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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第三章 格上殺し(ジャイアントキリング)
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第二十七話 探索(下)


 初手はマウリだった。

 最後尾から持ち前の駿足で一気に前へと飛び出る。一匹飛び出していた獣鬼の眼前へ自らの躰を見せびらかすように晒し、瞬間横へと飛ぶ。視界からその姿を見失った獣鬼が立ち竦み、怯えたように防御を固めるが、マウリの狙いはその個体ではない。その横にいた獣鬼が状況の変化について行けず瞳に困惑の色を浮かべ――押し潰されたような悲鳴を上げた。鳥嘴拳。指を全て束ね、柔らかな軌道を描いたそれは、その名の通り鳥がその嘴で木でも叩くように獣鬼の首へめり込む。


 目、耳、鼻、口からどす黒い血を溢れさせた獣鬼が何かを求めるように天上を見上げ、そのまま倒れ込む。そしてその時にはリタは既に動いていた。美しい金色の瞳が暴力の予感に酔ったように、とろんとした艶麗を帯びる。


「あはっ」


 そんな嬌声と共に振るわれた斧槍の一撃。中途半端な防御姿勢を取っていた獣鬼――最初にマウリが接近した個体だ――の頭から股下までを真っ二つに斬り裂いた。


 リタとマウリはすぐにそれぞれ次の獲物へ向かっていく。

 それに反してロルフとイーナは二人一組で動いていた。ロルフが前面へ出る。そして相手の攻撃を引き付け、逆に陣形を崩す。時に後ろからイーナが鎖分銅で援護を行い、機を窺い前へと出て鎌を使い仕留めていく。


 そんな作業を一個ずつ確実にこなしていく。結局の所、それで片が付いた。

 危うい所もない。手こずる事もない。完勝と云って良かった。なのに――。


「…………」


 ロルフは戦闘が終わり、辺りに死臭が立ち籠める中、立っていた。何をするでもない。笑みも浮かべず、かといって悲しんでいる訳でもない。口を真一文字に結び、その目線は微かに俯き少し先にある瘤のある木の根を見詰めている。沈思というべきか、その姿は自らの内面に沈み込んでいるようにも見えた。


「どうしたの?」


 一向に動き出さないロルフを訝しんで、リタが小首を傾げて覗き込んできた。金色の瞳に自らの顔が映っているのを見てロルフは何でもないと首を振った。事実、何があったと云う訳でもない。そして何をしている場合でもない。この場から離れるなり何なりしなくてはいけない。曖昧模糊とした思考に耽溺している時間など、ある筈もないのだ。


「イーナ、変異体の手掛かりは?」

「まだ、判らない。ただあの獣鬼は元々もっと竜穴近くに居た奴らだろう。その住処を奪われてこっちにやって来た。だったらある程度は予想は付けられる。近くまで行けば変異体が新しく根城にしている場所も予想が付く筈だ」


 そんなイーナの先導に従って、ロルフ達は再び歩き始めた。

 ロルフの瞳には余り変わらないように見える森を、イーナは生えている植物などを調べつつ確かな歩みと共に進んでいく。だがどうしても歩みは遅くなる。

 そして竜穴に近付いているからか、魔物の数も増えているようだ。それも生息域そのものが乱れている。これは変異体の影響だろう。通常有り得ない強さの魔物が現れた事により、魔物の縄張りに変化が起きているのだ。


 ロルフ達は魔物と時に戦闘をし、時にやり過ごしながら樹海を歩く。

 空気が微かに湿り気を帯びていた。天候は晴れ。暖かな陽の光が天上から射し、それが木々の葉を透過し柔らかな丸みを帯びる。顔を上げれば、時折吹く風に揺られている葉が、太陽を背にしている所為で葉脈だけを残して無くなってしまったように見えた。

 地面は相変わらず木の根が所構わず張り巡らされ、歩きにくい。小高い山のようになっている場所も多く、木々の間を擦り抜けるようにして進まなくてはならない程に樹木が密生している場所もあった。


 当然そのような場所での戦闘は、平地での戦闘に比べれば動きは制限される。実際ロルフ達も思うように戦えず、歯がゆい思いを味わわされた。しかし戦闘に慣れてきたのか、それとも敵がそれほど強くなかった事に救われたか、特に目立った負傷を受ける事もなく戦闘を乗り越える事が出来た。


 だが同時に時間はじりじりと過ぎていき、ロルフ達の疲労も徐々に溜まっていった。

 そんな中、イーナが変異体の手掛かりらしきものを見付けたのは、もう既に日が落ちて辺りが薄闇に包まれ始めていた時だった。


「どうだ?」


 ロルフの問いに、イーナは地面に刻まれた足跡を片膝をつきながら調べながら答える。


「掴まえたとは云えないが、それらしきものは見付けたって感じか。後は向こうが先に此方を見付けるか、逆に此方が先へ見付けるか……」

「……思ったよりもあっさりと見つかったな」


 ロルフの予想ではもう少し手こずるかと思っていた。

 だがそんなロルフの言葉にイーナは軽く肩を竦めて見せた。


「結局の所、運が良かったというのもある。だがそれ以上に、隠蔽技能に長けていない獣鬼の変異体だっていうのに救われたな」

「追跡が楽だったって云う事か?」

「ああ……」


 そう答えると、イーナは少し考え込むように沈黙した。


「何か気になる事でも?」

「少し簡単すぎる気がしてな」

「…………」


 抑えられた声音で答えられたイーナの言葉に、ロルフは黙り込んだ。その不審さとも云うべきものはロルフも感じていた。だが経験が不足しているロルフには、それがどこまでのものなのか判らない。当然適切な対処法も判らなかった。

 そんなロルフの方を見向きもせずに、イーナは言葉を続ける。


「まるで自らの存在を誇示しているみたいだ」


 それを否定する事はロルフには出来ない。充分に有り得る事だったからだ。


「まあ今考えても仕方ない。警戒を厳にして今日は休むぞ」


 帰りの日程を考えると、使えるのは後一日か二日。

 勝負は明日からだ。

 ロルフはそんな事を思いながら、頭の中で明日からの予定を立てる。そして周辺を探索し適切な野営場所を探したが、そう都合良く見つかる筈もない。結局少し戻り、前もって当たりを付けていた場所に天幕を張る事になった。

 簡素で味気ない食事を済ませると、見張りを立て順番に休む事にする。


 ――そしてその夜の事だった。


 見張りを行っていたのは、ロルフとイーナ。お互いに話す事もなく、ただ宵闇に目を凝らすようにして、時を過ごしていた。一応は魔物除けの結界のようなものを張っていたが、最低限のものだ。いざとなれば役に立つものではない。

 だからこそ焚き火によってある程度の視界を確保している訳だが、これも場合によっては自らの存在を知らせてしまう。その所為だったのだろうか。


「……?」


 最初に違和感に気付いたのは、ロルフだった。

 焚き火の明かりによってある程度は視界が利く。だがその逆にその明かりの射さない場所の暗黒は更に濃く深くなっている。それはまるで黒の染料でもぶちまけたようだった。

 当然そんな中を見通せるほど、ロルフに特殊な能力がある訳ではない。

 だが、空気がざわめいたような気がした。


「どうかしたか?」


 隣から訊ねてくるイーナには答えずに、ロルフは闇に目を凝らす。闇を見通す事が出来るなど思っていない。だが意識を集中させ、感知野を広げ、精度を高めていく。違和感が徐々に確かなものとなり、像を結ぼうとしたその時――風切り音が響いた。

 一瞬遅れて、咄嗟に掲げた盾から鈍い音と僅かな衝撃。地面にぼとりとこぶし大の石塊が落ちた。


 ……投石?


 そんな思考とは別に、口は動いていた。


「襲撃だ!」


 それと同時に続けざまに石塊が複数、飛んでくる。雨霰とまではいかないが、躱しきるのは難しい。


「イーナ、俺の後ろに!」


 両方の手に携えた大小二つの盾を使い、投石を防ぐ。ロルフにとってはそれほど怖くない攻撃だが、イーナの場合は別だ。致命傷には程遠くても、負傷は蓄積する。それは避けたかった。拓けた場所に天幕を張ったのが仇になり、身を隠せる場所は少ない。その上、投石は絶え間なく続いてくる。


 相手は誰だ。そんな疑問が頭を掠めたところで、リタとマウリの二人が天幕から飛び出てきた。ロルフはちらりと一瞬だけ視線をそちらへ向けると、再び元の暗闇へと視線を戻した。リタとマウリがイーナと共にロルフの後ろへと移動する。ロルフが盾を忙しく動かして、次々と放たれる投石を弾き返していく。


「リタ。見えるか?」


 ロルフが後ろに控えているリタに声を掛ける。後ろにいるダークエルフは種族上、ある程度暗視が出来る。それ故の問いだった。


「うん……獣鬼だ。武装は石器や木製が中心だけど、一部は金属製のものを持っているのもいる。種類は様々。棍棒や槍に斧、それに――投石紐」

「数は?」

「大分多い。少なくても数十」


 ロルフはそんなリタの言葉に微かに表情を歪ませる。一匹一匹は大した事がないとは云え、かなり厄介だった。数はそれだけで力だ。不覚を取ってしまう可能性も増える。そして不覚を取ってしまえば、後は数の暴力に抵抗するのは非常に難しい。だがそれ以上に、獣鬼をこれだけ動員できるような存在が攻撃を仕掛けてきたというのが問題だった。


「この中に目標の気配が読める奴はいるか?」

「…………」


 誰も答えない。

 これだけの獣鬼を統率できるような個体など、通常の個体では有り得ない。まず間違いなく変異体だろう。だが変異体なのだとしても少し珍しいタイプだ。周辺の同族を統率し、強化する。皆無という訳ではないが、多い訳ではない。このような類型は時間が掛かる毎に厄介になっていく。このままいけば新たな主となって、竜穴に居座る事になる可能性も無いとは云えない。


 ……まあ、そんな事になったらさっさと上の人間が討伐するか。


 ロルフは胸中で呟く。

 低難度の依頼を高位階の冒険者が解決する事は推奨されていないが、特別な事情があるのなら話は別だ。冒険者ギルドに所属している上級の徒党がこの程度の魔物などあっさりと解決してみせる筈だ。


「……どうする?」


 イーナの問い。ロルフは答えずに別の問いを口にした。


「発光弾は残ってたな?」

「ああ」


 イーナが頷く。それを見てロルフは一つ頷いた。そしてリタとマウリの方を見回す。


「発光弾をぶち込んで、突っ込む。指示は俺が出す」


 再び視線を前へと向け、ロルフが告げる。その声は微かに震え、熱を帯びていた。恐怖か、高揚か。あるいはその両方か。


「行くぞ」


 ロルフは自らの胸から湧き上がってくる昂ぶりを押さえ付けるように、右手に握った盾の端を自らの心臓に押し当てた。



探索パートは何かあんまり面白くなりそうにないので、巻き展開で。

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