第百九十五話
11/3日に少し内容を書き直させていただきました。
広大な平原にある小高い丘。
その天辺へ立った俺は両手を組んで上にグッと体を伸ばしたあと、ゆっくりと息を吐き出す。そうして一息ついたあと見上げた空は快晴で、柔らかく降り注ぐ陽の光と爽やかな草の香りが春の盛りを実感させた。
エピス学園を出発してから、はや一か月。
長いような短いようなその時間がもたらした状況の変化にため息を漏らしつつ、視線を落として丘からの景色を眺める。ほどなくして目に留まったのは、陽光を浴びて輝く要塞都市フォルトレイスの王城だった。
これほど遠くへ来るとは、想像もしなかったな……。
マジェスタに残してきた面々を思い浮かべながら、苦笑する。
グレイ様やクレアに別れを告げ、再会を約束した舞踏会から春先までの数か月間、俺はバラドやルツェ達にジン、それから土人形を動かす為に学園へ留まることになったティエーラへ不在中のことを頼んだり、新たなスキルの習得や旅支度に費やした。
そうして訪れた、雪解けの季節。
皆のお蔭で後顧の憂いがなくなった俺は、卒業するレオ先輩やリェチ先輩達を見送ったあと新入生の入学を待たずしてエピス学園を出発。ユリアから教わった【偽装】という己の魔力で覆って見た目を偽るスキルを使ってブランを目立つ白馬から栗毛に、自身の髪と目の色も変えることで無事出国を果たした俺は、リヒターさんと合流すべく商業国家ハンデルへと向かった。
目的はシオンやペイル殿と交渉し、黒蛇の面々を紹介してもらうことだった。
詳しい人数は定かではないが、ペイル殿が率いる炎蛇だけで五十人前後はいる。同じ規模の実働隊である水蛇、諜報も兼ねた風蛇、拠点整備などを行う土蛇、医療部隊である白蛇、本隊の黒蛇。ざっと考えて【古の蛇】に所属している傭兵は、二百五十~三百人程度はいると思われる。
戦いのプロがそれだけいれば、戦争へ乱入することだって可能だ。そして現在、それらの人員は様々な国に散って活動しているというのだ。これほどありがたい話はない。
各地にいる【古の蛇】を総動員できれば、マリスやゼノスを発見できる確率は確実に上がる。それ故、俺は【古の蛇】の本体である黒蛇を探していたというわけだ。
しかし、事態はそう上手く運ばず。
部隊長であるペイル殿や黒蛇の者達と縁深そうなシオン、それからリヒターさん達が得たという黒蛇の情報を求め、夜通しブランを走らせること五日。俺達は無事ハンデルへ到着し、リヒターさんや炎蛇の面々と合流したのだが、そこにシオンの姿はなかった。
どういうことだ、と焦る胸中を隠してペイル殿に事の次第を問えば、【古の蛇】の本体である黒蛇から招集がかかったのだという。一足遅かったことを嘆きつつ、シオンが呼び出された理由や行き先を尋ねてみたが、彼女は『内輪の話よ』という言葉と艶やかな笑みで拒絶の意を示しただけだった。もちろん、黒蛇への紹介も断られた。
無理を押し通して部隊長である彼女の心証を悪くするのは得策ではないためその場は大人しく引き下がるしかなかったが、俺にはまだ希望があった。機転を利かせたリヒターさんが部下達にシオンを追わせていたらしく、黒蛇の根城はフォルトレイスにあるようだという報告を受けていたからだ。
そのため俺はシオンやペイル殿からの紹介は早々と諦め、黒蛇の面々と直接交渉するべく翌日の昼にはリヒターさんやユリアと共にハンデルを出国。アグリクルトを抜けるまでは冒険者や傭兵のように魔獣を狩ることで人目を誤魔化しつつ、要塞都市フォルトレイスへ向かって進んだ。
そして到着したのが、今から十五日ほど前のことである。
これまでのことを振り返りつつ、俺は辺りを飛び交う風の精霊達へ話しかける。
「――周辺の状況が知りたいんだ。悪いが、少し力を貸してもらえないだろうか?」
そう声をかければ、辺りを飛び交っていた風の精霊達が「任せて!」と得意げな笑みを浮べて、その力を惜しげもなく振るってくれる。精霊達が様々な方角から風を手繰り寄せる光景を眺めながら、俺はこの場に居ないラファールとアルヴィオーネに心の中で感謝の言葉を送った。
初めて訪れた地を探検したいということで別行動中の彼女達は、俺の側を離れるにあたり周辺に住まう精霊達に声をかけていってくれた。そのお陰でこの辺りを住処にしている精霊達はおおむね好意的で、二人の代わりに力を貸してくれたりもする。
――北に魔獣の群れが――、今日は調子が――、あと少しで王都に着く――。
精霊達が風を運んでくれる度に耳へ流れ込んでくる冒険者達の雑談や魔獣との戦闘音、馬の足音に続く商隊らしき馬車の車輪や商品だろう木材同士がぶつかり合う音、傭兵が身に着けている鎧や武器がこすれ合う微かな音へしばしの間、耳を傾ける。
マジェスタとは大違いだな……。
次々と運ばれてくる会話や雑音、それから目の前に広がる景色にそんな感想を抱く。
丘の周りには地面と緑がまだら模様を描く平原が広がり、少し離れた右側には透明度の高い湖と雑木林が見え、多くの冒険者や傭兵達が稼ぐために魔獣を狩り歩いている。そしてその奥には城塞国家フォルトレイスが聳え立つ。
平原や点在する雑木林を含めれば広い領土を持ちながら、王都以外の町が存在しない国。国内唯一の居住区にして巨大な要塞である王都は、王城である塔を中心に堅牢な石造りの建物が数多も繋がり積み重なり、遠くから見ると小さい岩山のようでどこかものものしい。そんな王都全体を、深く幅広な堀と高く強固な城壁が囲んでいるのは人間や他種族と戦うことを念頭に建造されているためだろう。一際背の高い王城は物見台の役割も兼ねているらしく、円形の屋上の縁に沿う形で武装した兵士が等間隔に立ち、周囲を警戒しているのがここからでも見てとれた。
これが、人間が支配する地の最先端と呼ばれる国……。
フォルトレイスを超えた先には様々な動物の特性を持つ獣人に、蛇人や龍人と呼ばれる鱗を纏う者達、それから魔人と呼ばれる魔力に特化した者達といった多種多様な種族が住んでおり、異なる見た目や生活習慣、文化を持つ彼らのことを俺達人間は亜人と呼んでいる。
そして、フォルトレイスは人間と亜人が境目にあり、唯一の彼らとの交流場所となっている国である。ちなみに王族が人間であるため人間の国の最前線と思われがちだが、その実フォルトレイスと亜人達の関係は他国の者が考えるよりもずっと深く、その胸中は計り知れないというのがこの国で過ごしてみた俺の感想だ。
――この国も、ここを拠点にしているという黒蛇も一筋縄ではいかないだろうな。
王城や要塞の全貌を観察しつつフォルトレイスでの日々を思い返していると、草を踏みしめ俺へと近づく気配が一つ。
「――ドイル様、水場に丁度いい獲物が来ましたよ」
革製の鎧に両手剣といった冒険者風の装備で身を固めたリヒターさんからの呼び掛けに、王城から目を逸らした俺は丘の麓へと視線を落とす。そして周辺の魔獣達の水飲み場となっている小さな池を見れば、アーマーオストリッチと呼ばれる鋼のように固い羽に覆われたダチョウのような魔獣の群れが喉を潤している姿が目に映った。
「いきますか? ドイル様」
「もちろん」
リヒターさんの言葉に威勢よく頷けば【偽装】のスキル効果により銀色に染まった前髪が視界を掠め、思わず動きを止める。
自身の手で染めておきながら、母上と同じその色に一瞬意識を奪われたことに思わず苦笑するも、即座に気を取り直して使い慣れない両手剣を抜いた。もたもたしていると、折角見つけた獲物を他の冒険者や傭兵達に取られてしまうからな。
「俺が迎撃するので、リヒターさんは取りこぼした分をお願いします。ブランは先ほどと同じように、群れの背後に回ってアーマーオストリッチを追い立ててくれ」
気合を入れ直してリヒターさんとすっかり栗毛が板についたブランへそう告げれば、頼もしい返事が聞こえてきた。
「了解です」
『お任せを!』
リヒターさんが剣を抜いた音を合図に元気よく走り出したブランは、アーマーオストリッチに気が付かれよう大きく弧を描きながら彼らの背後に向かって行く。俺はその光景を眺めながら、丘には不釣り合いな木型の魔獣の上に避難しているユリアへ声を掛けた。
「ユリア。周辺にいる傭兵や冒険者達はどうしてる?」
「ご心配しなくとも、さっき会った冒険者は剥ぎ取りの手を止めてこちらへ目を向けていますし、獲物を探していた傭兵達も足を止めてドイル様を見上げていますよ」
「それは重畳」
魔獣に襲われないよう眷属の上から周囲を警戒していたユリアの言葉に、笑みを深める。わざわざ丘の天辺に立ち、時間を潰していた甲斐があったようだ。
時同じくして、ブランの嘶き声が聞こえたかと思えば、敵に気が付いたアーマーオストリッチが次々と警戒を含んだ甲高い鳴き声を上げて走り出す。三十羽はいるだろう群れがドドドドドドッと足音を響かせながら一斉に丘へ向かって駆けてくる光景は壮観だが、恐れはない。お爺様やセルリー様に修行と称して追われる方が、色々な意味で危険で恐ろしいからな。アーマーオストリッチくらい可愛いものである。
『ドイル様~! 連れてきましたよー!』
そう叫ぶブランに追われた群れが丘の麓に近づくまで待った俺は、先頭が坂を上り始めたところで剣を握り直し、アーマーオストリッチに向かって足を踏み出した。
「では、噂になれるよう頑張ってきます」
「お気をつけて」
リヒターさんの言葉を聞きながら走り出した俺は一気に丘の中腹まで下ると、麓にいる見物客達にもよく見えるよう、大きめな土壁を出現させる。
「【土壁】!」
――クェェェー!
突然目の前に現れた土壁によって行き場を失ったアーマーオストリッチ達は、激しく鳴きながらたたらを踏み、大きな羽をばたつかせる。そんな彼らの間を縫うように移動し、群れの中心に立った俺は、ためらうことなくスキルを発動させた。
「【円舞】」
発動したスキルに合わせ円を描くように動く体と、煌く白刃。
アーマーオストリッチが一羽残らず地に沈んだのは、それから数分後のことだった――。
***
人間が住まう国々の中で最端にある要塞都市フォルトレイス。
多くの種族が入り乱れて暮らしつつも国の形を成しているここは、個々の間で起こった揉め事が種族間の問題に発展しやすいという欠点もあり、現存するすべての種族が味方であり、敵になりうるという危険を孕んだ国だ。
小競り合いが多いため、居住区が国土の一か所に密集して要塞化したという歴史を持つ。そんな土地柄故に、住まう人々の大半は傭兵やその家族、一部が武器職人や薬師、治療師などである。傭兵を生業としている者達は出稼ぎへ行く頻度が高く、様々な種族との交流を目当てにした冒険者や商人の来訪も多いため、人々の出入りが激しい国だ。
故に、要塞化した国の中に入るのは簡単だが、王城のある中心部に近づけば近づくほど警備が厳重になり、通行には厳正なる審査が必要となる。とはいえ、警備が厳重だろうとなんだろうと、入ってしまえば力づくで通れると高をくくり、王城を襲撃しようとした者は少なくないらしい。しかし、中から攻め崩そうとして成功した事例はないそうだ。
理由は簡単。住民の七割は現役の戦闘職であり、お国柄か女性や子供、老人までも戦いの心得があるからである。その上、魔法やスキルによる偽装や罠を見抜くことに長けた亜人もいるとくれば、襲撃が成功しないのは当然の結果だろう。
そんなことを考えながら、俺は周囲を行きかう人々へ目を向ける。
現在、俺が居るのはフォルトレイス内にある、狩った魔獣の品質を鑑定、査定する素材の買い取り所。その一角で俺は壁に背を預け、先ほど狩ったアーマーオストリッチを数えている職員達を待っているところだ。
「兄ちゃん、頼むからもう少し査定額上げてくれねぇ?」
「フォルトレイスの査定基準と買い取り相場は統一されているのはご存知でしょう? この額が精一杯です」
狼のような灰色の耳と尾を持つ男の願いを、紙と羽ペンを持つ人間だろう青年職員が断る。
「出稼ぎ先で武器を壊しちまって懐が寂しんだよ。頼む!」
「そうは言われましても、この品質でおまけしていたら私の給金が引かれちゃいますよ」
「そこをなんとか!」
耳を伏せ泣きつく獣人に首を横に振る人間、その隣では猫目を細め鑑定する職員と、不安そうな表情で査定結果を待つ人間の少年がおり、その背後には少年を励ます熊耳を付けた屈強な体つきの男。狩った獲物を持ち込む冒険者や傭兵、持ち込まれた魔獣の状態を確かめ査定する職員達で賑わう素材の買い取り所には、多種多様な種族が入り乱れていた。
しかし国民とよそ者の間には明確な線引きがあるようで、注目を集めてはいるものの俺の側には職員以外寄ってこない。
「今日はアーマーオストリッチを三十二羽。それもすべて首を一閃ですか……」
「嘴や爪、羽も大変綺麗な状態ですね」
「これは商人や職人達に高く売れる。買い取り値に色を付けても問題ないだろう」
ずらりと並べられたアーマーオストリッチを眺め、呆れとも感嘆ともつかない声で呟く責任者と査定に夢中な職員達を無視して、俺は己の要求を述べる。
「査定にはどれぐらいかかります? 近くの店に仲間達を待たせているので、時間がかかるようなら先に食事してきたいのですが」
言葉と態度で鑑定額などどうでもいい、この程度の魔獣を狩るのは俺にとって容易いことなのだと示せば、遠巻きにアーマーオストリッチを見ていた商人達から感心や好意的な声が上がる。その一方で、近くで査定を受けていた冒険者や傭兵達からは、舌打ちや値踏みする視線が寄せられた。
平穏とは言いがたい周囲の状況を見渡した買い取り所の責任者、レヴィ・メーアは大きなため息を吐く。そして俺へ目を向けると、番号が彫られた木制の札を懐から取り出した。
「……半刻いただければ終わりますので、それ以降に。ご存じのとおり夜中でも対応いたしますので、お好きな時間に受け取りにきてください」
手元の紙へ彫られていた番号を写したレヴィは、よそ者に行われるはずの説明を省いて木札を差し出した。俺が買い取り所に顔を出すようになってから十日ほどしか経っていないのだが、連日大量の魔獣を高品質な状態で持ち込んでいる甲斐あって顔を覚えられているらしい。
――予定通りでなによりだ。
責任者自ら対応してくれるほど目を付けられている状況に心の中で喜ぶと同時に壁から背を離した俺は、青い鱗に覆われた指が持つ木札に手を伸ばす。竜人だというレヴィの指先は冷たく、近づけば彼が纏う濃密な魔力に肌が粟立つが、そんなことはおくびにも出さずに木札を受け取り、ぞんざいに亜空間へ投げ込む。
金策に悪戦苦闘している者達から見れば腹立たしい態度だろうが、ここでの俺は『若く優秀であるが故に少し傲慢なお坊ちゃま』なので問題ない。
「では食事をとったらまた来ます」
「お待ちしております」
そう言いながら丁寧に腰を折ったレヴィはゆっくり顔を上げる。そして、立ち去ろうとする俺の偽名を口にして呼び留めると、流れるような動作で顔を寄せて囁いた。
「――ルイド様。あまり派手に稼ぐとよからぬ噂を生みますので、ご注意ください。土地柄か皆、火種になりそうな者達には敏感ですし、迅速な解決を求め王家が動く場合も少なくありません」
俺にだけ聞こえるよう耳元でそっと告げられたその台詞に、やっと来たかと心の中で呟く。そんな胸中を知ってか知らずか、間近まで迫ったレヴィの金に黒の立て筋が映える爬虫類特有の有鱗目が咎めるように俺を見据えて、さらに言葉を紡ぐ。
「様々な種族が混在するフォルトレイスでも銀髪や紫色の瞳は珍しいですから、目につきます。それが偽りの色となれば、なおさら」
「――ご忠告、ありがとうございます」
警告に悠然と返し微笑めば、彼は表情の読めない顔で俺を見つめる。しかしそれ以上言葉を紡ぐことはなく、自然な動作で離れ仕事へ戻っていった。
今の忠告はレヴィの独断か、そう告げるよう誰かに命じられたのか……。
俺としては後者の方が望ましいが、などと考えながら買い取り所の出口へと歩き出す。
変装しているのはわかっている。荒稼ぎし過ぎて周囲から目を付けられているから、自重しろ。揉め事を起こすようならば、王族が粛清に動くぞ。
レヴィの言葉をまとめると、そんなところだろう。
傭兵業や魔獣の素材売買が主な収入であるこの国で、買い取り所の責任者となれば要職と言っても過言ではない。そんな相手から脅しめいた忠告を受けたとなれば、普通はやり過ぎたと反省するところだが――。
――俺はその『王族の介入』を待ち望んでいるのだ、と言ったら、あの竜人はどんな顔をするのだろうな。
月のような金の瞳を思い浮かべながら、買い取り所の扉をくぐり外に出る。うららかな春の日差しを受けた石造りの建物が立ち並ぶ狭い道を進みながら俺が見上げたのは、空高く聳え立つ王城。
まさか、黒蛇の面々が王城に引きこもるとはな……。
ハンデルを出た時は想像もしていなかった現状に舌打ちが零れる。なんでも黒蛇の面々が王族お抱えの傭兵として登城したのは、俺達がこの地を踏む三日前のことだったらしい。
タイミングからいって、黒蛇の面々は俺を避けて王城へ行った可能性が高い。どうやら彼らには俺と会いたくない、もしくは交渉したくない理由があるようだ。
近くとも遠い王城を見つめながらやってくれる、と胸中で一人ごちる。
国で最も尊い方々が住まう場所に一般人が入るのは、どこの国とて至難の業。しかしエピス学園にいるはずの俺がドイル・フォン・アギニスだと名乗り、入城を求めるわけにはいかない。堂々と身分を明かしてしまったら、秘密裏にマジェスタを出てきた意味がないからな。
しかし、黒蛇の面々と接触するには王城に行かなければならない。
となると、何らかの形で王族またはそれなりの地位を持つ者の目に留まるしかない。手っ取り早いのは功を上げることだが、強者ぞろいなフォルトレイスの周域で魔王が育つことはなく、王族の目に留まるような大事件など滅多に起こるものではない。
そもそも、なにかが起るまで悠長に待つ時間など俺にはない。今この時とて、マリスとゼノスはどこかで暗躍している可能性が高く、過去を振り返るになにかが起ってからでは手遅れだ。
さりとて、王城に侵入するわけにもいかない。他国の城に無許可で上がるなど、露見すれば速攻で戦争のネタにされてしまうからな。実力行使は最終手段である。
そんなこんなで頭を悩ませた結果、魔獣を派手に狩って荒稼ぎという方法に至ったというわけだ。ただし、秘密裏に事を運びたい俺にとって、これは大きな賭けである。
フォルトレイスの王族か重臣の誰かに俺の正体と目的を察してもらい、便宜を図ってもらわなければならないが、その過程で万が一にも揉め事を起こしてはならない。ここで俺が借りを作ったら、のちのち外交などでマジェスタが不利益を被る可能性があるからな。
派手に動きつつも、恨みを買って因縁をつけられたりしないよう立ち回らなければならないとは、かなりの難易度である。これほど七面倒な状況へ追い込まれたことから察するに、黒蛇の面々は俺へ【古の蛇】からの協力は諦めろと言いたいのだろうが、生憎こちらにも容易く引き下がれない事情がある。
戦力の確保をしたいのは勿論のこと、ゼノスの存在を知っている彼らを野放しにしていては今後の俺の行動に差し支える可能性がある。仲間にならないならば、【古の蛇】への対応も考えておかなければならない。
――彼らは間違いなく役立つだろうが、俺が【古の蛇】の力に固執している間にマリス達が事を成しえては本末転倒。
黒蛇の面々との交渉にあまり時間をかけるわけにはいかないが、シオンを呼び戻した理由も気になるし、彼らを放置してのちのち足元を掬われるのも勘弁願いたい。
厄介なことになったというのが正直な感想だが、幸いなことに俺という存在はすでにフォルトレイスの上層部まで伝わっている。今日のレヴィの様子からいって、あと幾日か動き回れば事態は大きく動くだろう。
――ここまで手間をかけさせられたんだ。近いうちに絶対その顔を拝んでやる。
黒蛇の面々がいるだろう王城を見上げながらそんな決意を固めつつ、俺はリヒターさんとユリアが待つ店へと足早に歩き出した。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




