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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第十一話 再会(上)


 それから少し時間を掛けてロルフの装備を揃えていった。とは云っても、アンテロに頼んだのは小型の盾だけで、他の物は既製品で済ませる事にした。

 具体的には、金属製の脛当て。頑丈な冒険者用の靴。右手の前腕部を守る金属製の防具。そしてレザーメイルだ。

 鉄靴と、手甲の拳を保護する部分は、予算と性能の兼ね合いを考えて今回は見送った。やはり可動部分が多いと調整に時間が掛かり、値段も高くなる。それならば元々動きやすい種類の革装備などの一段上の物を買った方がきっと賢い。最良の組み合わせを考えるのは、余裕が出来てからで良いだろうと云う事だ。


 後はアンテロに頼んだ盾が揃えば一応は装備が整う訳だが、それらを装備してもそこまで外見に変わりがある訳ではなかった。脛当ても前腕部を守る防具も、布の上に着込み、更にその上に服を着るものだ。つまり一見すれば外見上はそこまで変わらない。無論少し注意して見てみれば輪郭で判るが、それもそこまで目立つ物では無かった。


 質をそれ程追い求めなかったと云う事もあるだろう。防具一式は何とか4万ラクマほどで足りた。内訳は靴が2万ラクマ、脛当てが1万ラクマ、腕とレザーメイルがそれぞれ5千ラクマ。こんな感じだった。

 種類が違うので比べるのは無意味だが、この中で最も高いランクなのは――靴だろう。歩きやすいと云うのもそうだが、それ以上に多少の罠を踏み潰すだけの頑強性を備えたブーツだ。当然脛の方の部分まで覆っており、そこもそれなりの防御力がある。結果として盾を除けば、脛が最も防御が高い部分になった。


 胴体部分については動きの邪魔にならない事を重視して探した。素材にもよるが、革装備というのは最もよく使われている装備だ。魔物は溢れている。当然それを仕留めた時に出る革も溢れている。なめしたりするのに時間と手間が掛かるが、比較的安く手に入るのだ。

 装備を揃えるのにはアンテロの力も借りた。品質の吟味から、そもそも何処に何が売っているのかも、土地勘がないロルフには判らない。

 後はアンテロに作って貰っている盾が出来れば、装備が整う。今日はその為の最終調整をしていた。


「どんな感じだ?」


 アンテロの声が何処か遠くから響く。

 ロルフは、装備を着込み、自らの身体に神経を集中させ様々な動きを試していた。前へ踏み込み、盾を掲げ、後ろへ飛び退く。移動自体に違和感はない。足の装備には特に気を使った。金も掛けた。結果、今までより大分動かしやすい。靴底の滑り止めがある御陰で、動きの切り替えも遅滞なく出来る。そして脛当て等の防具の御陰で、今まで余計な事に気を取られていた感覚が大分薄れた気がする。


 盾についても違和感はない。少し改善したい所はあるが、そこまで大きな不満はない。寧ろ質を考えればこの中で最も良い。文句を言ってしまえば罰が当たる。

 問題は右手と胴体だった。右手に関しては仕方ない。まだ装備が出来ていないのだ。

 だが胴体に関しては、動く度に微妙に鎧自体が動くのが気になった。


「あー、まあ既製品だからしょうがないっちゃ、しょうがないか。出来るだけサイズが合うのを選んだんだが……」

「どうせだったら、胸の部分も覆う部分を少なくして金属にした方が良かったか?」

「そうかもな、まあそれはこれから考えりゃいいか。いっちゃ悪いが、5000ラクマの革装備なんて気安めみたいなもんだからな。しっかしどうするか」

「調整は出来ないのか?」

「出来るが、俺は金属の方が主だし、そもそも細かい調整をやって使うほどのもんじゃ無いんだよなー。いっそのこと肩当ての部分は外して、後は下に着込むのを工夫する事で乗り切るのが早い気がする」

「じゃあそれで頼む」

「良いのか?」

「ああ」


 じゃあやっとくから脱いでくれと云うので、ロルフはレザーメイルを脱いでいく。フルプレートなどと違ってそこまで手間が掛かるようなものではない。さほど時間を掛ける事もなく終わる。


「よしっ、これで装備の準備は終わりだ。後は実際に調べて潜るだけだ」

「盾の代金はどうするんだ?」


 新しく作って貰った盾の手間賃は払っていないし、それ以前に素材代さえ払っていなかった。だが、アンテロはそれについては余り気にしていないようだ。


「あー……、探索が成功したらその結果から返してくれ。ぶっちゃけ素材代は大体5万ラクマくらいだが、冒険者用の装備としては問題外の奴を除けば、下の中ってところだ。お前が生き残れれば嫌でもその程度の金は入ってくるさ」

「……儲かるんだな」

「生き残れればの話だ。俺も実際に潜った事がある訳じゃないから余りでかい口は聞けねぇがな、それでもこんな街にいりゃ幾らでも噂は耳に入ってくる。新進気鋭のチームが現れた。そいつが未探索区域に挑んで帰ってこなかった。結局、常に先に進もうとしているので、生き残っているのはかなり稀だ」

「…………」


 アンテロの言葉にロルフは押し黙った。アンテロの瞳には、そんなロルフが恐怖しているように映ったのかも知れない、安心させるような笑みを浮かべると軽く肩を竦めた。


「ま、そんな厳しい環境で生き残る為にも、これから飯代まで払って話を聞きに行く訳だ」


 そんな言葉と共に、アンテロは立ち上がった。そして凝りをほぐすように伸びをする。ロルフも軽く息を吐いた。装備の調整をかなり長い時間やっていた為、ロルフも身体に軽い疲れが溜まっていた。





 アンテロの工房の近く。裏通りにひっそりとある店が待ち合わせ場所だった。

 入ると、店内には何人かの客が皆思い思いに食事を取っていた。客の大部分はアンテロの知り合いらしい、片手を上げて軽く言葉を交わしている。どうやらここら辺りの職人がよく集まる店のようだ。客には体格の良い男が多いが、武装している人間は殆ど居ない。酔っているのか赤ら顔で、胴間声を響かせている者も見受けられた。だが険悪な雰囲気は感じない。皆、陽気で楽しそうだ。


 正直、ロルフの得意な空気ではなかった。どうも身の置き場に困り、意味もなく辺りを見回す。今日はアンテロの知り合いの冒険者に話を聞く事になっていた。そうは云っても、アンテロの話ではそこまで頼りになるかは不明らしい。まあそれもある意味当然だろう。そんな名うての冒険者に夕飯一食で話が聞けるような伝手があるようだったら、そもそもロルフのような者に賭けようなどとはしない。


 だが冒険者として半年ほど活動している先輩である事には違いないそうだ。実力的にはロルフと大差ない事を考えてもその話はきっと参考になるだろう。

 そんな事をアンテロと二人で話し合い、このような場を設けてもらったのだ。


「こっちだ」


 どうやら挨拶が一段落したらしい。アンテロは軽く手を振って、店の奥へと進んでいく。ロルフもそれに続いた。表から見た感じよりも店内は広い。そして出している料理も幅が広い。焼き肉のような濃いめの、どちらかと云えば男性受けしそうな物から、せいろのようなあっさりとしたものまで、幅広く品目に載せているようだ。


 そんな事を横目で観察しつつ、ロルフは店の奥へと進む。やがて目当ての人間を見付けたらしい。アンテロが手で指し示す。その先にいるのは、ロルフの予想を完全に裏切り、見目麗しい女性のエルフだった。

 絹糸のような金髪を腰まで伸ばし、美しい青色の瞳をしている。ゆったりとした淡い緑の服に身を包んでいるが、その上からでも彼女が女性らしい肢体の持ち主である事は窺えた。だが目立った武装は見えない。魔術師なのかも知れないと思ったが、それにしては雰囲気が少し違う。


「ロルフ・ヴァーデンだな」


 対面にアンテロと二人で座ると、開口一番と云った感じで女が口を開いた。女性にしては凛々しいと云えるような声音。このような場所で聞くのに相応しくないと思えてしまうような、涼やかで透明感のある声だ。

 だがロルフにはその声よりも、その内容の方が気になった。ヴァーデンの名字は知る人は知っている。だからこそ、出来れば隠しておきたかった。その事はアンテロにもそれとなく伝えておいた筈だ。

 説明を求めるように、視線が自然とアンテロの方へと向く。アンテロはほんの僅か意外そうな表情を浮かべていたが、首を左右に振って否定した。それを認めると、ロルフは再び女の方へと向き直った。


「ああ……そうだ」


 答えた声には、ほんの僅かな緊張が含まれていた。ロルフは女の青い瞳を真っ直ぐに見詰める。女もそんなロルフを真っ直ぐに見返した。二人の視線が交錯する。


「…………」

「…………」


 暫しの時間が流れるが、女は口を開こうとしなかった。ただ真っ直ぐとロルフの方を見詰めている。


「…………」

「…………?」


 そこには何かもの言いたげな色が見えたが、ロルフには何の事か判らなかった。やがて緊張が不審に、そして困惑に変わっていった。ロルフは助けを求めるように、視線を横にいるアンテロに向ける。だがアンテロも心当たりは無いようだった。瞳に僅かな困惑と、そしてロルフに何らかの動きを促すような色を浮かべている。だが促されても、ロルフには何をして良いのか判らない。困惑のまま、顔を女の方へと向け直し、兎に角事情の説明でも求めようと、口を開く。


「あー……」


 だが、そこで動きがあった。

 じっとロルフを見詰めていた女が、突然へにゃりと崩れ落ちたのだ。びくりとロルフの肩が一瞬だけ跳ね上がる。女は突っ伏すようにして顎を机の上に乗せ、そのまま視線だけをロルフの方へと向ける。

 それまでの凜とした雰囲気とは正反対の、だれた空気を身に纏い、その恨めしげな眼差しはどこか拗ねたようでもあった。


「……? ??」


 だがそんな眼差しを向けられても、ロルフには全く心当たりがなかった。頭が真っ白になって、碌な反応も返せない。


「っつーか、気付かないのかー。やだなー……、へこむじゃんかよー。せっかく楽しみにしていたのにさー」


 唇を尖らせ、女がぼやくように呟く。

 まるで動いていない頭が、漸く事態を把握し始めた。

 気付かない。へこむ。せっかく楽しみ。

 女の呟きの一部分が反芻されるように、頭にこだまする。そこから一つの結論を導くのは、ロルフの殆ど動いていない頭でも難しくなかった。


 ――どうやら自分と、このエルフの女は以前会った事があるらしい。


 だが、何処で?

 ボリスに引き取られてからでは無い。フェーラン流の道場では、このようなエルフと知り合うような事はなかった。ならば、必然的にその前。あのゴミ溜めのような路地裏で暮らしていた時の事だろう。そこまで思考が進むと、自然と一つの推測が浮かび上がってきた。


「お前まさか…………イーナっ!?」


 それは路地裏時代につるんでいた仲間の名前だった。エルフの女は高く売れる為に、耳は殆ど常に隠させていたし、男装もさせていた。だからロルフの記憶の中では、イーナと云えば女というよりも中性的な少年という印象の方が強い。


「そうだ。そうだよ。そうですよ。貴方の元相棒のイーナ・バルテンですよ。あの腐ったゴミ溜めで共に助け合って生き延びてきたイーナ・バルテンですよ」


 だが果たしてその推測は当たったらしい。ふて腐れたような雰囲気のまま、エルフの女――イーナの口から恨み言にも似た言葉が滑り出す。


「確かにロルフの名前を聞いて、ロルフがロルフだって判ったから、小細工をしてアンテロに頼んで私の名前を出さないようにしたさ。いいじゃないか、殆ど十年ぶりなんだ。感動の再会を演出しようとしたってさ。最初は気付かないけど、少し思わせぶりな態度をすると気が付いて話題に花が咲く。そんなのを昨日の夜、寝台の中で独り転げ回ったりしながら想像したりしてたんだよ! ええ、ええ、判っていますよ。想像なんかじゃなく、妄想でしたね。完全に私の期待は外れましたね。私なんかロルフの中では既に過去の女で忘れたい人物順位表の上位に入っているんですね」


 イーナは顔を僅かに上げ「ははっ」と乾いた笑いを浮かべると、再び顎を机の上に力なく乗せた。机の上に広がった絹糸のように細く美しい金髪。そこから飛び出た長い耳も、持ち主の感情を示すように力なく垂れ下がっている。


「がちで気付かないとかー……、へこむ、思ったより全然へこむわー……」


 イーナは肩を落として、上目遣いにロルフを見た。そこには責めるような、縋るような色があった。気のせいか、隣のアンテロまでがロルフの事を責めるような眼差しで見詰めている気がした。



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