第二百三十四話
アインスを追って森の中を走ること数分。
俺とシオンは樹齢何百年かもわからぬ巨大な切り株の元に辿り着いた。
切り株の胴回りは成人男性五人が両手を広げても足りないほど大きく、表面を覆う柔らかな苔の隙間からは朽ちかけた樹皮が覗く。断面からはすでに新しい木々がいくつも生えており、切り倒されてから長い年月が経っていることを感じさせた。
『――ドイル様! こっちです』
断面から伸びた木の頂上から響いた鳴き声に顔を上げれば、羽を広げたツヴァイが身振り手振りで切り株の裏側に来るよう訴えていたのでシオンと共に向かえば、そこには地に伏せるフュンフを逃がさぬよう圧しかかるドライがいた。
『主様』
潰れた饅頭のようになっているフュンフの上に乗っていたドライは、俺の姿を見つけると末弟を踏み台にしてフワリと飛びあがり、時同じくして降り立ったツヴァイと共に四方八方に伸びる切り株の根の一本に停まり根元の部分を示す。
「フュンフ」
『……む?』
「お前も行くぞ」
呼ばれるまま二羽の元へ進む最中地面にへばり付いているフュンフを回収すれば、先ほど受け止めたフィーア以上の重みが腕に走る。
ちょっと育ち過ぎだろ……。
無茶苦茶重い。
しかし一羽にしておくと何を仕出かすかわからないので、フュンフを抱えたまま岩や根を踏み越えてツヴァイが示す場所を目指す。すると丁度アインスとフィーアも合流したので、これ幸いと道中にあった岩の上にフュンフを乗せて彼女達に監視を頼み、俺はツヴァイとドライの待つ切り株の根元へと急いだ。
そうして辿り着いた太い根の間を覗き込めば、踏み潰されたようにひしゃげた月光樹の花が苔むす大地に埋もれていた。
――エルフの固有スキルか。
潰れた花と青々とした苔というアンバランスな状況に思い出すのは、乾燥した薬草を生き返らせたリエスの姿。あの時と同じスキルを使って、踏みしめられた苔を再生し歩いた痕跡を消していたのだろう。なかなか手がかりが見つからないはずである。
花が落ちていた真上辺りの樹皮に腕を伸ばせば、何かに触れることなく手は切り株の中に沈む。手探りで調べたところ幻覚で隠された穴は成人男性が簡単に通れそうなほど大きく、【地中探索】を使えば切り株の下に三角フラスコのような形をした広い空間とその中に二つの気配が感じられるので、この下にピネス殿とヴェルコ殿が捕らわれているのだろう。
「――よくやった。お手柄だ」
『フュンフの食い意地が役に立ちました』
『珍しく』
驚いたように鳴くツヴァイとドライにもう一度礼を言ってシオンを呼び寄せるべく振り返れば、アルヴィオーネやエルフ達も到着していたようでリエスと一緒に岩を登ってくるのが見えた。
「……聖木の切り株で隠していたのか。道理で見つからないはずだ」
辿り着くなりそう言って苦々しい表情を浮べたリエスが切り株に手を伸ばし小さくなにかを呟くと、パリンと壊れる音と共に大きな穴が姿を現す。
かけられていた幻覚が解けたのだろう。ぽっかり開いた穴の中には太いロープが一本張ってあるだけで、その先は地下深くへと続いていた。
「階段もねぇのに地下室か……。男二人運ばなきゃなんねぇし俺が行くか? 土魔法で多少造り変えることになっちまうけど」
シオンのその言葉にリエスが眉を寄せ、聞き耳を立てていたエルフ達から滲みだす魔力が微かにざわつく。
それはこのあとにエルフの里へ向かうことを考えれば、良くない兆候だった。
……ここでエルフ達の心証を悪くするのは避けたい。
状況が状況だけに族長や長老方が森を歩き回る許可をくれたが、本意ではなさそうだった。シャルツ商会で捕まえたエルフ達を連れ帰ったことで皆ピリピリしていたし、極力刺激しない方がいい。
「いや、森を荒らすのは避けたいから俺が行こう。風魔法を使えば運び出せるし、ピネス殿もヴェルコ殿も見知った俺の方が警戒しないで済むだろうからな」
打算の籠った言葉だったが効果はあったらしく、エルフ達の雰囲気が落ち着いたような気がした。
族長や長老が下した決定故に直接文句を言ってくる者はいなかったが、人間が動き回り森を傷つけないか気にしていたのだろう。
「すまない。気が立っている者も多いから、そうしてもらえると助かる」
「気にしなくていい。俺やシオンを森の探索に加えてもらえただけ運がよかったんだろうからな」
申し訳なさそうにしつつも安堵の息を吐いたリエスにそう答えながら、俺は穴の中に落ちるロープを手に取る。そして先ほどの発言で多少は減ったものの、背に突き刺さるエルフ達の視線にこっそり息を吐いた。
この様子ではプラタ王に思い留まってもらって正解だったな……。
リエスの案内で里を訪れ、族長直々に許可をもらった俺達でさえもこれほどまでに警戒されているのだ。
もしハンデルの兵が許可なく森へ入り無遠慮に二人を探し回っていたら、それだけでエルフの怒りを買っていたことだろう。
プラタ王を説得してくれたスムバ殿に感謝である。
――もうすぐ月が中天を越える。
そうしたら約束の日まであと三日だ。
早く二人をハンデルに連れ帰らなければならない。
「行ってくる」
シオンやリエスそれからツヴァイやドライに見守られる中、俺はそう言ってピネス殿達が捕らわれている地下室へと足を踏み入れたのだった。
***
――ピネス殿とヴェルコ殿を発見してから一時間後。
拘束された四人の青年と武器を手に罪人達を監視する者達、少し離れたところで険しい表情を見せる族長や長老、そんな面々を取り囲む老若男女。多くのエルフで埋め尽くされた広場に俺達は居た。
「――外傷は擦り傷だけですね。気分が悪い、もしくは違和感のあるところはありませんか?」
「大丈夫だ」
「私も問題ありません」
現在、ピネス殿とヴェルコ殿は里で待ち構えていたレオ先輩の診察を受けている。
ここに来るまでに俺も確認したが、やっぱり専門家に見てもらった方がいいからな。
思い出すのは二人が捕らえられていた地下室。
木の根の間を潜り、滑り降りた穴の底にあったのは木で作られたマンホールのような扉だった。しかも切り株までの痕跡や穴の入り口は念入りに隠されていたというのに、扉を守るのはたった一つの錠だった。エルフが用意したものなので頑丈なものだったのかもしれないが、聖刀の前では無意味だったと言っておこう。
錠の少なさは、ヴェルコ殿やピネス殿では脱出できないと高をくくっていたのもあるのだろう。二人の魔力量を考えればそう考えるのもわからなくはないが、誰かが救出に来る可能性は考えなかったのだろうかと首を傾げたくなるシンプルな扉であった。
しかし、凝った仕掛けや何重も封をされるよりはいい。
下に居る二人が怪我をしないよう扉を叩いて注意を促したあと錠を壊して部屋の中に降り立てば、くたびれてはいるものの無事な二人の姿を見ることができた。
部屋の中は簡易ではあるが寝具など生活に必要な設備は一通り整えられていたし、シャルツ商会の商人が言っていたとおり水や食料も置かれていたので、ある程度までは二人を生かしておくつもりだったのだと思われる。
ピネス殿もヴェルコ殿も抵抗する間もなく捕らえられたそうで目立った怪我はなく、お二人の口から問題ないとの言葉を聞くことができたので、俺は安堵の息を吐いた。
とはいえ、こういった状況で素人判断は危険だ。いくら本人が大丈夫だと言っていても、興奮状態だと自身の体調不良に気が付ないこともままある。
そのためレオ先輩の診察結果を聞くべく、こうして見守っているというわけだ。
「レオ先輩。お二人の具合はどうですか?」
「本人達の申告通り問題ねぇよ。擦り傷の消毒と疲れているようだから回復薬を飲ませるくらいだ」
「わかりました。あとはお願いします」
「ああ」
念のためピネス殿達の体調を尋ねれば問題ないとのお墨付きをいただいたので、俺は安心してその場から離れる。
そうして向かったのは、拘束されたエルフ達を見据えるリエスや族長達の元。
エルフの首脳陣が集まっているその場所は先輩達の診察を受けるピネス殿達から数歩しか離れていないというのに、息が詰まりそうなほどの静寂に包まれていた。
「――お待たせしました」
「いいや。ハンデルの前王様はご無事だろうか」
「ええ。擦り傷くらいで問題はないそうです」
族長だと名乗ったエルフの質問にそう答えれば長老や年配の方々から安堵の声が漏れ、またそうして里の首脳陣の間に安心した空気が流れたお蔭で、不安げだった周囲のエルフ達の表情も和らいだ。
その変化に俺はリエスの言っていたとおりだったなと、俺は少しだけ肩の力を抜く。
大本はマリス達の計画とはいえ、シャルツ商会の人間が唆したのか、エルフが商会に協力を持ちかけたのかで責任の割合が大きく変わるが、エルフの里が争いを望まないのならばハンデルとの仲はそう悪くはならないだろう。
これから行われる断罪をこっそり魔道具で記録しているピネス前王と、それを黙認しているエルフ達の姿からは穏やかな収束を予見することができ、シオンやリエスと共にほっと息を吐く。
しかしそんな空気を厭う者達がこの場には居るわけで。
「――!」
「――――!」
「――! ――!」
「――――!」
嚙まされた布越しに発せられた声はくぐもった音にしかならず伝わらない。
しかし浮かぶ表情と漏れ出た魔力が、罵倒しているのだろうと周囲に知らしめる。
「黙れ。痴れ者どもが」
拘束された彼らを取り囲む者達がジャキっとその首元に武器を突きつけ咎め立てれば、緩んだ空気が瞬く間に凍り付く。
それでもなお気概をなくさぬ彼らは、心から一族の繁栄を願いそうすることが正しいと思っているのだろう。ユリアも森に押し込められた恨みなどを、マリス達に利用されたのだろうと言っていた。
……それにしても、この温度差はなんだ?
訳が分かってない様子の幼子達はともかく、年のいった者達は一様に厳しい眼差しを転がる青年達に向けている。森に長年閉じ籠っていたのなら、青年達に賛同する者がいてもおかしくない気がするのだが、これは一体どういうことなのか。
そしてなによりも気になるのは、集まっているエルフの中にリエスや青年達と同じ年頃の者達が異様に少ないことだ。
リエスや青年達は二十歳前後といったところだが、しかしその下は十歳くらいの子供が多くその間である十五歳前後の者達が著しく少ない。
他の年代はある程度まとまった人数ずつ見受けられるため、その差が顕著だ。
百年前にあったという里の大移動となにか関係がありそうだな……。
当時のリエスは百歳、人間で言えば十歳くらいだ。
子供達が甚大な被害を受けるなにかが起こったため、住み慣れた地を捨ててこの森に移動せざるをえなかったと考えれば、人間の国々に囲まれて危険度の高いこの場所に里があるのも納得である。
種族の壁があると言ってしまえばそれまでだが……。
エルフの里がこの地に存在していたことはもちろん、彼等が辿って来た歴史を俺は知らないし、獣人の国々の内情も竜の国の考えもわからない。
人間以外の種族に無関心すぎたのだ。
それをマリス達に上手く利用されたからこそ、こんなにもマリスの手の内が読めないのだろう。
マジェスタに帰ったら他種族との交流を提唱してみようと頭の隅に書き留め、エルフ達へ意識を戻せば、族長が青年達を囲うエルフ達に静かに命じる。
「――その者達の口枷を外せ」
「族長」
「ピネス前王様に許しを請い、人の子の労に報いるためにはすべてをつまびらかにせねばならん。故に此度の罪を断ずる前に、お前達の言い分を聞いてやる」
そうして張り詰めた空気の中、青年達への詰問が開始されたのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




