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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第十三話 初めての迷宮探索(1)



 イーナからの提案を伝えると、マウリは二つ返事で受諾した。どうやら渡りに船だったらしい。一人で戦闘する事に躊躇うような類の人間ではないだろう。だとすると、亜人が一人で冒険者をやるというのは思ったよりも大変なのかも知れない。余り口が達者とは云えなさそうなマウリなら尚更だ。


 だが兎も角、ロルフが暫定的なリーダーとなった徒党に、マウリは参加する事になった。

 これにイーナに、そしてイーナと共に冒険者をやっているダークエルフの少女――リタ・アスターを含めて四人で迷宮に潜る事になった。

 迷宮に潜るとは云っても、当然最前線の未探索区域などに潜れる訳もない。

 そもそも迷宮というのは、『主』と呼ばれる核を中心に形成された一種の異界のようなものだ。その内容は様々で、『主』と迷宮が形成された場所の地脈に深く依存する。このような理由から、それだけで完結していると云えるような迷宮は殆ど無い。つまり迷宮は、それより大きな迷宮の何らかの影響下にある事が多いのだ。


 これからロルフが潜る迷宮も、そんなよくある迷宮の一つだ。

 ベリメースの中枢にあるという何処かの迷宮の影響下にある、数多くある迷宮の一つ――俗に小迷宮などと呼ばれている。

 無論、その難易度は高くはない。だが決して油断できるようなものではない。完全に管理された人口迷宮と違い、現れる魔物の位階もある程度しか一定ではない。つまり運が悪ければ迷宮の平均を大きく上回るような魔物と遭遇する事も有り得る。


 ベリメースの中にも出てくる魔物が完璧に管理されているような場所が存在しないではない。だがそこを利用するには伝手と金が必要で、ロルフのような何の後ろ盾もない駆け出しには到底利用できるものではなかった。


 結果選んだのは、恵樹の宮殿などと呼ばれている巨大な迷宮、そこから派生する小迷宮の一つ、ベリメースの冒険者ギルドが第十七迷宮区画と名付けた迷宮だ。


 ロルフは歩きながら、自らの装備を確認する。

 まずベリメースに来た時に受けた獣鬼による怪我は、もう治っている。体調自体は万全だ。冒険用に新調したブーツ。それにズボンの下に装備してある金属製の脛当て。違和感はない。右腕に嵌めた金属製の防具も、軽く動かしてみてもずれる事はない。ただ脛当てにしろ腕の防具にしろ、そのまま装備するのではなく下に布などを挟み更にその上から布とゴムで固定しているので、動き回っていると随分と蒸れそうだ。


 レザーメイルについても、まあ胴体だけを覆う簡素なものだが動きに支障はない。

 そしてアンテロに作って貰った盾も、思ったよりも随分と良い物が出来た。金属製の小型の盾だ。形は正方形。厚みもそれなりにあり、見た目よりも重い。側面で叩き付ける事も考えられており、縁取り部分は一段分厚くなっている。

 此処に来る前に何度か試してみたが、左手に装備しているカイトシールドと合わせて、充分な手応えがあった。


「…………」


 隣に歩いているマウリは、相変わらずの軽装だ。迷宮探索に必要な荷物だけで、目立った武装は見られない。自分がその立場になってみると、最初に会った時の事も判らないではない。もっときちんとした防具を、と思うのだろう。


 暫く歩くと目的の場所が見えてきた。

 目的の迷宮への転移石がある冒険者ギルドの支部だ。三階建てのかなり大きめな建物で、ロルフ達のように待ち合わせでもしているのか、幾つもの徒党がやってくる人の群れを眺めていた。

 ロルフが目当てとしている二人は、その中でもすぐに見つかった。


 一人はイーナだ。クロスメイルを中心とした軽装に身を包み、腰には剥ぎ取り用のナイフの他に、ごく普通のサイズの鎖鎌を携えている。肌理の細かい白皙の肌に、腰まで掛かる美しい絹糸のような金髪。そして澄んだ青い瞳に女性らしい肢体。

 どちらかと云えば荒くれ者が多い冒険者たちの中では少し浮いているように見えた。


 それはもう一人、イーナが連れ立っている女性の所為で甚だしくなっているようだ。

 名前はリタ・アスター。

 ダークエルフの少女だ。腰まで伸びた銀髪と、金色の瞳。整った相貌と、艶やかな褐色の肌。その顔立ちは幼い部分が見えるが、その体付きは充分すぎるほどに女性らしい。

 どちらかと云えば普段は凛々しい感じのイーナに比べると、リタは女性らしい愛嬌を感じさせるが、それでも外見の所為か二人は似ているようで違う、違うようで似ている、そんな独特の雰囲気を醸し出していた。


「やっほー」


 ロルフ達の事を認めて、最初に挨拶してきたのはリタだった。左手に身の丈以上はある斧槍を持ち、身体はレザーメイルに覆っている。此処に来る前に顔合わせは済ませてあり、冒険者カードも交換し合っている。

 二人の冒険者カードはこんな感じだった。


 名:イーナ・バルテン

 位階:2

 【鎖鎌習熟3】【樹海探索2】【危機感知2】【看破2】【魔物知識2】


 名:リタ・アスター。

 位階:2

 【斧槍習熟2】【強打4】【増強2】【危機感知3】【錬金術1】


 装備などについて考えれば、徒党内での戦力差は殆ど無いと考えて良いだろう。だがレンジャーであるイーナは兎も角、戦士である筈のマウリにしろリタにしろ、攻撃と回避に重点を置いた類だ。特にリタは、秘薬などを使い自分の力を一時的に強化する増強スキルを使い、本来の自分の位階より上の威力の一撃を放つ事が出来る。決まれば強いが、随分と危険度が高い戦い方をする。


「じゃあ行くか」


 どこで聞かれているのか判らない。こんな場所でこれから何処に潜るのかなどを延々と話すのも良くない。簡単な挨拶を交わすと、さっさと目的地へと出発する事にした。


 手続き自体は簡単だ。

 討伐した魔物の内容を自動的に記録してくれる魔石と魔法が込められた地図を受け取り、転移石へと触れるだけ。

 一瞬の浮遊感の後は、もう見知らぬ場所だった。


「……おお」


 聞いた事はあったが、初めて転移石の効果を体験するとやはり驚きは禁じ得ない。思わず声が漏れた。だがロルフ以外は当然迷宮に潜った事がある訳で、初めてだったのはロルフだけだ。マウリの表情はよく判らなかったが、リタは微笑ましいようなものを見るような笑みを浮かべている。何故だかイーナはやたらに得意そうな顔をしている。


「どうだっ? 凄いだろうっ?」

「全然大した事無いし。こんなの余裕だし」

「……驚いた。二人揃うと随分雰囲気が違うんだぁ」


 リタが目をぱちくりとして、呟く。マウリが無言で一つ頷いた。ロルフはばつが悪くなって、こほんと息を一つ吐く。


「さて……」


 そしておもむろに懐から地図を取り出した。

 実は転移石とはそれほど都合の良い設備ではない。見知らぬ場所には当然置けないし、精度を確かにするにはその場所の魔素が安定していなくてはならない。つまり迷宮内の特定の場所に転移するような装置を設置、維持するのは非常に資金、労力が掛かるという事だ。

 そのような投資を行っても充分に回収できる場所というものは存在する。だがロルフ達のような駆け出しが挑むこの第十七迷宮区画は、当然ながらそうではない。


 まあ現在位置が確認できる地図を貸してくれるのだから、まだ良いと云える。難易度が高い迷宮になると当然ながらそんなものは存在せず、どんな魔物が出てくるかも判っていない。


「どう?」


 リタが小首を傾げて訊ねてくる。マウリも無言で小首を傾げる。ある程度付き合って判ったが、マウリはある程度気を許したりした相手には、口数が少なくなる傾向があるようだ。喋るのが余り得意ではないと云う事もあるのだろう。


「そうだな。帰りの転移石までの距離はそんなに近くもないが、遠くもない。まあ中間ってところか」

「見せてー」

「ん、ほれ」


 寄ってきたリタに地図を向ける。

 第十七迷宮区画は、周辺などにまだ未探索の区域が広がっているが、その主立った所はかなり既に探索が終わっている。周辺に木がそれ程密集していない森林地帯、所により平原。その中心に帰りの転移石がある。そして北西には高原、南西には山地があり、ここには何があるのかまだ探索されていない。南東は湿地帯であり、沼地が多く、その奥にこの領域の主とされるドルインと呼ばれる魔物が生息している。巨大な蛇型の魔物で、位階は5。今のロルフ達が敵うような相手ではない。尤も近付く必要も無い訳だが。

 ただ中央の森林地帯に生息する魔物も、殆ど無害と云える位階が1の魔物を除けば、2から3。更に、時折現れる変異体についてはその限りでもない。ロルフ達にとって決して容易いと云えるような相手では無かった。


「帰りまでは大体一泊と云った感じか……」


 地図を見たイーナの呟きに、ロルフも一つ頷く。

 無理をすれば一日で踏破できるかも知れないが、そんなところで無理をする事もない。それでなくても何が起こるのか判らないのだ。余裕を持って計画は立てておくべきだろう。


「今回は俺の装備の確認も含め、慣らし運転みたいなものだ。目標は第一に生きて帰る事。第二に戦闘行動の確認と経験を積む事。第三にお金を儲ける事。この三つを目標として進んでいく。それで構わないな?」


 ロルフの言葉に三人がそれぞれ頷いた。



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