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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
232/262

第二百三十二話

 ラファールやアルヴィオーネの力を借りて建物を凍らせることで一旦崩壊を防いだあと、俺はエルフや商人に剣士や槍士を連れてあの部屋から脱出した。道中で最初に遭った傭兵達も回収しつつ建物の外へ出れば、レオ先輩達やユリアやリヒターさんに出迎えられ、ほどなくして商会側の者達を連れたシオンやスムバ殿やペイル殿と合流。

 皆の無事を確認し、建物内部に気配がないことを確認した俺は、崩壊を防いでいた氷をゆっくりと溶かしていく。

 氷はやがて溶けるものであり、それは俺の作り出した氷とて変わりはない。壊れかけのシャルツ商会を氷漬けのまま放置して、状況を知らずに建物に入った者が運悪く崩落に巻き込まれては大変だからな。


 凍り付いた建物に手を触れて溶かすイメージと共に魔力を流し込めば、霜や氷がゆるゆると水に変わり、再びうねるような音が耳に届き始める。

 拘束され自由を失った商人は、ガラガラと崩れゆくシャルツ商会を悔しさと悲しみを湛えた瞳で見つめていた。


「終わっちまったな」

「……ええ」


 シオン達に連れて来られた従業員らしき男の呟きに頷く商人。年が近そうな二人は古い付き合いなのか、よく似た表情を浮べていた。

 戦闘職だろう面々は揃いも揃って会話できる状態ではないため治療中、エルフ達は顔色こそ悪いがたいした怪我はなく黙秘を貫いている。

 エルフの内情は知らぬが戦闘中の言葉を思い出す限り、彼等は彼等で一族の未来を想い行動していたようだったので、そう簡単に口は割らないだろう。

 実際、ラファールやアルヴィオーネに話しかけられても「申し訳ございません」と言ったきり、一言も発していないからな。きっと彼の考えが間違いだったのだという決定的な証拠でもないかぎり、過ちを認めることはない。

 故にこの商人達から聞き出すしかないのだが、どう切り込むべきか。悩み、スムバ殿やシオン達に目配せしようとしたその時だった。


「――しかしまぁ、それになりに良い思いもしましたし、ハンデルで大商人になるという分不相応な夢を見て、追いかけることもできました。金も地位も才能もない凡夫の人生にしては上出来でしょう」

「そうさな」


 諦念の籠った顔でそう零しつつ男と頷き合った商人は、次いで俺を仰ぎ見るとその顔に満面の笑みを浮かべた。


 ――なんだ?


 朗らかなその表情に、悪寒が走る。

 諦めたと思ったのは俺の勘違いで、まだなにか企んでいるとでもいうのか。そんな考えが脳裏を駆けめぐる中、商人はまるでお買い得商品を売り込むかのような態度で、囁く。


「詳しい場所は存じ上げませんが、皆様がお探しの方々ならばエルフの里を包む森に隠されておりますよ」

「貴様!」

「おいっ」


 遮るように叫ぼうとしたエルフを慌てて他の二人が止めるが、俺達からしてみれば最初に上がった声もそんな彼等の行動も商人の言葉が事実であると裏付けるものにほかならず。俺達の間に困惑が広がるが商人は意に介することなく、話を再開した。


「あそこはエルフ達が暮らしているお蔭で危険度の高い魔獣は居らず、水と食料があれば数日放置しても問題ありませんからね。他のエルフ達に見つからぬように隠してあるので、見つけるのは大変でしょうが……」


 ペラペラ喋る商人を見るエルフ達の目付きは鋭く憎しみすら籠っているというのに、素知らぬ顔とはずいぶんと肝の太い男である。下手に反応すれば商人の言葉を肯定するようなものなので、制止の声を上げることもできぬエルフ達は大変悔しそうだ。

 戦闘中も思ったが、シャルツ商会の者達とエルフ達は仲が悪いらしい。というよりも、互いに利用価値がある相手程度の認識しか持っておらず、仲間意識がないのかもしれない。


「お早めに探しに行くことをお勧めいたします。エルフ達が彼らの元に運び込んだ食料は五日分なので今すぐ飢えて死ぬことはないでしょうが、ピネス前王はともかくヴェルコ殿はこういった荒事に不慣れでしょうからね」


 となると、この商人の言葉に嘘はないのだろう。それは拘束から逃れようと身を捩りつつも商人を睨み付けるエルフ達を見るかぎり、間違いない。

 問題は、なぜ急に商人達がヴェルコ殿達の居場所を明かしたのか、である。

 人質の隠し場所になにか仕掛けてあるのだろうが、場所はエルフの住まう森。他のエルフの目が数多く存在する地で、たいした魔力もない人間二人ならばまだしも、大掛かりな仕掛けを隠し通すのは難しいはずだ。規模が大きくしたり強力なものにしたりすればその分、隠蔽するにも手間がかかるものだからな。

 それになにより、人間を見下している節があるあのエルフ達が商人達を里のある森に立ち入らせた、とは考えにくい。人質への食糧運びすらもエルフ達が行なったという先ほどの台詞を信じるならば、あながち間違った考えではないだろう。

 そう結論付けると同時に思い浮かべたのは、凍りついた室内に力なく笑い、崩れゆくシャルツ商会を哀愁と共に見つめていた男の姿。

 森に罠などなく、あの時に俺が感じたとおりすでに商人達の策は尽きており、彼らが再起を諦めているのだとしたら。いい交渉のカードとなる人質二人を無償で手放してでも、俺達をエルフが住まう森に行かせたい理由は一つ。


「エラトマのためか」


 そう問いかければ、商人の顔が僅かに歪んだ。

 どうやら当たりだったらしい。

 しかし数秒と経たず商人は表情を繕い直し、歌うように言葉を紡ぐ。


「エラトマ様にとって、己以外はすべて日々を愉しく過ごすための玩具。捕まる前に慌てて逃げだした者達のことも、終焉を迎えたシャルツ商会を必死に守ろうとした私達のことも、一族の未来を想い人間の地に打って出ようとしたエルフ達のことも、懸命に駆けずり回る貴方方のことも、あの方は滑稽だと笑っておられることでしょう」


 そう言い切った商人の顔には達成感が滲んでおり、穏やかなその笑みに肌が粟立つ。


「我々の出番はここで終わり、貴方方は次の舞台であるエルフの住まう森へ。あの方の享楽のために玩具は玩具らしく、その役割を果たさなければなりません」


 己が人生を弄ばれていると知りつつも与えられた役割を果たそうとする男の姿は、狂気に満ちていた――。

 

    ***


 ――シャルツ商会の陥落から数時間後。

 俺はハンデル近郊にあるエルフが住まう森の中をシオンやリエス、それからエルフの里から借りてきた者達と共にピネス殿やヴェルコ殿を探し彷徨っていた。

 ちなみに、商人や剣士達などシャルツ商会の面々は、スムバ殿とペイル殿達に任せてきてある。彼らは城へと連行され、ハンデルの法に則り裁かれることだろう。念のためリヒターさんとユリアも置いてきたし、プラタ王もおられるのでハンデルでなにか起こったとしても十分対処できるはずだ。

 捕らえたエルフ達は監視の手間などを考えエルフの里に引き渡してあるが、後日ハンデルの王と此度の件について話し合ってもらわなければならない。その確約をいただく前に決着をつけられては困るので、ラファールとレオ先輩達がエルフの里に残り、側に居る。

 ピネス前王とヴェルコ殿を見つけ次第エルフ達と話を付けて、近くにいるはずのエラトマを探す予定だ。


「僅かな痕跡も見逃すな。いつもの森と異なる場所を探せ」

「「「「「御意」」」」」


 リエスに応えたエルフ達が散り、地面や木一本一本に至るまでを入念に調べていく。その姿を横目に、俺やシオンも自身の周辺に異常がないか目やスキルを使って探りながら慎重に進む。  

 自然に、しかしエルフ達によって丁寧に管理された森の中は木の葉や幹に巻き付く蔓が生い茂り、倒木や岩は苔に包まれまさに緑一色。日中は適度に間引かれた木々の間から落ちる木漏れ日に照らされ、点在する白い聖木が映える美しい場所だそうだが、今は状況が状況である。

 宵闇に包まれている上に、どこかに監禁されているだろう二人と商人が示唆したエラトマの存在が、幻想的であるはずの空間に不気味な雰囲気を漂わせていた。


「若様。俺は岩の右側を回ってくるわ」

「なら、俺は左だな。気を付けろよ」


 目の前に現れた家一軒分はあろう大岩をくまなく調査するためにシオンと一旦別れるが、その際に念のためと思い注意を促せば、神妙な表情で似たような言葉を返された。


「ああ。若様もな」


 互いに思うことは一緒らしい。一人になるため警戒の色を強めたシオンに片手を上げて、俺も大岩やその周辺におかしな点はないか目を凝らしながら歩いていく。


 何時なにが起こるのかわからんからな……。


 商人の言うとおりならば、こうしている今もエラトマはどこから俺達を見ているはずなのだが、視線やこちらを探るような魔力は感じられない。と言っても後者に関してはよほど露骨な動きがなければ、森に満ちる聖木の気配とピネス前王やヴェルコ殿を探しているエルフ達が発している魔力に紛れてしまい感じ取れないだろう。

 恐らく、エラトマはそこまで計算に入れている。老舗と言われていたシャルツ商会を我がものにし、竜の国の王子を上手く誘導し利用するような男だからな。

 辺りに注意を払いつつ丁寧に大岩の周辺を調べていくが、手を加えたような形跡は見られない。そうしてなにも見つけられないまま進めば、残念そうな表情を浮べたシオンと再会した。どうやらここはハズレのようだ。


「こっちはなにもなかったぜ」

「こっちもだ」


 想像どおりだったシオンの報告にそう答えて、天を仰ぐ。次いで、アルヴィオーネと共に上空から森を見ているだろうフェニーチェ達を呼び寄せるべく小さな光球を打ちあげれば、ほどなくしてアルヴィオーネとアインスが長く伸びたを上尾筒を靡かせながら、俺とシオンの側に降り立った。


『水辺付近にはいなかったわよ』

『上から見た感じ怪しい場所はなかったので、やはり森の中だと思います』

「そうか……」


 アルヴィオーネとアインスの言葉に落ち込んでいる暇はない。

 この近辺は俺やシオンに加えてリエスやエルフ達が探索してくれているので、彼女達には里を挟んだ反対側を見てきてもらおうかと思案していた最中、ふとある疑問が過る。


「アインス。上空から森は見終わったんだよな?」

『はい』

「ツヴァイ達はどうした?」

『えーと、その、ですね……』


 何時まで経っても姿を見せない他四羽について問いかければ、アインスは少し困ったように囀る。

 言い淀むアインスにもしやこんな時にまでと末っ子のフュンフを思い浮かべていると、そんな俺の考えを呼んだのかアルヴィオーネがやれやれと言った表情で頷いた。


『他の子達は、ご主人様の想像どおりフュンフを回収しに行ってるわ。そろそろ来るんじゃない?』


 そんなまさか、である。

 額に手を当てて思わず天を仰げば、「どうした若様。大丈夫か?」と言って心配するシオンの声が聞こえたが、悪いが今それどころではないので少し待ってほしい。


 彼奴は、一度本気で調教しなければならんようだな……。


 聖木や自生している植物が蓄えている魔力は食べてはならんとあれほど言い聞かせたのに、無駄だったらしい。

 彼奴の食欲はほんとにどうしようもない。十分な餌は与えているはずなのに何故なんだと怒り半分諦め半分に考えていると、星空から青い塊が降下してくるのが見えた。


 ――あれはフィーアか。


 アルヴィオーネの言葉通り、他のフェニーチェ達も戻って来たようだ。

 しかしそう思った次の瞬間、俺は普段の優美な飛行との違いに目を見開く。彼女はよほど急いで来たのか上手く減速できないようで、バサバサと音を立てながら懸命に速度を落とすべく羽ばたいている。


「フィーア! 受け止めてやるからそのまま落ちてこい」


 常ならぬその姿に驚きつつも、クッション代わりに風魔法を用意して腕を広げれば、ほっとしたように彼女は羽をたたみ、そのまま重力に従って落ちてきた。


『あら。あんなに慌ててどうしたのかしら?』


 アルヴィオーネのそんな声を聞きながら落ちてくる青い羽毛の塊を腕の中に収めれば、多少の衝撃はあったもののフィーアは無事なようだ。サッと視線を走らせるが彼女に怪我はないようで、一安心である。

 ただ、久しぶりに抱上げたフェニーチェは最近メキメキと成長している所為か、重かった。


「なにがあったんだ、フィーア」


 なに喰わぬ顔で地面に下ろしながらそう問いかけるも、おしゃべりな彼女にしては珍しく嘴を開こうとしなかった。

 おかしいなと思いつつよく観察すればその嘴になにかを咥えているようで、手を差し出せばハラハラと白いなにかが舞い落ちる。それは金木犀のような小さい白い花で、中には淡く青白い輝きを放っているものもあった。

 去年の秋頃に学園でバラド達と拾った月光樹の花である。

 間違っても、初夏にも届かないこの時期に咲くものではない。


「こりゃ、月光の欠片じゃねぇか? えらい早く咲いたな……」


 シオンの呟きを聞きながらいまだ息の整わぬフィーアを見詰めれば、彼女は言葉の代わりにコクコクと頷く。

 それだけで十分だった。

 賢く、報告役を担うことの多いツヴァイが戻らぬということは、そういうことなのだろう。


「いや、これはヴェルコ殿が残した道標だ。去年の秋、彼の息子と一緒に拾ったからな」


 息子の思い出話を聞いて試してみたところ、ガラス越しに零れる輝きに商機を見いだしらしく、月光樹を売る際の入れ物としてあの時使った装飾入りの保存瓶を採用したとルツェから聞いている。ヴェルコ殿のことなので、商品紹介やちょっとしたおまけ用にいくつか持ち歩いていたのだろう。

 月光樹の花は光魔法の【浄化】に近い作用を持っており、エルフの森に植えられた聖木と性質が近しい。故に聖木の気配が濃厚なこの森では紛れてしまい、二人を連れ去ったエルフ達も気がつかなかったのだろう。ヴェルコ殿はそこまで考えていなかっただろうが、発する輝きも月明かりと似通っており、光のとおりがいいこの森の中では目につき難い。


『これ、フュンフが見つけたっていうか、居ないと思ったら勝手に地上に降りて食べてたんだけど。線状に等間隔で落ちてるからたぶんそうだって、ツヴァイが言い出して。それで話し合った結果、ツヴァイとドライは花を啄んでいるフュンフを追いかけることになったから、私が知らせに来たの!』


 ようやく息が整ったのか矢継ぎ早に告げたフィーアに、自ずと口端が上がる。


「すげぇ勢いで鳴いてるけど、なんて言ってんだ?」

「末っ子がこれを見つけて、上の奴らが調べたら等間隔に落ちていたらしい。ここに居ない三羽は行き先を追っている最中だそうだ」

「若様の鳥達はこんな小さい手がかりまで見つけられんのか。すげぇな……」


 ものすごく感心した表情でアインスとフィーアと眺めているシオンには悪いが、フュンフの場合は優秀なのではなく、ただ食い意地が張っているだけである。しかし知らぬが仏という言葉もあるし、わざわざ説明する必要はないので真相は言わないでおこうと思う。


「アルヴィオーネ。俺とシオンは先に行っているから、リエス達に伝えてきてもらってもいいか?」

『いいわよ。ついでにご主人様のところまで案内してあげるわ』

「ありがとう」


 礼を言えばアルヴィオーネは艶やかな笑みを残して、遥か後方に見えるリエスやエルフ達の元にフワリと飛んでいく。その背を最後まで見送ることなく、俺は今か今かと待機している二羽に声をかけた。


「アインスとフィーアは俺達を先導してくれ」

『了解です!』

『私が上を飛ぶからアインスはご主人様達と森の中ね!』


 そう言ってフィーアが木の上へと舞い上がれば、アインスは音もなくホバリングして俺達の目線ぐらいの高さで一旦止まる。次いで天から響くフィーアの声に美しい鳴き声で応えると、クルリと身を翻して軽やかに飛び立った。


「行くぞ、シオン」

「はいよ!」


 シオンに声をかけて、俺も一歩を踏み出す。

 そして上尾筒を優雅に靡かせながら乱立する木々の中を行く青い鳥を追いかけて、走り出したのだった。





ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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