476成功の可能性
「……というのがサイ騎士長のたくらみにゃ」
「なるほどー」
戻って来たねこ耳忍者兼侍女のカエデから報告を受け、エルシィは難しい顔で腕を組み、天上を仰ぎ見る。
微妙に執務椅子を傾けて二本足立ちにしてたりするので、ちょっとバランスを崩せば倒れてしまいかねない。
ゆえに、侍女頭キャリナなどはハラハラしながら「行儀悪い」としかって止めるか、はたまた今声かけたら驚いてバランス崩してしまうのではないかなどと危惧して手をこまねいていた。
そんな心配などよそにエルシィは器用に椅子のバランスを操りながら四本足に戻し、その勢いのまま執務室内にいる若き宰相ライネリオに訊ねる。
「これ、上手くいくと思います?」
訊かれ、ライネリオは手にしていた報告書などの束をトントンとまとめながら彼の考えを口にする。
「成功する可能性は高いと思います」
「そうなんですか!?」
エルシィからすると呆れ半分の「どうせ成功しない」という思いを込めた質問だっただけに、この回答は少しびっくりだった。
そもそもこの世界で貴族とは神との契約において認められたレビア王が任命し承認される。
そしてその血脈をもって子々孫々と受け継ぐモノなのである。
これがただの王権神授「説」であればまぁ簒奪も出来るだろうが、この世界において、少なくとも旧レビア王国文化圏ではその神が実際に存在しているのである。
それを知るエルシィからすれば、サイによる簒奪劇が成功するなんて思ってもみなかった。
「だいたい、血脈による権利者じゃないとイナバくんと契約できませんよ?
ねぇ、イナバくん」
エルシィはそう言いながら、机の引き出しからこのセルテ領における為政者の証、セルテ侯爵の印璽を取り出して呼びかけた。
そこでぴょんこと飛び出してくるのは、エルシィ始めとした貴顕の血を引く権利者だけにその姿が見える、小さな白ウサギだ。
「そうじゃな。真の意味でおぬしらの言う貴族にはなれんじゃろう。
じゃが、そもそも我々イナバの分御霊と約を結んでおる権利者がこの現在、どれだけおるじゃろうな?」
ここでそのイナバ翁神の分霊が放つ言葉を聞き取れる者はエルシィと、そして元ハイラス伯の子であるライネリオである。
であるから、その翁神の言葉にライネリオは頷いて見せた。
「そうです。われわれの社会ではすでに神々の存在が半ば忘れ去られています。
そのせいもあり、『約を結んだ者』ではなく、とにかく『印綬を持つ者』こそが貴族であるというのが貴族本人やその周りにいる者たちの認識である場合も多いのです。
というか、殆どがそう思っていると見ていいでしょう」
「そうかー、そうですよね」
エルシィは得心が言ったという風に何度も頷いた。
言われてみれば旧ハイラス伯も旧セルテ侯もイナバ翁神との約を結んでいなかったし、どうやらその他の近隣諸国でもやはり約を結んでいなようだというのがここまでの見解であった。
先二国は確定情報として、後者は豊穣神の恩恵を受けていないようだというところからの予想ではあるが。
「であれば、神の視点からしては貴族ではなくとも、人間の視点からすれば貴族になることは可能であると考えます」
「ややこしいですね」
「ややこしいです」
つまり、本来貴族と神の約によってもたらされる恩恵はないが、そもそも多くの人がそんな恩恵のことを知らないので支配の根幹となる権力を持ってさえいれば為政者になることは可能である。
そう言うことだ。
これは我々の住む神無き社会の権力構造と同じと言えるだろう。
「つまりサイ騎士長さんは軍事をある程度握っているから可能であると」
「そうなりますね」
「引き連れている軍勢が一〇〇ほどしかいませんが」
「セルテ侵攻の為になけなしの兵をかき集めましたから、国元の留守居兵はせいぜい五〇程度でしょう。
充分です」
「むむむ……」
こう言われると、エルシィさえ彼のたくらみが成功しそうに思えて来た。
とは言え、である。
国境を戻られた以上は、せいぜいねこ耳たちを送り込んで情報を集めるくらいしかできることはない。
「あ、この情報、トラピア国の国境に残っている軍の次席さんなどに知らせた方がいいですかね?」
「他国の事です。放っておけばいいでしょう。
ここはおとなしく推移を見守りましょう」
「見守り、でしたか。ではそうしましょう」
とそう言うことになったので、ことの事情をセルテ側の防衛を担っているデニス正将やホーテン卿にだけ伝え、エルシィたちは一時戦場から目を離し、国元の執務に専念することにした。
さて、トラピア子爵国領都へ向かうサイ騎士長は、まさか遠く離れた場所にいるエルシィたちに自分の企みが詳らかにばれているなど夢にも思っていなかったが、彼の冴えた六感が何かを伝えたようで胸騒ぎを覚えた。
「どうしましたかサイ騎士長閣下」
問われ、馬の脚は止めずにサイは考える風に難しい顔で首を傾げた。
「何か、いやな予感がする。急ごう」
言って、サイは自らの乗る軍馬に拍車を入れ並足から駆け足へと移行させた。
「はっ、は?」
これに一瞬返事しかけた副官役をしている若い士官だったが、すぐに「なにしてんだコイツ」という顔になって追いかけた。
「サイ閣下! このペースでは騎乗している者はともかく、歩兵が付いていけません」
だがすでに嫌な予感とやらに取り付かれたサイはこの進言を突っぱねた。
「時が勝負だ。であれば付いてこられる者だけで急行し、遅れた者は後から来させればよい」
「いいのですね? ではそのように」
若い士官は仕方なしという風に小さくため息を吐くと、その命令を各所に伝達するためにサイの側を離れた。
馬をつぶす気で走れば、それこそ今夜には領都にたどり着けるだろう。
サイはそこで待つかもしれない予感の正体に不安を感じつつ、ただとにかく急ぐのであった。
ちなみに長い歴史の中で血の交流は進んでいるので、貴族ではないいわゆる良家や一部の庶民にも貴顕の血が混ざっていることはあります。
なので実は執務室でお仕事している侍従たちの中にもイナバくんの声が聞こえる者がいたりします……が、彼らは出来る仕事人なので、余計なことは言わずに黙っています
続きは金曜に




