第二百三十話
――キィ、キィ。
鍵が落ち、自ずと開いた門が風に揺られて力なく動く。その光景に得物を握り直した俺とリエスは、どちらともなくシャルツ商会の門を越えた。
途端、耳を掠める戦闘音。
左右から響く金属がぶつかり合う音や爆発音を聞くかぎり、すでにあちこちで戦闘が始まっているらしい。
「シオン達はもうはじめているようだな」
「ああ。我々も急ごう、ドイル」
周囲の建物まで巻き込まないようにラファール達の力を借りて商会の敷地を囲うように張り巡らせた結界が機能していることを確認しつつそう呟けば、リエスが急かすように俺を呼び正面口の扉へ手を伸ばす。
気配察知で探ったところ敵の数はそう多くはないが強そうな気配がいつかあり、状況を考えるかぎり恐らく、エルフ。それ故、リエスは気が急いているのだろう。
その気持ちはわからんでもないがな……。
俺とてマリスがいるとわかればこうも冷静にはいられないからな、などと考えながら扉を押し開く姿を見守っていたものの、リエスが敷居を跨ごうとした瞬間に背を走った感覚に思わずその腕を掴み、彼女をその場に留める。
「ドイル?」
訝しげな表情を浮べて振り返ったリエスを制止しながら見据えるのは、開け放たれた扉の先。そこに広がっていたのは、閑散とした店内と散り一つなく磨かれた床で怪しげな気配は感じない。
しかしどこか違和感があった。
目で確認しても異常は見当たらないが、なんだかこのまま足を進めない方がいい気がする。
どこか覚えのあるその感覚に思い出すは、つい先日出会ったシオンの師匠たるダボル殿との登場シーンで、俺は地面へ手を伸ばし【地中探索】を使う。そうして地中を探ってみたもののなんの気配もなかった。
それでもなお違和感を拭えなかった俺は、直感に従い拳大の氷を作り出し投げ入れる。
数秒後、氷がガンと床に落ちたかと思えば、続く爆発音。
パラパラと焦げて黒くなった木片が降り注ぐ中心部には、人一人分ほどの大きさの穴がぽっかりと開いていた。
「……なんの気配もしないというのに、よくわかったな」
「勘だ。タボル殿が地中に潜まれていた時と同じ感覚がしたからな」
感心したように呟いたリエスにそう返しつつ、心の中で盛大に舌打ちを零す。
――からくり屋敷、というわけか。
魔道具や陣を使った罠ではなく、床下に爆薬を埋め込むという古典的な手法にしたのは魔力で感知されないようにするためであろうが、これはなかなか厄介だ。今回は運よく察知できたが、いちいち罠の有無を調べながら進まなければならないとなると時間もかかるし、神経を使う。
「ドイルや私のように魔力や気配察知が得意な者には有効な手だな」
「ああ。でも床はこれで問題ないだろう」
リエスの言葉に同意しつつ、俺は床を厚めの氷で覆う。感知できないのは面倒だが、魔道具や陣の類でないのならば床に埋め込まれた爆弾を踏まなければ問題ないはずだ。
「そうだな」
頷くリエスと共に改めて建物中に入れば、冷えた空気が肺を満たす。コツ、コツと氷の床を歩く俺達の速度は、周囲を警戒していることもあり遅かった。
壁や天井に仕掛けられた罠も同様の方法で防げるだろうが……。
ここを片づけたら終りではないのだ。このあとにヴェルコ殿達を探したりすることを考えれば、建物内部を氷漬けになどしていられない。気を遣う分疲れるが、このまま進むしかないだろう。
罠を仕掛けた痕跡を見逃さないよう辺りに目を配りながら進む最中、俺は思い描いていた結末の内、外れてほしかった可能性が高まったことを確信して複雑な気分だった。
――シャルツ商会の従業員の中にもマリス達に協力している人々がいる。
それも彼らの目的を承知で、だ。
聖木を切り倒し里がある森から持ち出したのはエルフである可能性が高いが、それ以後、ハンデルまで運び込み、木材や薬の素材として加工し、大神殿に売り払ったりゼノスに卸したりしていた人々がいたことは当初からわかっていた。
しかし、利用されているだけであってほしかった。ヴェルコ殿の誘拐やその後の徹底された情報操作を考えればそんなことはありえないとわかっていたが、それでも俺は。
『――君には人が人を裁くということがどういうことなのか、後に何を生むのか知ってもらわねばいけません』
地下牢でエルヴァ薬師長が告げた言葉の重さを、俺は今、実感している。あの時はゼノスがマリスの手引きによって逃げてしまったのでエルヴァ様の言葉の意味を深く考えることもなくうやむやになってしまったが、今回はそうはいかない。
からくり屋敷と化したこの建物を見る限り、彼等は抗おうとしている。それは己の罪を自覚している証だ。無傷で捕らえたとしても彼等はハンデルの兵に引き渡され、恐らく生きて牢獄を出ることはないだろう。
戦の気配を感じたから、止めようと思った。
しかし現実問題、敵も味方も皆大円満とはいかない。
それは当然のことだ。罪を暴き犯人を捕らえたならば、罪人は裁かれる。
俺が捕まえた人々が裁かれ、その命をもって償わされることになるという事実を、今さらながらに恐ろしく思う。だから、利用されているだけであってほしいと俺は心のどこかで願っていた。
そんなことはありえない、と知りながらも。
「――ドイル」
呼ばれ、足を止めれば、隣に並んだリエスが矢を弓につがえようとしていた。
受付などがあったエントランスを抜けた俺達の目の前には薄茶色のドア、その向こう側では三つの気配が俺達を待ち構えており、迷っている暇はない。
数多の功績を立てたお爺様や四英傑の方々、父上や母上も通った道だ。彼の方々を越えることを目指すならば、己の内で燻るこの恐怖は避けてはならぬもの。
「行くぞ」
「ああ」
聖刀を握り直して扉へ狙いを定めていたリエスに頷けば、急激に魔力が高まる感覚にゾワリと粟立つ。
「【強打】」
リエスが唱えたそのスキルは矢に魔力を込めて破壊力を上げるものだが、魔力量の多いエルフのそれは威力が違った。
白く細い指から放たれた矢は込められた魔力を風に変えて纏うと、目の前の薄茶色のドアだけでなくその周りの壁まで抉り轟音と共に一直線に廊下を駆け抜けて奥に見える扉まで破壊したようだった。
しかしその威力に息を呑む間もなく、俺とリエスの元に矢の雨が降り注ぐ。
「【氷壁】」
大量の矢を氷の壁で阻みつつリエスと場所を代わり、振り下ろされたハンマーを氷で補強した聖刀で受け止める。氷が砕かれる感覚にすぐさま力比べをやめて距離を取れば、屈強な体つきの傭兵らしき男と目が合った。
「あっちは任せた」
「ああ」
そう言って氷壁を溶かしてやれば、リエスは廊下を走る白金の髪へ矢を射かけながら追いかけて行く。その背を横目に見送った俺は傭兵と対峙しつつ、再び氷壁で廊下を塞いだ。
次いで密かにリエスを追いかけようとしていた者を氷壁から離すように、斬撃を飛ばす。
「お前の相手も俺だ」
黒い外套が切り裂かれたことで効果が失せたのか姿を現した暗殺者風の男にそう声をかければ、ハンマーを担ぎ直した傭兵が笑った。
「ハッ。ほんとムカつくほど優秀だな」
「それはどうも」
挑発するように応えれば、傭兵も暗殺者もそれぞれの得物を構える。
「――お前みたいに恵まれたガキにはわかんねぇだろうが、エラトマは俺達みたいな奴には必要なんだよ」
「しかり」
絞り出すように告げられた台詞とこの先を守るように俺と対峙する二人に、思うところがないわけではない。けれども。
「俺が望む未来には不要だ。ピネス前王とヴェルコ殿を何処へやった?」
俺の返答にやっぱりな、という諦めとも当然とも言いたげな表情が傭兵と暗殺者の顔に浮かぶ。
「……ま、こんな状況だ。そう言うわな」
「しかり」
頷き合う彼らも、俺も、互いにわかりえないことくらい理解している。
戦うしかないのだ。
己の望むままに生きるためには。
「俺達の答えもわかってんだろ?」
「ああ」
聖刀を構えて同意すれば、肌を刺すような殺気が広がった。
「――んじゃ、まぁ、ここで死んでくれや」
振り下ろされる傭兵のハンマーと迫りくる暗殺者の刃。
それが、戦いの開幕を告げる合図だった。
***
武器をへし折り、再起不能にした傭兵と暗殺者の意識を刈り取り氷の錠を嵌めて動けなくした俺は道を塞いでいた氷壁を溶かし先に進んだ。
「問題は、なさそうだな」
「リエスもな」
エルフ同士の戦いの場となった所為で見るも無残な状態となった廊下でリエスと合流。
それから壁に矢で縫い付けられたエルフの意識を刈り取り、さらに奥を目指して歩むことしばし。
最初に遭った三名以降、人やエルフに遭遇することはない。ただその代りと言わんばかりに、爆弾や剣山付きの落とし穴などがそこかしこに仕掛けられていた。
数の不利を補うかのように設置されていた罠は徐々にその規模を増していき、やがて部屋単位となり俺達の行く手を阻む。
しかし俺もリエスも絡繰り程度でどうにかなるわけもなく。
巨大ギロチンが行き交う部屋はリエスが矢で鎖から刃を落とし、部屋に詰め込まれたゴーレムの群れは俺が【氷龍】を放って一掃し、左右から棘のついた壁が迫りくる廊下は氷壁で動きを鈍らせている間に走り抜けた。
そうして辿り着いた、エラトマ会長の部屋。
この部屋の本来の主は不在だが、恐らくここが最後だろう。
実際、磨かれた木製の扉の向こう側にいるのは六人と部屋の大きさに対して手厚い。
「ここが、最後か」
「たぶんな」
リエスに応えながら、上がった息を整える。
大きな怪我はなくともここに来るまでに俺もリエスも無傷とはいかず、それなりに魔力を消費させられたし、なにより気を張り過ぎて思いのほか疲れている。魔力や気配を読むことに慣れた人間にとって、魔力を帯びない古典的な罠は想像以上に有効である。
そして最後の部屋に集められたエルフや手練れだろう五つの気配。彼らと共に居る会長代理は随分と頭が回るらしい。
――ここまで来て、逃がしはしないけどな。
耳を澄ませても戦闘音は聞こえてこない。こちらに集まってきている気配の感じからいって、シオンやスムバ殿とペイル殿の方は片づきつつあるのだろう。上から精霊達も見張っているし、俺達が万が一しくじっても逃げ場などない。
まぁ、彼等に逃げる気はないだろうけどな……。
先程戦った傭兵や暗殺者のように。
この先に居るのは己の意思でエラトマの企みに加担している連中だ。彼らの中には俺達を殺して戦となったこの地で美味い汁を啜るか、敗れ捕らえられるかの二択しかないのだろう。そういう連中は厄介だ。
スウと息を吸って、気を引き締める。次いで腰に佩いた聖刀を右手で引き抜き、ドアノブに左手を添えた。
「開けるぞ」
「ああ」
準備を整えたリエスが頷いたのを確認して力いっぱいノブを押せば、予想通り鍵のかかっていなかった扉はガンッと大きな音を立てて開く。
そうして俺とリエスが見たのは、迫りくる火矢の嵐だった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




