、そのデニスに向けて、そうつぶやいた。
続きは金曜に




