第二十六話 探索(上)
死体から金目の物を頂く。
別に犯罪でも何でもない。余り気持ちの良い事でも無いが、下手な見得を張って頂く物を頂かない等という選択肢が取れるほどロルフ達に余裕がある訳もない。
埋葬や焼却はしなかった。焼却は兎も角埋葬くらいはしても良かったのかも知れないが、冒険者等というものを生業にしていれば野垂れ死になど良くある死に様に過ぎない。
「なんかの依頼で来たのかねー」
「さあな」
後ろでイーナとリタが話し合っているのを聞きながら、ロルフは金目の物を探しているマウリの作業を見守った。だがマウリはやがて諦めたようにロルフの方へ向き直って無言で肩を竦めた。
「駄目か?」
ロルフの問い掛けにマウリは一つ頷く。
「駄目。金目の物は何もない」
「装備は?」
「使い物にならない程に壊れてる」
その言葉にロルフは微かに眉を顰めた。内容自体も残念だったが、それ以上にそれの意味する所が気になった。奪われたのか、それとも元々何もなかったのか。後者ならロルフ達の同類だ。親近感と、その成れの果てを思い不吉さに少し厭な気持ちになるだけで済むだろう。
だが後者の場合なら話は違う。ロルフ達のように偶然通りかかったものが奪っていったのか、それとも彼らを傷つけた加害者が奪っていったのか。
辺りは相変わらずの光景が続いている。怪しい気配はしない。知識があれば死体からもう少し詳しい情報も手に入るのかも知れないが、ロルフ達の中にそこまでの知識があるものはいなかった。
「仕方ない。先へ行くぞ」
考えていても仕方ない。ロルフ達は先へと進んだ。
隊列は迷宮探索の時と同じ。現状ではこれがきっと最善だ。
専門知識の足りないロルフとマウリが主に索敵を担当し、【樹海探索】のスキルを持つイーナと、【錬金術】をかじっているリタがその他の事を担当する。
カラトの樹海に限った事でも、そして俗に迷宮と呼ばれる場所に限った事でもないが、魔力はあらゆるものに影響を与えている。それは当然、そこに暮らす動物や自生する植物についても例外ではない。逆に言ってしまえば、そこに自生している植物などから、その土地の魔力的特性などを割り出す事も出来る。
例えば、本来有り得ない種類の植物が生えている。有り得ない種類の動物が生息している。有り得ない種類の鉱石が土に混じっている。
それは直接的に、あるいは間接的にある種の異常を伝える有力な手掛かりだ。そのような探索スキルに習熟したレンジャーは、残った魔力的な残り香だけによって、そこを通った魔物の種類がある程度判別が付くと云う。
勿論イーナはまだその領域には達していないが、明確な異常があれば判るはずだ。そして錬金術をかじったリタなら珍しい素材についての知識がある程度はある。
考えれば考えるほど足りない事ばっかりだな、とそんな事をロルフは思う。
先の迷宮探索では、リタとマウリの防御力不足、そしてロルフの盾役としての未熟さを痛感させられた。変異体を狩る段になってみれば、このような探索活動が初めてな事に気が付く。
結局の所、ロルフ達4人の徒党はまだ徒党としてまともに形になっているとは言い難いのだ。目標も役割分担も、そしてどんな種類の冒険者を目指すべきなのかも決まっていない。
ロルフはそんな事を取り留めなく考えていたが、やがて頭を振って埒もない思索を打ち切った。リタが窺うように視線を向けてくるのに目線で何でも無い事を告げる。納得したのか、リタはそのまま視線を前方へと向けた。
その日は、そのまま何事もなく最初の目的地である中途にある宿泊場所に着いた。異常は見受けられない。以前来た時はこの場所で危険に気が付き、何とか危ないところで難を逃れた訳だが、その痕跡も見付けられなかった。
「……さて、どうする?」
取り敢えず簡素な夕食を済ませた後、ロルフは三人へ向かって問い掛けた。問題は就寝する場所の事だった。ここは一応は宿泊場所として用意されているだけあって魔物の襲撃には強いが、人間の襲撃については考慮に入れられていない。
「私は、此処で良いと思うなぁ」
「私もだ。あるかないか判らない人間の襲撃を恐れて、無駄に魔物からの襲撃の危険を上げる事は無いだろう」
イーナとリタの二人が此処で就寝する事に賛成する。ロルフは残る一人へと視線を向けた。
「マウリは?」
「……判らない。ただあれは魔物による外傷に見えた」
それはロルフも同意見だった。あの死体に刃物の傷は無かった。魔物の中には人を好んで喰う存在も多いが、全く喰わない存在もいる。それを考えればそういった魔物の襲撃にあったと考えるのが一番可能性としては高い。それこそ獣鬼にやられたという可能性だって充分にある。だが同時に、そうと隠蔽した人間にやられたと云う可能性もある。だが――。
「ただあの冒険者達を襲う理由なんて何も無いと思うんだよなぁ……」
「なんだよねぇ」
ロルフの言葉にリタが頷く。盗賊などと一言で云っても、実際にやろうとすれば中々難しい。特に野外で商人などを襲おうとすれば尚更、今ロルフ達がそうであるように魔物の襲撃を警戒しながら野営をする必要がある。そんな事をしてまで襲う程の旨みがあの冒険者たちにあるとは思えなかった。
そんな事を説明するとマウリも納得したのか、結局この宿泊所で夜を明かす事になった。
夜間の見張りはイーナとリタ、マウリとロルフの組になった。どんな組み分けでも問題ないとリタから言い出したのだ。実際、この組み分けについてイーナもリタも特に不満は述べなかった。
信頼の証なのだと思うほどに素直ではなかったが、信用していると向こうから歩み寄ろうとしている事くらいはロルフにも察する事が出来た。
それは、思ったよりも嬉しいものだった。
その日の夜は何事もなく過ぎていった。
マウリと鍛錬法などの事についてぽつぽつと話しながら時を過ごすのは、ロルフにとってそれほど苦痛ではなかった。もしかしたらマウリが余り喋るのが得意では無く、沈黙を苦にしない性格だからかも知れない。どちらにしろ、寡黙なマウリと、必要になれば話すが、大抵の間は寡黙と云えるロルフはある意味似た者同士とも云える。克己的に何かを求めている事も同じだ。マウリは単純な強さを、そしてロルフはもっと曖昧模糊とした何かを。
相性は良かったのかも知れない。少なくともロルフにとって、何を考えているのか今一つ掴めない上に異性であるリタと過ごすよりも気は楽だった。
「……それにしても良い天気だな」
朝食などを全て済ませいざ出発という段になって、ロルフがぽつりと呟いた。その視線は微かに細められ、透き通った青空へと向けられている。
「うん」
隣にいたマウリが頷く。脳裏には此処へ来るまでに遭遇したあの雨の事があった。あの時のような雨があれば、探索は大いに難しくなるだろう。出来れば避けたい所だ。
準備の時間と移動時間に二日使ってしまった。残りは後5日。此処からベリメースまで戻るのに大体1日掛かるとすれば猶予は4日。決して充分とは云えないが、やるしかない。
「頼んだぞ。――イーナ」
「ああ、任せておけ!」
イーナは破顔して、自信ありげに親指を立てただけの握り拳を返す。ロルフは意味がよく判らなかったが、求められている気がして同じ動作をして返した。イーナの笑みが深くなり、満足げに一つ頷く。
「よーしよし」
「何がよしのか知らないが、しっかり頼むぞ」
「だから任せておけって。……まあ上手くいくかは知らないが」
「おい」
そんな言葉を交わしながら、ロルフ達はイーナを囲むようにして出発する。進むのは、取り敢えず竜穴に近付く方向だ。今までのような、一応は整備された道ではない。当然それほど便利に使える地図もない。どちらへ進むべきか選ぶのも殆ど手探りだ。肉体的な負担も精神的な負担も今までより格段に上だった。特にロルフのように本来なら両腕に盾を持っているようなスタイルの場合は尚更だ。仕方ないので邪魔になるカイトシールドを背中へ吊す形で進む。
「やっぱり竜穴に近付くにつれて、植生も少し変化しているな」
暫く進んだ時の事だった。しゃがみ込み、地面に咲いている花を鋭い視線で調べていたイーナが立ち上がり、そんな言葉を口にした。その内容自体に驚きはしない。充分に予測できた事だからだ。問題は――。
「どの程度違う?」
「……難しいな。」
イーナが顎に手をやり考え込む。
「獣鬼の位階が1上がるくらいは普通にあるだろうが……他の種類の魔物がどうなっているかは判らない。前もって得ていた情報だとここら辺には獣鬼以外の魔物は余り出てこないらしいが、そんなの大して当てに出来ないからな」
「そいつらがあの冒険者をやったという可能性も?」
「当然ある」
そんな事を話していた時だった。
ロルフは感知野に気配を捉えた。それに少し遅れて、他の三人もその気配を捉える。
「やっぱり少し強くなっているな。位階は2の上か3の下って感じだ」
そう告げるイーナの視線の先には、茂みから現れた七匹の獣鬼の姿があった。だがその声には大した緊張はない。獣鬼が手に持っているのは、木をそのまま使いやすい様に加工しただけの簡素な棍棒だ。身のこなしにも洗練されたものは感じない。
「手早く片付けるぞ」
ロルフは獣鬼を見据えながらそう告げる。この程度の敵に、今更負ける気はしなかった。
地味な展開が続くなぁ。
次の章に入ると少し他者視点の話も含め、人間関係とかにもう少し重点が置かれる感じになると思います。




