第二十一話 対策会議(上)
冒険者の徒党というのは幾つかの級に別れている。
この級というのは判りやすくその徒党の能力を示す指標とも云えるが、同時にその徒党がどれだけ冒険者ギルドに評価されているかを示すものとも云える。
例えば、ロルフ達は現在5級であり、見習いである6級より一つ上だ。6級が学生などの為のランクである事を考えると、最下級と云ってよい。つまり冒険者ギルドはロルフ達の徒党について何の評価も下していない。
この徒党のランクというのは、ややこしい事に他の都市でも同様に働くとは限らない。つまりある都市で一級の徒党であった冒険者たちが他の都市では5級からやり直すなどと云った事も普通に有り得る。だが更にややこしい事に、全く関係ないと言い切れるものでもない。他の都市で一級の徒党だった事を鑑み、その都市でも最初から一級の徒党として活動が許されるなどといった事もあるのだ。
要は、冒険者の徒党を評価するのは、冒険者ギルドであると云う事だ。
そしてその冒険者ギルドは各都市にあるが、その都市間の連携は千差万別だ。完璧に中央の本部に従っている訳でもないし、完全に独立している訳でもない。周辺と仲がよい支部もあれば、逆もある。
つまり、冒険者ギルドと云うのは迷宮と魔物と冒険者を管理する組織であり、これらがあらゆる面で重要なこの大陸の性質上、その土地の統治機構と密接に関係し合う。統治側が強ければ、その支部は統治機構の下部組織のようになるし、支部側が強ければ、その場所のあらゆる事が冒険者ギルドによって決められるようになる。
元々確たる統治機構があった訳ではないベリメースでは、その傾向は尚更に強い。
どちらかと云えば、政府というものが冒険者ギルドにぶら下がっているようなものなのだ。冒険者ギルドに逆らうような事など出来ない。
それ故に、冒険者の徒党に与えられる『級』というのはこのベリメースで冒険者をやっているのだったら上げておくのに越した事は無いものだった。
そしてそれ故に、『級』に注目している人間は多い。
登録して直ぐ、まだ名前すらまともに決まっていない徒党が級を上げれば、それは耳聡い者には伝わる。少なくとも上へ行く気のある徒党だとは判るだろう。その結果、もしもめぼしい仲間が現れなくても、それはそれで諦めがつくというものだ。
そんな思惑の元、ロルフが最も手っ取り早く級を上げる手段として考えついたのが、ベリメースへ来る時に吠え声を聞いたあの魔物の討伐だった。
その理由は幾つかある。
まず第一に、あの魔物を倒せばまず間違いなく級が上がるという事だ。ベリメースへ来る時にロルフも利用したベリメースとトーレの間の通商路、あれは金に困った人間か腕に覚えるのある人間が利用する隘路に過ぎない。だがそれでも公道には違いないのだ。利用する人間も当然いる。何時までも利用不可にしておく事はトーレにしろベリメースにしろ望んでいないだろう。その為なら駆け出しの徒党の級を一個上げるくらい安いものだ。
そして第二に、恐らく今のロルフ達でも倒せる可能性のある相手だと云う事だ。
ロルフ達の報告であの通商路が暫く通行禁止になったのは知っていた。そしてまだ現在も復旧の見通しは立っていないと云うのもロルフは聞いていた。
そこから一つ推測できる事がある。
あそこにいる魔物は、恐らくは獣鬼の変異体。位階は4が精々であると云う事だ。
そもそもあの路は、時折強力な魔物が出る事が知られており、それに遭遇した時点で運が悪かったと云う事になる。だがそのような魔物は長い間居座るような事は無く、比較的短時間で姿を消す。それだけあの路に魅力が無いとも云えるのだが、それをしないと云う事はそれが出来ないような魔物。つまり他の場所に移れる程の力を持たず、なおかつ交通を遮断できるような強さを持つ魔物だという推測が立つ。
そんな可能性が最も高いのが、位階が4程度の獣鬼の変異体だ。
もしもそうならば、今のロルフ達でもやりようによっては充分に勝機はある。
「で、どうだった?」
ロルフはリタとイーナの二人に向かって声を掛けた。マウリはこの場にいない。怪我の違和感を無くす為に通っている道場へと行っている為だ。
ロルフ達が居るのは冒険者用の酒場の個室。少々高いが、これも必要経費だ。手っ取り早く密談するのならこういった場所が一番手っ取り早いらしい。
「うん。ロルフの予想通りベリメースの冒険者ギルドもそろそろ調査に入ろうかって感じみたい」
位階4程度の獣鬼の変異体。
そんな予測は冒険者ギルドの方も立てているだろうが、それをそのまま鵜呑みにして討伐依頼を出す訳にもいかないのだろう。まず調査隊を組織し、その結果を以て討伐以来を出す。まあ教科書通りと云える。この調査隊が壊滅するような事があれば、もう一段階優秀な調査隊を送る。未探索の区域などを調べる時の常套手段だ。
そして、そんな危険度の高い仕事を請け負うからこそ冒険者の価値はあるとも云える。
「向こうさんの感触は? 俺たちが調査と解決をまとめてやってみせるって云ってみたんだろ?」
そのような話になって、リタは冒険者ギルドに行って貰っていた。リタは顔に少し困ったような色を浮かべると、頬を人差し指で掻くような仕草を見せた。
「まあ一応、少し待ってはくれるみたい。ただ少しだね」
「具体的には?」
「1週間。それが過ぎたら調査隊が編制される」
「……1週間、ねえ」
イーナが頬杖をつきながらリタの言葉を繰り返した。そして置いてある水を胡乱そうな物を眺めるような表情で見詰めつつ、ストローで一息に啜った。半分ほど残っていた氷水が数秒で無くなる。イーナはつまらなさそうにストローで氷をがらがらと掻き回し、名残惜しげにもう一口硝子製のカップを直接口へと傾けた。
そして氷をばりぼりと噛み砕くと、厳しい表情で口を開いた。
「正直、厳しくないか? 調査は私たちだって必要なんだ。そっから準備を調えて、戦闘。探索に行き帰りの時間を考えたら、明日出発してもぎりぎりだぞ?」
「あの魔物の吠え声がしたのはベリメースに近い場所だった。そこからそれほど移動していないのだったら、もう少し時間的余裕はある。そこら辺はどうだった?」
「確かにどっちかと云えば襲撃されるのはベリメース側に近い場所みたいだね。魔具に刻まれているからそこら辺は確か」
「……うーん」
唸り声のような声を上げながら悩んでいるイーナを横目に、ロルフはもう一つイーナに頼んでいた事を思い出した。ベリメースに来るときに同乗した行商人であるカストについてだ。行商人という商売柄、ロルフ達よりも詳しい情報を持っているかも知れない。そしてあの通商路が通れないのは少なくとも嬉しくはないだろう。ある程度協力も見込めるかも知れない。
「そういや、カスト・アレッシって云う行商人についても頼んでおいたけど、調べられたか?」
リタはロルフの問いに少し困った顔を見せた。先程までの、作ったようなものとは少し違う。大きな金色の瞳を微かに伏せて、吐き出す言葉に迷うようにその唇を中途半端に開き、閉じる。逡巡しているのだ。そうロルフが気付いたときには、リタの覚悟も決まったらしい。真っ直ぐにロルフを見詰め、ほんの僅かだけ震えた言葉で告げた。
「死んでた」
別に予想をしていなかった訳ではない。
その可能性はあると思っていた。底辺の行商人など、いつ死んでもおかしくない人種だ。だが改めてその事実を聞くと、どれだけその覚悟が出来ていなかったかを思い知らされる。悲しいのとは違う。無論、嬉しい訳でもない。だが人がごく当たり前に死ぬのだという単純明快な事実を改めて突き付けられて、その重さが胃の臓腑に染み込んでいくようだった。
「……そうか」
ロルフは一言小さく呟いた。
脳裏には様々なものが思い巡らされた。最も強く鮮明に思い浮かんだのは、セルホと名付けられた馬の生温かく湿った鼻面だ。賢かったが見た目よりも食い意地が張っていたあの馬の、獣特有の匂いと澄んだ瞳。
「……死んだか」
ロルフはもう一度呟くと、意識を切り替えた。何かを振り切るように頭を振る。無精のために散髪をせずにいた髪の毛が、耳元で微かな音を立て振り回される。頭の血液が遠心力で振り回されて不快感にも似た感覚が走る。
「……はぁ」
ロルフはそんな諸々の混濁した感覚を重い溜め息一つに込めて押し流した。イーナが黙って氷水を銀色のケトルから硝子製のコップに注ぎ入れ、ロルフの方へと押しやった。ロルフはそれをストローも使わず直接口へと入れる。冷たい水が、どんよりとした澱んだ感覚に支配されていた頭を洗い流すようにして覚醒させる。一緒に入ってきた大きめの氷をいっぱいに頬張りながら、ロルフはリタに話の続きを促した。
「んぅ」
噛み砕けないほどに頬張っている所為で、口の中がひんやりと冷たい。ちょっと冷たすぎる程だ。その所為でロルフの催促は意味不明な声と共に顎をしゃくるという中途半端なものとなった。
だがリタには充分だったようだ。無言で一つ頷くと口を開いた。
「カスト・アレッシが死んだのは行商の時の事故だけど、どうやら今私たちが狙っている奴にやられたみたいだね。あの路を行く時に消息を絶ち、その後、馬車と共に遺体で発見された。死体は引きちぎられていたみたい。火傷や、他の何か特殊な攻撃を連想させる傷跡は無し。単純な物理攻撃だけ」
「…………」
「さっきも云ったけど、冒険者ギルドはこの事態を一週間以内という期限付きで解決出来たらこっちの功績にしてくれる。報酬は7万ラクマ。全額後払いで、当然の如く経費は込み。その代わり依頼をキャンセルしても罰金とかは無し」
悪くはない。正式な依頼なら兎も角、ロルフ達のような駆け出し相手なら悪くはないだろう。それは冒険者ギルドの期待の無さを示している訳だが、ロルフは別に構わなかった。これからだ。これから認めさせればよいのだ。
「もしも本気でこの依頼を受けるつもりだったら、ある程度は覚悟が必要だよ。判ってると思うけど」
そんな風に覚悟を決めているロルフの耳に、さり気なく釘を刺すようなリタの声が届いた。




