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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
219/262

第二百十九話 レオパルド・デスフェクタ視点

 ――ドイルがブリオ殿下との再会に驚愕していたその時。

 俺とリェチとサナの三人はマジェスタの深淵の森の入り口にて思いよらぬ状況に直面していた。

 

 なんだってこんなものがここに……?


 一般人が使うことはないだろう神殿所有の馬車を目の前にした俺の意識は現実逃避よろしくフッと遠のき、代わりにここ一か月の思い出が走馬灯のように脳裏を巡る。

 草木が新緑の若葉を芽吹かせ、色とりどりの蕾が開花の時を待ちわびていた頃。

 俺達はエピス学園を卒業し、先生方や後輩達に見送られながら三年間過ごした学び舎をあとにした。


 ――また、いつか。


 別れ際に俺達卒業生が後輩達へ贈ったその言葉は道を分かつ友へ向けたものでもあり。

 七色に輝く泡が空を舞う中、再会の約束を胸に虹色の石畳を歩む頃には同級生達の顔からは寂しさや個々の道を行く不安は消えており、明るく希望に満ちた笑みを浮べて一人また一人と自身があるべき場所へと旅立ってく。

 仲間達のそんな姿を眺めながら俺が脳裏に描いたのは、この二年間に起こった数々の出来事だった。

 ドイル様と出会ったお蔭で俺の世界は一新されたと言っても過言じゃねぇ。

 材料費とか道具不足で本来ならば到底手が出せなかった研究を在学中に行うことができたし、王太子殿下や王女と知り合い果ては登城して炎槍の勇者様とドイル様の想像を超えた戦いをこの目に焼き付けたんだからな。そりゃ、新しい目標や志の一つや二つは抱くってもんだ。

 ドイル様が卒業するまであと一年。

 それでまでにアギニス公爵の名を継ぐドイル様の部下に相応しい力を得てみせる。そんでドイル様が己の道を五体満足に進んで行けるよう支えてやるんだ。危ないから留守番なんて絶対言わせねぇ。

 俺とリェチとサナはそう意気込んで、迎えの馬車へと乗り込んだ。

 それが今からおおよそ一か月半ほど前の話である。

 卒業式が行われた夜に辿り着いたアギニス公爵邸では畏れ多くも炎槍の勇者様と雷槍の勇者様に聖女様と一家総出で歓迎していただき、その後案内された各自部屋の豪華さに震えて、師匠たるメリル様がメイド長であると知り度肝を抜かれたのだがそれらはもはやいい思い出と化している。

 なにしろアギニス家での暮らしは想像以上に刺激的だったからな。

 顔を合わせた勇者様達が手合わせを始めれば窓の外を炎が舐めて落雷の音が鳴り響くことはよくあるし、爆音や地面が軽く揺れるくらいは日常茶飯事ときた。

 当然アギニス家に勤める方々はその程度では誰一人動揺などしねぇ。屋敷にはセレナ様が結界を張ってくださっているから大丈夫だと言って、勇者様達の手合わせを肴に昼休憩をとっているくらいである。セレナ様と師匠に至っては手合わせしている横で、玄関先に植える木や花の選定をしているくらいだ。次元が違う。

 しかし俺達三人が巻き込まれたら命を落としそうな勇者様達の鍛錬やセレナ様と家人達の剛胆さに驚愕し慄いていたのは数日のことだった。

 というかビビっている時間がもったいないと感じるほどの作業設備と多種多様な薬草が植えられた温室や高価な素材が約束通り用意されており、失われたパルマの名を継承した最高峰の知識と技術を有した師匠が導いてくれるとくれば大概のことはどうでもよくなるってもんだ。そんなわけで、セバス執事長からアギニス家での過ごし方や主人一家がなにかやらかした時の知らせ方などを学んだ俺達はそう時間をかけずに屋敷での生活に馴染み、朝から晩まで師匠の知識を吸収すること熱中していた。


 ……それが一体なにがどうしてこの状況になったんだ?


 神殿の馬車の中で手招きしているセレナ様という信じられない光景に頭を抱えたくなるのをグッと堪えて、俺は乗車口の横に控えている師匠へと目を向ける。

 師匠から急に「体を鍛えますよ」と告げられ深淵の森へ連れてこられたのは、エピス学園の入学式が行なわれた二日後のことだった。

 その日も俺達はパルマ・ルメディが後世に残した知識をものにすべく朝早くから言い渡された薬の製作準備に勤しんでいたのだが、師匠の一言で急遽深淵の森に向かうことになった。しかしそのことに文句を言うつもりはねぇ。いくら金を積もうとも学ぶことのできない知識をドイル様の部下というだけでなんの対価もなく授けてもらってんだからな。師匠の指導に黙って従うのは当然だ。

 例え深淵の森で教えられたのが自生する薬草の利用法だけでなく、短剣や鍼を使った獲物の仕留め方や人体の動きを止める方法だったとしても俺達はなにも言うまい。師匠がとりあえずと言って教えてくれたそれらの技術は戦闘に明るくない俺達から見ても暗殺術のような代物だったが、セレナ様が聖女と崇められていた時に出会い仕えることになったという話からいって推して知るべし。師匠の過去を俺達が詮索する必要はねぇからな。

 実際、ドイル様の側に居るんならこのぐらいの技術はもって然るべきであり、自衛に使うにしろ戦うにしろ間違いなく役立つ。

 そんなこんなで、なんで急にという疑問を呑み込み言われるまま修行すること十日間。「まぁ、いいでしょう」という言葉と共に突如始まった修行は終わりを迎え、そのまま森で一晩過ごした。んで、朝も早くから起こされたから、てっきり今日中に屋敷へ戻る気なのかと思いきやこの状況である。

 深淵の森を出たところに待機していた神殿の馬車とセレナ様、渡された旅支度が整った荷物とこの十日間の修行内容から察するにどこかへ行かされるというのは確実だろうが、俺達は一体何をさせられるというのか。

 目まぐるしい展開にドイル様の精神はこうして鍛えられたのかと些か現実逃避しつつ、これから俺達を待ち受けているだろう未来へ想いを馳せる。


 ……目の前にある一般人はまず乗ることができない神殿の馬車は、恐らくドイル様のために用意されたものに違いねぇ。


 勘だが、間違いないだろう。他にセレナ様が聖女の伝手を使ってまで行動する理由が思いつかねぇしな。

 マリスやゼノスを止めるべく旅立ったドイル様に着いて行くことを拒まれた時のことを思えば喜びたいところだがそれはつまり、あまりよくない状況にある可能性が高いってことだ。師匠の指導を受けたといってもたかだか一か月強、俺もリェチもサナもこれまでの時間を無駄にしたつもりはねぇがドイル様を支えるにはまだまだ力不足だ。そう痛感しているから胸中はどうあれ、「なにかあったらお呼びするので、とりあえずメリルの指導を受けていてください」というドイル様の言葉に頷いたんだ。今の俺達では足手まといになる可能性が高いし、なによりドイル様から来いと命じられたわけじゃねぇってのが気にかかる。


 教えを受ける身である以上師匠の言葉に異を唱えるつもりはねぇが……。

 

 それとこれとは話が別、俺達の主人はドイル様だ。


「――さっさとお乗りなさい。セレナ様がお待ちですよ」

「「へ? ちょっ」」


 戸惑うリェチとサナを馬車へ押し込もうとしている師匠やセレナ様の考えはわからねぇが、俺達にも譲れないものがある。ドサッと音を立てて渡された荷物を地面に置きつつ俺は伝えるべき言葉を紡ぐため口を開く。


「――師匠。貴方には沢山世話になっているが俺達の主人はドイル様だ。なんの説明もなしに貴方やセレナ様の命に従うわけにはいかねぇ」


 修行中の身でも役に立つっていうならどこへだって行くし、ドイル様の身に危機が迫ってるというのならばなにをおいても駆けつける所存だが、ただの私情で動くわけにはいかねぇからな。

 そう思って己の意思を告げれば、馬車に半分入りかけていたリェチとサナも振り向き声を上げる。どうやら二人も俺と同意見らしい。


「そうですよ!」

「足手まといになるのは嫌です!」


 手と足を突っ張り乗車拒否するリェチとサナにスッと目を細めた師匠は、次いで俺へと視線を向けた。


「そうですか」


 耳を打つ声の冷たさとその眼差しの鋭さにゾクリとし悪寒を感じたものの白衣のポケットの中で鍼を握り締めながら負けじと師匠を見据えれば、ピリッとした空気が肌を刺し俺達の間に沈黙が落ちる。ドイル様や勇者様達が時折見せるものと同じ本物の殺気を飛ばす師匠にゴクリと息を呑むが、ここで目を逸らすわけにはいかねぇ。

 そうして師匠と睨み合うことしばし。

 張り詰めた空気を溶かすような柔らかな声が馬車の中から聞えてきたことで、静寂に包まれていた空間が崩れた。


「――メリル。ドイルちゃんの部下が思っていた以上にしっかりしていて嬉しかったからって、そうやって試さないの」

「失礼いたしました」


 セレナ様のお言葉に師匠が軽く頭を下げると時同じくして、緊迫感が霧散する。そうして若干緩んだ空気が流れるも、乗車拒否していたリェチとサナが瞠目して声を上げたことで再び時が動き出した。


「「今ので喜んでたんですか!?」」

「そうよ。今回はちょっと届け物をしてほしいだけだから、そんなに警戒しないでくれると嬉しいわ」


 驚くリェチとサナに柔らかな笑みで応えたセレナ様は、馬車から少し顔を出すと師匠に向かって呼びかける。


「急ぎましょう、メリル。あまり帰りが遅くなるとお義父様やセバスに怪しまれてしまうわ」


 そう声をかけられた師匠はその言葉に思うところがあったのか、セレナ様の提案を素直に受け入れると口元に薄っすらと笑みを浮べて俺へと目を向けた。


 ――この人も、ドイル様が大事なんだな。


 セレナ様の言葉どおりに喜色が滲む師匠の姿を視界に収めた俺は、そこでようやく肩の力を抜いた。さっきの殺気といい、素知らぬ顔で人を試す性格といい俺達の師匠はとんでもねぇ女性だぜ。


「それもそうですね。貴方達の言い分はわかりましたから、とりあえずお乗りなさい。なにをしてほしいのかは道中で説明しますから」


 幼子の背を押すかのように優し気な師匠の声色に顔を見合わせた俺とリェチとサナは、なんとも言えない笑みを浮べつつ握っていた鍼や馬車の戸から手を離す。そうして渡された荷物を背負い直した俺達は、師匠やセレナ様に促されるまま神殿の馬車へと乗り込んだのだった。




 そうして神殿の馬車に揺られることしばし。


『――これをフォルトレイスにいるドイル様へお届けしてほしいのです』


 師匠からそう言って手渡されたのは異様な雰囲気が漂う木箱だった。

 両手に乗るほどしかない小さな箱が放つ威圧感はすさまじく、また然るべき時に開くようセレナ様によって封印してあるという事実と相まって俺達が手にするのは畏れ多いものなのだと本能に訴えかけてくる代物だ。ちなみに「知らない方が道中心安らかに過ごせると思いますよ」とのお言葉を師匠からいただいたので、中身に関しては追及しないということで俺達三人の意見は一致している。

 この木箱がどうドイル様の役に立つのかは不明。しかし俺達三人が木箱をドイル様へ届けるよう神託が下ったのだと他ならぬセレナ様が仰るならば、言葉の真偽を疑う余地も命を拒む理由もない。

 そんなわけで、俺とリェチとサナはセレナ様と師匠に連れられてマジェスタの外れにある神殿へとやって来たわけだが……。


「……兄貴」

「ここって……」

「わかってる。みなまで言うな」


 神殿の最奥、おおよそ一般人は足を踏み入れることないだろう場所へ案内された俺達は現在、目の前にある転移陣とそれを動かすべく集まった神官達の姿に恐れ戦いていた。

 神殿には有事の際に備えて各神殿を繋ぐ転移陣があるらしいとまことしやかに囁かれていたが、どうやら本当だったらしい。各神殿にある陣の転移先は最寄りの神殿とのことだが、中継予定地にはすでに伝達が済んでいるそうなのでここからアグリクルトの大神殿まで数時間で到着できるらしい。便利だが、悪用されれば一大事な代物だ。

 

 秘密の多い神殿の中でも上位に入る機密事項なのは間違いねぇな……。


 国境を跨ぐ転移陣は存在するだけでよからぬ輩や憶測を呼ぶため、何処の国も製作すること自体が禁じられている。そんな転移陣があるという情報が上がろうものなら、どこの国も他国から嫌疑がかかる前に血眼になって真偽を確かめるはずだ。噂が立っても黙認されているのは、一度災害が起これば門戸を開放し救護に勤しむ神殿だからこそ。魔王の誕生によって二十年前くらいにアグリクルトやフォルトレイスが被害を被った際も、大神殿を筆頭に周辺の神殿が避難所となり物資の配給なども行われたと授業で習った覚えがある。

 この転移陣を使って人手や物資の搬入が行なわれることで、神殿は災害時の迅速な対応を可能にしているのだろう。うっかり知ってしまったがこの事実は間違いなく神殿と各国の王や限られた人間達によって守れてきた機密事項、漏らそうものなら確実に消される。

 想像以上に壮大なお使いに背筋を冷たいものが伝う。ここまでしてドイル様に届けなければならぬ木箱の中身が大変気になるが、師匠が言うように知らぬ方が身のためだ。

 師匠の助言を受けて亜空間に仕舞った木箱に思いを馳せつつ、リェチとサナを見れば固い表情を浮べた二人と目が合う。今回ばかりははしゃぐ余裕もないといった様子の二人が言いたいことはよくわかるのだが、この場でそれを口にするのは命知らずというもの。

 余計なことは言うなという代わりに首を横に振ってみせれば、リェチとサナも察したのか無言でコクコクと頷く。そんな俺達を師匠が微笑まし気に目を細めてみていたことなど露知らず、準備が終ったらしく寄って来た神官の姿に三人揃って背筋を伸ばせば予想通りの言葉が聞こえてきた。


「セレナ様。準備が整いました」

「わかったわ。じゃぁ、三人とも転移陣の中に入ってもらえるかしら?」

「「「はい!」」」


 緊張からか思わず返事に力が籠るが、そんな俺達にセレナ様は柔らかく微笑む。


「神殿の転移陣は安全だからそんなに緊張しなくて大丈夫よ?」

「もし体がかけても神官様方が治癒魔法をかけてくれますから安心なさい」


 少しずれたセレナ様の慰めの言葉に、俺達の心配は違う方向だと知りながら全力で乗ってきた師匠に頬が引きつるが一拍後、あまりに変わらぬその態度に肩の力が抜けた。

 そんな俺達を見計らったように師匠はいつになく優しい笑みを浮べ、そっと俺達の背を押して転移陣の中へ導く。


「――半人前ですが三人で補い合えば大丈夫でしょう。気を付けて行ってらっしゃい」

「貴方方に神のご加護があらんことを」


 餞別の言葉を告げた師匠が転移陣から出るといつの間にか杖を握っているセレナ様が祝福を紡ぎ、俺達の体を淡い光が包む。かと思えば温かい感覚が流れ込み、纏っていた光は吸い込まれるように消えた。


「ドイルちゃんによろしくね」

「ドイル様によろしくお伝えください」


 聖女の加護という破格の対応に驚き慌てて顔を上げれば、哀愁を帯びた二つの笑みがあった。


 そりゃ、そうだよな……。


 彼女達もドイル様が心配なんだ。実の母親と実子のように見守り時に姉がわりをしながら同じ時を過ごしてきた人なのだから当然である。

 ドイル様が居ないと知った時二人はなにを思ったのか。

 セレナ様はどのような気持ちで我が子の行く末を神に問うたのか。

 師匠はどのような気持ちで俺達に修行をつけていたのか。

 叶うなら己が行きたいのだと告げる二人の表情にぎゅっと拳を握り姿勢を正した俺は、木箱と共に託されたものの重さを噛み締めながら師匠達へ応える。


「――必ず、ドイル様にお伝えします」

「「僕達にお任せください!」」


 気合十分に応えた俺達に二人が頷いたのを合図に神官達が配置につく。そして。


「【転移】」


 送られた魔力によって足元に書かれた転移陣が輝く中で神官の一人がスキルを唱えた次の瞬間、俺達はマジェスタの神殿から姿を消したのだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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