486覚悟の逆襲
トラピア軍とセルテ軍がついに接敵、激突した。
街道をセルテ領都方面へ向けて遁走していたトラピア軍は、街道の途中に設けられたキャンプ用の広場にて軍をUターンさせ、無事トラブルもなく反転に成功した。
そこへ追って来ていたセルテ軍が殺到、という構図である。
「うぉー!」「やったらー!」
そして先日まで最低であったトラピア兵たちの士気は、今、最高潮であった。
士気の平均値を一方的に上げていた騎士長サイとその一派がいないにもかかわらず、である。
これを端的な言葉で表すなら、そう「ヤケクソ」だ。
「隊長ぉ! 俺が死んだら家族のことは頼みますよぉ!」
「ばかやろう、俺が先に死ぬかもしれんだろうが」
「そしたら美人の奥さんは俺にお任せくださいぃ!」
「……ダメだ、これは死ねんぞ」
「がはは」
そんな会話がそこかしこで聞こえてくる。
ヤケクソ故だろうか、場の雰囲気は夜闇の焚火に照らされたかのように明るかった。
そう、みんなこの後に待っているトラピア子爵国敗戦を見据えているのだ。
その上で、出来る限り有利な賠償交渉の為に、彼らは死ぬ気でいるのだ。
そしてUターンし待ち構えるトラピア軍に、追っていたセルテ軍がぶつかる。
先頭はこの方面において現在最高責任者であるデニス正将率いる一隊だった。
これに対して「指揮官は死んだら困るから後ろにいろよ」という人もいるだろう。
だがそれは一面において正しいが、常に正しい論とは限らない。
特に我々の知る電子機器などによる通信がない戦争においては、指揮官は出来るだけ前にいないと状況が解らなくなることがままあるのだ。
ゆえに今回は指揮官先頭である。
デニス正将は自らの騎馬に乗り、愛用のグレイブを構えて駆ける。
これはホーテン卿などが持つ無骨にも重厚な必殺の武具とは違い、取り扱いやすさを重視したスリムなモノだった。
ともすれば長槍と言っても通るだろう。
そんな彼と、その一隊が馬を駆歩から襲歩へと移行させつつ突撃する。
対するトラピア兵は重装歩兵を前面に配し、防御重視で待ち構えた。
こうなると重装歩兵の覚悟がモノをいう場面だが、これはもうトラピア兵の勝利だった。
なにせ彼らはすでに覚悟完了している。
「ちっ、今の今まで逃げていたくせに、守りが堅い!」
多少の守りを削ることはできたが、後から後から湧いてくるかのように歩兵がデニス隊の騎馬に群がった。
こうなるとたまらず、デニスは隊に指示を出して一時後退する。
「くそ、攻撃力が足りないぞ」
いつになく口汚く焦りを見せるデニス正将だが、その気持ちは周りの兵たちも同じだった。
なにせ数で勝っているはずだったにに、今この場面だけにおいては街道広場に陣取ったトラピア兵の方が多いのだ。
なぜか。
それは追撃行でセルテ軍の隊列が伸び切ったからだ。
このまま後続が終結するまで待っていれば最終的に数で勝てるはずではあるが、それまでに先鋒隊が削られたら元の木阿弥である。
だがかといって一度引いて後続が終結するのを待てば、その隙にまた敵軍は先に進むことができるだろう。
それではいつまで経っても同じことだ。
これだから、機動力を持った寡兵退治は面倒なのだ。
そして歯噛みするデニス隊とは裏腹に、この先鋒隊を退けたトラピア軍は大いに盛り上がっていた。
「おい、これは勝てるんじゃないか?」
誰かが言った。
確かに、先日の会戦に比べ、セルテ軍の圧力が弱く感じた。
まぁそれは今この時に当たった兵の数が少なかったからに他ならないのだが、経験の少ない彼らにはそこまでの判断がつかなかった。
「副長、勝てるなら勝ってしまおう。
ここで勝って、それから停戦を申し込めば賠償も請求されないのじゃないか?」
「ええ、勝てればそうですね」
「よし、よし!」
ハンノ殿下の言葉に、騎士府副長は少し苦い顔で頷く。
確かにここで勝てればその通りの展開が期待できるだろう。
いわゆる勝ち逃げというつだ。
しかしそううまくいくだろうか。
今この瞬間も撃退したばかりの隊に後続が合流していることだろう。
つまり時間が経てば経つほど勝ち目がなくなるのだ。
であれば、俺の役目はその隙を与えないことか。
副長は腹を決めて拳を掲げた。
「お前ら、浮かれていて勝機を逃すなよ!?
敵の後続が到着する前に将を打ち取るぞ!
吶喊!」
「うおおおおぉ!」
彼の号令一下、トラピア兵は逆襲に移った。
まだ数が少ないセルテの先鋒隊に殺到する。
と、その頃。
セルテ領主城の侯爵執務室で、エルシィはモニター越しに今日の戦況を始めて見た。
見て、エルシィは思わず声を上げた。
「え、何でこんなことにってるのですか?」
すでに決着がついてるかも? くらいのつもりだったエルシィは、思いもしなかった戦場の展開に絶句した。
デニス正将ピンチ……か?
次回は金曜日です




