445包囲を抜けたその先に
デーン男爵国軍一同が決死の覚悟を決めていたころ、相対するセルテ侯国軍本隊は幾分気楽な雰囲気に包まれていた。
「すんなりと包囲が成ってしまったでござるな」
「まぁこっちは私の覚醒スキルもあるからね」
「いやはや便利でござるなぁ……」
そんな中、将軍であるスプレンド卿と副将格のサイードが、やはり暢気にそんな会話を交わしていた。
「この後は降伏勧告でござるか?」
「そうだが、あっちはすんなりと受け入れる様子ではないな」
「判るでござるか?」
「判る。その気、やる気、気合充分。と言った雰囲気だ」
「兵力差を気合でカバーでござるか」
スプレンド卿の見解を聞き、サイードは少しうんざりとした顔で頷いた。
死兵、つまり死ぬ気になって掛かってくる兵は怖い。
後のことを考えていないから怪我や討ち死にを構わず遮二無二仕掛けてこられると、生半可な武術の腕では足元を掬われかねないからだ。
「とはいえ、この兵力差を返されるとは思わない。
せいぜい損害少なくすりつぶそうじゃないか」
「という割に、包囲が一部ほころんでござるな?」
「おや、気づいたかい」
「気づきますとも」
満足そうに頷くスプレンド卿を見て、サイードもまた大きく頷いてから包囲陣の北東側を指さす。
平面上だと判りづらいが、彼ら将が陣取っている少しだけ高くなっている小丘からだと多少は判りやすい。
そこだけ、包囲の手が少しだけ薄いのだ。
「その言いようだとワザとですな?」
「ああ、死兵でも蜘蛛の糸が一筋垂れていれば、その意志は揺らぐだろう?」
スプレンドはニヤリと笑い、その上で降伏の使者たる兵を選別して遣わした。
「降伏を突っぱねてよろしかったので?」
騎士長付きの副官が、その上官の顔色を窺うように訊ねる。
いろいろ内情を察せられることを避け使者がいる間は黙っていたが、やはり上官の真意は知っておいた方がいい。
騎士長はため息交じりに小声で答えた。
「ここで降伏したらどうなると思う?」
「さすがに降参した兵たちを撫で斬りにすることはありますまい?」
ところが逆に問われ、副官は困惑気味にさらに問いを発した。
だがこれは騎士長のさらに深いため息を誘った。
「降伏を受け入れれば我らが生き残るのは確かだろう。
いや私や男爵陛下は責任を追及され首を切られるだろうが、お前たちの命は助かるだろう。
だがそれだけだ」
「それだけ、とは?」
騎士長はさらに眉根のシワを深めて答える。
「デーン男爵国は敗戦国となる。
敗戦国に待っているのは、良くて多額の賠償金。悪ければ臣民総奴隷化だ」
「!?」
副官は息をのんで上官の顔を顧みた。
その顔に嘘や大げさを言っている雰囲気はない。
「なるほど。であれば乾坤一擲しかありませんな」
「そう言うことだ」
と、そうして二人の会話が終わったところを見計らうように、密集陣形の外側に出ていた物見兵が戻ってきて大声でのたまった。
「報告します!
敵包囲陣、北東側が他より幾分薄いようです」
「おお!」
「……ちっ」
副官は歓喜の声を上げ、騎士長は舌打ちをした。
不思議に思い、副官は上官の顔をのぞき込む。
それに気づいた騎士長は忌々し気に口を開いた。
「罠だ。そこを突破すれば、その先に何もない訳がない」
「そんなことが! ……いや、なるほど。しかし……」
一瞬驚愕と共に否定しかけたが、よく考えれば当たり前のことである。
であればどうすべきか。
そこまで考えて、上官同様の舌打ちをしたくなった。
結局はその罠に乗るしかないのだ。
なぜなら、すでにその報告は周囲の兵に伝搬し、多くの者がそこに希望を見出した顔をしているからだ。
今更に「罠だぞ」と教えて絶望に突き落とし、みすみす士気を泥中に沈めることはない。
「ええい、罠でもあそこが薄いことには変わりない。
紡錘陣形であの一点を突破する!」
かくして、デーン国軍は男爵陛下を陣形の内へと追いやり、槍の穂先の様な隊列で包囲陣突破にかけるのだった。
夜の闇の中、松明の灯りを頼りに、身を寄せながら遮二無二突き進む。
この突撃が始まっていったい何分、何時間が過ぎたのだろうか。
もはやデーン国軍従軍者の誰にもそんな感覚はなくなっていた。
陣形の最も外側に配された兵はすでにいない。
敵包囲陣の薄いところを攻めたとはいえ、所詮は多勢に無勢。
まるで玉ねぎの皮でも剥かれるように、彼らの紡錘陣は徐々にその大きさを狭めていった。
いなくなった者が死んだのか、もしくは無事逃散せしめたのか。
もはやそんなことも判らないし、むしろどうでもよかった。
逃げたならそれはそれで「良く逃げおおせた」と褒めてやりたい気分だった。
そして是非あやかりたいと思った。
永遠にも感じる突破行。
だがそれもいつしか終わりが来る。
包囲陣の一角は兵の壁が切れ、その先に道は開けた。
「よし、よし! 助かる。助かったぞ!」
デーン男爵が思わず全身で喜びを表現する。
彼を守る周囲の近衛や兵たちは疲れ果てた顔でそんな主君を白い目で見、その上で少しほっと息をついた。
後ろを見れば、包囲網にいたセルテの兵たちは一向に追ってくる様子がない。
どういうつもりなのだ?
一部のまだ脳が回っている者はそう疑問に思った。
その時だ。
一歩でも向こうに逃げようと、相応の速度を出していたデーン軍の敗残たちが一斉に、いや前から順にその脚を止めた。
「何事だ、なぜ止まる!?」
デーン男爵は焦りと苛立ちのまぜこぜになった声を上げて、自軍陣形の前方を見る。
そこには、おそらくデーン軍がその脚を止めた原因が立っていた。
立派な馬にまたがった騎士である。
それが数騎。
そう、たかが数騎だ。
「アレが何だというのだ。踏みつぶして進め!」
いくら機動力に勝る騎士とは言え、こちらは少なくともまだ二〇〇以上は残っている軍だ。
個の力で何とかなる数とは思えなかった。
すると向こうの騎士たちの会話が聞こえて来た。
「おいジジィ、まずは俺が先鋒を承るぜ」
「上官に向かってジジィとはなんだ。
シモン、貴様まだ自分の立場を弁えておらんようだな?
貴様は我が騎士府の中ではまだまだ底辺の若輩者なのだぞ?」
「わ、解ってるってホーテンの旦那。そう怒るな。
解ってるから、いいだろ? 先鋒。な?」
「ホーテン、だと? あの鬼騎士ホーテンだと!?」
デーン軍のある程度モノを知る兵が、ことごとく顔を蒼くした。
続きは来週の火曜に




