第二百三十七話
顏を上げたアストラと視線がぶつかるなり放たれたブレスは、目も眩むような光の奔流となって俺とシオンに迫りくる。
避けられない。
地面を抉り木々を消失させていくブレスから逃げることは出来ないと理解すると同時に、俺の体は自ずと動き出していた。スローモーションのように見えるブレスを斬るべく聖刀を構え魔力を流せば、聖なる武器によって増幅されたのか一気に膨れ上がり刀身が光り輝く。
――斬れる。
頭に木霊したその言葉は己のものか、はたまた他の誰かのものか。
考える間もなく本能のまま聖刀を振り下ろせば激しい爆音と共にブレスが吹き飛び、ぶつかり砕け散った魔力が雨のように降り注ぐ。
しばらくして弾幕のように降り注いでいた魔力の塵が薄れ再び顔を合わせたアストラは、黄金色の双眸をこれでもかと見開いて俺を凝視していた。
よくよく見ればなにやらもごもごと口を動かしているようなので耳を傾ければ、驚きを露わに呟くアストラの声が聞こえてくる。
どうやら今の攻防によって俺が手にしている武器が聖刀だと気が付いたらしい。
「先ほどまでなにも……いや、でもあの刀はたしかに勇者の――」
ブレスを斬ったことで聖刀に秘められた力を感じ取ったのかと思ったが、それにしてはアストラの様子がおかしい。動揺しているのはたしかなのだが、勇者の証を持つ者と対峙している状況に焦りや恐れを抱いているというよりも、アストラからは驚愕や戸惑いが感じられる。一体、どうしたというのか。
「――間違いない。あの刀には神々の祝福がある。しかし、なぜ」
唖然とした声色で自問自答する姿は無防備で、攻めるならば今だ。
ブレスを斬った手ごたえからいって、聖刀を手にした俺ならばあの竜の首を取ることができるという自信もある。
しかし竜王の息子をここで討つリスクは高い。
息子が死んだと知った竜王や竜の国がどう動くかわからないからな。
それにマリス達が関わっているのならば、エルフの青年達や獣人の盗賊団のように利用するために行動を誘導されていると考えるのが自然であり、アストラがエルフを求める理由によっては和解も可能。となると、竜の国を止める算段が付くかもしれない。
フォルトレイスの現状を思えばここでアストラを討つのは避けたいが……。
アストラを生け捕るなど、果たしてできるのか。
思考に耽りつつも魔力でこちらを牽制しているアストラを眺めながら、竜王の息子を討った場合と捕獲を試みた場合のリスクを天秤にかける。
ついさきほどまで向けられていた殺気や敵意が現在のアストラからは感じられず、その変化に戸惑う一方で、話し合う余地があるのではないかという希望的観測が浮かびあがり首を取ることに躊躇いが生まれる。
討つか、それとも話かけてみるか……。
迷っている暇はあまりない。
生け捕りのリスクの高さは重々承知しているが、一度見出した可能性が脳裏をちらつき焦りと期待が思考を鈍らせる。そんな中、俺の意識を引き戻したのは燃えるように熱を帯びた聖刀だった。
――バチッ!
熱い、と思った次の瞬間その存在を主張するに手の平を走った衝撃に閃いたのは、マリスと対峙した時の記憶。
あの時はオレオルが幻覚を祓い、目を覚まさせてくれた。
――ならばオレオルとエスパーダが合わさり生まれたこの聖刀は?
過った考えにハッとアストラへ視線を向ければ、そうだと言うかのように聖刀が熱を持つ。
族長達に指摘されるまで聖刀や精霊達の繋がりを知らなかったエルフの青年達とは、俺は直接戦っていないし、武器を交えることはなかった。一方、斬りつけ、ブレスを払った際に生じた魔力の塵を浴びたアストラは聖刀の存在に気が付いた。
「なぜ、わからなかったんだ? もしやすでに我も……」
そして急に聖刀の気配を感じ、戸惑っているアストラの姿。
恐らくだが、聖刀にはマリス達の支配を打ち消すような、浄化に似た能力がある。
思い至った聖刀の能力に俺が腹を決めるのと、アストラの双眼が再びこちらへ向けられたのはほぼ一緒だった。
「我らには時間がない故、急がせてもらう」
アストラがそう言って胴体に対して小ぶりな竜翼をはためかせると、ガラガラと岩の残骸が次々と転がり落ちて黒竜の巨体が宙に浮き上がる。
――『我ら』?
アストラの口から零れたその言葉が一体誰をさしているのか深く考える間もなく、風が吹き荒ぶ。俺達をその場に縫い付けるのごとく上空からの圧力に目を細めながら天を仰げば、彼の口の奥に先ほどと同じ光がちらついているのが見えた。
またブレスが来るのかと思い身構えるが、見下ろす黄金の瞳が幾分輝きを取り戻していることに気が付き俺はとっさに【氷龍】を放つ。
そんな俺の判断は間違いではなかったようで。
「!」
口内を満たす光の奔流を寸前のところで飲み込み、身構えていた俺達の一瞬の隙をついて里の奥へと飛び立とうとしていた黒竜の体に氷龍がぶつかり砕ける。
そうして生まれた僅かな間。
俺達の頭上を通り越してエルフ達の元に向かおうとしていたアストラの前に立ち塞がるべく魔力を足に込めるも、風魔法のスキルを唱える前に体が浮き上がる。
『お待たせ。愛しい子』
次いでラファールの声が聞こえたかと思えば俺の体はアストラを見下ろす高さに移動しており、アルヴィオーネが作り出しただろう水製の足場に立っていた。
『手伝ってあげるわ。ご主人様』
その台詞と周囲に続々と生み出される水球からアルヴィオーネの意図を察し聖刀へと魔力を流せば、ラファールの助力もあってか集まった水がみるみるうちに氷へと変わり刀身が強化されていく。刃渡りを二メートル強ほどまで伸ばした聖刀が帯びる魔力はこれまでの比ではなく、その気配を察知したアストラが慌てて天を見上げるがもう遅い。
足場から飛び降りる刹那見えた二人の微笑みに応えるように口端を上げた俺は、氷を纏い大太刀のような形に変化した聖刀を振り下ろした。
「――落ちろ。アストラ」
そう言って浴びせた一太刀は白い一閃となってアストラを襲い、目映い光に押されるように黒竜は落ちていく。巨体の真下にはシオンが開けたものだろう大穴が待ち受けており、アストラが地中に吸い込まれるや盛大な落下音が辺りに鳴り渡り、木々や大地が大きく揺れる。
慣れ親しんだ精霊達の魔力に包まれていまだ揺れる地上に降り立ち、充満する土煙を風魔法で吹き飛ばせば、大の大人が入れそうな土製のドームと首から下が埋まった黒竜の姿があった。
ピシピシピシッと音を立てて崩れた土製のドームから出てきたのはくたびれたシオンで、辺りを見渡し俺を見つけるなりアイスブルーの瞳が剣呑な色を宿す。
「急に黒竜を叩き落とすとかありえねぇだろ!? 俺を殺す気か!」
「準備万端だったじゃないか」
「あのままボケっと見てたら余波で死んじまうからな! たしかに頭上越されたら困るけどよ、落とす前に一声かけるとかもっとこう、色々あんだろ!?」
「ラファールもアルヴィオーネも居たし、動けないようなら助けてやる予定ではあった。まぁ、シオンならばその必要はないと思っていたし、現に問題なかっただろう」
というか、そう思っていなければ襲撃者が竜だとわかった時点で逃がしている。
目を閉じたまま動かないアストラを警戒しつつそう言外に込めて告げれば、まだ文句がありそうだったシオンはなんとも複雑そうな表情を浮べながら数回ハクハクと空気を噛むとやがて悔しそうに口を噤んだ。シオンには効果的だろうと思って紡いだ言葉は想像通り有効だったようで、なによりである。
なんだかんだ話しているうちに地面の揺れも収まったので、巨体の大部分を浸したまま目を閉じているアストラへの側へ歩み寄るべく動き出せば、シオンもハルバートを抱え直して付いてくる。
そうして納得いかなそうな表情を浮べているシオンを黙殺して進むこと数歩。
上空から舞い降りてきたラファールとアルヴィオーネは、俺の頭上付近に留まると次々に口を開いたのだった。
『エルフやレオ達は反対側の森の中に居るわ。族長達が総出で結界を張っていたし、なにかあったら教えてくれるよう近くにいた仲間達にお願いして来たから大丈夫よ』
「ああ。ありがとう」
『ご主人様! そんなことよりも止めも刺さずに、あの黒竜をどうする気なわけ? 竜は頑丈だからとりあえず拘束だけでもしておかないと――』
若干目を吊り上げたアルヴィオーネが言い募るも、すべてを言い終える前に聞こえてきたガラガラと岩かなにかが転がる音によって遮られ、辺りに緊張が満ちる。戦闘意欲を失っていない可能性も考えて聖刀を握ったまま警戒するが音源であるアストラを目にした途端、思わず乾いた笑いが零れた。
頑丈すぎるだろ……。
結構な高度から叩き落とされたというのにゆっくりと起こされた巨体に目立つ外傷はなく、黒い鱗が艶やかに月光を反射する様はさすがとしか言いようがない。
転がり落ちた土の塊が土煙を立てる中、再び鎌首をもたげたアストラは先ほどまでとさほど変わらぬ姿で静かに俺達を見下ろしていた。
しかしその瞳に鋭さはなく。
曇り一つなく磨きあげられた金のような双眼が、俺を映す。
聖刀の効果か輝きを増した黄金色の瞳はとても綺麗で思わず魅入るも、そう時間が経たぬうちにアストラの体はグラリと揺れて再び轟音を立てながら地に伏した。見た目にはわからないが、どうやらダメージはきちんとあったらしい。手足に力を込めようとしているらしく微かに震えているのが見てとれるのだが起き上がることはできないようで、倒れ込んだままアストラが動くことはなかった。
そんなアストラに安堵したのは俺だけではなかったようで、背後や頭上からホッと息を吐く音が聞こえてくる。
……まぁ、あれでノーダメージとなると、どう戦っていいのかわからないからな。
シオン達の緊張が僅かに緩んだのを感じつつアストラの元に向かうべく踏み出せば、黄金色の双眼が俺をジッと見つめていることに気がついたため歩きながら聖刀を鞘に収める。そんな行動を咎めるようにアルヴィオーネやシオンが非難の声を上げているのが聞こえていたが、俺は構うことなく進みアストラの眼前に立った。
今この瞬間にブレスを吐かれたら、俺に防ぐ術はない。
「少し話さないか。アストラ」
危険を承知でその場所に陣取り語りかければ、黄金色の瞳が揺れた。
諦観を浮かべていたアストラの目に迷いや葛藤の色が過ったかと思えば、シオンやラファールやアルヴィオーネへ視線を走らせたあと再び俺を見つめてなにかを思案するように沈黙する。彼や竜の国の目的は定かではないが、エルフを連れ去ることに失敗した今、どう身を振るのが正解なのか必死に考えているのだろう。
互いに目を逸らすことなく緊迫した空気に包まれること、しばし。
ようやく結論が出たのか、アストラが躊躇いがちに静寂を破る。
「……我を討つなら今だぞ。見てのとおり、聖なる武器の攻撃を受けた所為で動けんからな」
アストラはそう言いながらも探るような眼差しで俺を観察しているので、本心ではないのは明らか。となると敢えて動けぬ事実を口にして認めたのは、己が無力な存在であると晒すことで俺達の出方を窺いたかったのかもしれない。そして思い違いでなければ、これは敢えてこの場に立った俺へのお返しでもあるのではなかろうか。
ならばアストラと話し合う余地は十分ある。
そう判断した俺は答えを待つ黄金色の瞳を見つめ、口を開く。
「俺達は竜の国とフォルトレイスの戦を止めたいと思ってる。協力してくれるならば、こちらも相応の手助けをしよう」
アストラは俺のそんな提案を噛み締めるように一度目を閉じた。
そして澄んだ黄金色の瞳に再び俺を映すと、ゆっくりと首を縦に動かしたのだった。
「――相、わかった」
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