第二百二十話 レオパルド・デスフェクタ視点&アグリクルトの大神官視点
神殿の転移陣を使い移動すること数時間。合間に昼食を取りつつ多くの神殿にお世話になった俺達は無事にアグリクルトの大神殿へ到着した。
セレナ様が育った大神殿で大神官様と顔を合わすことはさすがになかったが、それに準じる立場だろう神官に迎え入れられ恐縮したのは記憶に新しく。しかしそれさえもつかの間のことであり、大神殿からフォルトレイスへは馬車での移動になるとのことで俺達はあれよあれよという間に神殿の幌馬車に乗せられ、今は陸路を進んでいる真っ最中だ。
幌馬車の前方に視線を向ければ夕暮れに染まる広大な平原を走る立派な馬と銀色に輝く鎧を着こんだ神殿騎士が手綱を操っており、後方を見れば護衛している神殿騎士二人の姿がおり、また見ることは叶わないが馬車を挟む形でもう二人ほど騎士が並走している。その上、正面をみれば案内役にとつけられた神官様が二十代前半という歳だとは思えないほど落ち着いた笑みを浮べて座っておられるという現状に、俺は顔が引きつらないよう口の中で頬を噛みしめていた。
なんっつう状況だよ……。
機密事項であろう転移陣を使わせてもらった時点で大変恐縮だったというのに、こうして大神殿の幌馬車を貸していただいているばかりか、神官様と神殿騎士を五人も付けてもらうなど畏れ多いどころではない。セレナ様がかつては聖女と呼ばれた方であり、アグリクルトの大神殿で名を馳せていたことは授業で学んでいたが想像以上の影響力だ。
それとも、この木箱をドイル様に届けることがそれほど大事なのか――。
思い浮かんだ想像により一層不安が募る。これから何が起こるというのか、そしてドイル様は今どんな状況に置かれているのか。それを知るには一刻も早くドイル様と合流するしかないというのが、なんとももどかしい。
逸る心を落ち着けるため深く呼吸をしながら俺は今後に備えて、師匠から渡された荷物や自身の亜空間の中身を思い出す。渡された荷物の中には高度な製薬に必要な道具と強い薬効を持つ素材、治療に必要な包帯や消毒液などの消耗品が一通り揃っていた。亜空間には深淵の森で採取した新鮮な薬草や魔獣の素材、この一か月間の間に学んだパルマの薬が一通り揃ってるし、作り方も頭の中に入っている。リェチとサナもそれぞれ得意とする分野の薬や材料や道具を持っているはずだし、師匠の言葉通り三人揃っていればそんじょそこらの治療所や薬屋なんかよりもよほどいい治療ができるはずだ。
神殿の方々に守られるという異様な状況と、先の見えぬ不安に呑み込まれないよう己にそう言い聞かせることしばし。
「「――兄貴」」
力なく重なった声に意識を現実へと戻し、隣に座っていたサナとその向かいにいるリェチへと目を向ければ、二人は乾いた笑いを零しながら流れ遠のく景色を眺めているようだった。
「たった一日でここまでくるなんて……それに僕、獣人の方って初めて見ましたよ」
「僕も。自前の翼で飛べる人って本当に居るんですねー」
――近くに獣人なんていたのか?
とんでもない体験の数々に死んだ目をしている二人が口にした台詞に俺が後方を見やると時同じくして、瞠目した神殿騎士達が周辺や上空をバッと確認して叫ぶ。
「――敵襲! 空にもいるぞ!」
その言葉と共に神官様がリェチとサナを引き寄せれば、後ろを警護していた馬の一頭が馬車を追い抜くと同時に護衛騎士が一人中へと飛び乗ってくる。
次いで方々から響く、剣を抜く音。
「左方の林からだ! 獣人ばかりだからもう来るぞ!」
馬車に乗り込んできた騎士が剣を構えながら動向を伝えれば、馬を駆る者達が固い声で次々と声を上げる。
「前方に回り込まれたぞ!」
「馬を止めさせるな!」
「俺が援護するから駆け抜けろ!」
「っ了解!」
神殿騎士達の叫ぶような会話からいくばくもなく羽音や足音が辺りを包み、武器がぶつかり合う音が鳴り響く。
リェチとサナが声を上げてから一分にも満たない間の出来事だった。人型だとギリギリ判断できた鳥人や獣人達が、気が付けば目の前で神殿騎士達と斬り結んでいる。
「この馬車に荷はない!」
「知ってるよ!」
「神殿への狼藉は許されんぞ!」
「承知の上だ!」
響く怒声と頬にはねた血しぶきに悲鳴を押し殺したのは神官様かリェチやサナか、それとも自分か。
怪我をしたのか腕から血を流しながら獣人を迎え撃つ神殿騎士の姿に釘付けになっていたその時、背後で武器がぶつかり合うのとは違うなにかの破壊音が聞こえたかと思えばガタンと大きな振動が俺達を襲った。
「やられた!」
衝撃と前方から上がったその声に振り向けば馬車を引いていた馬が遠のいていく。馬車が止まったことに気が付いた神殿騎士達が慌てて馬を翻そうとするも、もう遅かった。
「落とすなよ!」
後ろで神殿騎士と斬り結んでいた獣人がそう叫びながら離れていったかと思えば、足元がグラッと揺れ浮遊感に思わず馬車を掴む。
「っ【結界】!」
グラリと傾いたことで手綱を握っていた神殿騎士が落ちかけるが、神官様が張った結界に弾かれたことで馬車の内部へ倒れ込んだのがどこか遠い出来事のように感じた。
「おい。大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
そう言いながら立ち上がった神殿騎士は、外から見えぬよう後方の扉を閉めた仲間に倣い前方の布を下ろすと苦々しい声で呟く。
「それよりもまずいことになりましたね」
「……ああ。獣人ということは噂の盗賊団か」
「恐らく」
俺達の頭上で険しい表情を浮べて現状について話し合う神殿騎士二人から少し遅れて、詰めていた息を吐きだした神官様はキュッと唇を引き結ぶと不安定な馬車によろめきながらも立ち上がる。そして唖然とする俺達を見詰めたあと、顔を上げ凛とした声を響かせた。
「とりあえず、今のうちに治療を。大神官様から任された以上、彼らは守り抜かねばなりません」
「「はっ!」」
力強い声が耳を打ち、怪我をした神殿騎士を治療するために神官様がよろめきながら後方へ移動する。その際に転びかけた神官様を反射的に支えたことで我に返った俺は、そこでようやく自分達が獣人達に襲われ馬車ごと連れ去られており、大空を飛んでいる最中だという現実を呑み込んだのだった。
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(アグリクルトの大神官視点)
神々を祭る神殿の中でも最大の規模を誇る大神殿の最奥。
清廉な空気に満たされた建物の中でも一際厳かな雰囲気が漂う祭壇で、私は先ほどフォルトレイスへ向けて旅立った幌馬車の旅路を祈っていました。
――待ち受ける試練を無事に乗り越えられますよう、どうかお見守りください。
セレナが授けただろう加護を纏う三人の姿を思い浮かべながら祈りを捧げれば、わかってると言いたげにどこからかリンと鈴に似た音が耳を掠める。どうやら神々のどなたかが祭壇を覗いておられるようです。
きっとこの場にいるのが私でなくセレナならば、お声がけいただいていたのだろうなと考えながら緩やかな動作で立ち上がり、誰もいない祭壇を静かに見渡しながら在りし日の彼女の姿を脳裏に描く。
私が【神託】のスキルを授かるまで二十年近い修行が必要でしたがセレナは齢十にして神々の声を聞き、その後も回復や浄化など聖女や聖人が持ちうる適性をいくつも人々に示しました。
セレナの持つ力は聖女と名乗るにふさわしく。
神々に人生を捧げた者達はそんなセレナを称え、羨望の眼差しを向けていたけれど私は彼女が常人離れした力を見せる度に、神々が彼女を召し上げてしまわれるのではないかと気が気でなかったものです。
それくらい彼女は儚かなく、浮世離れした存在でした。
銀糸の髪に紫色の瞳という人にしては珍しい色彩の所為か大神殿に置き去りにされていた彼女でしたが、幸いにも親がおらぬ孤独や寂しさを感じさせることない子へ育ちました。
それは彼女が寂しくないよう語りかける神々のお蔭であり、しかしそれがまた皮肉なことにセレナが本来あるべき人の世との関わりを希薄なものにすることとなる。
幼き頃から神々との繋がり深く、彼らの言の葉を拾うことが出来た彼女は知り得た森羅万象や未来の断片を周囲へ語り、人々はそんな彼女を崇め称えてやがて神格化してゆく。信者と化した周囲に親し気な態度を取る者などおらず、他者と距離が遠いが故にセレナはさらに神々との関わりを深め、またその度に聖女としての力が磨かれスキルを増やし、そんな彼女を人々はより遠巻きに眺めるようになるという悪循環。
暗殺者としてやって来た少女を拾ったことで少し変化がみられたものの、セレナが纏う雰囲気は年々清らかさを増し俗世から離れていきました。
神に使える身としてはそんな彼女の変化を喜ぶべきなのでしょうが、祭壇で一人泣く赤子を抱上げ親に代わり世話を焼いてきた身としてはあまりにも悲しく、なぜあの子なのかと幾度となく神々に問うたものです。
その答えが、『魔王討伐の旅へ送り出しなさい』だった時は思わず神々を疑ってしまいましたが……。
神々は慈悲深かった。
お言葉を疑った私を厭うことも罰することもなく、またセレナを人の世から取り上げることもなく。役目を果たし無事に帰ったきた彼女は神々の寵愛を受けし聖女ではなく、初めて抱いた恋心に戸惑うただの少女でした。
――こちらは雷槍の勇者アラン様。一緒に旅をして、沢山助けていただいたの。
魔王討伐の立役者だと紹介しながら隣に立つ好いた人の顔を見て頬を染めたセレナを、私は生涯忘れることはないでしょう。
旅に出て勇者に恋した彼女の足はしっかりと我々と同じ大地を踏みしめており、あれほど儚かった雰囲気が嘘のように生気に満ちた瞳で愛しい人を見詰めていました。勇者が差し出した手を迷うことなく握り共に歩む姿に、義娘がようやく人並みの幸せを手に入れたのだと安堵したのです。
生を謳歌するセレナの笑顔を思い浮かべながら神々へ感謝の言葉を捧げ、二度とそのお心を疑わぬと誓いを立てたあの日の記憶はまるで昨日のことのように思い出せます。
あれから二十年余り。
神託が下ったことでセレナを雷槍の勇者の元へ送り出したものの、名高い聖女が大神殿から出ることをよく思っていなかった者達を神の思し召しだと諫めているうちに、気が付けば私は大神官の位についていました。
大神官となり、神々へ身を捧げ人々の安穏と世の平和を祈る日々の中に変化があったのは、今から一月ほど前のこと。
不意に授かった神託に目を瞬かせつつ、信頼する神官達をハンデルへ向かわせ手に入れた清らかなる木材を神々のお望みどおり捧げました。そうしてお役目を果たした神官達と肩の力を抜いてから間もなく、義娘から手紙が届いたのです。
そうして久方ぶりに聖女の力を使ったらしいセレナからの頼みを快諾し、託された三人を先ほど送り出したわけですが彼らの行く手には試練の兆しが見えています。
義娘をも救ってくださった神々が授けた試練ならば、乗り越えた先には良い未来が待っているのでしょうが、私も人の子ですから心配する気持ちをなくすことはできません。それが義娘の息子と縁深い子らだと言われればその気持ちもひとしお、故にこうして祈りを捧げていた次第です。
――しかし、こうも神託が続くとなると二十年前を思い出しますね。
アラン殿が雷槍の勇者として名を轟かせるきっかけとなった、アグルクルトとフォルトレイスに大きな被害を出していた蟲の魔王の討伐。当時も災厄の魔王の誕生の知らせを授かり、その後間もなくセレナを旅に出すよう神託を下されたかと思いきや新たな勇者の存在をお示しになられて、我々は幾度となく神々のお声を拝聴したものです。
この度私と義娘が御神託を賜ったこともなにかの先触れのような気がする、というのは考えすぎでしょうか……。
セレナが息子の安否を問うたら賜ったという神託と立役者となる三人を待ち受ける試練、祭壇に捧げられた神々が仮宿にできそうな清らかな木になにやら不穏な動きを見せている近隣国、それから雷槍の勇者と聖女の息子ドイルの来訪の兆し。
それらから浮かぶ可能性にまさかと心乱せば正解だと告げるかのようにカラーン、カラーンと祭壇に置かれた鳴らぬはずの鐘が鳴り響く。
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「――――畏まりました。神々の御心のままに」
聞えてきた【神託】に膝を折ればリンと鈴に似た音が耳を打ち、鐘を鳴らした大きな力が遠のいていく。去りゆく気配を感じながらしばし茫然としていた私は、神の来訪の余韻が残る祭壇の前で今一度祈りを捧げます。
そしてゆっくりと立ち上がると、神々のご意思を伝えるべく新たな一歩を踏み出したのでした。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
前話(219話)からしばらくの間レオパルド視点が続きますので、お付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。




