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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
252/262

第二百五十二話 ムスケ視点

 それは、黄昏時と言うには少し早い時分の出来事だった。

 山脈がある方向から突然鳴り響いた咆哮で空気がビリビリ震えたかと思いきや続けざまに濃密な竜達の気配を纏った魔力の津波が押し寄せて、麓に陣を敷いていたフォルトレイスと獣人の国々の連合軍を飲み込む。

 その余波が背後にある獣人の国々がある方角へ流れて行く様を睨みながら零れたのは、大きな舌打ち。ドイルの部下だという三人組が連れて来てくれた獣人達を使って手早く連合軍を掌握し、戦争を有利に運ぶための準備をしようと急ぎここまでやって来たというのにそのすべてがたった今、無に帰しやがった。

 連日の苦労が無駄になり怒りが込み上げるが、これから行われるのは互いの生存をかけた戦。竜の姿になって飛び越えればこの程度の山脈など一瞬なのだからもっとゆっくり自国で準備していればいいものを、なんてこちらの勝手な願いが通じるわけがないのは重々承知している。

 しかしこの状況は文句を言わずにはいられない。

 先手を取れると勇んでいたところで受けた予期せぬ一手。

 しかもここに居るのはフォルトレイス国内から選りすぐった騎士や魔術師に傭兵、獣人の国々が誇る精鋭達であり、魔力やその手の気配には敏感な奴らなのが悪い方に作用してしまった。宣戦布告とも取れる種族的強者である竜達の咆哮に連合軍は大きく動揺し、瞬く間にざわめきと不安が広がっていく。

 してやれた。

 優位に立つ機会を生かせなかったどころか、このままでは連合軍崩壊の危機だ。

 

「スコラ! 死人が出る前に全員下げて立て直せ!」


 このあと起こるだろう事象を思い描いて舌打ち、背後に居る片割れにそう叫べば彼女の周囲に居た兵達がごっそり消える。


「ここは任せましたよ。兄さん!」


 大声で応えたスコラは、騒めいている兵達を次々と転移魔法で後方の拓けた場所へ運んでいく。生意気な妹だが実力はたしかだ。一時間もしないうちに乱れた軍をまとめ直し、戻ってくるだろう。

 フンと鼻を鳴らしながらその姿を目で追うのをやめた俺は、タボルなど残った数人と共に目の前にある山を見据えつつ担いでいた杖を持ち直す。

 それにしてもめんどくせぇことになったもんだ。


「第一陣はあとどのくらいで来ると思う?」

「五分後だな。偵察にいった奴の話だとそこそこの数の小物があの山の浅瀬にいるらしい」


 傭兵団が【黒蛇】から【古の蛇】と名を変える前からの付き合いである仲間の一人が出した答えは、俺と同じ。再度舌打ちを零せば、「眉間がすごいことになってんぞ」なんて笑いながら剣を抜いてやがる。他の面々も似たような反応で、特に焦ることなく己の得物を準備する仲間達の姿は緊張感がねぇと怒鳴りたくもあり、頼もしくもあった。

 

 ――どいつもこいつも図太くなりやがって。

 

 可愛げのない奴らに小さく鼻を鳴らす。

 少なくない年月を共に過ごしてきた此奴らはまだしも、ウチの新人含め連合軍には背を押し、尻拭いしてやる必要があるヒヨッコ共も沢山いる。クソガキとの約束もあるし、ここで折角集めた連合軍を使い物にならなくさせるわけにはいかない。

 それにこういった不測の事態への対処法を実際に見せて教えてやるのも、年長者の役割ってもんだからな。


「タボル! てめぇもボゥっとしてねぇで早く働け!」

「うむ」


 いまだに武器を抜くことすらしてないタボルを急かせば、ようやくスコラが回収している兵達と俺達の間に結界が張られた。

 やれやれ。これでようやく俺も思いっきり魔法を使えるぜ。

 コキッと首を鳴らしながら見上げたのは、竜の咆哮に怯え山から慌てて逃げだしてきた魔獣達。


「さすが手つかずの山脈」

「これまた沢山出ててきたわねぇ」

「全部仕留めてたらいくらになるのかね?」

「おいおい。これを回収して売ったら値崩れしちまうよ」


 黒蛇に属する面子の中でも古株である仲間達は黒く染まりつつある目の前の山やその奥に広がる山脈を眺めながら暢気な会話しているが、その眼差しは鋭くピリピリと緊張感が肌を撫でる。

 この魔獣達を通しちまったら連合軍は機能しなくなり、山脈のどこかに来ている竜達の進軍を簡単に許すことになるからな。

 それに背後にあるのは己の、そして仲間達の大事なもの。

 此奴らの気合も入るってもんだろう。

 気迫十分な面々に口端を上げつつ、俺は久しぶりに全力で魔法が放てそうな光景に心の中で舌なめずりした。

 存分に力を奮える興奮が、恐怖や不安をいともたやすく凌駕する。

 俺のこういうところが傭兵に向いており、それはここまで着いて来た此奴らにも当てはまる性質だった。

 

「どう対処いたしますか? 頭領」

「理性を失った獣を優しく躾てやるほど暇じゃねぇ」

 

 どこか期待に満ちた目でそう問いかけてきた奴に応えつつ目を向ければ、先ほどまで暢気な会話をしてた面々もジッと俺が命令を下すのを待っている。


 ――心配しなくても、お前らに小難しいことは言わねぇよ。


 そもそも頭が回る奴や気の利く奴らはスコラが連合軍を立て直すのに連れて行っており、ここに残っているのは高火力が自慢の暴れるしか能のない連中だ。此奴らに魔獣の群れを上手いこと誘導して山脈に帰す、とか細かい注文を付けたところで無意味。

 よって、下す命は決まっている。


「消せ。跡形もなくすべて」

「「「「「了解」」」」」


 隠しきれない喜色が滲む諾の返事と共に、皆が一斉に敵を屠らんと地を蹴った。


「俺も出るから位置調整は任せたぞ。タボル」

「承知した」


 ゆっくりではあったがタボルが頷いたのをしっかりと見届けた俺は、走り去った仲間達よりも前方へ転移する。そして目前に迫る魔獣達を火球で有無を言わさず焼き払いながら、互いの攻撃に巻き込まれぬようタボルが土で作っている道標を視界の端で確認。次いで俺は周囲を一掃した。

 仲間達も戦い始めたのか、背後から爆音と魔獣達の咆哮が聞えてくる。

 そんな中ぽっかり空いた場所に立ち、作り出した数秒の間に準備するのは先ほどの宣戦布告に対する返答だ。わざわざ山脈を越えて人様の土地を侵略しようというならば、それ相応の覚悟をしてもらわなければなるまい。

 山脈の合間に居るだろう竜達を睨みつけながら杖に魔力を注げば、力み過ぎたらしく嵌め込まれた宝玉が予定以上に輝いてしまったがまぁいいだろう。

 俺の得意とする広範囲魔法からすればこの程度は問題にならない誤差だ。


「【雷雨】」


 唱えたスキルに応じて俺の魔力で作られた黒い雷雲が山脈の上空を覆っていく。まずまずの広さだ。大体の方角しかわからないので竜達に当たるかはわからないが、この大きさなら確実に目には入るはずだ。


 ――簡単に通れると思うなよ。


 そんな感情を込めて杖を振れば夕立のように雷が降り注ぎ、途切れることのない閃光に目が痛いほど一帯が照らされ少し遅れて轟音が響く。

 狙い通り光や音に驚き足を止めた魔獣達。

 その隙を逃すなんて愚かなことはしない。


「【炎壁】、【竜巻】、【石針】、【氷矢】」


 出現させた炎の壁を大きな竜巻で巻き上げ群れの只中に突っ込ませたあと、炎の渦から間一髪逃げおおせた魔獣達には地面から石製の針山、頭上からは氷の矢を贈る。

 雷の雨に竦んでいた魔獣達は、断末魔を上げる間もなく事切れて行った。


   


 それが一昨日のことである。

 竜の咆哮による影響への対処に追われていたここ二日間の出来事は、怒涛と表現するに相応しく。

 俺が残された脳筋共と竜達に追われているかのように山脈を駆け下りてくる魔獣達を処理し続けること一時間弱ほどで、約束通り軍を立て直したスコラ達が合流。その後、軍としての機能を取り戻し指揮系統も復活した連合軍も加わり徐々に強くなる魔獣の波を第二波、第三波ともに乗り切り、勢いが弱まったところでスコラやタボルなど魔力に長けた者達と協力して麓の大地を割った。

 谷と言えなくもない幅と深さが生じた地割れによって、山脈から湧き出る魔獣達は足を止めざる得なくなり、現在は麓と地割れの間をウロウロしている。魔獣同士で争っているのか時々唸り声が聞こえるが、一先ず獣人の国々に向かう心配はなくなったため連合軍は後退し陣を張り直すことになった。

 そうして改めた陣の要所にタボルを引っ張って行き、物見櫓を土で作らせ昨晩ようやく一息つくことができたわけだが、竜達は俺達を休ませる気などないらしい。まぁ、戦争しようってんだから当然といえば当然なのだが、俺は視界の先に見える光景に舌打ちを零さずにはいられなかった。

 裂け目を越えてやって来る魔獣達が居ないか見張っていたスコラが呼んでいると言って仮眠から叩き起こされたかと思えば、顔を合わせるなり【遠視】するよう促されて覗いた山脈の上空。朝日を背負いながら移動する影へさらに目を凝らせば、数十頭の竜を背後に従えた一際大きな黒竜の姿が見える。


 ――クソガキ共を送り出してから、半月も経ってないじゃねぇか!


 ドイルへ告げた二か月後という刻限から遥かに早い竜達のお目見えにギリッと歯噛みしながら、勢いよく振り返ればスコラの顔にも難しい表情が浮かんでいた。

 あの時スコラが口にしたのは竜の国が戦に必要な準備を整えてから進軍し、獣人の国々と戦うことを想定した上でフォルトレイスが戦地となるまでの期間だ。

 敵が思い通りに動かないのは当然だし、竜の国との戦など初めてなのだからこれまでの経験則が当てはまらないのも予測が外れる可能性が高いのは重々承知していたが、それにしたって早すぎる。仕方のないことだとわかっていても、脳裏に罵詈雑言が吹き荒れていた。

 とはいえ、俺達とてこの状況をまったく考えていなかったわけではない。宣戦布告を受けてやり返したからな。数日中に竜達と対峙する覚悟はしていた。

 しかし歓迎できる状況ではなく、舌打ちは止められない。


「こういう時だけ予想通りに動きやがって」

「ええ、本当に。しかし仕方ありません。長が率いてきた場合を想定して考えていたよりも数が少ない気がしますし、これほどの急ぎ足で来たということは竜の国が抱える事情は我々の想像以上に深刻なのでしょう。どうしますか?」


 スコラの言葉に思い浮かべたのは、竜の咆哮によって追われるように駆け下りてきた魔獣達。山の浅瀬で暮らしていただろう第一波の魔獣達と違い、第二波、第三波の奴らは山頂や山脈のさらに奥、つまり竜やドワーフといった亜人達の住まい付近に縄張りを持つ連中だった。

 俺やスコラやタボルといった向こう側を知る連中が先頭に立っていたこともあり、連合軍の被害は少なく済んだが大なり小なりの混乱や動揺があり、負傷者も出ている。実害はなくとも竜の魔力が届いたことでもう戦が始まったのかと慌てた獣人の国々からの早馬や斥候への対応も必要であり、攻め込まれたらやばいと感じる時が幾度かあった。

 しかし竜達が姿を見せたのは今。

 その事実が示すものとは。

 一昨日に届いた魔力の津波が竜達からの宣戦布告であり奇襲を兼ねたものであったのならば、俺達が対処し終わる前に竜達も姿を見せねば作戦として成り立たない。

 となると、あの竜の咆哮の目的は別にあったことになる。

 そして数十頭しかいない竜とその先頭を飛ぶ大きな黒竜。あの一際大きな竜はガキの頃に見たことがある竜の長で間違いないだろう。

 人間や獣人からすれば子供の竜とて十分な脅威だし、成人した雌竜となれば過去に猛威を振るった蟲の王なんて呼ばれていた魔王などなんかよりもよほど強い。人化もままならない子供はともかく、国を挙げた戦争となれば同族意識の高い竜達は一丸となって立ち上がるはずだ。そうした方が仲間を喪う可能性も格段に下がるしな。

 しかし実際に俺達の前に姿を見せたのは数十頭だけ。通常ならば斥候か先発隊である可能性が濃厚だが奴らの先頭に立っているのは長たる黒竜であり、竜の国が代替わりしたという話は聞いてない。俺らがガキの頃にそろそろ奴の子供が孵りそうと言っていた気がするので、あの大きな黒竜はまだまだ全盛期のはずだしな。

 敬愛する長が出陣するというのに大人しく留守番するほど、竜達の忠義は浅くない。どっかの亜人の国とも戦って手が離せないという仮説は、長がここに来た時点でありえないものとなった。自国が危機に瀕している時に長が国を空けるなど、よっぽどの馬鹿でないとしないからな。

 残る可能性は戦える者があれしかおらず、今俺とスコラの目に映っているのが全軍であるということ。そして、もしも先日の咆哮は数少ない兵の負担を減らすべく行われたことであるならば、彼らはなんらかの理由で手負いである、とも考えられる。

 種族的強者である竜は子供であっても他種族に後れを取ることはほとんどなく、己が一族を誇るが故に小細工などを好まず正面突破を選ぶ傾向が強い。しかし今回は宣戦布告する前に山脈の魔獣達を使ってこちらを疲弊させようとした。鬱陶しいほど誇り高い竜達にしては珍しい。いや、異常事態だとも言える。

 そしてなにより気になるのは、連合軍が魔獣への対処に追われている最中に頭上を飛び越えなかったこと。


 ――もしかして、俺を警戒しているのか?


 宣戦布告に対する返礼として俺が贈った雷の雨を見て竜達はエルフかそれに準じる魔術師がいると知り、飛行中に撃ち落される可能性を危惧したのだとしたら。それすなわち、俺が挨拶代わりに放ったあの魔法を喰らったら命にかかわると竜達が判断し、躊躇したということになる。

 その結論に至るまでにかけた時間は数十秒。

 同じ思考過程を辿っただろうスコラと目が合った。


「付け入る隙は十分にあるかと」

「ああ」


 多少力が入り過ぎたとはいえあの程度の魔法で危機を感じるほど竜達が弱っているならば、戦いようはある。

 俺達がフォルトレイス王家やドイルから受けた依頼は敵の殲滅ではなく、この地への被害を最小限に抑えて戦を終えることだからな。交渉の余地があるならば戦わなくていいと言われており、そのために必要ならば俺の判断で向こうの望みを叶えてやる約束をしてもいいとある程度の裁量権も貰っている。

 戦うか話し合うかは俺達の判断次第という状況は重く、しかしだからこそやりがいがある。

 それはスコラも同じらしく、その顔に珍しく獰猛な笑みが浮かんでいた。


「では勿論」


 俺達が優先すべきは背後に広がる獣人の国々やフォルトレイスを竜の脅威から守ることであり、最良の形でそれを成すにはドイルが追っているドライアドの魔王の末裔達の企みを暴き、竜達の目的を知る必要がある。なにもわからないままでは、交渉するもなにもないからな。

 最後に届いた情報によるとドイルはエルフとハンデルの戦を止めるべく俺達の里へ向かったようなので、近い内に朗報をもたらしてくれるだろう。それまでこの戦線を死守せねばならん。

 俺を見つめるスコラやその後ろで俺達の会話を盗み聞きしているウチの連中や獣人達の耳にも届くように、俺は結論を告げる。


「迎え撃つ。クソガキがなにか掴むまでここで足止めすんぞ」

「――承知いたしました。頭領」 


 頭領である俺を立てるかのように深く頭を下げたスコラがクルリと振り返る姿を目で追えば、背後に控えていた者達の目に熱が増したのが見えた。

 早すぎる開戦に不安はあるだろう。

 竜と戦う恐怖もあるはずだ。

 しかし背後には守るべき大切な者達がいる。

 今こうしている間も遠き地で仲間達が戦っているのだ。

 だというのに逃げる帰るなんてできるわけがなく、そんなこと考えるような意気地なしは端から前線になるとわかっているこの地へ来たりはしない。


「【拡声】――『竜の国の進軍を確認しました。総員速やかに迎撃準備に移りなさい! 迎え撃ちます!』」


 その証拠に、杖をダンッと床に打ちつけたスコラがスキルを使い命令を軍全体に告げた次の瞬間、空気を震わす雄叫びが響いた。

 己を奮い立たせるように声を上げる連中から竜達へと視線を戻し、俺も手早く魔力を杖に注いで振る。なにがどうしてそんなに弱っているのか知らんが、慎重に行動してくれているのは好都合というもの。

 一昨日見た雷の雨がいつ降って来るのか悩み警戒してもらうために、今回は威力よりも早さを重視して割った地面のあたりに黒雲を呼び【雷雨】を使っておく。すると案の定飛んでいた竜達は一旦動きを止めたあと、俺達から一番近い位置にある山の天辺に一頭また一頭と降りて行った。

 その様を【遠視】を使って眺めているとバチッとした刺激が目に走り、こちらを見据える黒竜と視線がぶつかる。他人の遠視に干渉するなんて、器用なスコラはともかく俺にはできない芸当だ。

 さすがは竜の長だなと思っていると苛立ちを湛えた銀の瞳が俺を値踏みするかのように細められたので杖を振って応えれば、『あまり調子に乗るなよ。エルフの若造』という殺気の籠った思念が飛んできた。

 しかし生憎だが俺の心には響かない。

 この程度で怯むなら、傭兵団の頭領なんてやらずに里で大人しくしてるわ。

 ハッと鼻で笑って見せれば、指示を出し終えいつの間にか隣に戻って来ていたスコラが呆れた目を俺へ向けていた。


「煽り過ぎないでくださいよ? 手負いの獣は追いつめられるととんでもない行動を取りますから」

「わかってるつうの。それより聞いたか? 『エルフの若造』だとよ」

「聞こえてましたよ。ご丁寧に私へも送ってくださいましたからね。若輩者と侮られるなどいつぶりでしょうか? 自国からほとんど出ない所為か竜達はこの世の広さを知らないようですねぇ」

 

 いつもならば冷笑を浮かべた妹に悪寒を感じるところだが、今日に限ってはそのようなことはなく。俺も口端を上げてスコラの言葉へ同意する。


「ああ。きっと連合軍の連中のことなんてたいしたことないと、見下してやがんだろうよ。世間知らず共が勘違いしやがって。彼奴らには一度、上には上が居ることを教えてやる必要がある」

「ここにドイル君やセルリーやゼノが居たら、あの竜達もさぞかし仰天したでしょうに。残念でなりません」

「そうだな。ドイルみたいに属性の異なる精霊様方を侍らすなんて、竜王にもできねぇだろうからな」

「ええ」


 互いに白々しい笑い声を零しながら会話しつつ、俺とスコラは竜達が山に降りて行く姿を観察し続ける。そうして最後の一頭が人化し山の中に消えるの見届けた俺達は、間もなく麓へやって来るだろう竜達を出迎えるべく物見櫓から飛び降りたのだった。


   ***


 物見櫓から降りて軍の先頭へと移動し、竜達を待つこと一刻ほど。

 タボルや探索など守備に秀でた者達に人化して山の中に紛れた竜達が密かにこの戦線から抜け出さないよう監視を命じた甲斐あってか、大層不機嫌そうな竜王が伴を連れて麓へ姿を現した。

 竜のお出ましに山と大地の割れ目の間に居座っていた魔獣達が尻尾を巻いて一斉に逃げ出した光景はなかなか壮観であったが、そう暢気なことは言ってられず。ただならぬ緊張感に包まれる中、俺とスコラは連合軍の代表として谷間の向こう側に立つ竜王との最後の交渉にあたった。

 しかし竜王との謁見はあまり時間をかけることなく終了することになる。


「探し物をするだけだ」

「なにを探しているのかお教えくださいませんか? 仰ってくださればお手伝いできるかもしれません」

「それは出来ぬ。竜の身は人間達にとって宝に等しい。我々が求めるものを人間達に知られれば、それと引き換えにどれほどの代償を払うことになるかわからんからな」


 スコラの提案を竜王はそう言って一笑に付した。

 確かに人間からして見れば鱗はもとより骨や血肉に至るまで極上の素材だが、それらが必要となるかは交渉次第。それにエルフである俺達やフォルトレイスの王家が各国との交渉の窓口になると言ったのだから、ひどい条件を吹っ掛けられることはそうそうない。亜人達との最前線に位置するフォルトレイスが無くなったり、人間の国として戦うのを止められると困るアグリクルトやハンデルが確実に味方してくれるからな。大神殿を抱え周辺各国の食糧庫の役割を果たすアグリクルトと商売の中継地点であるハンデルを軽視する国は滅多にない。

 そこまで説明しても、竜王の態度が軟化することはなかった。

 彼らの要求は一貫して変わらず、探し物をしているから人間が住まうこちら側の土地を隅々まで探したい。しかし探している物も、どういった方法で調査するかも教える気はない。

 人間にとって一頭居るだけでも脅威となる竜をなんの説明もなしに大勢、それもなにをするのかも知らされずに迎え入れろだなんて土台無理な話である。

 歩み寄る気などまったくなく、無茶苦茶な条件を突きつけてくる竜達に俺の我慢はとっくに限界を超えていた。


「なにを探すかも言わず、他人の国を隅々まで調べて回りたいなんて要求がまかり通るわけねぇだろうが」


 そう吐き捨てればスコラが諫めるように俺を呼ぶが、知ったことか。

 此奴らのなにが癇に障るって、その無茶苦茶な条件を飲めないならこのまま進むまでだという意思を微塵も隠す気がないところだ。なんらかの理由で弱体化しているくせに、それでもまだ俺達や人間の国々などどうとでもできると思っているのだろう。完全に舐めてやがる。

 竜達に譲歩する気がないことも、こちらを馬鹿にしていることも片割れは重々承知している。それでもこうして交渉の場を設け、苛立ちを押し込めながら粘るのはスコラがフォルトレイスの内政に賢者として深く関わり、戦となった場合に出る被害を憂いているからだと俺だってわかっている。

 しかし今回は相手が悪い。もとより交渉に値する相手ではなかったのだ。なにしろ此奴らに話し合う気なんざないからな。いくら代案を出したところで無駄だ。

 俺のそんな考えを肯定するかのように、竜王はごく自然な口調のまま残酷な言葉を口にする。


「我々も譲ることは出来ぬ故、条件を飲めないのならばそれまでだ」


 その言葉にスコラが辛うじて浮べていた笑みが、ピシッと音を立てて凍りついた。プチンと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたのは、きっと俺だけではなかっただろう。


「よく、わかりました。交渉は決裂ということで」

「とはいえ俺達も『はいそうですかと』通すわけにはいかねぇのは、わかってるよな?」


 底冷えするような声で対話の終了を告げたスコラに続きそう尋ねれば、竜王は鷹揚に首を縦に振ったのだった。


「無論」





 竜王との交渉が決裂してから数時間。

 ついにはじまった戦は現在、谷間越しに行われていた。

 戦地の頭上に広がるは黒雲。

 大半はウチやフォルトレイスの魔術師達による幻術だが、ところどころに俺やスコラが呼んだものも混ぜてある。先だって竜体に戻り飛び越えようとした奴を打ち落してやったのでいい感じに警戒しており、追従しようとする竜は今のところ居なかった。

 谷間越しとはいえ竜の口から吐き出される炎や吹雪、風の威力は強く連合軍の兵達を苦しめる。不幸中の幸いと言えば、探し物をしているというだけあってブレスで一掃という強硬手段に出る竜が居ない点だ。ブレスは強力であるが故に、探し物まで焼き払っちまう可能性があるからな。

 タボルや俺やスコラならば防ぐことも可能だが、何度でもとはいかない。なのでどうかこのままブレスは使わずにいてほしいものである。


「疲れたら控えている仲間に場を任せて一旦下がりなさい! 大事なのは攻撃の手を休めず守備を途絶えさせないことです」

「は、はい!」


 限界の近そうな騎士を下げさせ回復役の元に向かわせたスコラを横目に、俺は黒竜が吐いた炎を氷魔法で相殺した。ついでに飛んできていた石の塊を雷で谷間に落とし、吹雪を炎魔法で焼き消しておく。

 なにやら弱っている竜達と初回の挨拶のお蔭で、今のところ俺達は山の麓に押し込むことに成功している。しかしこの距離では剣や槍や格闘術など体技に優れた獣人達を生かすことは出来ず、皆の魔力や体力もじわじわと削られはじめていた。被害は最小で留められているが、この状況が続けばやがて致命的な失敗が陣形のどこかで起こるだろう。

 

 その前に次の一手を打ちたいところだが……。

 

 俺を見据える銀の瞳がそれを許さない。

 警戒して慎重に行動してくれてんのは嬉しいが、少しくらい隙を見せてほしいところだ。まぁ、竜を相手取ってんだから多少の苦戦は当然だけどな。

 さて、どうやってあの目を掻い潜るか。

 そう思案し始めたその時だった。

 恐怖で引きつった声が俺を呼ぶ。


「頭領!」

「緑の竜が!」


 悲鳴のような声に視線を走らせれば口を大きく開いた緑竜がおり、その喉の奥からは光がじわじわと顔を出してきている。周囲よりも一回り小さい体躯を見るかぎりまだ年若く、この状況に焦れてしまったのだろう。

 舌打ちを零しつつ緑竜が放つブレスを相殺すべく杖へ一気に魔力を注ぎ込み、スキル名を唱えようと口を開いた。

 しかし、俺の喉から声が出ることはなく。

 代わりに戦場の音すべてをかき消すような咆哮が鼓膜を震わせた。


 ――なんだと!?


 背後から聞えてきた竜の咆哮に目を見開き、思わず振り返る。一体いつの間に背後へ回られたのか。

 というか、一頭たりとも逃がさぬようタボルの仕事を竜達の監視に絞ったというのに、なにしくじってやがるんだ。いや、それよりも今は緑竜のブレスをどうにかしなければ。他人の失敗に動揺して己が成すべきことを仕損じるなどあってはならない。

 一瞬の間に様々な思考が駆け巡る中どうにか緑竜へ意識を戻せば、ブレスをチラつかせていた大きな口は閉じられており、その代わりに瞳孔がこれでもかと開いていた。

 どういうことだと戦場へ視線を走らせれば皆同じ顔つきで表情などわからんが、攻撃を止めた竜達は皆どこか唖然とした様子で連合軍の遥か後方を見つめており、しつこいほど俺を追っていた銀の瞳もある一点に視線を注いでいる。

 今、この戦場でなにが起こっているというのか。

 竜達の視線先を追えば青空に浮かぶ黒点。


「――父上!」


 響いた声と見えた黒竜の姿に連合軍全体が一瞬で緊迫した空気に包まれる。背後からやって来た竜が誰を「父上」と呼んだかは、身を包む鱗の色を見れば一目瞭然だったからだ。

 ヒッと誰かが息を呑む音が聞こえた。

 恐怖は瞬く間に伝播する。

 この状況はすごくマズイ。

 取り返しのつかない状況になる前に、迫りくるあの黒竜を撃ち落さなければと反射的に動いた体が杖へ魔力を送る。しかしそれを妨害したのは共に戦っていたはずの俺の片割れだった。


「兄さん! あの黒竜の頭上!」


 興奮しているのか激しく揺さぶってくるスコラの指差す先を見れば、金に輝く髪と紫色の瞳を持つ年若い人間が、あろうことか誇り高き竜の頭上に土足で立っているではないか。

 

 ――はっ?

 

 見紛うことなき色彩とその姿に、無防備かつ呆然と連合軍の頭上を通過する黒竜を見送ってしまった俺を誰も責めることは出来ない。竜も連合軍も、恐らく戦場にいた全員が、そのありえない光景に立ち尽くしていたのだから。

 突然乱入してきた竜王の子供らしき黒竜とドイルへの動揺も覚めぬまま目映い光に目を焼かれたかと思えば、今度は天にも届きそうなほど巨大な氷壁が竜達と連合軍を隔てるように谷間を埋めて聳え立つ。

 色々とド派手過ぎて、もはやなにから突っ込んでいいのかわからない。


「……えらく早いお戻りじゃねぇか」

「……派手な登場はゼノの血でしょうかねぇ」


 なんとか感想を絞り出した俺とスコラの口から零れた乾いた笑いは、次いで上がった空気震わす歓声によって掻き消されたのだった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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