第七十七話
今回の事の発端は一月ほど前に遡る。
この白い卵のようなものは【フェニーチェの卵】と言い、その名の通りフェニーチェという再生能力の高い鳥の様な生き物の卵である。フェニーチェ自体は大層優美な姿をした鳥で、魔獣とも神獣ともいわれている未だ謎が多い生き物だ。
そしてそんな謎の多い【フェニーチェの卵】は、別名【奇跡の卵】と呼ばれており希少価値が大変高い。俺も実物を見るのは初めてである。
この【フェニーチェの卵】、生まれたては普通の卵と変わらず中身も黄色いのだが、きちんと熟成させると黄身が青くなる。
青くなった黄身にはあらゆる細胞を増やす効果があり、主に重症患者用の傷薬の材料にされている。他にも動植物の成長を促すなど様々な効能があげられ、乾燥粉末にした青い黄身を混ぜた土壌で育てると限られた場所でしか生育できない薬草もすくすく育つ優れものだ。
そしてその殻は毒や薬草の効能を和らげる効能を持つ。
毒を持って毒を制すという言葉の通り、世の中には薬になる毒もある。毒本来の毒性を弱めたり、ある程度打ち消して薬に利用する時に殻の効能が大活躍という訳である。
ただし、それらの効能を得るには、黄身が青色になるまで熟成させることが条件で、黄身が青色にならない内は殻も黄身も普通の卵。しかも卵なので温めたり魔力を与え過ぎるとフェニーチェが孵化する。そして生ものなので常温だと腐るし、冷やし過ぎると凍る。
熟成するまでは精密な温度と魔力管理が必要で、その上、黄身の色は変わるがいくら熟成させても見た目に変化はないので、割るまで黄身の色が分からないという厄介な代物でもある。
しかしそれでも薬学に携わる者にとっては抗いがたい魅力の詰まった卵であり、その効能の素晴らしさゆえに、市場価値は恐ろしく高い。熟成させた卵は金貨十枚前後で取引されていたはずだ。
それだけ高価で希少な卵を、フリとはいえ目の前で割ろうとされたら叫び声の一つや二つあげたくなるだろう。
そしてその希少な【フェニーチェの卵】をレオ先輩方はとある人物から、然る状態まで預かり管理する代わりに殻を全て貰う約束をした。どうやら依頼者が必要なのは中身であり、外の殻は必要ないので好きにしていいと言われたらしい。
提案した貴族が生徒でなく教師だったというのも災いし、中身が手に入らないのは残念だがタダで殻が手に入るのなら、とレオ先輩方は二つ返事で引き受けてしまったらしい。
そして本日。
一月前に預かった卵が丁度いい頃合いなので中身は乾燥粉末にして依頼者に、殻は自分達が使う為に砕いて粉末にする予定だったらしい。
そこでレオ先輩と先輩Aはその旨を依頼者に知らせ、夕食前に届ける約束をしに行った。するとそこで依頼者は、レオ先輩方に追加分の卵を見せたという。
しかしこの【フェニーチェの卵】を最高の状態まで管理するには、その素晴らしい効果に見合うだけの手間暇がかかる。新顔も加わり、もうすぐ一年生の馬の捕獲もある。
その上、一度俺との約束を破り黙って依頼者から卵を受け取ってしまっている。流石に二度は裏切れないということで、泣く泣くレオ先輩方は断った。
すると依頼者は、今度は殻だけでなくいくつか丸ごとくれると言ったらしい。
この一か月間、レオ先輩方は【フェニーチェの卵】の殻が手に入ったらどの薬を作ってみるか、もしかしたら研究途中で挫折した薬も殻を使えば精製可能な物もあるかもしれないと、夢一杯に卵の管理をしてきた。そして、あと一か月頑張れば中身も手に入る。
俺に対する罪悪感はあるものの「中身も手に入ったらもっと」と誘惑に負けて、新たな卵を預かってきてしまったそうだ。
一方、卵の中身と殻を粉末にする為に準備していた先輩B・C・Dは準備を終え報告組の帰りを待っていた。折角貴重な【フェニーチェの卵】、処理自体は難しいものでは無いし一時間もかからないので、報告組が戻ってきてから皆でやろうと約束していたからだ。
そしてそこに何の偶然か、ナディとレオーネがやってきた。
約束の時間の三時間も前の話である。
どうやら薬学科の先生の都合で授業が早く終わったので、少し早いが折角の機会だし、約束の時間まで今後の参考に【薬学の麒麟児】と呼ばれるレオ先輩率いる先輩方の話を聞けないかと考えたらしい。
そしてそんなやる気溢れる後輩達を、最高潮に上機嫌だった先輩方は快く迎え入れた。
「いいところに来たな。これから【フェニーチェの卵】の処理をするから、参加していけよ!」といった感じだ。二人は己の僥倖に喜び勇んで参加表明し、優しい先輩方とこれくらいなら先に始めていてもいいだろうと、【フェニーチェの卵】の洗浄しながら薬学について語り合った。
そして、悲劇が始まる。
まず、最初に預かった【フェニーチェの卵】は全部で三十個あり、割れては大変ということで十個ずつ籠に分けて丁寧に洗浄していた。そして既に洗い終わった卵が一籠と、未洗浄の卵が一籠、未洗浄には見分けがつくよう卵の上に布をかけた状態で並べて置いてあった。
そこに報告組が新たな卵を二十個持って帰ってきた。そして布がかかっていた籠を挟む形で新たな卵を籠に入れて置き、レオ先輩は洗浄組を呼びにその場を離れた。その時点で並べておくなよと突っ込みたいところだが、先輩方曰く十個と二十個では見れば分かると思ったらしい。
その後、残っていた先輩A はうきうきと用意された魔道具を見ながら皆が戻ってくるのを待っていたのだが、そこで用意し忘れている魔道具があることに気が付き、気を利かせた先輩A は魔道具を取りに部屋を出てしまう。
そしてそこに洗浄済みの卵を持ってきた先輩Bが、洗浄済みの籠に新たに洗った卵十個を追加した。しかし、レオ先輩から新たな卵の話を聞いていた先輩Bは、未洗浄の卵を持つと、かかっていた布を新たな卵が入っていた籠にかけて退出する。
その後、レオ先輩とナディとレオーネが戻ってくる。そして離して置いてあった籠を見たナディの提案で二つの籠に危険が無いよう机の中心に寄せ、隅テーブルへ向かうとそのまま三人で話し始めた。
そこに先輩A・B・C・Dが戻ってくる。
そして道具の確認をしていたところ、液体を乾燥させる魔道具が誤って動きだし、籠の上の布を飛ばしたというわけである。
そして浮かれていた先輩方の中に、並べて置いてある二つの籠のどちらに布がかかっていたのか自信を持って言える者はいなかった。
「………………んで、呼ばれた俺が四人に鉄拳を落とした結果、痛がった奴らの一人が机にぶつかって卵の籠が大きく揺れたんだよ。それで上の方に積んであった卵が転がり落ちそうになってな」
「私、『危ない!』と思って思わず水魔法で……、」
「卵を守ろうとし、結果卵は全て守られた。しかし大量の水に突然飲み込まれたことで、卵達は水の中を動き回り、新しい卵と熟成が完了した卵の見分けがつかなくなった、と」
「…………そうだ」
しゅんと縮こまるレオーネに「お前の所為じゃねぇよ」と慰めながら、大変重い声で俺に報告を終えたレオ先輩は、今回の一件をとても後悔しているようだった。
口は悪いが、情にあつく責任感の強い人だ。欲に目が眩んで俺との契約を守らなかった事も一度引き受けた依頼を完了できなかった事も、そして何より後輩や取り巻き達に責任を感じさせてしまっていることが情けなく、そんな己の不甲斐なさが許せないのだろう。
「言い訳はしねぇ。全ては俺の責任だ。悪かった!」
「「「「……兄貴っ」」」」
苦い表情を浮かべていたレオ先輩は、そう告げるや否や頭を下げ潔く全責任を負った。そして報告の最中黙ってみていた先輩方は、そんな兄貴の姿が耐えきれなかったのか口々に俺に言い募る。
「ドイルお兄様! 兄貴はちゃんとお兄様に悪いから断ろうしたんです! でも、僕どうしても中身も欲しくてっ」
「違うんですドイルお兄様! 元はと言えば俺がこの話を持ってこなければ、」
「いや、俺があそこで部屋を出なければよかったんだ」
「いいえ、私がもっとちゃんと機材を確認していれば」
「違います! アギニス様、俺が余計なことを言ったからこんなことになったんです。籠を寄せしたりしなければ分からなくなることはありませんでした!」
「ううん。私があの時もっと違う魔法を使っていればこんなことには…………」
わらわらと前の人間を押しのけ、非は己にあるのだと告げる先輩方の表情は真剣で。おふざけが過ぎる人達ではあるが、レオ先輩を慕う彼等はよくも悪くも真っ直ぐだ。これもレオ先輩の人望の賜物だろう。
そしてレオ先輩が紹介してくれたナディとレオーネも。たまたま居合わせただけなのだから無関係を装っても許されるだろうに、先輩の言葉に甘え己の責任を放棄しない姿勢はこれから長く付き合っていく上でとても好ましい。
「お前らは黙ってろ」
「でも、」
「いいから、下がっててくれ! これは卵についての謝罪じゃねぇ。俺がドイル様の信頼を裏切ったことに対する謝罪だ!」
そして、この人も。
元々真面目で、優しい人なのだ。そして人の心の機微にも敏い。合宿の時、俺に「心配させんな」といってくれるくらいだ。きっと俺の心配も、隠そうとされたことで苛立ち少し傷ついたことにも気が付いているのだろう。
「俺が、俺が」と名乗り出ていた先輩方を黙らせ、下がらせたレオ先輩は俺の目の前に来るとスッと床に膝を折り、椅子に腰かける俺を見上げる。
そして先ほどまで逸らされ続けたのが嘘のように、正面から真っ直ぐ俺を見た。
「――――本来なら、もっと細かく報告書とか書いて行動を逐一報告する義務が俺にあったって分かってる。俺がサインしたのはそういう契約書だったからな。行動を監視されてたって文句は言えねぇ。今回の件だって、最初に卵を持ち帰った時点で咎められていてもおかしくなかった。…………なのに、今日までばれなかった。それはつまり、ドイル様が俺を信頼して監視も何もしてなかったってことだ。折角ドイル様が俺を信頼して、此奴らの事を含めて全部任せて自由にさせてくれてたってのに、俺はその信頼に胡坐をかいて契約を破った上に【フェニーチェの卵】が惜しくて隠そうとしちまった。申し開きのしようもねぇよ。――――――――本当に、すまない」
そういって、レオ先輩は床に正座して頭を下げた。そしてそんなレオ先輩の言葉と姿に、先ほどまで騒いでいた先輩方も床に膝を付き黙って頭を下げる。その上、止める間もなくナディとレオーネまでもが先輩方に倣って頭を下げた。
そんな彼等に、何が言えるだろうか。
――――――言えるわけがない。
レオ先輩の言葉を嬉しく思う半面、言葉にできない悔しさに内心で歯噛みする。
なるほど。確かに下手な言い訳や責任転嫁せず、素直な謝罪と目に見えて分かる改められた態度は有効である。
散々誤魔化そうとした癖に、ここにきて素直に謝るなど狡過ぎる。先輩達だって「ふざけてるのか?」と聞きたくなるような態度をとっていた癖に、今更何も言わず真面目に謝罪など卑怯だ。
…………これじゃ、俺が悪者みたいだ。
いや、ここで許さなかった場合間違いなく俺が悪者だろう。
レオ先輩方のこの謝罪に、俺のような打算があるとは思えない。ましてやナディやレオーネまで巻き込んでここまでされて、「許さない」という選択など出来る訳がない。
初めて経験する逆の立場は、なんてほろ苦いのだろうか。
…………まぁ、大した事態でもなかったしな。
この何とも言い難い感情を飲み込み、受け入れてくれた大人達の度量を改めて実感しながら、得た情報を元に今回の件について整理する。
最初に見た状況が阿鼻叫喚といった様子だったので、どれ程深刻な事態になっているのか戦々恐々としていたのだが、蓋を開けてみればそれほど大事でもない。要するに新しい卵と古い卵が混ざってしまったという話である。
レオ先輩達の態度に苛立ちはしたが、こうして謝罪もしてくれている。一応話を聞く限りは、話を持ってきた貴族が教師でなかったら断るつもりであったらしいし、隠そうとしたことくらいは目を瞑ってあげるかと、目の前で頭を下げるレオ先輩方を見下ろしながら思う。
そもそも、レオ先輩方の真っ向からの謝罪に「やられた」と思いながら、こうやって許す口実を探して始めている俺に、これ以上レオ先輩方を責めたてることは不可能だ。俺との契約を無視した点と、いくら教師相手とはいえ貴族の甘言に簡単に乗ってしまった点についてのお説教は外せないが、今回はもういい。
充分反省しているようだし、これほど真っ直ぐ謝られては言えることなど何もない。
「レオ先輩」
「…………なんだ」
「塩を持ってきてください。あと、秤とある程度深さのあるガラスの器と水」
「…………なにを「今すぐ、駆け足で」――お、おう。わかった」
確か生卵って、塩水で鮮度判定できたよな。
謝罪の場から一転して、突然塩を要求した俺に理由を尋ねようとしたレオ先輩の言葉を最後の当てつけとばかりに遮り、己の要求を押し通す。戸惑いながらも俺の要求通りに部屋の奥へと走って行ったレオ先輩の背を見送りながら、頬杖をついた状態で遠い日の記憶を掘り起こす。
俺の記憶が確かならば生卵を10%の塩水に入れると、古い卵は浮く。卵は呼吸しているので、日が経つにつれて卵内の水分が減少し空気の割合が増えるからだ。
家庭科の授業でやらされた時は、塩水で卵の鮮度判定をする日など一生こないと思っていたが、人生いつ何の知識が役立つか分からないものである。いくら特殊な効能を持つ【フェニーチェの卵】といえ、熟成前は食用も可能な普通の卵である。恐らく、塩水につけることで選別出来るだろう。
仮に塩水で判別できずとも問題は無い。高価で希少な卵を無駄にするのは確かに忍びないが、最悪卵を全て割ってしまえばよい話である。
その後、無駄にしてしまった分の卵を調達してくればいい。
希少な卵の様なので手に入れるのには時間がかかるかもしれないが、絶対手に入らないものでは無いのだし、ましてや依頼者は貴族とはいえ仮にも教師。事情を話して、素直に謝罪して納期を待ってもらえばいい。生徒に頼むくらいだ、急ぎの仕事ではないだろうし、熟成に失敗する可能性も加味しているはずである。
…………問題はその教師が誰か、だ。
【フェニーチェの卵】は確かに高価で希少だが、熟成前の物は手に入れようと思えば手に入れられないものでは無い。この学園の教師ならば【学園商店街】のお蔭で一流商人達との伝手もある。ある程度の権力とお金を積めば調達は可能だ。
数個ならば。
【フェニーチェの卵】の希少価値は高い。五、六個ならばそう無理な話では無いが、一度に二十も三十も用意できる者はそうそういない。それこそグレイ様や俺、ルツェのようによほどの権力か、市場に強い影響力を持つ者でないとそれほどの量の【フェニーチェの卵】を一度に確保することは不可能だ。
そして、扉を開けた時の先輩方のあの反応。新たに受け取った【フェニーチェの卵】を全て無駄にしてしまうかもしれないからと言っても、世を儚む必要は無い。ここの先輩達にあれほど恐れられる教師など、この学園に一体何人いるというのか。
…………まさか、な。
バタバタと俺が所望した物を準備する先輩方を見ながら、思い浮かんだ可能性につぅと背に汗が伝う。
いくらレオ先輩方が薬学関係に目が無いとはいえ、まさかそんな命知らずな真似は……、
「ドイルお兄様、お水です!」
「ドイルお兄様、秤はこちらにご用意いたしましたわ」
「ドイルお兄様。ガラスの器はこれで大丈夫ですか?」
「――っ! 大丈夫です」
「ドイル様! 塩だ」
「ありがとうございます」
先輩方の声にハッと現実に返る。俺に持ってきた塩を手渡しながら「これで何を……、」というレオ先輩の言葉を聞き流しながら、俺は思い至った人物をかき消すように秤で塩と水を計り、それらをガラスの器に入れて混ぜる。塩が散ったことで若干濁った水が渦巻き、少しずつ透明に戻っていくのを見つめながら心を無にしてかき混ぜていく。
先ほどから脳裏に浮かんで消えない、藍色の髪に白群の瞳を持つ彼の老人の姿をかき消すように、ただひたすら混ぜる。
流石に先輩方もそこまで無謀ではないだろう、と己に言い聞かせながらあっという間に透明になった塩水に、無事だった成熟済みの【フェニーチェの卵】を一つ優しく落とす。そして、一旦水の中に沈み、ゆっくりと浮いてきた卵を取り出し元の籠に戻した。
熟成済みのフェニーチェの卵が塩水に浮かぶことを確認した俺は、物言いたげなレオ先輩方を放置して、件の卵達が入った籠に手を伸ばす。
そして一つ、また一つと卵を入れては塩水に浮かぶのを確認しては別の籠に入れ、三個目の卵が器の底に沈んだのを確認した俺はレオ先輩方に向き直る。
「このように水に沈んだ卵は未成熟、前三つのように浮かんだものが成熟した卵です」
「分かるのか!?」
「ええ。成熟しているということは、要はそれだけ日にちが経ったということでしょう? 古い生卵はこの塩水につけると浮きます」
「すげぇな。そんな知識、一体何処で……」
歓喜に沸く先輩方を背後に、呟かれたレオ先輩の言葉にドキリと心臓が跳ねる。
「知ってたナディ?」
「……いや、僕も今初めて知った。兄さんや父さんも知らないと思う」
「叔父様達も!?」
「下手したら、研究連も知らないんじゃ。こんな判定方法アギニス様は一体どこで……」
「ええっ!?」
といった会話を繰り広げるナディとレオーネ。一通り喜んだ後、慌てて俺が計っていた塩と水の量を書きとめながら塩水をつくり始める先輩方の姿に、これはもしかして披露してはいけない知識だったかと焦る。
「――――っ! 公爵家ともなれば、一流の家庭教師がついてたんだろうな。そりゃ俺らが知らないことも知ってるよな!」
「ええ。まぁ」
どうやってこの場を誤魔化すべきか思案していると、不意にレオ先輩と目が合う。感心した声を上げていたレオ先輩は不思議そうな表情で俺を見たかと思えば、次いでハッとした表情を見せ僅かに目を輝かせる。
そして一人納得した挙句、場を濁すのに一役買ってくれた。
どうやらレオ先輩はパルマの後継者に教わったと勘違いしているようだ。しかしその勘違いを否定して追及されても困るので、俺はその誤解を解いたりせずに便乗する。
そして、そんな俺の心情など知らずメリルへの期待を膨らませたレオ先輩の姿に、心の中でそっとメリルにエールを送った。
そうこうしている内に、怪訝な顔でこちらを見るナディが動く気配を察知した俺は、話題を変える為にも先ほどから気になっていたことをレオ先輩に尋ねる。
聞きたくはないが聞いておかなければならないことなので、いい切っ掛けと言えばいい切っ掛けである。こういったことは勢いが大事だからな。
「ところでレオ先輩」
「なんだ?」
「無論俺は、いくら先輩方であってもそんな無謀な真似はしないと信じていますが。まさか、この卵の出所ってセル――――、」
言いかけた言葉に、その場の空気がピシリと凍る。そしてそっと俺から目を逸らしたレオ先輩と、決して視線を合わせようとしない先輩方に俺は頭を抱えた。
ようやく先輩方の態度に納得がいった俺は、ズキズキと痛みだした頭を誤魔化すように眉間を揉む。一筋縄ではいかない人だと知っていながら、セルリー様の甘言に乗ってしまったレオ先輩方の薬学に対する情熱に、ただただ脱帽である。
ある意味想像通りだった卵の提供者は、レオ先輩の言う通り貴族でありこの学園教師。その上、俺の顔見知りであり、利用される心配も難癖をつけてくる心配もない、その辺りに関しては安全な人だ。
しかし、誰よりも関わって欲しくなかった、ある意味最も危険な人である。
――――――何故そんな危険な橋を渡ろうとしたんだ!!?
心の中で声に出せない想いを全力で叫びつつ。
俺は入学式という祝いの場で、赴任早々参列者全員に息をのませ、全校生徒に恐怖を植え付けただろうセルリー様の姿を思い浮べた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




