第百九十八話
御無沙汰しております。
百九十八話の投稿に伴い、百九十五・百九十六・百九十七話の内容を所々書き直させていただきました(ドイルの偽名の使用等)。お時間のある時にでも、お目を通していただけますと幸いです。
「――盗賊との戦闘にご助力いただき、誠にありがとうございました!」
「「ありがとうございました」」
フォルトレイスの中心部からほど近い場所に建てられとある料理店の一室に、礼を告げる商人達の声が響き渡る。
最初に声を上げたのは昼間に助けた商隊の主、ポリオ・パニーア。彼は商業都市ハンデルに本店を構えるそこそこ名の知れた商人で、隣に座るメランという白髪交じりの男とは従弟、その隣に座る人のよさそうな青年キオノスは娘婿という間柄らしい。
三人ともハンデルで生まれ育った生粋の商人らしく、戦いとは無縁そうな綺麗な手をしており、五十歳は越えているだろうポリオとメランは裕福な生活を想像させるふくよかな体型をしていた。
身に着けている宝飾品のいくつかからは魔力を感じるので、それぞれなんらかの魔道具を所持している。しかし彼らは、自身が武器を持って戦うことなど想像したことなどないだろう。三人とも荒事とは無縁な雰囲気が滲み出ている。
しかし商業国家でそれなりに名が知られている商家の者というだけあって、対応にそつがない。三人とも目が合えば警戒心とは無縁そうな柔らかい笑みを浮べるし、俺達や傭兵四人組のグラスや取り皿が完全に空く前に必ず声をかけている。
――ハンデルで生き残っているだけあるな。
商人達の手腕を観察しながら、王都までの道すがらポリオ達から聞いた情報を思い出す。
パニーア商会はポリオの祖父が起こしたもので、主に建築資材などを取り扱っている。有名建築家や大工との繋がりが深く、その人脈と資材確保の実績から納期の厳守や特殊な構造の建物を建てたいという客に人気な商会なのだそうだ。フォルトレイスの増築や改造にも一枚噛んでいるらしく、俺が最近買い取り所を騒がせている「銀髪紫眼のお坊ちゃま」だと気がつくや否や、それとなくこの地の上層部に繋がる伝手もあるとアピールしてくるくらいには商魂逞しい者達である。
エルフや盗賊団の件は気になるが、フォルトレイスの上層部に繋がる伝手がある点、それから上昇志向が高い性格は大変好ましい。宿に戻り次第ポリオ達にやましいところがないか調べるとして、一先ずこの縁は繋いでおいた方がいいだろうというのが俺達の結論だった。それ故、現在こうして夕食を御馳走になっているというわけだ。
「――命のお礼というには安いのですが、お食事代は我々パニーア商会が払いますので皆様どうぞお好きなだけご注文下さい」
ポリオの威勢のいい声が室内に響く。しかし卓上にはすでに隙間なく料理と酒などの飲み物が用意されており、気風の良さを示すポリオの宣言に護衛を請け負っていた傭兵四人組からは驚きと喜びの声が上がった。
「まじか」
「やったすね、隊長! 飲み放題みたいですよ」
キオノスの横に座っていた隊長カネルと隣の曲刀を携えた青年ヒューゴがそう言って嬉しそうに酒瓶へ手を伸ばす。そんな二人の向かい側では魔術師の女性シェニーと弓使いの男アルクが感嘆の息を零しながら小声で話していた。
「恋人に連れて来てもらうのが夢だったのに、こんな形でここの料理を味わうことになるなんて……複雑な気分だわ」
「ここに恋人と来るには相当稼いでる男捕まえないと無理だろ。シェニーにはきび「今、なにか言った? アルク」」
「い、いや。なにも……」
キッと鋭い視線で睨んでいるシェニーや、しどろもどろになっているアルクが口にしていた内容から察するに、この料理店はそれなりに名が知れた高級店なのだろう。落ち着いた雰囲気が漂う室内は日が暮れてすっかり暗くなった外とは対照的に、数多の魔道具で明るく照らされており、机や椅子を筆頭に品の良い調度品で飾られている。
――この一室は、貴族の来店に備えて用意されたものだな。
豪華な一室に傭兵四人組と俺達は招かれ、盗賊を撃退してくれたお礼にと夕食をごちそうになっているわけだが、この対応を過剰と取るか相応ととるか微妙なところである。
傭兵四人組は新参者である俺達でさえ名を聞いたことがあるくらいの実力者達だ。今後もポリオ達がフォルトレイスでの商売を予定しているのならば、丁寧な対応をしておいても損はない。
しかし席順はポリオ、メラン、キオノス、隊長のカネル、ヒューゴと並び、向かい合う形で俺、リヒターさん、ユリア、シェニー、アルクとなっている。つまり俺がポリオの正面、場所的には上座とされる位置にいるのだ。
「さぁさぁ。ルイド様達もどうぞ召し上がってください」
そして極めつけがこの様付け。
「ありがとうございます」
差し出された酒を断ることなくグラスに注いでもらえば、隣に座るリヒターさんとその奥にいるユリアにも同様に、向かい側に座るメランとキオノスが酒を注いでいく。
「リヒター殿もどうぞ」
「すみません。メラン殿」
「ユリア殿はこちらの果実を漬け込んだ酒などいかがですが? 飲みやすくハンデルの女性にも人気の品なんですよ」
「ではそちらでお願いします」
「畏まりました。新しいグラスでお持ちしますね」
キオノスが新しいグラスを用意するため席を立つ。
その様子を横目に眺めながら、俺は現状について思案する。一応、フォルトレイスでの俺は『若く優秀であるが故に少し傲慢なお坊ちゃま』という設定で、リヒターさんとユリアは従者の体で過ごしてきた。耳聡い商人ならば俺達のそんな噂も知っている可能性は高いが、ただのお坊ちゃんにこの対応は破格すぎる。
そんなことを考えながら、注がれた酒を口にする。料理の質も悪くなく、何品かの料理にはペリュトンなどの高級食材が使われ、今しがた飲んでいる酒の喉越しもいい。立地や店内の装飾、使われている食材、接客から考えるに店の格は中の上、伯爵家が利用するかどうかは微妙といったところだ。
最高級とは言えないが、商人や平民が使うならば相当贅沢な店である。たまたま予約が空いていたとはいえ、そんな店で急遽これだけの人数をもてなせるとなるとこのポリオという商人は常日頃からこの店を使っている裕福な上客、つまりフォルトレイス内でそれなりの相手と交渉を重ねてきた可能性が高く、人脈に期待できる。上層部に繋がる伝手があるというのも嘘ではないのだろう。喜ばしいことだ。
しかし、道中での俺への売り込み、店のチョイス、席順、リヒターさんとユリアにまで至る丁寧な気遣い、口調こそ親し気なものの、ポリオ達の行動が明らかに貴族へ対するものであるのが気にかかる。パニーア商会が王城への大きな足掛かりになるのは間違いなく、そんな商人達に貴族だと思われているのならばやりやすいのは確かだが……。
……どこで貴族だと確信されたんだ?
パニーア商会について調べたあと、それとなく貴族であることを明かして便宜を図ってもらう予定だったのだが、これは一体どういうことなのか。旅の衣服や代わりの武器はルツェ達にも確認したのでおかしな点はないはずなのだがなぜ、と胸中で首を傾げていると、カタンと椅子が動いた音が響き、次いで窺うような声色が耳を打つ。
「――やはりこの程度の店ではルイド様の御眼鏡には適いませんでしたか?」
投げかけられたその言葉に思考を中断して正面へ座る人物へ目を向ければ、ポリオは手を揉みながら困ったように眉を下げ苦笑していた。その表情に悪意はなく、ただただどう対応すればよいか困っているという雰囲気を感じたものの、ポリオの確信に満ちた言葉が気にかかった俺はサッとリヒターさんと視線を交わす。
――なぜ貴族だと確信されたんでしょう?
――わかりません。念のためカマをかけてみては?
瞬き一つの間にそんな会話を目で交わした俺はリヒターさんの提案に小さく頷き、含みをもたせた言葉を口にしながらポリオの一挙一動をつぶさに観察する。
「いえ。今の俺には身に余る名店かと」
一般的な謙遜の言葉だが、俺の正体を知っているなら『今の』という点に関して何らかの反応が見込めるだろうし、どこかの貴族だと思っているだけだとしてもこれだけ意味深な言い方をすれば身の上話を聞いてくる。そこから上手く、ポリオ達が確信した理由へ話を持っていけばいい。
話の展開を想像しつつ、微かな反応も見逃さないよう注意深くポリオを観察していると、彼は若干明るくなった表情で再度尋ねてきた。
「本当ですか? なにかご不快な点はございませんか?」
「これほどもてなしていただいて不満などありませんよ」
ポリオの顔に滲む不安を払拭するよう、渾身の笑みを浮べて即答する。
するとようやく安堵したのか、小さく息を吐くと肩の力を抜き、ポリオは己のグラスへと手を伸ばした。そしてグビっと音が聞こえそうなほど豪快に喉を潤したかと思えば、今日一番の笑みを見せる。
「ご満足いただけたなら、頑張ってこの部屋を押さえた甲斐がありました。不幸中の幸いとばかりに最近お噂のルイド様と縁を結ぶ機会を得たというのに、反応が芳しくなかったのでお気に召されなかったのかと内心冷や冷やしっぱなしで……なぁ? メラン」
「ええ。ハンデルでも数少ない高級荷馬車を見ても気に留めないかと思えば、お三方が乗られているのは、急な納品用に我が家が育てている駿馬など足元に及ばない素晴らしい名馬。その上、ルイド様が持つ両手剣もどこかのドワーフの名工が作っただろう逸品。お三方の関係も耳にしておりましたので、これはどこかの貴族様かもしれないと慌ててこの部屋を手配したのですが……」
「ハンデルでもこれだけの数の魔道具で照らされた部屋を持つ料理店は、数えるほどしかありません。しかしルイド様方はさしたる驚きもないご様でしたので、これは想像以上に高貴な方々なのではと戦々恐々としておりました」
隣のメランにトクトクと酒を注いでもらいながら告げられたポリオの言葉に、ピシッと固まりかけたが、気合で踏みとどまり微笑む。そうして動揺したことを誤魔化しつつ、心の中でこれまでの行動を深く反省した。
なるほど……言われてみればたしかに、彼らの荷馬車は速かった。それに火が一般的な光源として使われる中、光球を浮かべる魔道具は珍しいものだよな。並べられた料理や酒も上質なものばかりだし……。
室内の調度品などから店の格を考察するよりもまず、傭兵四人組のように驚き喜ばなければなかったことに気が付き、心の中で苦虫を噛み潰す。
どこかの裕福なお坊ちゃんを装うのならば、珍しい荷馬車や高価な部屋に興味を示すか、下にも置かない対応にもっとはしゃぐべきだったのだろう。今回は貴族だと露見してもそれほど問題ない相手だったからよかったが、身分を隠して旅をするならそういった細かい反応まで気を配らなくてはいけない。
入店からこれまでまったく驚きを見せなかったことから、ポリオ達は俺が低く見積もっても伯爵位以上の家の出だと確信している。故にユリアやリヒターさんにまで、やけに丁寧な対応をしていたのだ。高位貴族の付き人は分家や下位貴族の子弟である可能性が高いからな。万が一の場合も視野に入れて、二人にも失礼のないよう丁重な対応を心がけていたのであろう。納得である。
「ゴホッ!?」
「げ」
「……」
「おい。席を動かすなよ、シェニー」
これまでの会話で俺達が貴族、しかも恐らく高位の部類だと理解した傭兵四人組が噎せたり、青ざめたり、席をそっと離したり、小声で窘めたりと様々な反応を見せる。そんな中、俺は改めてポリオと向き合った。
「お気を遣わせてしまったようで、申し訳ございません」
心からの言葉である。様々な気遣いはもちろんのこと、こちらが身分を偽るためにした設定に合わせるために敬称を用いつつも必死に親しげな口調で話していたのだと思うと、大変申し訳なく思ったからだ。
「とんでもございません!」
俺が二人の考察を否定しなかったことで安心したのか、それとも商機があると踏んだのか、ポリオが饒舌に語り出す。
「たしかにお気分を害してしまったのではという不安は常にございました。しかし我々からしてみれば、命と積み荷を守っていただいたばかりか、平素ならば尊顔を拝見するのも難しいだろう方々とご縁を持つことができたのではないかという感謝と期待の方が大きく。今この時も、本日のこの出会いをこれからに繋げることができたらと心から願っております!」
僅かに身を乗り出し話すポリオの姿は商売に対する熱心さを窺わせる。そんな彼の勢いに思わず苦笑していると、リヒターさんが酒の入ったグラスを口元に寄せながら小声で呟いた。
「商機を感じ取ったハンデルの商人は先行投資を躊躇しません。今後を見据えて少々餌を与えておくのも悪くないかと」
後々する予定の『お願い』も快く聞いてくれるのでは? という言外の言葉もしっかり聞き取った俺は小さく頷く。
パニーア商会の裏が取れないうちは、言葉や物証を用いて身分を明かすのは避けた方がいい。とすると……。
そうして少しの間、思案した俺は【上位貴族の気品】を使いながらポリオへ目を向ける。次いでより高貴な雰囲気を演出すべく、わざとゆったりした動作で腕を上げて机の上で両手を組み、上品に微笑んでみせた。
「ぜひ。この地は祖国とは勝手が違いますから、パニーア商会のようにフォルトレイスの方々と友好的な関係を築かれている商家の方々と知り合えたことは、俺としても幸いです」
穏やかに語りかければ、スキル効果と相まって室内を静寂が包む。そして一拍後、そこかしこから感嘆の息を吐く音が聞こえてきた。
些細な動作だが、上手く高貴さをアピールできたらしい。その証拠に、パニーア商会の面々の目の色が変わり、部屋の雰囲気も真剣味を帯びたものになった。
「祖国を離れての生活はなにかと不便でしょう。ハンデルは商業国家の名に恥じず食品、宝飾、薬、素材、人手、なんでも手に入ります故、お求めの品がございましたらなんなりとお申し付けください」
「リヒター殿やユリア殿も遠慮せず仰ってくださいね」
「男に申し付けにくいものなどは書き留めていただければ、ハンデルにいる女性従業員に用意させますので」
ポリオ、メラン、キオノスの流れるような売り込みから、彼らがしっかり喰いついたのを確信した俺は胸中でほくそ笑む。次いでチラリと傭兵四人組を盗み見ればいい感じに緊張してくれているらしく、明らかに食事のペースが落ちていた。
恐らく彼らはこの席から帰ったあと、俺達から不本意な恨みを買わぬよう家族や顔馴染みの傭兵達に今日のことをそれとなく伝えてくれるだろう。そしてその噂は、やがて上層部の耳にも届く。
パニーア商会の裏がとんでもないもので彼らの人脈を使えなくても、傭兵達の噂話は上層部が興味を持って動くきっかけになるだろう。
「ルイド様。次のお飲み物はいかがいたしますか?」
「同じものをいただけますか」
「畏まりました」
目ざとく声をかけてきたポリオにそう応えれば、彼はいそいそと立ち上がり先ほどの酒瓶を手に取る。そんな彼の熱意と、商人達が給仕の代わりにせっせと動く姿を黙って受け入れている傭兵四人組の様子に悪くない手ごたえを感じた俺は、グラスを口元に寄せながらそっと口端を上げる。
――近いうちに城へ行けそうだな。
確信に近いそんな予感に期待を抱きつつ、俺はポリオにグラスを差し出すため残っていた酒をグッと呑み干したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また更新を停止中にコメントやメッセージをくださった皆様、本当にありがとうございました。
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不定期更新のためご迷惑をおかけしておりますが、今後もお付き合いのほど何卒よろしくお願い致します。




