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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
227/262

第二百二十七話

 相手の立場を思うとなにも言えないといった様子のレオ先輩と構わず憤りを滲ませるリェチ先輩とサナ先輩、そんな三人に目を瞬かせているラファールとアルヴィオーネとリエスに皆を静かに見守るアーバー神官、そして向かい合うように座る俺。

 すべての視線を受け止めた大神官様は静穏な表情を崩すことなく、緩やかに言葉を紡いでいく。


「――この大神殿から出ず、神々のお言葉を皆に伝えるだけの私が知りえていたことなどごくわずかです。お三方が旅先でなにを見て知ったのか、またドイル殿やリエス殿がなにを追い求めているのかまでは皆目見当がつきません」


 詳しいことはなにもわからないと告げる大神官様はレオ先輩達に一言謝罪を告げると、囁くように「ただ、」と零す。


「お三方が無事に旅から戻り、ドイル殿と再会した暁には望む未来に近づけるだろうと神々は仰いました。誰が望む未来なのかまではお教えいただけませんでしたが、私には神託に従わないという選択肢はございません。なのでお言葉のままに行動しました」


 そう語る大神官様の瞳はどこまでも澄み渡っていて、その言葉に嘘はないのだろうと漠然と感じた。それはレオ先輩やリェチ先輩やサナ先輩も同じだったようで、複雑そうな表情を浮べながらもやがて静かに頷く。

 納得まではいかないものの、大神官様の行動に他意はないことを認めたのだろう。


「「ドイルお兄様とのお話の邪魔をしてすみませんでした」」


 リェチ先輩達はそう謝罪の言葉を述べると俺に場を譲るように一歩下がり、ほどなくしてレオ先輩の口から安堵の息が零れる。

 大神官様が相手でも引かない二人に、俺に迷惑がかかるとか色々考えていて内心ひやひやしていたのだろう。リェチ先輩達が自由な分、兄貴役は大変だ。

 気苦労が絶えないレオ先輩を一先ず視線で労わり大神官様へと向き合えば、場に静寂が訪れる。しかしそれは嫌なものではなく雰囲気を改めるための一呼吸というべきか、心落ち着く静謐な間であった。

 そうして室内に穏やかな時間が流れることしばし。

 皆の顔色を確認した大神官様は、そっと口を開きゆっくりと話し出す。


「――この世のすべてに意味はある、と神々はよく口にされます。爪の先ほどしかない虫や草花一本一本にも役割があり、喜びや悲しみや苦しみは必ずなにかに繋がっており、無意味なものなどなに一つないと。過去に散り去った命や今この時を生きる命が抱いた感情や織りなす行動すべてがこの世界を形成し、未来への礎となるのだと。ですから、お三方がこの地に来た本来の目的にも、見聞きしてきたものにもすべて意味があります」


 朗々とそう語った大神官様に見つめられたレオ先輩はハッとした表情を浮べると、思い出したといった様子で亜空間から小さな木箱を取り出し、次いで胸元から少しよれた手紙を引き抜き俺へと差し出した。


「木箱はセレナ様から頼まれたもので、封印は然るべき時がくれば自ずと解けるからドイル様に至急届けてくれって言われてきたんだ。んで、手紙はムスケって傭兵から預かった。俺達が会った獣人の盗賊団のこととかもまとめてくれたみてぇだから、出来るだけ早く読んでほしいんだが……」

「ありがとうございます」


 獣人の盗賊団という単語が引っかかったが周囲を気にしつつ困ったように告げたレオ先輩からとりあえず物々しい封印が施された木箱と厚めの手紙を受け取る。次いで大神官様の方を見やればどうぞと頷かれたので、「失礼します」と断りを入れてよれた封筒から三つ折りの紙束を取り出し広げた。

 びっしり書き込まれた文字に素早く目を通せば戦時体制に入ったフォルトレイスの近況や以前出会った獣人の盗賊団の正体と目的、それからレオ先輩達の活躍について簡潔にまとめてありその内容に俺は息を呑む。

 

 レオ先輩達が盗賊団と出会ってなければ、相当まずいことになっていたな……。

 

 もしもの可能性に冷や汗を書きながら読み進めれば、『エラトマ』という文字が目に留まる。竜の国の王子を誘導し、獣人の国々を扇動したとされる男の名には聞き覚えがあった。

 シャルツ商会の会長と一致するその名前にもはや驚きはなく、やはりそういう男なのかという思いが広がる。しかしそう納得する一方で、焦りが生まれるのも事実。


 ……もう隠す気はないということか。


 本性が露見しても、しなくてもどちらでもかまわない。

 重傷だったとはいえ鳥人を追わなかったということは、そういうことだろう。

 本名かどうかは知らないが堂々と同じ名を使っている辺りエラトマに隠れて悪事を働く気などなく、シャルツ商会を顧みる気もなさそうだ。いや、むしろハンデルの一角を担うほど成長させた商会を黒幕とし、崩壊させることでさらなる混乱を招こうとしているのかもしれない。

 他の商会からも頼りにされるほど信頼があり、手広く商売を行っているシャルツ商会が悪人となれば流通している商品はもちろんハンデルの商人達の間に疑心が生じる。信用と利益という相反するもので繋がっている商人達の関係は崩れ去り、商会の経済活動によって成り立っているハンデルの根底を揺るがすことになるだろう。

 そう考えると俺がシャルツ商会に疑いを持つことも、証拠を手に入れて踏み込むことさえもエラトマの思惑通りである気がしてくる。しかもそう感じても、俺は筋書きに沿って進むしかないというのが嫌なところだ。

 真意が見えぬマリスも不気味だが、わざと綻びを作ることで手がかりを与えて俺達が奔走する姿を嘲笑っているようなエラトマの行動が不快で、いいように掌で踊らされている己が腹立たしい。


「――ドイル殿」


 絶え間なく巡る思考を断ち切るように、澄んだ音が俺を呼ぶ。

 大神官様の声に導かれるように顔を上げればレオ先輩達やリエスがどこか不安そうな表情で見詰めていることに気が付き、俺は内に渦巻く感情を薄めるように息を吐き出した。

 こんなところで憤っている暇はない。

 進まなくては。

 足を止めている時間はないのだと思い出した俺は、とりあえず先輩達やリエスを安心させるべく表情を取り繕う。焦りは伝わってしまっただろうが、なんのフォローもないよりは先輩達の心情もましになるはずだ。


「レオ先輩、リェチ先輩、サナ先輩、お疲れ様でした。それから貴重な情報をありがとうございます」

「ああ」

「一先ずフォルトレイスと獣人達のことはムスケ殿やスコラ殿達にお任せするしかありませんが、彼等ならば大丈夫でしょう。私達よりもずっと経験豊富ですし、フォルトレイスの王ならばよいように取り計らってくれるはずです」


 獣人達を心配しているだろう先輩達にそう声をかけて、読み終わった手紙をリエスへ渡す。これまでの情報はすべて共有しているので、彼女もほどなくして俺と同じ結論に至るだろう。

 そんなことを考えながら、俺は大神官様へ向き直った。

 想像以上の活躍をしてきてくれた先輩達には悪いのだが、俺達の詳細説明とお礼は後回しにさせてもらう。状況説明は道中やハンデルでもできるが、ここを発つには片づけておかなければならない案件があるからな。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。大神官様」

「いいえ。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言って姿勢を正せば大神官様はすべてわかっていると言わんばかりの笑みを浮かべるのみで、俺はその達観した様子に改めて尊敬の念を抱く。

 神々の声を聞き、人々の耳に届ける。

 その役目を果たすために、大神官様は意図的に俗世から切り離された生活をするのだと聞いたことがある。神々の言葉に己の私情や主観が入らないようにするためなのだろうが、なにもわからぬもどかしさもなにもできぬ歯がゆさも呑み込みただ祈り神託を待つなど、いてもたってもいられずにマジェスタを飛び出した俺には考えられない。

 そう思う一方で、本来ならば母上が継ぐはずだった役目にこの方が就いたことを考えれば、計り知れない慈愛がセレオル様の内にあるのだろうと想像するのは容易く。


「つきましては誠に勝手なお願いでございますが、我々は先を急がねばなりませんので、お願いした聖木の情報への対価として私の成すべきことをお教えいただけますか?」


 目に映る微笑みを大神官様が浮べるに至るまでの日々に想いを馳せながら、俺なりに皆の役に立つべく言葉を紡いだ。


   ***


 ――それでは場所を変えましょう。どうぞこちらへ。

 俺の申し出に快く頷いた大神官様はそう告げると静かに立ち上がり、廊下へと誘った。

 進行方向は大神殿の最奥。

 日が落ちて夕闇に包まれた廊下を光魔法の白い灯火が淡く照らしだす光景は幻想的で、進むにつれて古めかしい造りへ移りゆく柱や壁と相まってここは神々を祀る神聖な場所なのだと改めて実感させられた。

 そうして大神官様に導かれるまま歩くことしばし。一際歴史を感じさせる大きな石扉を潜った俺達は、【古の祭壇】と呼ばれる場所に辿り着いたのだった。

 神々や精霊と思わしき姿が彫られた天井や柱や壁は圧巻で、石とは思えぬ白さの祭壇とその背後に並べ立てられた聖木の目映さに思わず目を細める。

 そんな俺の背後では、レオ先輩やリェチ先輩やサナ先輩が感嘆の声を上げていた。


「……すげぇな」

「「石や木がうっすら輝いてる」」

『懐かしい感じがするわね』

『ええ。来たことがあるみたい』


 室内を一通り見て回りそう呟いたアルヴィオーネとラファールの姿はどこか幼く、その顏には安らぎが滲む。その表情はまるで母に会った子供のようで、珍しく安心しきった顔を浮かべた二人に目を見張っていると、振り返った大神官様が穏やかな声で告げる。


「神々の気配が色濃く残る場所ですから懐かしく感じるのでしょう」


 その言葉にそっと目を閉じれば、確かに大きな気配に包まれているような感じがした。

 遥か昔に感じたことがあるような、いつもそばにあるような。

 人や亜人や魔獣が有する魔力とも精霊とも異なるその気配はこれまで出会ったなにもよりも大きい気がするのに、清らかでなんとなく落ち着く。

 

 ――――。

 

 不思議な感覚に浸っていると不意に誰かに呼ばれた気がしたのでパッと目を開き辺りを見渡す。しかし皆の視線は祭壇に釘付けで、聞き間違いかと首を傾げていると嬉しそうな表情を浮べた大神官様と目が合った。


「なにか聞えましたか?」

「誰かに呼ばれた気が、しました」


 感じたままに応えれば眩しいものを見るように目が細まり、その口元が優しい弧を描く。大神官様の隣に控えているアーバー神官も感心した様子で俺を見ており、疑問は深まるばかりである。


「待ちくたびれた神々が先ほどから貴方を呼んでいるのですよ」

「待ちくたびれた……?」


 聞き返した俺に向けられた二人の微笑みがやけに優しくて、目を奪われる。

 しかしそんな俺に構うことなく大神官様は言葉を続けた。


「この【古の祭壇】は今でこそ神託を拝聴するために使われていますが、元々は人の子が魔の王を倒すための力を乞うために作られた場所なのですよ」


 大神官様の説明に、先輩方が駆け込んでくる前に話していた内容が脳裏に木霊する。


 ――聖なる武器がどのようにしてこの世に誕生するのかご存知ですか?


 不可解だった大神官様からの質問と、連れて来られた古の祭壇とその用途。

 それらが示す意味を俺が理解するよりも早く、リエスがどこか嬉しそうな様子で大神官様に問いかける。


「聖木は神々の顕現に使われるのか」

「恐らく。ですから申し訳ございませんが、お返しすることはできないと思います」

「いや。持ち去られた聖木が巡り巡って新たな勇者誕生の糧となったのだと知れば、里の者達も喜ぶだろう」


 小さく微笑んだリエスが告げた内容に先輩達が一斉にこちらを見るが、俺も今しがた状況を理解したばかりなので説明などできるはずがなく。

 驚きと期待に騒ぐ胸に押されるように大神官様へと目を向ければ、澄んだ声が耳を打つ。


「受け取った木箱を祭壇へ置いていただけますか?」


 はい、と言ったつもりだったが返事がちゃんと言葉になったかはわからない。

 ただ大神官様の声に導かれるように亜空間を開けば、俺が手を入れるよりも早く小さな木箱が自ずと出てきた。そしてスルスルと母上が施しただろう封印が解け、箱の中から銀杯が浮かび上がり祭壇へ乗る。


「は、」


 思わず声が零れるも、奇々怪々な出来事はそれだけにとどまらず。

 腰に下げていたエスパーダとオレオルがスルリと抜けて聖杯のあとを追ったかと思えば、開けたままだった亜空間から以前ラファールがお土産だと言って渡してくれたクルミ大の色鮮やかな魔石が次々と祭壇へと捧げられていく。

 ふと見れば、白いはずの聖木が赤や緑や青色に染まり光り輝いていた。


「我々が呼びかけるまでもなくいらっしゃったようですね」


 感嘆が籠った大神官様の言葉になにが起こっているのかと疑問を投げかけようとしたその瞬間、目が眩むほどの光に包まれて世界が一変する。

 海や山や空、その只中に放り出され四方八方に様々な光景が映し出される。目に映る画像は次々と切り替わり、様々な年代の衣服を纏った人々がコマ送りのように行き交い歴史の一幕と思しき場面が現れては消えていく。その中には肖像画で見た歴代のアギニス公爵やマジェスタの国王、若かりし頃のお爺様やお婆様、セルリー様やウィン大叔父様やオブザさん、両親や小さなグレイ殿下やクレアもいて。

 順番なんて関係なく寄せ集められた写真の束を捲るように見覚えのある精霊達や名も無き魔獣達、変貌していく国々や移り変わる人々の姿が映し出されていく光景に、これはもしや世界の歴史を見ているのではないかと理解してきた頃。


 ――ったく、世話を焼かせやがって。

 ――まぁまぁ。無事に渡せたし、いいじゃない。

 ――死にかけた時はかなりひやひやしたけどね。


 そんな会話と共に不思議な光景は終りを告げ、俺の意識は【古の祭壇】へと戻って来ていた。

 カラーン、カラーンと鐘の音が鳴り響く中、辺りを見回せば先ほどの光にやられたのか先輩方やリエスは目を手で押さえており、ラファールやアルヴィオーネも驚いた表情で顔を見合わせている。しかし大神官様とアーバー神官はさほど影響を受けていないようで、俺としっかり目を合わせると笑みを深めて身振り手振りで下を見るように促す。

 視線を落とせば、手の中にはエスパーダやオレオルよりも長く重くなった一振りの刀。

 見た目はエスパーダに似ているが純白だった鞘に一匹の黒い龍が絡みついており、引き抜いた刃は以前よりも光り輝いている。エスパーダやオレオルなど目ではないほどの強い魔力を秘めているようで、父上が持っている聖槍のような存在感を放っていた。


「神々からの贈り物です。どうか大切に」

「――はい」


 聞こえてきた言葉を噛み噛みしめながら頷き、光輝く刃を鞘に戻して顔を上げれば厳格な雰囲気を纏う大神官様が目の前に立っていた。

 そして神に仕える者達の長と呼ぶにふさわしい澄み渡った瞳で俺を見据えると、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「今はまだ資格を得たにすぎず、【勇者】と呼び称えられるかは今後の貴方次第です。しかし新たに聖なる武器が誕生したのは久方ぶりであり、神々が自らこの地に導き力を授けた者は長い歴史を振り返っても三人目。それらの事実が貴方のこれからを示していることでしょう。神々に仕える者としてこの場に立ち会えたことに感謝すると共に、これから歩まれる道に幸多からんことを祈っております」


 祝福の言葉が紡がれると俺の体が淡く光り、じんわりとした温かさが流れ込むと同時に身を包んでいた光が肌に吸い込まれるように消えていく。

 畏れ多くも大神官様直々に加護を頂いたようだ。

 長らく熱望していた聖槍と同じものが手の中にあるとは思えないほど古の祭壇を訪れてからの出来事はあっけなく、【勇者】となる資格を得るまでにかかった時間は僅かだった。

 しかし手にした刀は今まで握ったどんな武器よりも重い。


「ありがとうございます」


 感慨深いというよりも、圧し掛かる責任の重さと比例するように決意や熱意といった感情が増しているといった感じでその心境を上手く語る言葉はなく、俺はただ一言礼を述べて生まれ変わった刀を腰に佩く。その重さは胸にくるものがあり、柄に手を乗せれば熱が伝わってくる気がして小さく笑う。

 しかし次の瞬間、俺は不思議な空間で見た光景を思い出して口を引き結んだ。

 巡る世界の記憶の中で最後に映し出されたのは、憤り槍を折った幼い自分とそんな俺に手を伸ばしたマリスだった。

 まったく覚えていないが、どうやら俺は地下牢での遭遇よりもずっと前に彼奴と出会っていたらしい。その事実をああして知らされたのは、神の思し召しというものなのだろう。

 大神官様はこの世に無意味なものはないと仰っていた。

 ならばエスパーダとオレオルが今この時に神々の祝福を受けて聖なる武器として生まれ変わったことにも、過去のマリスとの出会いを見たことにもきっと意味がある。


 ――聞きたいことが増えたな。


 マリスは遥か昔の邂逅を覚えているのだろうか。

 あの日どんな会話を交わしたのだろうか。

 増えた疑問を問う日はきっと近い。

 そう確信しながら、俺は大神殿を発つと皆に告げるべく顔を上げたのだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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