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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
206/262

第二百六話

 開け放たれた扉の向こうでは、統一感のある武具を身につけた兵士と思われる者達が、傭兵達と鍛錬場のいたるところで向かい合っていた。

 その組み合わせは一対一や複数対複数、一対複数と様々だが全体的に傭兵達の方が優勢のように見える。


 ――彼らが黒蛇か。


 ようやく対面することができた黒蛇の面々を前に、期待か緊張か喉を鳴らす。

 魔力が遮断されても、目に見える身のこなしや武器の振るい方から彼らが数多の修羅場をくぐってきたのだとわかる。そんな面々の中でも、一際目を引く男性が一人。


 ……あそこにいるのが頭領だな。


 部屋の最奥で白金の髪を揺らす後ろ姿からは、他の傭兵達とは一線を画する風格が漂っていた。

 幾人もの兵士を相手に杖を振るうその背に目を奪われつつも俺は足を踏み出し、鍛錬場の敷居を跨ぐ。時同じくして室内に渦巻く魔力が肌を撫で、中にいた人々の濃密な気配がヒシヒシと伝わってきた。それは黒蛇の面々にとっても同じだったようで、俺の魔力を感知した者が一人また一人とこちらへ目を向ける。

 そんな傭兵達の変化に、相手をしてもらっていた兵士達も手を止め俺を見た。


「どうされましたか?」

「おい。スムバ様と一緒にいるのは誰だ?」


 兵士や傭兵達の間に戦いの喧騒とは違うざわめきが広まると共に増える視線の中、この鍛錬場内で最も魔力量が高い最奥の男性目指して足を進めれば、シオンとすれ違う。その際、シオンは笑みを浮べながら俺が目指している白金の髪の男性を指さしていたので、最奥に立つ彼が【古の蛇】の頭領で間違いないようだ。


「なに突っ立ってやがる! この程度の魔力で動揺してたら早死にすんぞ」


 そう告げる声は父上と同じか、それよりも若いかもしれない。しかし相手していた兵士達を容赦なく杖で殴り倒したあとやれやれとため息を吐くその動作は、なんだか年寄り臭かった。

 張りのある声に見合わない動作に警戒を深めつつ、俺はいまだ振り返らぬ頭領へ一歩一歩近づいていく。そんな俺を鍛錬場内に居る者達が固唾を呑んで見守っていた。

 多くの視線を感じる中いつ襲われてもいいように剣の柄に手をかけながら進めば、もう少しで間合いに入るといったところで頭領はゆっくり振り返った。そして。


「――ったく。折角相手してやってんのに気を抜きやがって……。で? 悪くない魔力だが、どこのどいつが俺の邪魔しにぃ!?」


 振り返った頭領は俺の姿を捉えた瞬間、深緑の目をカッと見開くとこちらに杖を向けながら叫んだ。


「な、なぜ、貴様がここにいる!」


 驚きか怒りか動揺か顔を赤く染めて唇を戦慄かせている所為で、男盛りだろう頭領の美貌は台無しである。ちなみに、頭領の見た目は三十代といった感じなのだが、リエスと同じ尖った耳から考えるに三百歳は確実に超えていると思われる。


 ――とまぁ、現実逃避はこのくらいにしておかないとヤバいな。


 向けられた杖とそこに込められた魔力を警戒して、俺は剣の柄を握る手に力を籠める。

 頭領がエルフという事実に衝撃を受けたが、それならばフォルトレイス王家との深い繋がりがあってもおかしくないなと納得だ。エルフの能力を思えば重用するのもわかるし、その長い寿命を思えば祖父や曾祖父の時代から繋がりがあってもおかしくないからな。【古の蛇】という大規模な傭兵団をまとめ上げるには、もってこいの人材だろう。

 敵対するには最悪だけどな、と胸中で悪態を吐きつつ俺は頭領と対峙する。


「答えろ! 貴様、一体どうやって城に入った!?」


 憤りが滲む頭領の言葉に、俺はどう応えるべきか逡巡する。杖に込められた魔力からいって、返答を誤ればヤラレル。

 こんな緊張感はいつぶりだろうか、などと考えながら見つめ合うこと数秒か数分か。見つめるというよりも睨んでいるという表現が正しい深緑の瞳が動いたかと思えば、なにかを見つけたのか鋭さを増す。


「スムバ! シオン! お前達、俺を謀ったな!」


 俺に杖を突きつけたまま頭領がそう叫ぶと背後で人が動く気配がし、数拍後二つの足音が近づいて来る。そうして聞き覚えのある声が二つ、静まり返った鍛錬場内に響いた。


「それは心外だぜ、頭領。俺はなにもしてない。しいてあげるなら、鍛錬場に入ってきた若様に誰が頭領か教えたくらいだ」

「俺はフォルトレイスの王族として動いただけだ」


 二人の言い分にさらに目じりを上げた頭領は、厳しい口調でスムバ殿に問う。


「フォルトレイスにとってはその餓鬼の方に価値があるというのか!」

「そういわれると困るのだが……。聞いた話によると強固に反対しているのは頭領である貴殿だけだそうじゃないか。それなのに、その言い方は少し狡いのではないか? まるで【古の蛇】の総意のように聞こえる」


 スムバ殿からの指摘にグッと言葉を詰まらせた頭領は、鋭い眼差しをシオンへ向けた。


「シオン!」

「――いやいや。故意に喋ったわけじゃねぇよ? スムバに乗せられてつい口が滑ったっていうか! それに若様を城に招待したのは俺やスムバじゃない。リエスっていうエルフのお嬢さんだ! そうだろ? 若様」

「あ、ああ」


 必死そうなシオンに同意を求められたので頷けば、そこで初めて頭領の顔に焦りが浮かんだ。


「リエスだと!? では、ま「そのまさかですよ、兄さん」」


 リエスの名を聞いてサッと顔色を変えた頭領が再び唇を戦慄かせた瞬間、少し高めの声が鍛錬場内に響く。と同時に、俺の両脇にいたシオンとスムバ殿があからさまに安堵の息を吐いた。


「遅いって、副頭領」

「待ちわびたぞ、スコラ殿」

「それは申し訳ありませんね」


 謝罪する声の主に安心したように肩の力を抜く二人と異なり、頭領の顔色はどんどん悪くなっていく。やがて彼は逃げ場を探すかのように目を走らせるが、周囲の者達はそんな頭領と目を合わさないように、サッと視線を逸らした。


「お、お前達!」


 先の威圧感は何処へやら。頭領は皆から目を逸らされ悲しみに満ちた表情を浮べた。どうやら、頭領改めムスケ殿は妹君に頭が上がらないらしい。


 ――リエスの伯父と伯母が【古の蛇】の頭領と副頭領だったとはな。


 想像もしなかった結果に目を瞬かせつつ、俺は剣の柄からそっと手を離す。何がどうなっているのかわからない点は多いが、あからさまに狼狽えて魔力を霧散させたムスケ殿と周囲の様子を見る限りこの場は収まったのだろう。

 どうやらなんらかの理由で俺に会いたくなかった頭領が、周囲に口止めしてフォルトレイスの王家に【古の蛇】の総意として俺を城に近づけないよう要請しており、それを妹のスコラ殿は知らなかったようだが、一体どのような事情があるのやら。


 ……まぁ、それはこれからわかるか。


 不可思議な状況を考察しつつ振り返った俺は、コツンコツンと近づいて来る足音の主へ目を向ける。すると、リエスと彼女によく似た美女がムスケ殿の持つ杖とよく似たものを片手に、こちらへ向かってくるのが見えた。

 スコラ殿の足音と共に鍛錬場内の緊張が高まりゆく中、その少し後ろを歩いていたリエスと目が合えば彼女は場違いな声で俺に語り返る。


「ルイドが協力を仰ぎたいと言っていた相手は伯父上だったのだな。確かに伯父上がおられれば心強い」


 この状況をどこまで理解しているのか知らないが、リエスの無邪気なその称賛の言葉にムスケ殿が「うっ」と呻いているのを横目に見てしまい、俺も返答に詰まる。


「ああ、まぁ、そうなのだが……」

「なにか問題でも?」

「……これから問題があるかどうか伺おうとしていたところだ」


 全幅の信頼を置いているのが見て取れるリエスに、伯父上に散々拒否されていたとはなんだか言い辛くて言葉を濁す。

 そんな俺達のやり取りを見ていたスコラ殿は、これみよがしに大きなため息を吐くと兄へ語りかけた。


「兄さん。意地悪した相手に庇われる気分はいかがかですか?」

「べ、別にそんなこと頼んでは――」

「頼んではないから知らないと? ――ねぇ兄さん。私達今年で何歳になるか覚えてますか? 三〇六歳ですよ? 今年十七歳になる彼のおおよそ十八倍、細かく言えば二百八十九歳も年上なんですよ? それなのにみっともないとは思わないのですか? 私は恥ずかしくてたまりませんよ。エルフでいえばまだ赤子といっても過言ではない年の子にムキになってつっかかって。そもそも黒蛇の子達やフォルトレイスの方々まで巻き込んで避けるなんて男らしくない。兄さんが何を想ってアメリアの孫を突っぱねようとしたのかはなんとなく察しがつきますけどね。こんなに一生懸命な子に理由を語ることもせずましてや顔を会せないように逃亡を図るなどいい歳したエルフとしてどうなんですかね? それに【古の蛇】を束ねる頭領としても此度の対応はどうかと私は思うのですがそこのところどのようにお考えですか? 兄さん」


 ほとんど息継ぎなく言い切ったスコラ殿に、鍛錬場の空気がグッと下がる。また同時にムスケ殿の顔色もさらに悪くなった。

 心を抉る正論を笑顔で締めたスコラ殿に、俺はなんとなくこの場に居ないセルリー様を思い出す。黒蛇の面々が先ほどから俯き、頑なに彼女と目を合わせようとしないあたり、抱いた印象はあながち間違いではないのだろう。

 周囲の態度にそんなことを考えていたその時、俺は引っ掛かりを覚えスコラ殿の言葉を思い返す。そして、この地では聞くはずのない名を告げられたことに気が付く。


 ……今、俺を見て『アメリアの孫』と言わなかったか?


 怒涛の非難に危うく聞き流しそうになったが、スコラ殿は確かに俺を見て『アメリアの孫』と口にした。

 もしかして、二人はお婆様のことを知っているのか? 

 そんな疑問を抱くと同時に、俺の脳裏にお婆様が残した赤い日記が浮かぶ。


「――そうだったのか」

「ん?」

「どうした若様」


 思わず零れた呟きにリエスとシオンが反応するが、俺は返事することなく未だ言い合うムスケ殿とスコラ殿の元に一歩また一歩と足を進める。

 戦況や戦うことへの苦悩が鮮明に綴られていた赤い日記の中、時折書かれていた仲間達と過ごした心休まる時間。些細な諍いや仲間達から聞いた知識を忘れぬよう書きとめた字はとても丁寧に書かれており、その時間がお婆様にとって大切なものだったことが感じられて、とても印象的だった。

 優しい筆記で書かれていた穏やかな時間を思い出しながら二人の前に立てば会話が止み、二つの視線が俺へと向けられる。まさかこの状況で俺が自ら近寄ってくるとは思わなかったのか虚を突かれたような表情を浮べる二人は、お婆様も書いていた通りそっくりだ。


「――ムスケ殿、スコラ殿」

「ぁあ? いまはと「なんでしょう?」」


 片眉を吊り上げるムスケ殿の言葉を遮って応えたスコラ殿に小さく苦笑しつつ、俺は確信をもって二人へ問いかける。


「大戦時、アメリアお婆様やゼノお爺様と共に戦われた双子のエルフとは、お二人のことではありませんか?」


 その言葉に目を丸くした二人を見た俺は、やっぱりなと心の中で呟く。

 ムスケとスコラ。リエスがその名を告げた時から、ずっとどこかで聞いた気がすると思っていたが、俺は耳にしたのではなくお婆様の日記で見ていたのだ。道理ですぐに思い出せないはずである。なにせ会ったことはなく、容姿も知らなかったのだから。

 しかし種族的に人数が少ないエルフ、しかも同姓同名の双子など滅多にいない。お婆様の日記に登場していた双子のエルフは、目の前の二人で間違いないだろう。

 そんな俺の予想を肯定するかのように、驚きから抜け出したムスケ殿は苦々しい顔で舌打ちし、スコラ殿は嬉しそうに頷いた。


「チッ!」

「ええ。そうですよ」


 これまでの対応を考えれば、まぁ想像出来た反応である。しかし、それにしてもだ。


 ……なぜムスケ殿はこんなにも不快そうなんだ?


 生れてから一度も会ったことのない、たかが知り合いの孫を手放しで歓迎してくれるとは思わないが、ここまで嫌悪される謂われもないのではなかろうか。

 日記を読んだ印象だとムスケ殿はセルリー様に並々ならぬ敵対心を抱いていたようだが、お婆様とはスコラ殿と共に親しくしていたようだし、お爺様やセバスとも悪い関係ではなかった。もちろん俺は二人と初対面だし、シオンや炎蛇との関係もまずまず、また【古の蛇】と問題を起こした覚えもない。

 一体なにがムスケ殿の勘に障ってしまったのかと必死に考えていたその時、不機嫌そうなムスケ殿をよそに朗らかな笑みを携えたスコラ殿が俺へ語りかけてきた。


「アメリアから私達の話を聞いたことがあるのですか?」


 嬉しそうなスコラ殿にティエーラの姿が重なり、小さく息を呑む。世界をまたにかける傭兵団の副頭領がお婆様の死を知らないはずはないと思うが、不用意な発言で傷つけたり怒りを買うわけにはいかない。俺は昔話をしに来たのではなく、交渉しに来たのだから。


「……いえ。お婆様は俺が生まれる前に亡くなっているので直接は。しかしお婆様が子孫の役に立てばと残してくれた日記の中に、お二人の名は何度も書かれていました。頼りになる仲間であり、大切な友人として」


 慎重に言葉を選びながらそう口にすれば、当時のことを思い出したのか二人の顔に懐かしや喜び、悔恨や怒りなど様々な感情が浮かび、消えていく。

 セルリー様と同じように、ムスケ殿やスコラ殿の中にも未だ消せぬ想いがあるのだろう。思い出に浸る二人と対峙する俺に、周囲からもの言いたげな表情が向けられるが、それらに反応することなくジッとムスケ殿とスコラ殿を見守った。

 そうして長いような短いような時間が経った頃、静まり返った鍛錬場内に衣擦れの音が響く。


「兄さん」

「………………好きにすればいいだろう」


 スコラ殿の呼び掛けに、たっぷりの間を空けてムスケ殿が応えた。拗ねているような悔しいような表情を浮べる兄に苦笑しつつも許可を得たスコラ殿は、心配そうに見守る周囲を安心させるように笑み浮かべてグルッと見渡すと、最後に俺へ目を向ける。そして。


「――少し、昔話をしましょう」


 郷愁を湛えた笑みを浮かべて、そう言った。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

また、誤字脱字のご指摘や感想をくださった皆様方、誠にありがとうございました。感想等への返信はお休みさせていただいておりますが、ありがたく拝見しております。

まだまだ未熟な部分が多い小説ですので、これからもご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。


厳しい寒さが続いておりますので、お身体にお気を付けて良き新年をお迎えくださいませ。来年もよろしくお願い致します。




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