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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第十二話 再会(下)



 隣からの視線に、周りからの空気。

 そんなものに押されるようにして、ロルフは弁解の言葉を口にする。


「あー……、済まん、お前さんの事を忘れていた訳じゃないんだ」


 続きの言葉を期待するように、イーナの耳がぴくりと跳ね上がった。その反応を見て、ロルフも嘗ての記憶が戻ってくるのを感じていた。だから考えるよりも先に、自然と言葉は口から滑り出た。


「ただ、お前が女だったって事を忘れていただけなんだ」

「おい待てやコラ」


 思わずといった感じで、イーナが顔を上げる。


「なんだ?」

「私が女だと思ってなかったってどういう訳よ? あんなに女の子だったじゃんっ!? 淡いセピア色の思い出だろっ!?」

「例えば?」

「私が高熱で寝込んでた時に看病してくれた! お粥をふーふーしてっ! ……凄いまずかったけど。まずいっていうか、えぐかったけど」

「ああ、お前の吐瀉物の処理が大変だった。熱が三日続いた時はもう駄目かと思ったな」

「雨が降って、一緒に身体を洗ったりしたっ」

「ああ、お前が誰も見てないのに恥ずかしがって大変だった。あんまり不潔にしていると命に関わるのにな」


 あの時、私の服を強引に剥いたの、忘れてないからな、とイーナがぽつりと呟く。

 俺も忘れてないぞ、気にしてないだけで、とロルフが返す。


「そうっ、寒い夜に一緒に抱き合って眠ったしっ! 一枚のぼろ切れに包まれてっ!」

「ああ、あの時か。――臭かったな。鼻が馬鹿になっていただろうに気になるくらいに臭かった」

「非道いっ! 今までの返答で一番非道いっ!」

「気にするな、俺もきっと臭かった。みんな臭かったんだ。その臭さと汚さでお前は変態の目から逃れる事が出来たんだ。お前はあの時の自分の臭さと汚さに感謝するべきだ」

「更にひでぇ! 何がひでぇって、それが慰めになると思っているお前の女心への配慮の無さがひでぇ!」


 そんな言葉をひとしきり叫ぶと、イーナは突如電源が落ちたように再び突っ伏した。そしてこれみよがしに唇を尖らせ、視線を逸らす。


「…………」

「……どうした?」

「…………つーん」

「……口に出してどうする」

「主張はさり気なく、されど明確に、という手練手管を誰かさんから教わったから。これは教えを従順に守っている健気さを示しつつ、そんな私に対する非道な扱いの是正を求める主張を兼ねた一石二鳥の仕草だから」


 だがロルフはそんなイーナを一瞥すると、視線を横のアンテロの方へと向けた。


「取り敢えず注文を頼もうか」

「……いいのか?」

「ああ」

「あいつの耳がやたらにぴくぴく動いているんだが」

「きっとエルフに伝わる瞑想の儀式か何かだろう。邪魔をしちゃ悪い。呪われるかも知れん」

「……その言葉で一層耳の動きが激しくなったんだが」

「瞑想が盛り上がってるんだな。ますます邪魔をしちゃ悪い。樹木に変化する呪いを掛けられるかも知れん」

「……お前はエルフを何だと思ってるんだ」

「実際あるぞ」

「あるのかよっ!?」

「――ほっとくなよっ! 寂しいだろっ!」


 耐えきれなくなったのか、がばりと顔を上げイーナが叫ぶ。


「……辛抱が足りないところは変わっていないな」

「私は寂しいと死んじゃう類の女の子なんだ」

「はっ」

「鼻で笑ったっ!?」

「寂しいと死ぬなんて、人間として不出来だ。鍛え直した方が良い」

「今、お前は数多くの恋する乙女を敵に回したぞ。それに欠けているところがあるから、尖っている場所が鋭いんだ。欠点まみれの人間を甘く見ていると痛い目に遭うって確言もきっとある感じだ」

「一つ言葉を返させてもらえば――」

「なんだ?」

「お前のドヤ顔が気にくわない」

「発言の内容関係ないよなっ!?」

「……はぁ」

「しかもこれ見よがしに溜め息を吐かれたっ!?」

「まあ、いい。取り敢えずお前の機嫌も直ったみたいだし、話の続きを始めようか」


 そんなロルフの言葉に、イーナは「はっ」と我に返ったようだった。そしておもむろに顔を伏せ、視線を逸らし、唇を尖らせる。そして小さな、だがはっきりと通る声で呟いた。


「……つーん」


 ロルフは頭痛を堪えるように、眉間を指で押さえる。


「おい」

「取り敢えず釈明を要求する。私の乙女心にぎゅんぎゅん来るやつを」

「…………」


 ぎゅんぎゅんって何だよ、という眼差しでロルフはイーナに視線を向けるが、イーナはそんなロルフの視線を指弾のものとして受け取ったらしい。僅かに怯えたような様子を見せながらも、反駁する。


「な、なんだ? い、いいだろ別に、それくらい」


 私にだって引けない部分はあるんだと、イーナは続ける。


「……はぁ」


 ロルフはそんなイーナに答える代わりに深い溜め息を吐いた。ロルフはちらりと横目でアンテロを見るが、アンテロは完全に傍観する気らしい。親指をぐっと突き上げて、此方へ合図を送ってきた。何の合図か、ロルフは判りたくもなかった。

 ロルフは気を落ち着けるようにして息を吐く。同時に、何やってるんだろうという胸の奥より浮かんでくる疑問を押し殺す。そして真っ直ぐとイーナの方を真摯な眼差しで見詰めた。


「あー、兎に角、また会えて嬉しいよ、イーナ」

「…………ぅぇ」


 奇妙な声を上げて、イーナが止まる。


「綺麗になった。……正直、見違えた。だから、すぐには判らなかった。あとは、えー……」


 不器用ながら、言葉を続けていく。多少脚色をしているが、まあ嘘ではない。何か負けたような気がして素直に認める事には抵抗があったが、イーナは確かに非常に女性らしくなっていた。

 黙っていれば、幾らでも男を惹き付けられるだろう。もう男に変装なんて出来ないな、とほんの少し寂しい気持ちも浮かんでくる。


「えへ、えへへへ……」


 尤もそれも直接話すまでだった。

 ロルフの不器用な言葉をどう受け取ったのか、イーナはだらしなく頬を緩める。その頬が微かに紅潮している。そしてイーナは自らの絹糸のような金糸の髪を一房摘んで、意味もなく指先でくるくると回したりして玩んだ。


「ま、まあ私が綺麗になっているっていうのは、当然っていうかー、なるべくしてなったっていうかー、この世の摂理みたいなぁ?」

「…………」

「そんな感じだしぃー、改めて云われなくても判ってるっていうかー」


 そんな風に韜晦とも感慨とも取れぬ言葉を垂れ流しているイーナは、ある意味十年近く前より子供っぽく見えた。だがそれは確かにあのイーナのもので……。

 ロルフも過去に引き摺られるように、言葉が自然と口をついて出る。


「うぜぇ」

「……いいじゃんかぁ。少しくらい浸らせてくれたって」


 へにゃりとイーナが眉尻を下げる。耳もその感情を示すように力なく下がる。


「済まん、そうだな……つい本音が漏れてしまったんだ」

「おい、あんまり苛めると泣くぞ。恥も外聞もなく大声で泣き叫ぶからな」

「おい、それは少し卑怯だろうが」

「ふっ。この十年で私が得た新たな力を思い知るがいい」


 そんな風に久し振りのじゃれ合いにも似た会話を楽しんでいると、すっかり置いて行かれたアンテロが疲れたように口を挟んできた。


「つーか、そろそろいいか?」


 正直、ロルフはその存在を忘れかけていた。湧き上がってきた羞恥を何とか理性で落ち着かせると、体勢を整える。それはイーナも似たようなものだったらしい。だがその立て直しはロルフよりも速く完璧だった。


「ああ、勿論だ」


 最初に此処で見掛けたときのような、凛々しい態度と声でイーナが答える。


「ああ、進めてくれ」


 少し遅れてロルフも答える。アンテロは疲れたように溜め息を一つ吐いた。


「まあ、大体横で聞いてて想像は付くんだが、お前ら知り合いだったのか?」

「ん、ああ。私とロルフはまあ出身が一緒でな、お互いに助け合って暮らしていた訳だ。その後、ロルフが今のフェーラン流の道場主に拾われて、それと一緒に私や他の何人かもその伝手で色々な場所に斡旋されたんだ」


 ロルフが養父となったボリスに頼み込んだのだった。何とか知り合いを助けて欲しいと。

 正直よく言ったものだと思う。だがボリスは何とかその望みを聞き届けてくれた。イーナも適当な教育を受けられる場所へ送られた筈だった。


「それでイーナは何でこんなところにいるんだ?」

「なんでもなにも、あれからずっとカラトの樹海を周りながら修行させられてきて、漸く一人前という感じで此処に放り出されたところだ。それが大体半年前。それから此処で冒険者をやっているんだ。今は知り合いのダークエルフと二人で一応は徒党を組んでる」


 その言葉をアンテロが聞きとがめた。


「ん? お前さん、もっと大人数の徒党に入ってなかったか?」

「ああ、抜けた」

「何でまた?」

「襲われてな」

「なっ!?」


 アンテロの問いにいとも簡単に返された言葉に、ロルフが思わず声を上げる。


「まあ、徒党のリーダーが助けてくれて無事だったんだが、やっぱりエルフは高く売れるらしくてな、正直ああいう大人数の所は暫くは止めようって事になったんだ」

「そんなに亜人の環境は厳しいのか?」


 ベリメースは亜人達の集落も近いと聞いていた。どちらかと云えば、亜人達にとっては住みやすい所だと云う印象だった。


「まあ、悪くはない。だがアルネシアは亜人に対してはかなり厳しいと云うか、アルネシアという国権に浴さない存在を認めていないような所があるからな、そこから人が流れてきていると、どうしてもそういう輩は出てくる」

「……そうなのか」


 ロルフは暫し考え込む。気にする事は無い、とイーナは軽く肩を竦めた。


「ま、そういう訳で、正直ロルフが冒険者としてやっていくなら、私たち二人も出来ればその徒党に入れて欲しいと思ってるんだ」

「おい、ちょっと待てよ。今日はそういう話じゃなかった筈だぜ」

「ん? 問題あるのか? 話を聞いた限り、お前だってロルフに投資したんだろ? 仲間が増えればある程度は安定する。否定する余地は無いと思うが」

「と云うか、今日はそこら辺の事を聞きに来たんだ」


 ロルフが口を挟む。イーナが無言で話の続きを促す。


「ベリメースに来るときに、リザードマンの拳士と乗合馬車で来たんだがな、正直一人で戦ったのと大して変わらないような戦い方しか出来なかった。あれだったら一人でも問題ないかと思ってな」

「あー……、そりゃ近接戦専門で、範囲攻撃も遠距離攻撃も出来ない奴が二人しかいないなんて状態で上手く役割分担は出来ないだろうよ」

「そうなのか?」

「結局、冒険者なんてものは千差万別で色々な戦い方をする徒党がいるが、戦闘に限って言ってしまえば五人か六人が最適だと云われてる。敵の素材を持ち帰ったり、更には交代で動いたりなんてするとこの二倍になる事も珍しくないがな。戦士が二人いても相性がよっぽど良くなければ、上手くは戦えないだろうよ」

「……そんなもんなのか」

「ちなみに最も基本的な徒党は戦士が二人から三人、レンジャーが一人か二人、魔術師がやっぱり一人か二人。こんな感じだぜ」

「イーナ達はどんな感じなんだ?」

「私がレンジャーで武器は鎖鎌で、もう一人のダークエルフが戦士で武器は斧槍。聞いたところだとマウリも今は一人なんだろ? 私たち二人とロルフ、それにマウリも入れた四人で潜るのもそんなに悪くないと思うぜ。……それに正直ヒューマン種がトップにいないと色々と面倒くさい事になりそうだから、出来れば引き受けて欲しいなーなんて」


 軽い調子だが、思ったよりも真面目な提案のようだ。その程度を察する事は出来た。


「さっきの話の徒党の人数には達していないが、構わないのか?」

「まあ、出来ない事もあるし汎用性にも欠けるけど、遭遇戦とかについては大分安定すると思う」


 その言葉にロルフは暫し考え込んだ。だがさほど時間を掛ける事もなく、答えは出た。集団で上手く自分が機能できるというのなら、それに越した事はない。そしてそれがイーナの助けになるのだったら、尚更だ。


「判った。マウリにも連絡を取って、全員の同意が取れたら潜る方向で動いてみよう」



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