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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第十五話 初めての迷宮探索(3)



 マウリが無言で左へ駆ける。

 獣のようなその外見とは裏腹に、その動きは洗練されていた。本能に根差した獣の動きではない。確かな技術に裏打ちされた拳士のものだ。


「あはっ」


 それと同時にリタも駆ける。美しい銀糸を棚引かせ、普段浮かべている愛嬌のある笑みを、どこか酷薄なものに変え――真っ直ぐと自らの獲物へ向かって駆ける。


 二人と細かい連携を取る事は今のロルフには無理だ。

 リタは間合いの広い斧槍を振り回す。その攻撃力の高さが長所だ。だが味方が近ければその長所を殺してしまう事にもなりかねない。

 マウリは素手という性質上、素速い動きで激しく敵との間合いを変更する。そうする事で攪乱し、相手の攻撃を躱しやすくするのだ。これも付いていくのは、難しい。


 ならばこの二人は、ある程度単独で動いて貰った方が効率がよい。それが四人で話し合った際に出た結論だった。

 無論、ロルフもそれを黙ってみている訳ではない。


「はっ!」


 ロルフは前方にカイトシールドを構える体勢で、駆け出す。まずは一匹だけ飛び出している個体から仕留める。ロルフのカイトシールドは身体全て覆うような巨大さは無い。だが胴体部分を中心に身体の半分は防御する事ができる。ましてやロルフはそのカイトシールドをかなり自由に扱う事が出来る。小回りか、一撃の破壊力か、数の利か。何かが無ければそれを打破するのは簡単ではない。


 獣鬼が甲高い鳴き声と共に棍棒を振りかぶり、打ち下ろす。渾身の一撃なのだろう。鈍い風切り音が響き、獣鬼の瞳が暴力の期待に酔う。だが――見え見えだ。

 打ち下ろしの一撃の威力が最大になる前に左手の盾を突き込む事で、ロルフは獣鬼の棍棒の一撃を押さえる。同時に右手に持った小盾の側面を、裏拳の要領で獣鬼の鎖骨辺りに叩き付ける。骨が折れる感触。そして音。獣鬼が涎を撒き散らし、汚い悲鳴を上げながら後ずさる。そして苦痛に耐えるように膝を折った。


 その隙をロルフは見逃さない。

 一歩、力強く踏み込む。それだけで、うずくまるように頭を下げていた獣鬼をその間合いに捉えていた。踏み込みと同時、右手に持った小盾を振り下ろす。拳槌ならぬ盾槌ともいうべきか、獣鬼の頭頂部へ向けて放たれた一撃。鋭く重い風切り音と共に放たれたその一撃に、獣鬼は反応すら出来ない。ただ初撃の苦痛にあえいでいるだけだった。そんな獣鬼の頭部を、その一撃はあっさりと叩き潰した。


「……は、ははっ」


 ロルフの口から、堪えきれずに笑みが零れる。

 横合いから鎖分銅が飛んでいく風切り音が聞こえてくる。そして獣鬼の悲鳴。まだ死んでいないらしいが、牽制には充分になっている。


「無理するなよ」

「そっちもな」


 横合いに控えているイーナへ声を掛けると、そんな言葉が返ってきた。どこか懐かしい気がする。そんな事が少しおかしくて、ロルフは口元にほんの僅かな笑みを浮かべた。


 右手に剣の代わりに盾を装備するという新しい戦い方にも、ロルフは手応えのようなものを感じ取っていた。

 それは初めて感じる手応えだった。今までのロルフは間合いの管理が致命的に不得手だった。片手剣というのは、ある意味中途半端な武器だ。遠すぎても近すぎても意味を成さない。丁度良い間合いにある時に、腰を据えて斬らなければいけない。だが盾で身を守りつつ、そのような距離の時にすかさず攻めに転じるというのは、ロルフにとっては非常に難しかった。


 だがそもそも両手に持っているのが盾ならば、話は違う。剣の間合いなど考える必要がない。守りたければ守って、攻められそうなら攻めればよい。ロルフは、以前より自分が遥かに自由に動けている事を感じていた。


 ロルフの右方から、獣鬼が攻めてくる。今までならば、迷っていた。剣で牽制するのか、身体の向きを変え盾で防ぐのか。それを瞬時に判断する事が難しかった。そしてその迷いを相手に付け込まれていた。だが、今は違う。

 右も左も性質こそ違え、装備としては同じ盾だ。ならば、左から来たときと同じようにすればよい。棍棒の一撃を右手に持った盾で弾くようにして受け流す。同時に――。


「はっ!」


 横にしたカイトシールドの先端を、右方から向かってくる獣鬼の胴体に叩き付ける。かなりの重量がある盾の勢いを、矢尻の先端のような部分に集中させた一撃だ。盾が武器ではなく防具の一種だとはいえ、その威力は下手な攻撃など優に上回る。まともに喰らった獣鬼に耐えうる術など無かった。骨を砕かれ、内臓を潰され、獣鬼は口からどす黒い血を吐き出し、獣鬼は倒れ伏す。


「ははっ」


 ロルフの口から、堪えきれず再び笑みが零れる。心臓が激しく鼓動する。疲れによるものでも、緊張によるものでもない。昂ぶりと歓喜によるものだった。


「だから無理するなって」


 イーナが鎖鎌の分銅部分を、放つ。槍の突きのように真っ直ぐと敵の額へ向かって放たれた一撃。それは視認すら難しい疾さで、敵を打った。獣鬼の額が陥没して、ふらふらと千鳥足のままよたつく。その隙を逃さず、イーナは一歩踏み込んだ。そして右手に持った鎌を使い、獣鬼の喉を切り裂く。赤い鮮血が飛び散り、獣鬼が崩れ落ちた。


 これで三匹目。

 視線を前へ向ければ、イーナとマウリも危なげなく戦っている。マウリが一匹目を、そしてリタが二匹目を仕留めた所だった。戦い方の違いによるものかも知れないが、やはり急戦という事になると斧槍のような武器の方が強いのだろう。

 残りは一匹。

 結局その一匹は、ロルフが注意を引き付けている隙に放たれたリタの一撃で片が付いた。


「思ったよりもあっけなかったねー」


 最後の一匹に止めを刺したリタが、どこか物足りなさそうに呟く。誰へ向けて放たれたとも知れぬ呟きに、マウリも同意するように無言でこくりと頷いた。


「いやいやいや、第一戦からそんな血湧き肉躍るような死闘なんて誰も求めてないから。生温いくらいが丁度良いから」

「えぇー、そんな事言ってもイーナだって、ちょっとは、こう……昂ぶるものがあるんでしょ? ねえ?」

「ありません。私は戦闘に愉しみを見いだすような、そんな物騒な嗜好はしてません~。――ロルフだって、そうだよな? 物足りないなんて思ってないよなっ?」


 魔除けの水を撒きながら、イーナがロルフに向かって言葉を投げる。ロルフは思わず、ついっと視線を逸らした。正直ちょっと物足りないと思っていた。それを見たイーナが、口元にやさぐれた笑みを浮かべる。


「はっ。この戦闘狂どもが……」

「ま、それは兎も角、獣鬼一匹当たりの討伐報酬は幾らだっけ?」


 そんなイーナを気にした様子も見せず、リタが口を開く。この位階の獣鬼だと、わざわざ剥ぎ取りなどをやって持ち帰るほど価値のある素材は得られないが、その分倒した数と位階ごとにギルドから報奨金が出るのだ。


「200ラクマじゃなかったか?」


 予習した成果によると、確かそうだった気がする。だがそんなロルフの言葉にリタは軽く反論した。


「それは通常の討伐報酬でしょ? 確かまだ5級のうちは、それに加えてギルドからの補助金が幾らか上乗せされるんじゃなかった?」

「……そうなのか?」


 リタの言葉に、思わずロルフはイーナとマウリを見返す。


「最近そんなのが出来た」


 こくりと頷いてマウリ。


「確か一匹、150ラクマだったかな。ギルドも新人発掘に力を入れてるって訳か」


 イーナが補足する。


「って事は、総額2450ラクマ。四等分するとしたら一人600ラクマくらいかぁ」

「結構良い稼ぎだな」


 600ラクマあれば、程々の宿に泊まって、三食それなりのものが食えて少し余る。


「まあねぇ。でもこっから魔物除けとかの消耗品とかぁ、装備の修繕費とかぁ、新たにスキルを習うんだったら道場主とかに渡す謝礼とかぁ……諸々が引かれるからねー」

「世知辛い話だ」


 尤もらしく言葉を返したが、実際は余り実感は湧いていなかった。そもそもロルフは余り金には興味がない。


「ま、でも結構良い稼ぎってのは間違いないよ。問題は一歩間違えればあっさりと死ぬって事だけどねー。あははははっ」

「笑えねぇだろ、それ!?」


 イーナの突っ込みを聞きながら、ロルフは手を叩いた。鋭い音が辺りに響く。


「ま、どのみち全ては生き延びてからの話だ。――先へ進もう」


 そんなロルフの声と共に一行は再び歩き始めた。


 暫く進むと、新たな冒険者の姿が見えた。数は7人。先程の集団より少し多い。そして先程の集団が女性が一人しかいなかったのに対し、この集団は女性の方が多く4人ほどいる。更には、リーダーも女性らしい。

 胸元辺りまで伸びた鮮やかな藍色の髪。レザーメイルの上からでもその抜群のスタイルが見て取れる。斧槍の石突きを地面に突き刺すようにして携え、そこに身体を預けるようにしてロルフ達の方を興味深げに見詰めている。その姿を見るだけで、扱うのが難しいと云われている斧槍を女が非常に高い練度で習熟している事は見て取れた。


 横に視線を滑らせれば、他の人間も皆ロルフよりも高位の冒険者らしい。しかも7人中6人が戦士。もう一人もレンジャーと、先程会った冒険者の集団と比べると随分と戦闘、それも近距離戦に特化しているように見える。その様は、冒険者と云うよりも、どこか軍人か何かを思わせる。恐らくギルドから依頼を受けて、魔物の間引きでも引き受けているのだろう。明らかに練度が違った。


 その事については、それほど意外ではない。早々に会う機会に恵まれるとは思わなかったが、それだけだ。

 それよりも意外だったのは、金属鎧を着た戦士達3人が全員女性だった事だ。どちらかと云えば重武装の戦士は男の方が多いという先入観があった所為で、かなり意表を突かれた。

 そしてもう一つ――。


「…………」


 ロルフの視線は自然と集団の中の一人に向けられた。

 片手剣と盾を携えた中年の男。レザーメイルに所々金属で補強した防具を着込み、顔には驚きの表情を浮かべている。見知った顔だった。

 名前を、アッシ・エロネン。

 フェーラン流の道場で共に学んだ仲だった。尤も歳は向こうの方が大分上だったし、それ以上に才能が違った。アッシは入門するとどんどんと力を付け僅か数年で印可を許されたが、ロルフは十年の修行を積んでも切紙しか得る事が出来なかった。


 ある程度修めたと認められる『切紙』。

 一人前の証明である『目録』。

 後輩などに指導する事が許される『免許』。

 目録までを授ける事が許される『印可』。

 そして全ての技法を修めた事を示し、印可までを授ける事が許される『皆伝』。


 そのような技法習得の段階において、切紙と印可の差は大きい。ロルフのような人間にとっては尚更だ。そしてそんなロルフにとって、アッシのようにフェーラン流の才能に満ちた人間は複雑なものを感じさせる存在だった。憧憬と嫉妬。そして自分への不満。新たな環境にいるからと云って、そう易々と吹っ切れる筈もない。

 確かにアッシは入門した時点においても、戦いについて素人という訳では無かった。だが少なくとも、フェーラン流については素人だった筈なのだ。そんな存在にあっさりと追い抜かれると云うのは、何度味わっても――辛かった。


 そんな中でもアッシは特に才能があった。だからこそ、ロルフもよく覚えていた。道場を飛び出たと云っても、ロルフとアッシでは事情がまるで違う。逃げるように出てきたロルフと、惜しまれながら送られたアッシ。


「君も冒険者になったのか?」

「ええ。アッシさんも此処に来ていたんですね」

「ああ、なんだかんだと云って修行の場には最適だからな」


 なんだ、知り合い? 等とアッシの仲間の一人が声を上げた。アッシは同門だ、と言葉少なに説明した。


「それにしては、アッシさんと装備が違うんですね。片手剣は持っていないようですが?」

「あほっ! てめぇは無神経に余計な事にくちばし突っ込みすぎなんだよっ!」


 金属鎧を身に纏い大振りの刀を装備した女が、レンジャーの男に注意を受ける。ロルフは思わず苦笑した。突っ込まれても困るが、気を使われてもどうしてよいのか判らず困る、と云うのが本音だった。対人技能などというものは、戦闘関連のものしか磨いてこなかったロルフにしてみれば、笑って誤魔化すくらいしか出来る事はない。


「ふ~ん」


 そんなロルフを金属鎧に身を包み、斧槍を持った女が蠱惑的な眼差しで見詰める。肩まで届かないような短い髪をした女だ。だが男っぽさはまるで感じられない。金属鎧の上からでも判る女性らしい肢体に鴉の濡れ羽色の黒髪。そして肌理の細かい白皙の肌。何よりその纏う雰囲気がやたらと艶やかで婀娜っぽい。

 ロルフが思わずたじろぐと、女はその瞳に浮かべた愉悦の色を深めた。


「ねえ――」

「止めときなさい」


 そして口を開いたところを止められた。金属鎧を着込んだ最後の一人に止められた。肩まで届かない程度に金髪を切り揃えている。武器は二刀流なのだろうか、片手剣が二本鞘に収められている。

 黒髪の女は、金髪の女の方へ顔を向け微かに唇を尖らせたが、やがて「はーい」とやる気のない返事をすると引き下がった。


「ちょっといい?」


 どうも居心地悪くロルフが立ち竦んでいると、リーダーらしき女が話し掛けてきた。


「初めまして、私はカリーナ・アプレーア。『スティルフ』のリーダーを務めさせて貰っているわ」

「ロルフです」

「うん、別に事情を深く聞くつもりもないんだけど――」


 そう言って、カリーナの視線はイーナ達三人に向けられた。その視線には僅かな興味があった。余り喋らないマウリは兎も角として、イーナにしろリタにしろ、軽く会釈する程度で積極的に会話に混ざろうとはしない。


「一応はお仕事だから確認しておくわ。何か助けはいる? 大した事は出来ないけど、出口まで送ってあげる事くらいは出来るわよ」

「いや、結構です」


 状況が状況なら有り難かったのかも知れないが、ここで保護者同伴なんて事になったら、何の為に此処に来たのか判らなくなってしまう。ロルフはカリーナの申し出をはっきりと断った。推測は付いていたのだろう、カリーナは「そう」と一言呟いて納得したようだった。


「それじゃあ、これ以上引き留めるのも迷惑ね。――貴方の上に神の御加護があらん事を」


 穏やかな笑みを真摯なものに変えて、カリーナは祝福の言葉を口にする。ロルフは自分に真っ直ぐと向けられた祈りに、どう反応して良いのか判らない。結局、不出来な感謝と返礼の言葉を口にするだけで精一杯だった。

 だがそんなロルフの不出来な言葉でも充分だったのか、カリーナは嬉しそうな表情を浮かべ、にっこりと笑った。ロルフはそれから逃げるように視線を逸らし、踵を返す。そして足早にその場を立ち去ろうとしたロルフの背中から、再び声が掛かった。


「おう、俺の名前はエンツォ・ベットーニ。此処で会ったのも何かの縁だ。そのうち酒場で一杯やろうぜ」


 肩越しに視線を向ければ、どうやらスティルフのチームに一人だけいるレンジャーの男からの言葉らしい。ひらひらと手を振っているレンジャーの男に対し、ロルフは黙礼を一つ返す。それが肯定の返事なのか否定の返事なのかは、ロルフ自身にも判らなかった。



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