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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
外伝
262/262

第6話

 ――これより先は人ならざる者達の領域だ。なにがきっかけで命を落とすかわからん。足元を掬われないよう、警戒しておけ。


 夕食の席に突如姿を見せたマリスにそう忠告されてから早数日。

 地上が近づくにつれて徐々に濃くなる魔力に体を慣らしつつ山を下った俺達は、現在、竜の国が用意してくれた迎えの者達と合流すべく行進していた。


「そういえば、殿下やジンは竜王との対面を済ませたら最初はあの国を見に行きたいとか希望はあるか? 滞在中は竜達が運んでくれるから、どの国でも行けるぜ。転移魔法なら一瞬だし、竜体で二十人乗りの籠を運んでもらう空の旅でも一時間かからないから予定を詰めれば大半の国は巡れるだろうが一応順番を決めといてくれると俺達も助かる」


 フッと思い出したように口を開いたシオンの言葉に、グレイ様とジンの表情が輝く。


「それならば、最初は竜の方々に運ばれての空中散歩をお願いしたい。上空から見渡した方が地理の把握が出来て効率よく回れそうだ」

「了解。説明係がいた方がいいだろうから地理に詳しい奴を用意しておく。んで、ジンさんは?」

「私は是非ともドワーフの国を訪問させていただきたく! どこの店も店先に素晴らしい武具が並んでおりましたのでじっくり拝見したいです」

「ああ。あそこは安くていいもんが多いからぜひ見ておいた方がいい。職人気質でちょっと気難しい連中だが、気に入られればメイスでも鎧でもなんでも望み通りの品を作ってくれるから仲良くしておいて損はねぇ」

「それは楽しみだ(です!)」


 シオンの言葉で期待が膨らんだのか、グレイ様とジンの声が弾む。

 楽しそうでなによりだ。そんな二人に釣られたのか抜けるような青空の下を歩く兵達の顔も明るく、道中に見た亜人の国々への興味からか心なしか輝いて見えるし、案内する傭兵団の面々も嬉しそうで俺も思わず口元を緩ませる。

 体を慣らしながらゆっくり下りてきたとはいえ、下山してしばらくは濃い魔力に当てられて動けなく者も出るかとドキドキしていたがその心配は杞憂だったようで一安心である。

 俺と共に亜人の国々を巡ったことのあるレオ先輩達が当時の経験を生かして魔法薬を用意しておいてくれたお蔭で、行動に支障が出るほど大きく体調を崩す者はおらず。グレイ様や数名の兵達が少しダルそうにしていたがすぐに回復し、ここまで日程通り順調に移動することが出来た。このまま進めば予定通り昼過ぎには竜の国の使者と顔を合わせて、夜の酒宴に参加できることだろう。

 竜王とグレイ様の対談中の議題に関しては、すでに文書で交渉し終わっているので、形式的な話し合いとなる予定。そのため問題なく終わるはずだし、明日以降に行われる各国の視察時には、アストラや五年前に知り合った面々が顔を出して案内してくれるそうなので亜人の国々を安全に満喫していただけるはずだ。

 まずは竜王との対談が最優先ということで道中に滞在したドワーフや巨人、ハーフリング、人魚、ラミアの国々は素通りせざるを得ず、グレイ様や兵達も残念そうにしていたのでこれから存分に観光してほしいところである。

 特にグレイ様は、再びこの地を踏むのが難しいお立場だ。王位を継いだらマジェスタ城から出ることすら簡単には叶わず、その都度大勢の人間を巻き込んだ念入りな準備と根回しが必要となる。


 ――この旅が、最初で最後の長旅となる可能性が高い。


 だからこそ、グレイ様には思い残すことがないよう楽しんでほしいと思うし、最後の旅となるかもしれない今回の視察旅行を、なんの憂いもなく味わってほしい。

 そのためにも、はっきりさせておかないといけないことがある。

 思い出すのは、突然姿を現したマリスの言葉。


『傭兵達に気をつけるんだな。なにやら、お前達の目から隠れるようにコソコソ裏で連絡を取り合っていた。詳しい内容までは聞き取れなかったが、なにがなんでもお前の耳に入れたくないことがあるようだ』


 告げられた不穏な情報は、浮かれていた俺の目を覚まさせるには十分で。

 馬鹿にしきったマリスの態度を思い出すと少なからず腹立たしく思うものの、彼奴が身の危険を承知でわざわざ伝えに来てくれた情報である。彼が俺を謀る理由もないのでその言葉に従いシオン達をよくよく観察してみれば、確かにチラホラと我々の目を盗んで集団から離れる気配があった。それも不規則ように見えて、定期的に。

 

 ――シオン達が連絡を取るタイミングは、俺達が町や国を跨いだ前後。


 すなわち、シオン達は俺達の行動を誰かに事細かに報告しているということだ。ただ、それだけのことならば人目を避けて連絡を取る必要はない。

 マジェスタの竜の国訪問は、種族を越えた交流を望む多くの者達の悲願であったわけだし、使節団が順調に進んでいるか確認し安全確保したいと言えば済む話である。

 しかし、シオン達はそうしなかった。

 ということは、マリスの言う通り俺達の耳に入れたくない話があるということで。それも、俺達の居場所を常に把握しておかねばならないような事情があるときた。なんとも不穏な展開である。


 ただ、救いがあるとしたら、シオン達から害意を感じない点だろう。

 むしろ見方によっては、なにかから守っていると言えなくもない。

 観察していて気がついたのだが、彼らは日が落ちたあとに外出しようとするとなにかと理由をつけて、時には自分が目的を代行してまでやめさせてくるし、自由時間を与えられた兵が町中を好奇心のまま動き回らないようそれとなく行き先を誘導して活動範囲を限定しているようだった。それに、行く先々に同行しているシオン達とは別の古の蛇の面々が待機しおり、夜になるとこっそり宿周りの警護に加わっている。

 一連のシオン達の行為を好意的に受け止めるなら、危険がないように守り、安全地帯に留め置いているように思えるし、否定的に捉えるならば、秘密を知られないよう厳戒態勢で監視しているとも考えられる。


 夜になると、どんな危険があると言うのか……。


 外出を制止し出す時間とこっそり増える護衛の数から言って、月が中点を越える辺りから明け方にかけての間に俺達に知られたくない何かがあるのだろう。そしてそれは恐らく町人達と雑談したり、一般市民が生活している住宅区域に足を踏み入れれば判明する確率が高い。

 情報の在り処が判っているならば、話は早い。その気になればいつでも暴くことが出来るだろう。

 俺とてこの五年間、ぼんやり城勤めしていたわけではないのだ。お爺様や父上に話しを伺い修行した結果、聖刀の使い方もわかってきたし、魔法もスキルも以前よりも威力が高まり種類も増えた。ラファールやアルヴィオーネやティエーラにフィアーマ、マリスだっている。

 シオン達の包囲網を掻い潜って、町中を調べてくることも可能に違いない。

 しかし。


 敵だとは、思えないんだよなぁ……。


 頭を掻きむしりたい衝動をグッとこらえて顔を上げれば、亜人の国々ついてグレイ様達に機嫌よく語るシオンが目に映る。


「巨人族の町はなにもかもがでっかいから見ごたえがあるし、人魚の町は美男美女が多くて嫌になるが魚介料理が抜群に美味いから観光するにはお勧めだ」

「それはぜひ行きたいな」

「体を動かすのが嫌いでないなら、ペガサスやワイバーンのところも面白いだろうな。上手く交渉すれば空の旅が楽しめる」

「すごく楽しそうですね! グレイ殿下」

「ああ」


 まだ見ぬ亜人の国々心弾ませるグレイ様達と会話している間もシオンはずっと周囲を警戒しており、いつでもハルバートを抜けるように身構えているのが見て取れた。それに傭兵達も使節団を守るべく、地上だけでなく地下からも上空からも目を光らせている。地下や上空組は共に戦場を駆けていた時代の俺の気配察知の範囲より少し離れた場所から見守っているので気が付かれていないと思っているのだろうが、生憎こちらも成長しスキルの効果範囲が伸びているのでバレバレだ。


 ――守られているようだ。


 なにかから、必死に。

 山脈を越えた交流の第一歩になる大事な会談の護衛であったとしても過剰すぎる警戒態勢は怪しく、不信感を覚える。しかしマリスも口にしていた通りシオン達からは悪意を一切感じないし、なにか不利益を被ったわけではないので、俺は彼らの不審な行動に気が付いたというのに問い詰めることが出来ずにいた。

 護衛がこっそり増員されているだけで、外出の件だって言葉巧みに行く先を誘導されているだけだしな。強制的に閉じ込められたり、行動を強要されているわけではないので明確な契約違反があったわけでもない。

 それに、それなりに長い付き合いであるシオン達が今更裏切るとは思えなかった。

 共に戦った信頼もあるし、なにより彼らは俺やジンの戦力が如何ほどのものか知っている。それに、万が一グレイ様の御身になにかあればマジェスタと戦争することになる。マジェスタには引退したとはいえ御爺様もセルリー様もいるし、父上や聖女である母上もいる。そんな国と戦などした日にはどれほどの被害があるのか計り知れないし、そもそも戦を起こさないために活動拠点を変えた【古の蛇】の趣旨に反するので、本末転倒である。なにかのっぴきならない事情があって俺達の内の誰かを狙わざるを得なくなったとしても、実行したあとに被る不利益の方が多い。

 故に守られているという感覚が正しいのだと思うのだが、どう対処したものか。

 

 話してくれれば、出来る限り力になるんだが……。

 

 色々世話になっているし、問題が起こったのなら解決に協力したいところなのだが、シオン達の言動から察するに俺達の手を借りたくないらしい。

 とはいえ、だ。グレイ様がいらっしゃるからには、俺としても見つけた異変の内容を確かめもせずに彼らの行動に目を瞑ることなどできないわけで。気づいていることをシオン達に伝えるにしても伝えないにしても、一度、なにが起こっているのか確かめる必要がある。


 ――もしも事態を考えるなら、調べるのは竜の国に着いてからの方がいい。


 竜の国は死病を収束させたことを大変恩に着てくれているので、きっとグレイ様達のことを大事に守ってくれる。それに加えて、竜は圧倒的強者であるが故に他種族の力を借りる必要はなく、そのため自らの手を貸すことも滅多にないが、代わりに一度交わした約束はその誇りにかけて必ず履行してくれる種族だ。俺が力を貸してくれと頼めば、最低でもアストラはグレイ様達の側にいてくれることだろう。

 グレイ様達の安全が確保できていれば、俺の感が外れて皆の元に戻れないような不測の事態に巻き込まれたとしても、幾ばくか心穏やかな状態でいられる。

 

 ――シオン達の隠し事を調べに行くのはアストラと話をつけてからにしよう。

 

 そう決めて顔を上げれば丁度いいところだったようで、シオンの話を聞いたグレイ様が俺へと視線を向ける。


「アラクネの織る布は美しい上に燃えにくく魔法耐性が高いから、女性や赤子への送り物として人気だな。結界の陣とかも刺繍の中に上手く隠してくれるから、一見するとお洒落なドレスやおくるみにしか見えない」

「それはクレアや生まれてくる子に丁度いいな。お前もそう思うだろう? ドイル」

「そうですね」


 数秒前まで思案していた企みを綺麗に隠してグレイ様に頷けば、「じゃぁ、アラクネの国は決定だな」とシオンが笑う。

 その光景を眺めながら、俺はマリスの忠告も傭兵達の不審な行動も全部、ただの取り越し苦労であればいいと心の中で強く願ったのだった。


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