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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第二十話 打ち上げと反省会



 ベリメースの大通りを四人で歩く。時刻は昼を過ぎた辺りだ。昼食を取ろうとしていた人の波も少し穏やかになっている。だがそれでも人通りはかなりあった。歩くのにも困るほどではないが、余所見をしていればすぐにぶつかってしまいそうになるぐらいには多い。


 ベリメースはカラトの樹海の中に作られた都市だ。

 必然的に木材が余っているのか、建物は木造建築が多い。場所によっては、巨大な樹をそのまま刳り抜くようにして作られた建物も存在している。

 また神木か何かなのか、街中にも幾つか巨大な樹がそのまま残っている。そんな木が枝をあちこちに広げ、中空に自然の通路を作り上げていた。使い魔なのか、小動物や身軽な郵便配達人などが樹上を駆けているのが、顔を上げると視界に映る。


 尤もはっきり見える訳ではない。

 まだ陽は眩しいのだ。見えるのは黒い影のような輪郭だけ。小さな影がちょこまかと忙しそうに動いている。そんな太陽を背にした樹上の光景は、どこか長閑な影絵のようにロルフの瞳には映った。


 それは程度こそ異なれ、樹下の景色も一緒だった。

 獣人を含め、多種多様な人種が入り混じり、みな思い思いの時を過ごしているこのような場所は、トーレのような街では決してみる事が出来なかった光景だ。


「で、総額が15050ラクマかぁ」


 後ろを歩いていたリタが伸びをしながら、呟く。その横にはマウリがいる。少し足運びはぎこちないが、普通に歩く分にはもう構わないらしい。


「ま、悪くはないんじゃないか。正直今回の事は様子見だったしな」


 そんな言葉をロルフが返す。すると、歩きながら並んでいる屋台の装飾具を見ていたイーナがくるりと振り返った。


「それでどうだったんだ? 初の徒党を組んでの迷宮探索は?」

「悪くはなかった。問題は色々あったが……。そっちこそどうだった?」

「私はいつも通り。まあ折角会えたんだ。そっちが嫌だって云ってもそっちに付いていくつもりだけどな」


 瞳に嬉しさと呆れを半々に浮かべ、ロルフは無言で肩越しにリタとマウリの二人へ視線をやった。


「うーん? 私も色々反省点はあったけど、出来ればこのメンバーでやりたいと思ったよ。っていうか、私みたいなダークエルフだと安心できる仲間って貴重だしね」

「我も同じ」

「……って事はこれから先の事を考える必要がある訳か」


 二人の言葉を受けて、ロルフが独り言のように呟く。


「そういえば報酬はどうするの? 山分け?」

「ああ、あの15050は――」

「おう、あんちゃん。端金は縁起が悪いっていうぜ! いっちょどうだい、焼き立てあつあつのプディング一個、50ラクマ」


 屋台を引いている中年の男がロルフ達の会話を耳聡く聞きつけ口を挟む。ロルフは機先を制される形で口籠もった。そして相談するように他の三人と視線を見合わせる。どうやら反対はないようだ。ロルフは屋台の男の方へと向き直った。


「んじゃあ、一個くれ」

「まいどっ! 四つに切るかい?」

「ああ」


 受け取ったプディングをそれぞれ三人に渡す。マウリは種族が種族な所為なのか、食べにくいのかも知れない。一口で全てを口に入れ、それを何度も噛み味わっているようだ。イーナとリタは紙に包まれたプディングをそのまま口元へと運ぶ。


「けっこういけるぞ、これ」

「うん」


 そんな事を後ろで二人が話すのを聞きながら、ロルフも買ったプディングを口に入れる。濃い褐色に焼けたそれは男が言っていた通り焼き立てなのか、少し熱い程だ。全体としては甘味はそれほど強くない。ただ小さな果実が混ざっており、それがひどく甘い。それに酒精も混じっている。かなり強い。

 ロルフの好みとしては、もう少しあっさりとしたものの方が好きだった。残ったプディングを一口で口に収めて飲み込む。


「で、これからの予定とか話したいからどっか落ち着ける店を知らないか?」


 肩越しに三人の方を振り返る。

 マウリは既にプディングを食べ終わっていた。

 リタとイーナは、まるで合わせ鏡に映したように似たような動作でプディングを口に入れていた。

 ロルフの視線は、自然と食べ終わっていたマウリの方へと向いた。


「こっち」



 マウリが案内してくれた店は、ベリメースによくある居酒屋のような店だった。雑然とした店内を売り子が忙しそうに駆け回っている。客層は冒険者が多いようだが、ほんの僅か子供連れなどの姿も見られる。

 少し遠くには迷宮で出会った徒党であるナイスドットの姿もあった。紅一点のレンジャーが酔っぱらってくだを巻いている。それに対してリーダーの男があしらうように相手をしていた。目があったので軽く目礼を交わし合う。


「んじゃ、反省会を始めるか」


 料理が少しずつ運ばれてきたのを見計らって、ロルフが口を開く。


「ロルフはどう思ったのかな? 今回の迷宮探索」

「……悪くはなかったと思う。何といっても生きて帰ってこれたんだしな」

「そうだね。ぶっちゃけ、爪猿が出てきた時は死ぬかと思ったけど」


 リタがそんな事を言いながら、うどんを啜る。箸の使い方にも慣れた様子が見られる。


「あれは……仕方ないだろ? 私たちの位階がマウリを除いて2。装備とかで補っているとはいえ、3の上っていうのは相手できるぎりぎりだ」

「だが、稼ぎを無視する訳にはいかない。あの程度の危険はこれからもあるぞ」

「そりゃそうだが……」


 イーナが口籠もって、机の中央に置いてあった掻き揚げを摘んで口へと運んだ。ロルフも同じ物を一つ摘んだ。あっさりとしており、旨い。油がよいのか、焼き加減がよいのか、外はぱりっとしているのに、中は熱く素材の旨みが凝縮している。濃厚な味をしているのに、後味がすっきりと歯切れがよい。

 ロルフは先のプディングなどよりも、このようなものの方が好みだった。


「なんか考えがある?」


 掻き揚げに気を取られたロルフにじれたのか、マウリが口を開いた。


「ああ、一応は……」


 一瞬躊躇ったが、ロルフは言葉を返した。躊躇ったのは何のことはない。この考えが正しいのか今一つ掴めなかったからだ。そんな自信のなさによる逡巡を振り切るようにして、ロルフは強い口調で続きの言葉を口にした。


「まず、俺は【挑発】のスキルを上げるべきだと思う。少なくとも2、出来れば3にすればいざという時の安全度が大分違う筈だ。そしてリタとマウリ。二人は至急防御を強化すべきだ。リタは金属鎧、マウリは防御系のスキルを習えば、多少押さえ込まれても挽回できる」

「まあ、私の方は異存ないけど……金属鎧を買えるほどのお金はないよね?」


 実戦で使える金属鎧ともなれば、数万ラクマはいる。仮に今回の報酬を全てつぎ込んだとしても足りないだろう。


「まあ、だから将来的にって事だ。――マウリは?」

「構わない。それは元々計画に入っていた」


 マウリの言葉にロルフは一つ頷いた。


「で、私はどうなんだ?」

「……お前なぁ」


 ロルフは少し困った顔でイーナを見返す。正直、他の三人に比べてイーナの強化は少し後回しでも構わない気がしていた。


「精霊術を強化するっていうくらいしか考えつかなかったんだが、イーナは自分でどう思ってるんだ? 何か無いのか、起死回生の、これさえ覚えれば探索が大助かりっていう何かは」

「んなのがあったら、真っ先にみんなが覚えてるって。……うーん」


 一拍の逡巡。


「結局、この先ずっとこのメンバーでやっていくのか? 現状だと私が唯一近接戦以外の人員って事になる。それを前提にするのと後衛を増やす事を前提にするのだと大分違うと思うんだが」

「……俺は、増やすべきだと思う」


 前衛二人の防御を高めたところで、似たような事を起こり得る。その時、イーナが一人というのは不安が残る。完全にイーナを遊撃として扱うというの戦術も考えられなくはないが。


「私もそれは同意だけど、増やすって云っても後衛だよね。しかも私たちの戦い方からして接近戦も出来る後衛。……結構、厳しい気がするなぁ」

「やっぱ少ないか?」

「うん。ロルフの考えている事は判るし、さっきも云ったけど、そこは私も同意。だとすれば、欲しいのは、まあ治癒士、狙撃手、範囲攻撃が出来る魔術師。こんなところだと思うけど、全員接近されたら弱いっていうのが殆どだしねぇ」

「狙撃手は出来るだけ避けたいな」

「だとすると、更に選択肢が少なくなるって。あの三つの中で一番可能性が高かったのが狙撃手なのに」

「……無理かなぁ」


 ロルフは背もたれに背中を預けた。余り頑丈ではない椅子がぎしりと軋んだ音を立てた。


「まあ、私は探してみてもいいと思うけどな。例えば治癒士の冒険者がいない訳じゃない。迷宮探索の時にも話に出たが、1級の徒党であるノードセックだってリーダーの女は治癒士だし、それにほら、もう一人ほど一級の徒党を率いている女の治癒士がいたじゃないか」

「ああ、エーブ・バスチエね。でも彼女、徒党を率いている訳じゃないよ」

「そうなのか?」

「うん、一人。徒党として提出しているけど、仲間がいた事は無い」

「……それ徒党の意味があるのか?」


 思わずイーナが突っ込む。さあ、とリタは軽く肩を竦めうどんの汁につけた掻き揚げを口に運んだ。ぱりぽりと掻き揚げを咀嚼する音が響いた。少し遠くでナイスドットの紅一点が吠え声を上げた。どうやら少し前に振られた事を牛のように反芻して、その重みに耐えられなくなったらしい。


「新進気鋭の有望徒党っていうんだったら兎も角として、現状私たちなんて何処にでも居る新人に過ぎない訳だしな。引く手あまたの治癒士やら魔術師が来てくれる筈もないか」

「伝手がありゃ別だろうが、この中でそんな都合の良い感じのと知り合いの奴はいるか?」

「まあ治癒士の顔見知りはいるけど、どこの徒党にも入って無くて、更に位階は私たちと同じくらいじゃないと駄目でしょ。そんなのはいないなぁ」

「私も」

「我も」


 やっぱりな、とその言葉を受けてロルフが頷く。ならば取れる選択肢はそれほど多くはない。地道に依頼を受けるか、迷宮探索を続けるか、それとも目立つ何かを成し遂げるか。

 そんな風に思考を巡らすロルフの脳裏に一つ思い浮かんだ事があった。


「なあ、マウリ――」


 話を振られるとは思っていなかったのか、マウリが目を大きく見開く。


「ベリメースに来る時に、吠え声だけ聞いたあの魔物……俺たちで仕留められないかな?」



これで一応第二章が終わりです。第三章は格上殺し。ちょっとしたボス戦みたいな感じでしょうか。

こういう主人公が成長していくのって初めて書いたんですが、難しいですね。


あと、お気に入りや評価ポイントを入れてくれた方、有り難うございます。大変励みになっております。

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