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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第三章 格上殺し(ジャイアントキリング)
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第二十五話 探索開始



 結局、アネルマの所で買ったのは次のようなものだった。

 閃光弾の材料となるビートボイの鉱石――3000ラクマ。アンテロがやってくれるというので加工はして貰わなかった。他の材料などと混ぜ合わせるなどの調合のレシピもあるようなので、ラクマに余裕がある時に試してみても良いかも知れない。

 集中力を高めるロエソの丸薬――1500ラクマ。これはイーナに使う分だ。このように自らの力を高める活性薬の類は、ちゃんぽん、つまり効果の異なる他の活性薬と併せて服用する事が難しい。それをするのだったら服用者に応じて調合を変えるなどの手間暇を掛ける必要がある。

 耐久力を高めるモエフライスの煎じ薬――1500ラクマ。これはロルフに使う分だ。耐久力を高めると云っても別に実際に身体の強度が上がる訳ではない。痩せ我慢が得意になる程度、薬を作ったアネルマはこれをそんな風に評した。

 そしてリタ用に調合された強壮薬――5000ラクマ。リタが持っている【増強】を最大限に活かす為の薬だ。時間も無い中ではそれほど効果があるものは作れないそうだが、今のリタには充分だ。薬が切れた時の反動も、今のリタが作るような増強剤よりはずっとましだという事らしい。


 これら全てを合わせると、総額で11000ラクマ。

 将来的な事も考え合わせたサービスで1000ラクマを値引きして貰い、払った額は10000ぴったり。

 先の迷宮探索で出来た余裕をほぼ全てつぎ込んだ形だ。


 案内人は雇わなかった。正確には雇えなかった。

 伝手と時間が無かったと云う事もあるが、それに何よりもラクマが無かった。

 結局ロルフ達4人だけで出発する事になった。リタの薬の調合やビートボイの加工などに一日を使った為、残り期間は6日。移動時間などを考えると、探索に使える時間は3日ほどだろうか。

 厳しい、かも知れない。それとも案外簡単にいくかも知れない。ロルフには成算の予測はつかない。だがやってみるしかない。


「さて……」


 ロルフが辺りを見回し、適当な場所を探す。場所は南部ベリメースへの出入り口だ。ロルフとマウリがこの街にやって来た時に利用した場所でもある。あの時、共にいた一人と一匹は既にいない。その事に何も感じないと云えば嘘になる。だがロルフはそんな感情を押し殺すと辺りへと観察の視線を向けた。不審な存在はいなかった。と云うより、人の気配自体が殆ど無かった。


 それもある意味当然かも知れない。現在この道を使ったトーレとの交通は出来れば避けるようにと云う通達が出ている。好んで危険を冒すような存在もそうはいないという事だろう。


「じゃあ出発前に確認しておくぞ」


 地面に胡座を掻いて据わり目の前に地図を置く。そして三人に手振りで座るように示した。イーナが片膝を立て、そこに両腕と顎を乗せるような形で座る。リタは両膝を立て、マウリはロルフと同じく胡座の形だった。座り方一つを取ってみてもそれなりに違うものだ。そんな事を思いながら、ロルフは三人が座った事を確認すると口を開いた。


「まず大前提の地理から――」


 話す事はこれからほぼ一週間掛けて行うクエストの予定だ。無防備に話すのは避けるべきだが、この調子なら聞き耳を立てているような連中はいないだろう。


「そもそもトーレとベリメースの間には大きな通商路が一つある。これはベリメースの東部とトーレをほぼ東西真っ直ぐに貫く道で、魔術的な防護もされている。人為的な何かが起こらない限り、『事故』が起きる可能性も殆ど無い。んで、その南の方に俺とマウリが此処に来た時に使った道がある。それが今俺たちがいるような場所だな」


 そう言いながら、ロルフは地図を指差す。身を乗り出さなくては届かない所為で、少し不便だ。指示棒か何かがあれば便利かも知れない。ロルフは頭の中のリストに付け加えておく。


「そしてこの二つの道の間に挟まれるようにして、竜穴、つまり魔力の溜まり場がある訳だな。俺たちがこの前潜った所だと、迷宮の主であるドルインがいるような所だが、此処には幸か不幸かそのような主はいない。だからかどうかは知らないが、変異体の発生確率は結構高めだ」

「今回のもそうだよね」

「ああ、本当だったら竜穴をどうにかした方が良いんだろうが、それにはかなりの手間と時間が必要だから、ベリメースもトーレも現在の所その予定はない」

「まあ、物流担っている方に問題がなけりゃ、それも当然だよな」


 イーナの言葉にロルフも頷く。


「そうだな。整備がきちんとされている事もあり、変異体が発生したとしても、暫く徘徊した挙げ句に南の道を横切って何処かへ行くというのが今までのパターンだ。巨額のカネを投じて改善しようとは思わないだろう」

「ま、道具揃えるのに四苦八苦して案内人も雇えない身としては気持ちは痛いほどに判るな」

「……あははっ」


 リタが力なく笑う。


「まあそれを結果として飯の種にしている俺たちが云える義理じゃないだろうし、ぶっちゃけそこら辺は上の考える事だ。今回の事で問題になるのは、恐らくその竜穴の影響によって生まれたであろう変異体と、その竜穴近くの魔物の種類だ」

「やっぱ竜穴の傍の方が強くなってるの?」

「おしなべて云えばな。だがまあそこら辺は現地に行ってみなくちゃ判らないところではある。それより問題は目的の変異体以外の脅威だ」

「……?」


 その言葉に三人の瞳に疑問の色が浮かぶ。それも当然だろう。以前の打ち合わせではここまでしか話していない。その時に話さなかったのは別に隠していた訳では当然無く、ただ単に情報が余りにも漠然としており物証に欠けていた為だった。だがその後に少し調べてみると、どうも単純に根も葉もないとは言い切れないような気がしてきたのだ。


「まずこれから話すのは確証もない結構胡乱な話だっていうのは理解しておいてくれ。これから行く場所には当然魔物が現れる。そして目的となる変異体が恐らくいる。だがそれ以外にも考えられる脅威が二つある」


 三人が無言でロルフに話の続きを促す。


「一つは人間だ。まあ通行が推奨されていないとは云え禁止されている訳でも無いから気にしすぎるのもあれだが、盗賊のような連中が一時的に使われていない南の方を利用している可能性もある」

「そっちは今更だね。盗賊みたいのがいる可能性っていうのは、こういった場所ならあって当然。気にしすぎるのも問題だよ」

「ああ。それはそうだ。だから本命はこっちでな……どうも変異体以外にも強力な個体が現れる可能性があるらしい」

「……どういう事だ?」


 イーナが目線を厳しくして訊ねてくる。リタとマウリの表情も同じく厳しい。


「つまりそもそも強力な力を持った魔物が何処からともなく出現する事が稀にあるらしい」

「……どっからだよ」

「さあ」


 イーナの言葉にロルフは軽く肩を竦めた。北からやって来たのだったら、まず間違いなく判る。そして在来の魔物が変異したのだったらそれも判別はつく。それ以外の可能性と云えば、何処からか持ち込まれたか、それとも――。


「……どっかに抜け道があるとか?」


 リタの呟きにロルフは無言で頷く。

 その可能性は充分に考えられる。尤も仮に見付けたところで、今のロルフ達には手に余るものには違いない。


「……はぁ」


 そんな自らの無力さを嘆息するように、イーナが深い溜め息を吐いた。



 不確定要因がどんなに考えられようと、一度始めた以上やり進めるしかない。所詮足を使わずに手に入る情報などその程度のものでしかないのだ。

 ロルフ達は最後の打ち合わせを済ませると、南部ベリメースの出口からトーレまでの道を辿り始めた。目的地はベリメース側にある宿泊所。まずはそこを拠点にして動くのがよいだろうという事に前もって決めていた。


 道程自体はそれほど苦労はなかった。ロルフやマウリにしてみれば少し前に通った道だ。そして何より馬車が何とか通れるように整備されている道でもある。目印すらまともにない樹海に比べれば歩くのはずっと楽だ。

 あの迷宮に比べれば出てくる敵は大分弱いはず。決して油断していた訳ではないが、そんな考えが頭のどこかにあった事も否定できない。それはもしかしたら慣れと呼ばれるものかも知れない。一概に悪いとは云えないだろう。現にロルフ達の疲労は迷宮を緊張しつつ探索していた時よりも少ない。

 だがそんなロルフ達に、突如冷や水が浴びせられた。


「……おい」


 イーナが微かに震える声で口を開く。その言葉に意味はなかった。そして返事もなかった。だが視線は全員がイーナと同じものを捉えていた。

 誰かが唾を飲む音が聞こえた気がする。先程までロルフの中にあった、自らが自信だと信じていたものが微かに揺らいだ気がした。


「……マウリ」


 ロルフはマウリに指示を出す。後列にいたマウリは一つ頷くと、無言で前へと進み出た。長柄の武器を使うリタにしろ、鎖鎌を使いイーナにしろ、そして盾による守戦を得意とするロルフにしろ、死体と思しきものを調べるような事は不利だ。無手での戦闘を得意とするマウリがこのような場では相応しい。


「どうだ?」

「間違いなく死んでる」

「死因は?」

「打撲。内臓が破裂していたり」

「殺されている連中の装備はどんな感じだ?」

「良くはない。ロルフと大して変わらないか少し下」

「……やったのは人間か?」

「不明。どちらでも有り得る」


 マウリはロルフの問いに簡潔に答えていく。

 ロルフは得られた情報を咀嚼し、状況を整理していく。結果は直ぐに出た。――保留だ。


「これも何かの縁だ。取り敢えず身分証とかあったら届けてやろう」

「めぼしいものは貰っていく?」

「ああ」


 マウリの問いに、ロルフは当然とばかりに頷いた。



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