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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第三章 格上殺し(ジャイアントキリング)
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第二十四話 買い物(下)



 船から係留された板敷の上に飛び乗る。少し不安だったが、思ったよりもしっかりしている。微かに揺れるが、バランスを崩す程では無かった。

 ロルフは物珍しげに辺りを見回す。紅い光晶石の輝きにうっすらと照らされた空間は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。辺りに置かれたり、吊り下げられている得体の知れない品々がそれを助長している。

 ひんやりとした水上特有の空気。それに樹の根から匂い立つ土の香り。そんなものに混じって、嗅ぎ慣れない香りがする。ロルフはそれを確かめるように何度か鼻を鳴らしたが、今一つ掴みきれない。微かに鼻につんとくる刺激臭。それに混じった香料のような匂い。

 そんな空間の中央には銀灰色の猫。丸々と肥えている。


「えーっと……」


 ロルフは内部へと進みつつ口を開いたが、続く言葉は出てこなかった。この猫が只の猫でない事は一目で判った。この空間にある幾つかの魔具を完全に制御下に置いている。驚くべき精度だ。ロルフが気付く事が出来たのも、この猫がまるで示威するように見せびらかしているからに過ぎない。隠すつもりであれば怪しむ事すら出来なかっただろう。


 そんなロルフに続いてアンテロとマウリ。更にその後には別の船に乗っていたリタとイーナが入ってくる。落ち着いた様子を見せる青いローブを着たリザードマン――ソナギットを除き、みな反応は似たようなものだ。


「……使い魔?」


 リタがぽつりと呟く。ロルフは一瞬その意味を掴みかねたが、少し考えて漸く成る程と納得した。確かに誰かの使い魔という可能性はある。だが当の猫は如何にも嫌そうにその顔を歪ませた。でっぷりとした頬肉が歪み、段が作られる。柔らかそうで、その毛並みは美しく手触りが良さそうだ。ロルフは少し触ってみたくなって、思わず手先がむずむずした。


「はんっ。あんなのと私を一緒にするんじゃないよっ!」


 吐き捨てるその言葉は、流暢だ。

 声は年嵩の女性のもの。少ししゃがれているが、通りはよい。

 そしてその瞳も、ヒューマンのものとは違うものの何処かはっきりとした理性と感情の色が見られる。


「……幻獣、なのか?」


 ロルフは思わず口に出していた。

 魔力を持った獣の中でも特に高位の存在は、強い力と高度な知能も併せ持つ。そういった存在の中でも人間に比較的友好的な存在を幻獣などと呼称する。尤も友好的とは云っても、それは獣の中での話だ。街中で幻獣を見掛けるような事など殆ど無い。ロルフも見た事は一度もなかった。

 そんなロルフの驚愕混じりの声は、しかしソナギットがあっさりと否定した。


「いいえ。ちょっと変わった獣人、少なくともその一種でございますね」

「……先祖返りか」

「そう言う事です」


 ヒューマンの遠い先祖に獣人の血が混じっていた場合、時折獣人の血が色濃く反映された子供が生まれる事がある。それと同様に、遠い先祖に幻獣の血が混じっていた場合、その幻獣の血が色濃く反映された子供が生まれる事がある。そう云った事だろう。ロルフは寡聞にして聞いた事がなかったが、まあ納得できない訳でもない。

 そんな会話を繰り広げていたロルフとソナギットを、銀灰色の猫が牽制した。


「勝手にヒトの事をぺらぺら喋ってるんじゃないよ」


 据わった声だ。静かだが得体の知れない迫力がある。


「失礼。話が進まなさそうだったので」


 だがソナギットに怯んだ様子はない。口調は丁寧だが、気にした様子すら見せない。ヒューマンの子供程度の身長なのに、かなりの心胆だ。知り合いなので慣れているというだけではない。このソナギットという個人の資質なのだろう。


「さて、ご紹介いたしましょう。此方の丸々と肥えた猫がアネルマ・ハカミエス様。このクライフラウの顔役の一人です」


 紹介された銀灰色の肥えた猫――アネルマは、如何にも厭そうな顔を見せた。ソナギットは構わずにロルフ達の事情を告げていく。


「……ふーん」


 それが事情を一通り聞いた後のアネルマの声だった。


「なんだかはっきりしない話だねぇ。あんたら、いったい何が欲しいんだい?」

「なんか良い感じのやつを」

「……その度胸だけは買うよ」


 ロルフの身も蓋もない答えに毒気を抜かれたのか、アネルマの目元から僅かに険が抜けた。その声にも呆れたような響きがある。


「まず大前提からいくよ。此処、つまりクライフラウに入ってくる道具っていうのは様々だけど、基本的にあんたらが買えるような値段で取引されているのは、質もお察しのやつか、まだ駆け出しの連中が作り出した商品ばっかりだ」


 そこまではいいね? と、アネルマが念を押す。それには異存がなかったのでロルフは頷いた。


「まあ駆け出しが作った商品が安く取引されるのは、此処ばかりじゃない。他の場所だってそうだろうさ。だが此処が少し違うのは、亜人領が近いせいで、統治機構の目が行き届きにくいって事だ。此処は半ば、亜人達の暮らす土地なのさ」


 ベリメースの南西にある幾つかの種類の亜人たちがそれぞれ集落を作って暮らしている辺りを、俗に亜人領などと云う。俗称なので、別に正式に認められた領地という訳では無いのだが、ベリメースではそれなりに認められていた。


「まあそんな訳で、ここじゃ他では手に入りにくい物も時折出てくる。特に道具や薬関係は中々だよ。その代わり武器防具が欲しけりゃ別の場所に行くんだね」

「……やっぱり締め付け厳しい?」


 リタの問いにアネルマは軽く身じろぎした。人型だったら肩でも竦めていたかも知れない。


「別に厳しい訳じゃないさ。今のところはね。でも怪しまれるような事はすべきじゃないだろ? まあ武器防具は駆け出しが作った奴だって品が良ければ売れるし、需要も多いってのは確かなんだけどね」


 ヒューマンと亜人の関係はベリメースでは比較的良好だが、それがどうなるかは判らない。特に亜人達の一部にとっては此処を失う事は種の存続にも関わる。過敏になるのも致し方なかった。


「で、そこら辺を考えると、獣鬼の変異体相手にあんたらが使えるようなのは幾つか用意できるよ」

「へえ」


 ロルフだけでなく、徒党のメンバー、それにアンテロが興味深げに身を乗り出す。


「まあ、あんたらも判っているだろうけど……誰にでも使えて廉価でそれで戦闘を勝利できるような便利な道具は無い。なのでどれを捨てるかって話になる。意外かも知れないけど、この中で一番強い制約は値段だ。特に戦闘を生業にするようなやつにとっては、ね。なのでここは当然押さえないといけない。次に使うのに特殊な技術が必要なもの、相手を罠に嵌めたりするような魔具から人形まで色々だけど、あんたらの中にはいないみたいだから今回は省略するよ。まあその内ある程度は覚えても良いと思うけどね」


 そんな言葉と共に、アネルマが商品らしき物が陳列してある眼前の敷布を一瞥した。すると、紙や薄い布で区分され包まれていた鉱石や植物が、影に飲まれるように消え失せる。【収納】などと云われているスキルの系統だろう。魔素の形に物体を変化させ、持ち運びを便利にする為の技術だ。ロルフの予想を裏付けるように、そこにはすぐに新たな商品が並べられた。尤もその内容は相変わらず植物の根や錬磨もされていない鉱石などで、ロルフの知識の及ぶものでは無かったが。


「という訳で、あんたらが買えるものと云えば、あれば戦闘を少し有利に進められるものでしかない。それを踏まえて私が提案できるのはここら辺だ」

「……ビートボイか」


 アンテロが鉱石の一つを手に取って呟いた。黄色の色の余り混ざっていない鉱石だ。それを見る目は流石に鋭く、手付きも手慣れたものを感じさせる。


「ああ、位階が3の鉱石だ。比較的低位階の中では意外に使える鉱石だよ。加工すれば一瞬だけ強力な光を発する閃光弾が作れる。3位階にしては効果は強力だが、結構使い方が難しいかも知れないね。加工時に少し危ない事もあるから当然手間賃は貰うよ。そっちの鍛冶職が加工できるんならそれでもいいけどね」

「まあ、ビートボイ程度だったら何とかなるぜ。まあ時間とかの関係もあるし、他の材料との兼ね合いもあるから一概に任せておけとは云えないけどよ」

「一個、手間賃入れないで3000ラクマ。加工した状態で手渡すなら4000ラクマ。まあ取り敢えずの値段だけどね」


 あの目録にあったのよりは少し安い。ただ値段だけではどうも判断がつきかねた。

 ロルフが顎に手をやり悩んでいると、アンテロがそれを察したかのように口を挟んだ。


「多分、ここら辺は同程度の値段の商会の奴よりは安いと思うぞ。と云うか、これで元が取れるのか? 大手の商会とかじゃないと厳しくないか?」

「うちらも低位階の商品に関しては、多少の赤字に目をつむってでも売っておきたいのさ。これから上に行くかも知れないし、亜人に偏見の無さそうなヒューマンなら尚更だよ」


 その言葉にロルフの仲間三人が納得の表情を見せた。ほんの僅かな疎外感、そして得体の知れない期待感。そんなものを感じ、ロルフが僅かな戸惑いと共に視線をさ迷わせると、にやりと瞳を細めているアネルマと視線が合った。


「まあ気にする事はないさ。ただ今は忘れないでおいてくれればいい。生き残ったらいずれ返してもらうさ」


 その言葉に、ロルフはアンテロと初めて会った時の事を思い出した。だがそんなロルフを気にする事もなく、アネルマは言葉を続ける。


「もっと手っ取り早いのが良いんだったら、ニーエンの根があるよ。これも位階が3だけど単純な攻撃力ならかなりのものだ。まあ一言で云ってしまえば、爆弾みたいなもんに加工できると思ってくれれば間違いがない。借りだって事をお前さんが忘れないってんだったら、加工費合わせて大特価の3000ラクマだ」

「どの程度効果があるの?」

「獣鬼の変異体に一撃必殺とはいかなくても、それなりに効く筈だよ」

「へえ」


 リタが感嘆の声を上げた。


「獣鬼の変異体みたいなやつを相手にするんだったら、毒薬みたいなのは避けた方が良い。なにせ効くか判らないし、効いても回りが遅いなんていうのは良くある事だからね。相手を狂乱に陥れるチーマエの葉や、恋人を毒殺するのによく使われてきたクアクラオンの根なんかも位階3で使い道はあるんだけど……」

「俺たちの徒党は、道具については素人に近いんだ。出来れば見た目で効果が判って使いやすいやつにしれくれ」

「だろうね」


 ロルフの問いにアネルマが一つ頷いた。


「って事は、ここら辺はどうかねぇ」


 そんな事を言いながら、アネルマは幾つかの商品を入れ替えた。


「……どんな効果なんだ?」

「ロエソの丸薬。まあ集中力を高める薬だね、意識を先鋭化させる事が出来る。飲んで損になるような事は無いよ。一回分で1500ラクマ。似たようなやつとして、単純に力を底上げするジーチョイの葉、耐久力を高めるモエフライスの煎じ薬なんてものがあるよ。これらも一回分1500ラクマだ。尤も効果が似たやつをちゃんぽんするのは勧められないけどね」


 ロルフはアネルマの言葉に暫し考え込んだ。

 確かに、どれもそれなりに便利そうだ。だが当然全てを買うような金は無い。

 視線をちらりと仲間たちの方へと向ける。だがマウリはそもそも道具は余程の事が無い限り使わないだろう。イーナは、全て任せると、視線と簡単な身振りでロルフに伝えてきた。ならばリタは――?

 そんな事をロルフが考えていた時だった。しゃがみ込み、興味深げに陳列された植物へ視線を落としていたリタが口を開いた。


「ねえ、私にも使える強壮薬、調合する事は出来るかな?」



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