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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
247/262

第二百四十七話

 ――――本当に目障りな一族だ。


 悪意に満ちたエラトマの呟きを合図に、森の中に紛れ潜んでいた木型の魔獣達が一斉に牙を剥くが、こちらとて準備は出来ている。


「【氷柱】」


 ダンッと勢いよく飛び出すと同時に魔獣達を氷の柱に閉じ込め、伸びてきた蔓や根を聖刀で斬れば宙を舞った断片が瞬く間に霜に覆われた。そして一拍後、地に落ちると液体窒素に漬けた花のようにパリンパリンと軽快な音を奏でながら粉々に砕け散る。

 どうやら氷魔法の威力が上がっているようだ。聖刀の性能がいいのか四大精霊から加護をもらった効果かそれともエラトマへの怒りが影響しているのかわからんが、ユリア達が使役する眷属は生命力が高く欠片があれば再生するので丁度いい。これで斬り落とした欠片を気に留める必要もなくなり、ピネス殿とヴェルコ殿はアストラが守ってくれているので安全。となれば、俺が考えるべき問題はただ一つ。

 聖木の側に佇むエラトマをどうやって引き離すか、である。

 折角アストラが挑発に耐えて下がってくれたのに、エラトマを攻撃する際に勢い余って聖木を傷つけるようなことがあっては洒落にならない。それにあの距離ではエラトマは聖木をどうとでもできる。

 まぁ、それがわかっているからエラトマは笑っているんだろう。

 どうやってエラトマを聖木から引きはがすか思案しながら魔獣達を捌き進めば、駆け抜けてきた道が、聖刀を一振りするごとにその周囲が、白く染まる。

 しかしエラトマとてただこの場で待っていただけではないようで、表情を変えることなく距離を詰める俺を眺めていた。もしかしたらシャルツ商会のようになにか仕掛けがあるのかもしれない。

 念のため地面を氷で覆えば、エラトマの顔が僅かに歪んだ。やはりなにか仕掛けがあったのだろう。攻防の最中にいちいち調べて避けている暇などないので力技でなんとかすべく俺は足元をさらに氷で強化し、道を遮るように飛び出してきた魔獣を斬り捨てた。

 次の瞬間俺が見たのは、拓けた視界の向こう側で嗤うエラトマと崩れゆく魔獣の体内から覗く魔道具。壊されることが発動条件だったのか、両断された魔道具に嵌められていた魔石に溜め込まれていた魔力が噴き出す。

 マズイと思うのと光が視界を埋め尽くすのは、ほぼ同時だった。


 ――ボンッ!


 咄嗟に氷を纏って身を守るが、近距離で起こった爆発に俺の体はいともたやすく吹き飛ばされて幹に打ちつけられる。


「ドイル!」


 聞えてきたアストラの声に身を起こせば人型のまま魔獣の攻撃を捌く彼の背に守られながら心配そうに俺を見やるピネス殿とヴェルコ殿、それから満面の笑みを浮かべたエラトマと寸前のところまで迫ってきている蔓が目に映る。


「っ【火球】!」


 身を守る為に前世を思い出してからというものほとんど使っていなかった火魔法を放てば、想像以上の火力で焼き払われて自分でやっておきながら驚く。しかしすぐにフィアと契約したからだと思い至り、俺は立ち上がった。


 ――フィアーマに感謝しないとな。


 勇者になれたお祝いだと言った赤髪の少女を思い浮かべながら口に溜まった血を吐き出し、エラトマを見据える。氷を纏い防いだのが功を奏したのか口の中を切ったり打撲のような痛みはあるものの、骨折などはなく戦いに支障はない。

 聖刀を構え直した俺にアストラ達の表情が明るくなったのを目の端に捉えながら、再びエラトマと対峙すればパチパチとこれ見よがしな拍手が鳴り響く。そして再び動き出しだす魔獣達。


「いやはや。お見事な動きでした。素晴らしい! 神々から聖なる刀を授かるだけはある」


 同じ手は喰わないよう襲い掛かる蔓を斬り捨てながら隙を見て氷の柱に本体を閉じ込めていると、エラトマの声が耳を掠める。馬鹿にしきった態度だが深い弧を描く口元に反してエラトマの目は笑っておらず、注意深く俺の様子を探っているようだった。 


「しかし氷を纏って防ぐところまでは想定内ですが、その火力は想定外ですねぇ。祖父や父の適性を引き継げなかった出来損ないにはありえない。貴方では四大属性の精霊の加護が揃うことなどありえないと思ってましたが、火の精霊の加護を受けましたね? 相性の悪い人間に加護を与えるなど物好きな火の精霊がいたものです」


 その台詞から俺が得た力についてエラトマが感づいていることを悟り、チッと舌を打つ。


 ――厄介だな。


 どうやらエラトマは念入りに俺達を調べて策を練ってきているようだ。

 現に先程の爆発を警戒して魔獣の様子を窺うが、魔道具よりも本体の魔力の方が高いのかどこに仕込まれているかどころか仕掛けの有無も判断できないようになっており、慎重に対応せざるをえない。裏をかこうにも地面にもなにやら仕込まれているようなので、シャルツ商会の時のように地中に潜って期を窺うことはできそうにない。それにエラトマは依然として聖木を人質に取っているので、姿を眩ませた途端エルフの結界をネタに脅されるのが目に見えている。

 良く言えば経験豊富、悪く言えば狡猾。

 エラトマの戦い方はまさにそんな感じだった。こちらの嫌なところ的確に突いてくる。

 聖木を奪う術を確保していながらエルフの里の結界を完全に壊してしまわなかったのは、アストラの侵入をギリギリまで悟られぬようにするためというよりも、今こうして聖木の存在を利用するためだったのだろう。俺はもちろん、エルフに負い目のあるアストラは里を守る結界が壊れると知りながら聖木を犠牲に強行突破するという選択はし難いからな。


 ……それに時間をかければかけるほど不利になる。


 魔獣達を氷の柱に閉じ込めれば閉じ込めるほど視界を遮る障害物が増えて行動範囲が限られていくし、不意打ちを受けやすくなる。しかも反射的に防いで魔獣の本体を斬ってしまうと、魔道具が作動するおまけつき。最悪である。


「四大属性の精霊から加護を受けた勇者など眉唾物だと聞き流しておりましたが、マリス様が断言されていたどおり随分とこの世界に愛されてらっしゃるようで羨ましい。我々とは大違いですね。そう考えると、いち早く貴方の可能性を見出し手中に収めようとしたマリス様はお目が高いと思いませんか? さすが我らが王であらせられる」


 そして俺の気を引くような情報。

 時間を稼いで俺がより不利な状況に覆い込まれていくのを待っているのか、それとも詳しく聞き出そうと焦るあまり勢い余って自爆するのを待っているのかわからないが、容易く聞き流せる内容ではなくてかなり気が散る。

 俺はこの世界に愛されているとマリスが言っていたのか、なぜ彼奴はそれを知ることができたのか、四大属性の精霊から加護を受けた勇者になると断言なんてできるのか、もしかしてオブザさんと同じようなスキルを所持しているのか、未来を垣間見れるとでもいうのか、そもそもエラトマの虚偽じゃない可能性は? 我らが王とはどういう意味だ。

 嵐のように疑問が浮かぶが、すぐさま頭を振って追い出す。


 ――駄目だ。ここで考え込んではエラトマの思う壺になってしまう。


 そう己に言い聞かせてスゥと一息吸い込めば、痛いほどに冷えた空気が肺を満たし、僅かに冷静さを取り戻す。

 今考えるべきは言葉の真偽や意味でなく、エラトマをあの場所からどうやって動かすかだ。今ここでマリスの胸中を明らかにすることではないし、聞きたいことは本人から聞き出せばいい。そもそもエラトマの言葉など本当かどうか怪しいしな。

 

 魔道具を発動させずに魔獣達を倒す方法がわかれば、ちょっとは動きやすくなるんだが……。


 それも難しい。どうしたものかと乱立する氷の柱の隙間からエラトマを観察しながら道筋を思案するも、魔獣の動きを探る為に研ぎ澄まされていた感覚が離れた場所で起こった大きな魔力の動きを感じ取ってしまい、思わず意識を向けてしまった。


 戦っているのか――。


 シオンやレオ先輩、リェチ先輩とサナ先輩の姿が頭を過る。

 そして当然、エラトマはそんな俺を見逃がしたりしなかった。


「ゼノスはマリス様から眷属を借り受けていましたが、地魔法を得意とするあの傭兵は戦闘力の乏しい薬師達を守りながらどう立ち回るのでしょうね? 魔力に富んだこの森では切断したそばから眷属は再生し増えていきますから大変でしょう。早く迎えに行ってさしあげないと手遅れになってしまうかもしれませんよ」


 クスクスとわざとらしい笑い声を上げるエラトマがひどく不快で、挑発されているとわかっていても苛立つ。シオンもレオ先輩達も弱くない、俺は冷静にエラトマに対処すればいい、そう考える一方でゼノスとリェチ先輩とサナ先輩の関係に一抹の不安を抱き、彼らを信じきれないのか最悪の事態を想像している己がいるからなおさら。


「――おやおや。この程度でその様なお顔をされるとは、若いですねぇ」


 あからさまなその嘲りにギリッと聖刀を握り締める。気を落ち着けようと深呼吸するが、俺を見て笑みを深めたエラトマの姿に舌打ちが零れて上手くいかなかった。

 そうこうしている間にも次々と襲い掛かって来る蔓を捌き、魔獣達を氷像に変えながらエラトマを観察することしばし。

 増えていく障害物に遮られて見難くなっていくエラトマの姿に焦りが募る。

 聖木まで、およそ十メートル。

 今の俺ならば一呼吸する間に詰めることができる距離だ。なんの障害もなければエラトマがなにか行動を起こす前に斬ることができるし、今のところ聖木周辺に怪しげな気配はない。しかし、これだけ準備しておきながら聖木の周辺は無策なんてことはないだろう。回り込み隙を突く、といっても地中は使えない。ならば空はどうだろう。いけるのか、それともなにか仕掛けが――。


「惑うなドイル!」

 

 迷い、堂々巡りする思考を断ち切るように響き渡ったアストラの声にハッと振り返れば、輝く黄金色の瞳がまっすぐに俺を映していた。


「その手にあるは神々の力を宿し刀! そして勇者とは困難を打ち破り、魔を払い、世を導く者!」


 アストラの言葉に耳を傾けている間に、氷像の陰に潜み隙を窺っていた魔獣達に囲まれる。逃げ道を塞ぐ氷像と俺を捕らえるべく伸びる数多の蔓、押し潰さんと体ごと倒れ込んでくる魔獣に視界を遮られてアストラの姿は見えなくなる。

 しかしその声はしっかりと俺の耳に届いた。


「己を信じて進め! さすれば道は拓かれる!」

『己を誇り、生きろ、ドイル』


 アストラの叫びと不意に思い出したお爺様の言葉に背を押されるように俺は踏み出す。

 不思議なことに、魔獣達の動きが驚くほど鮮明に見えた。

 この身を拘束せんと巻き付こうとしている数多の蔓を斬り捨て、間近に迫った魔獣の巨体を迎え撃つべく聖刀を構え、魔力を込める。

 一撃で魔獣の芯まで凍りつき、魔道具が発動するよりも早く砕け散るように。


「【凍てつく刃】」


 久方ぶりにそのスキルを唱えれば、空気がキンッと凍りつき聖刀を中心に世界が氷に包まれる。

 あとは一瞬だった。

 魔獣の体が射程範囲に入った瞬間に聖刀を振り抜けば、パリンッと軽い音を立てあと粉雪のように舞い落ちる。魔道具も発動することなく砕けたようで、時折色づいたものが白に混じっているのが見えた。

 これで障害となるものはなくなった。

 もはや迷うことはない。


「【飛刀】!」


 なにかに突き動かされるようにスキルを発動してエラトマとの間にある氷像を砕き、出来上がった道を駆ければ、愉悦を浮かべていた目が見開かれる。慌てて何かをなそうと聖木に向かって口を開いたようだが、この距離ならば一息だ。彼奴がなにか言うよりも、懐に飛び込んだ俺が斬り捨てる方が早い。

 そう信じて地を蹴れば、目の前に焦がれたエラトマの姿。


「『お――』」


 振り下ろした白刃によって、その命令は最後まで紡がれることなく悲鳴へ変わった。





ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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