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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
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第九十一話

 通常の魔法を使う場合、魔力の他に適正が必要となる。

 火魔法が使いたいのなら火魔法に対する適性が、水魔法を使いたいのなら水魔法の適性が必要であり、適性があることを大前提にどれだけのスキルを得ることができるかが魔術師としての力量の差である。

 適性がなければどれだけ鍛錬を積もうと各属性に付随する魔法を使うことはできず、仮に適性があったとしてもスキルを得ることができなければ、スキル持ちが放つ魔法の威力には到底及ばない。


 この世界では戦士、魔術師、職人すべての職種に共通して生まれ持った適性とスキルの有無がものをいう。

 しかし適性がないから、スキルが得られないのだから仕方ないと、達観し生きられる人間など滅多にいない訳で。

 才能の有無は神の思し召しだといってすべて受けいれてしまうエルフ達や、戦えぬ者に発言権はないがその代り戦えるものが全力で守り大切にしてやるのが当然といった独特な思考回路を持つ獣人達とは違い、様々な欲と柵の中で生きる人間は生まれ持った運命にどうにかして抗えないかと足掻く。

 越えることのできぬ才能の壁に、もがき苦しみ挫折して。それでも諦めきれぬ栄光と未来を夢見た人間は、いつも側らにあった精霊達に目をつけた。

 そうして生まれたのが精霊魔法と契約である。


 精霊達と人間の歴史はとても長く複雑だ。

 自然の体現者、神と人の狭間を生きる者など様々な呼び名で呼ばれる精霊達。

 精霊達はいつの間にかそこにおり、人やその他の種族、魔獣達の側に寄り添い時に対立した。精霊達がどのように生まれ、何処からやってきたのか知る者はおらず、また本人達もよくわかっていない。

 フィアやラファールのように人を愛し寄り添う者がいたかと思えば、人を憎み排除しようとする者もいる。気まぐれで自由を愛する精霊達は時に残忍であり無慈悲だ。

 しかし神の代行者とも称される精霊達の力は膨大だった。故に人は人知を超えたその力に恐れ平伏し崇めると同時に、焦がれ求め続けてきた。


 そうして生まれた精霊魔法は魔術師達にとって反則に等しく。

 しかし同時に、己が持って生まれた定めに抗うことができる唯一の希望であった。

 精霊魔法に適性もスキルも必要ない。必要なのは対価として渡す魔力と精霊に力を貸してもらえるだけの好意を持たれること。

 その好意はどのような形でも構わず、ラファールのような一方的な愛情もあれば精霊の気まぐれや好奇心、利害関係の一致なんて場合もある。

 普通に魔法を使用するよりも多くの魔力が必要な上、精霊に好かれるという曖昧な条件を満さなければならないが、その代わりに適正とスキルの壁を精霊達が補ってくれる。魔力はあるが適性とスキルに恵まれなかった人間が飛びついたのはいうまでもない。


 そしてあの手この手を使って精霊達の気を引く人間達が沢山現われ、各属性の精霊に対しそれぞれどんな気の引き方が有効なのか。精霊が好む歌や陣、どのような条件下であれば精霊達は力を貸してくれるのか。好かれやすい人間達の共通点とは、など様々な事柄を整理し改良し体系化したのが現在の精霊魔法である。


 そうやって多くの魔術師達が数多の年月を費やし精霊魔法の研究を重ねるにつれ、精霊達を直接見て言葉を交わすことができる人間が現れる。

 そして生まれたのが契約という、人知を超えた存在を己に縛り付ける方法だった。

 契約の起源は定かではなく、力に焦がれた人が無理矢理編み出したのか、人を愛した精霊が教えたのかは不明とされている。



 



『しかし暑いですねーご主人様』

「夏だからな。でもこれからまだまだ暑くなる――ほらこれでも食べて涼んでおくといい。まだ先は長い」

『ありがとうございます!』


 気だるげなブランの声に水分補給を兼ね、氷を作って口元に差し出してやる。じりじりと照りつける日差しに肌を焼かれながら、がりがりと嬉しそうに氷をかみ砕くブランを撫でる。そして遠くに揺れる王都に目を細めた。

 巨大スライムとの遭遇から早一月。

 セルリー様の言葉どおり深淵の森での合宿が中止された俺達は、かわりに提案された王都警備を行う為に夏真っ盛りな街道を移動中である。


 今の深淵の森は危険ということで、今年度は二班ずつ二週間ほど騎士団に混じり、王都の警備につくことになった。

 しかし幾ら戦力になる生徒ばかりといっても騎士団も暇ではない。

 その為、俺達一、二年の生徒は四~六人の班をつくり、前の班と一週間の引き継ぎ期間を設けながら騎士団の手伝いをすることになっている。

 最初の二班が騎士団の指導を受け、一週間遅れで到着した次の二班には先に指導を受けた生徒達が一週間かけ、交代で一日の流れや業務内容について引き継ぎを行う。そして手が空いている生徒が騎士団の手伝いをするといった形だ。

 少人数ずつ交代制で行う上に一班あたりの期間も長い為、全員が終える頃には夏も終わり秋が訪れていることだろう。騎士達には通常業務があるというのにこれほどの長い期間生徒のお守をするなど、一体誰がどうやって騎士団と交渉してのませたのか。可能な人間を数人知っている分、知りたいような知りたくないような気持ちで一杯である。

 ちなみにレオ先輩達三年生は同様に交代制で国境沿いの砦に行くらしい。


 グレイ様とクレアは今頃最後の巡回中だろうか。


 雲一つない青空に今回は側にいない幼馴染達へ想いを馳せる。

 幾ら授業の一環とはいえ、普段は遠くから垣間見ることしかできない王族が王都内の警備に付くとなれば一目お目にかかりたいと思うのが普通の感覚である。

 現にグレイ様達が騎士団についてから、普段の倍以上の相談や出動要請があるようだ。騎士団の方々の苦労を思えば失礼かもしれないが王太子殿下、王女共に民に親しまれており何よりである。

 そういった人々への対応や護衛面での問題からいって、グレイ様とクレアが同じ班になるのは当然で。

 合宿のかわりも兼ねた王都警備では、評価の関係上各期間中の戦力を均一にする必要性がある為、グレイ様達と俺が被らないよう要請を受けたのは当然のことといえよう。

 唯さえ王太子殿下、王女への対応に追われているのに俺まで加わったら対応しきれないという騎士団の主張も理解できるしな。


 不満といえば不満だが、騎士団にはお爺様もおられるからな……。


 現在お爺様は王都の騎士団の指導役におさまっている。

 俺がくるということで張りきっているらしいお爺様の後始末と護衛の同時進行は、幾ら生徒を受け入れる為に王城の騎士団から応援をもらっていても荷が重いのだろう。

 最近のお爺様は大元帥という責任ある地位を引退した所為か、授業の一環として参加する俺に「手合せするのを楽しみにしている」と書いた手紙を寄越してくるくらいには自由に過ごされているようだから仕方ない。


 それにこれは学業の一環である。王都で何かあれば町の騎士団以外にも王城の騎士団と近衛がいるのだからグレイ様達以外、できれば非戦闘要員達と組んでくれという先生方の言葉はもっともだ。

 むしろ去年の功績が評価されたと喜ぶべきところだろう。

 今回俺はバラドとルツェとソルシエとジェフ、それから馬術指導をした一年生の男女、計七名で班を組んでいる。そしてもう一班にはナディとレオーネの姿があり、こちらの班はどうも現薬学科と薬学科志望の一年生で組まれているので完璧な後方支援部隊である。

 誰がどう見てもこの二班では戦力が極端に少ない構成なのだが、裏を返せば俺がいればこの戦力でも他の班と変わらず十分騎士団に貢献できると評価されているということ。

 行先も深淵の森よりずっと安全な王都となれば不満はあっても文句をいう必要はない。むしろこれは好機だ。これだけ極端な構成でも好成績を残し、まだ先生方の俺に対する評価は甘かったのだと思わせたい。

 

 それに秋には他国へのお披露目を兼ねた俺とクレアの婚約式もある。

 好都合なことに王城の騎士達もいることだし、ここで騎士達に実力をみせつけておきたいというのが本音だ。

 グレイ様にも「今回はクレア共々ジンや護衛達の側で大人しくしているから、未だお前を見下している者達を黙らせてこい」とのお言葉をいただいている。


 俺が築き上げてしまった負の歴史は多い。お爺様や父上に憧れ讃える騎士達の中には、俺がジンと肩を並べグレイ様の側に侍ることを快く思ってない者は沢山居る。当然だ。

 彼等騎士は噂に踊らされることなどなく、己の目で見て感じたものがすべてだ。そんな騎士達の目に、今までの俺がどのように映っていたかなど考えるまでもない。高等部に入学後は、噂とセルリー様達の引退式の時しか顔を合わせてないからな。

 騎士達に受け入れてもらうには彼等の目の前で、俺自身の力を示せなければ誰が何と言おうとも無駄だ。


 ――アギニス公爵を継ぐのは、俺だ。


 必ず騎士達にそう認めさせてみせる。

 今頃グレイ様とクレアはジンや護衛代わりの騎士と共に最後の巡回をおこなっており、俺が騎士団に着く頃には王城へと移動しているはずだ。

 俺もこの二週間の王都警備が終われば、クレアの婚約者として王城にあがる。

 それでまでの間に、俺こそがグレイの側にあり、クレアの婚約者に相応しいといわせてみせようではないか。




「――何やら楽しそうなご様子ですね。ドイル様」

「ルツェ」

「ヘングスト先生の頼みで雑木林に向かわれてからというもの、ドイル様の輝きは増す一方。唯さえ神々しさが迸っていらっしゃるというのに、先ほどからその輝きがますます増しておられるようで、ルツェは眩しさで目が潰れそうです」

「……お前は何が言いたい? 知らぬ間柄ではないのだし口上はなくていいから、はっきり本題を言ってくれ」


 これからの二週間を思い浮べていると、不意にルツェからそんなことを言われ眉をひそめる。

 共に過ごす時間が長くなるにつれ、徐々に変化してきているルツェの口上はよりいっそう訳がわからなくなっている。「神々しさが迸っている」ってどんな状況だ。

 口上は貴族を相手にする商人には必須なのだろうが、俺にはいい加減やめてほしい。


「すべて口上という訳ではないのですけどね――――なにやら先ほどから楽しそうといいますか、愉悦を含んだ笑みを浮かべておられたので。王都に何か楽しみなものがおありなのかなと……何かなされるのでしたら、我が商会がお力になりますよ? むしろ商売がらみでしたら是非一枚噛ませていただきたく存じます!」

「別件だ」


 前半の言葉がよく聞こえなかったのだが、後半の言葉と期待に輝いたルツェの目に即答する。同時に口元を意識して引き締めた。

 どうやら騎士達をどう見返すか考えていた際の感情が漏れていたらしい。獲物は油断させておくに限るというのに、愉悦を含んだ笑みなど見せては警戒させてしまうからな。

 というか俺は日常的に金儲けなど考えていない。そもそも、その必要がないのはルツェもよく知っているだろうに……。


「そうですか? しかし、商売でも事業でも開発でも是非お声掛けくださいね。ドイル様でしたら我がヘンドラ商会は喜んでご融資させていただきますよ」

「……融資を受けずとも、お金は十分過ぎるほど受け取っている。むしろ色紙に関する利権はやったのだから俺に使用料を払う必要はないぞ」

「あれは利権の使用料でなく、我がヘンドラ商会が今後もドイル様に御贔屓願いたい気持ちでございます。総売り上げからみれば本当に気持ち程度ですから遠慮せずお受け取りください。色紙に紙薔薇と我が商会はドイル様にお渡しした以上に儲けさせていただいておりますから」


 色紙と紙薔薇の利権を与えてから毎月ヘンドラ商会から送られてくる「お気持ち」という名目の金貨。初めは金貨一枚だったこともあり、父上にどうするべきか尋ねたら「ありがたくいただいて、ドイルの私財にしなさい」との返答が返ってきたのでバラドに管理させていたのだが、最近確認したら恐ろしい額になっていた。

 最近では軽く三桁を超える金貨が送られてきており、この機会に是非止めさせたい。


「それにドイル様と面繋ぎを希望する方々が何を思ってか、競い合うように大金を落としていってくださるのです。我が商会がドイル様から求められてもいないのにご紹介する訳ありませんのに……不思議ですよねぇ」


 しかしそんな内心を見透かしたように、ルツェが輝く笑顔でそう告げてきたので、俺はそれ以上の会話を止めた。

 興奮した様子で最近の売り上げと今後の商会の展望について語るルツェは間違いなく輝いていた。ナディとレオーネの班員達が怯えた様子でこちらを見るくらいには。


 ……あついな。


 気温の所為か、紙薔薇をつくって見せた時のように語るルツェに相槌を打ってやりながらそんなことを思う。

 相変わらず商魂逞しく生きているようで何よりである。

 三桁を超える金貨を気持ちだと言い切るからにはヘンドラ商会は相当儲かっているのだろう。色紙など物珍しいだけでたいした商品ではないはずなのに、恐るべき商才である。上がった俺の評価をも利用して儲けているらしい彼等には脱帽である。

 ヘンドラ親子がそんなヘマをするとは思わないが荒稼ぎして恨みをかってないか調べさせよう、お金に困っていないようだし受け取ってしまった分は返す機会があったら返そうなどとぼんやり思いながら、額に滲んだ汗をぬぐう。


 しかし拭いきれなかった汗がぽたりと足に落ちる。

 落ちた汗の雫がズボンにシミをつくった次の瞬間、ふわりと冷たい空気が俺の体を包んだ。


「――もっと涼しいほうがいいかしら?」


 そしてフィアのように実体を持ったラファールが、深緑の髪を靡かせながら俺達の前に姿を現したのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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