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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
189/262

第百八十九話

 バラドとユリアに促され舞踏会用の衣装を決めたあの日から早三日。

 着々と近づいてきている一大行事に生徒達が活気づく中、俺は今日もティエーラの住処へとやってきていた。

 バラドは先日決めた衣装についてセレジェイラ殿と話し合うことがあるそうなので、本日の同行者はユリアのみ。そのためティエーラも土人形に入ることなく、本来の姿のまま山の妖精達と戯れている。


『土の精霊様、土の精霊様!』

『今日もお菓子が一杯です!』

『よかったわね』


 俺が持参した菓子に群がる山の妖精達を慈愛に満ちた眼差しで見守るティエーラの側では、ラファールとアルヴィオーネが洞窟内に放置された物を物色していた。


「ねぇ、アルヴィオーネ。この板はなにかしら? 文字と絵が書いてあるけど半分しかないわ」

「これは通行手形とかいうやつよ。もう半分はどこかの門番とかが持っていて、書いてある文字や絵がピッタリ合うかどうかで本物かどうか確かめるの。面白いこと考えるわよね」

「綺麗な絵なのに半分にしちゃうなんて勿体ないわ」

「偽造されないよう凝った絵にしているそうよ」


 ラファールの疑問に得意げに答えるアルヴィオーネを眺めたあと、俺は向かいの席に座るユリアへと視線を動かす。

 本日の目的は以前話してもらったユリアの一族が持つ能力についての確認。マリス対策としていくつか試してみたいこともあるので、この場所を選んだ。

 地下深くにあるここならば生徒達を危険に晒してしまう可能性も少ないし、万が一ユリアが裏切ったとしてもこの洞窟内はティエーラの領域なので取り逃がす心配もない。不測の事態が起きたとしてもラファールやアルヴィオーネが対応してくれるので、安心して実験できるというわけだ。

 

 ――まぁ、いらぬ心配だろうけどな。

 

 少し緊張した面持ちで目の前に座るユリアを眺めながらそう胸中で呟きつつ、俺は口を開く。


「――もう一度確認するが、お前達の種族的な特徴は黒と見紛う赤い色の髪と目、それから恐怖や不安を煽るという固有スキルでいいんだな?」

「はい。眷属である植物系の魔獣の使役の可否や身体能力、魔力量や保有スキルは個々の資質によります」

「眷属というと城でサナ先輩を取り込んでいた奴か……」


 数えきれないほどの蔓が絡み合い巨木のような形となった魔獣を思い出しながら、俺は気になったことを尋ねる。


「あれはマリスも使えるのか?」

「実際に使役しているところは見たことありませんが、彼なら私よりも強力な眷属を従えることができると思います」


 躊躇いなく答えるユリアに嘘や偽りの気配はない。だから俺も安心して話の先を促す。


「そんなにマリスは優秀なのか」

「現存する同胞の中では恐らく彼が一番です」

「眷属を使役できる者の条件はなんだ?」

「……そうですね。まず、眷属を生み出すだけなら一族の誰でもできます。必要なのは魔王の末裔の血と動力となる魔力。生み出す時の魔力は使役者本人のものを分けてもいいですし、魔石などを与えても彼らは生まれます。ただし、生み出した眷属に命令を遂行させられるかどうかは使役者の魔力量次第。説明しにくいのですが、声に魔力を乗せるといった感覚で私達は眷属を従えます。より多くの魔力を使えば、その分命令の強制力が増すと思っていただければいいでしょう。勿論、強い個体ほど多くの魔力が必要になります。そのため己より弱い眷属を生み出すのが基本で、誤って強い個体を誕生させると自滅する恐れがあります」


 今しがた聞いた内容を己の脳内の中で整理しつつ、思ったことを告げた。


「確かに彼奴の魔力量ならば、ユリアより強い眷属を従えられるだろうな」

「ええ。あいつは誰よりも魔王としての本能が強いので、私達が持っていないスキルも有しているはずです。眷属のようにとはいかないまでも他の魔獣も操れるようでしたし」

「そうだったな」


 ユリアの言葉にアラクネ達の存在を思い出し、頷く。

 淀みなく告げられたユリアの言葉の真偽を疑ったりはしない。セルリー様との一件以後、彼女は大変協力的だったし、そんなユリアの態度はこちらが裏切らない限り変わらないだろうと俺は確信しているからだ。

 初めてマリスや一族について尋ねたあの日からこれまでの言動を振り返るに、彼女は自身の置かれた立場をよく理解しており、その言葉の端々から同胞達の行く末を心から案じているのがわかる。

 ユリアはその優しさ故に同胞達を捨てられないのだ。

 だから俺に従い、皆と生きる道を選んだ。

 正直、彼女が俺達をどう思っているかはわからないし、マリスに対しどのような感情を抱いていたのか、今はどう感じているのかなど知る由もない。しかし同胞達の安穏を願う彼女の気持ちは確かで、信用に値すると俺は思っている。


 ――そう思えたからこそ、この身を使って実験してみようと思ったわけだしな。


 今日はこれからユリアの一族が持つスキルを実際にかけてもらう予定だ。

 勿論そのことはセルリー様やグレイ様にも伝えてあるため、夕食が終わる時間帯になっても戻らぬようなら様子を見に来ると言われている。

 ユリアは信用できると思っているし、精霊達も居てくれるので問題は起きないだろうがあまり遅くなるのはよろしくないということを思い出した俺は、本題に入るべく口を開いた。


「眷属については実物を見て検証したい。場を用意するから近いうちに実践してもらってもいいか?」

「勿論。ただ、私の魔力量で命じることを考慮するとこの間マジェスタ城で生み出したのが限界ですよ?」

「生み出すために必要な魔力はこちらで用意する。まぁ、詳しい内容は後日決めるとして、そろそろ今日の本題に移ろう」

「畏まりました」


 今後の話を交えつつ告げれば、ユリアは異を唱えることなく頷く。その姿を見ながら、俺は亜空間からオレオルと武器や魔道具を数点ずつ、それから魔力の回復薬をいくつか取り出し、卓上に並べた。

 今回試すことはおおまかにいって二点。アメリアお婆様の日記にもあった『不安や恐怖を煽る能力』を生身でかけられるとどうなるか確かめることと、精神干渉を防ぐ効果を持つ魔道具を持っている状態で能力を受けるとどういった変化があるかである。

 ユリア曰く、一族が持つ固有スキルの名は【心蝕】といい、同胞達の認識では不安や恐怖を増幅させる能力だそうだ。ただしそれは力が弱まっている同胞達の話であり、先祖返りに部類されるユリアは負の感情を増幅させる以外に、恐怖体験や不快な記憶を思い出しやすくさせることができるらしい。

 それらの情報を顧みるに、俺が地下牢で見たお爺様の幻影はマリスが【心蝕】を使った結果だと考えられる。それ故ユリアにも試しにかけてもらい、違いを比べてみようと考えたのだ。

 そして実験のためにマリスから【心蝕】を受けていただろう時の記憶を掘り越しているうちに、オレオルが俺の目を覚まさせるかのように爆ぜたことを思い出した。

 あれは恐らく龍を素材に使ったことによる恩恵だと思われる。ただ魔法耐性が高い素材だからなのか、龍という特殊な存在の一部を使ったからなのかはわからないので、魔法耐性の高い素材や龍を使った品、それからついで精神干渉を防ぐ効果を持つ魔道具を持った場合、【心蝕】のスキル効果をどの程度防げるのか検証することにしたというわけだ。


 オレオルや実家から送ってもらった龍素材の武器数点、セルリー様やジョイエ殿といった伝手を辿り集めてもらった様々な品質の精神干渉を防ぐ効果を持つ魔道具などが並ぶ中から魔力回復薬を手に取る。

 

「まずはなにも持たない状態で試したいのだが、用意はいいか?」


 ユリアに回復薬を手渡しながらそう尋ねれば、彼女は姿勢を正し俺を見据える。


「いつでも大丈夫です」


 その言葉と共に彼女の体内を巡る魔力が瞳へと集まっていく。と同時に、揺らめく明かりによって時折見えていた赤色の輝きが増した気がした。


「頼む」

「はい」


 ユリアの瞳を見つめながら告げれば、彼女は頷き一度瞼を下ろした。そして目を開くと同時に告げた。


「では――【心蝕】」

 

 そう囁いたユリアの瞳を見た瞬間、ヌルリとした魔力が体に纏わりつくのを感じた。



   ***


 あと二、三時間も経てば月が中天に昇ろうかという時分。

 無事に実験を終えてセルリー様やグレイ様に顔を見せた俺は夕食を済ませ、自室でリヒターさんと連絡を取っていた。


「――結果を言えば、龍や魔法耐性が強い素材を使った武器や品では防げませんでしたが、精神干渉を防ぐ効果を持つ魔道具では効果がみられました。とはいえ高品質なものでないと駄目だったので、マリスが相手では最高品の魔道具を持ってやっと軽減効果を得られるといったところかと。またそれらは魔力の動きを見て判断しただけなので、別の人間に協力してもらい再実験してみなければ確実な結果はとは言えません」


 すっかり暗くなった外を眺めながら実験結果を報告していく。

 今一番マリス達と接触する可能性が高いのはリヒターさん達と彼らが監視しているシオン達なので、対策は早い方がいい。


 とはいえたいした結果は得られなかったがな……。


 本日の結果を思い出せば、自然と眉間にしわが寄る。

 大変残念なことに、マリスとユリアの【心蝕】のスキルの違いを検証することはできなかった。なぜなら彼女が言うスキル効果を俺は体感することができなかったからだ。

 故にオレオルや魔道具の検証も感じ取った魔力の動きや精霊達の目を頼りに行うしかなく、ユリアがスキル発動時に発した魔力を弾く又はかき消すかどうかは確認できたのだが、実際のところはどうなのかわからないという曖昧な結果で終わってしまった。


『ドイル様自身はスキルの効果をまったく感じなかったんですか?』

「不安になったり恐怖を感じることはなかったです。彼女が言うには、マリスのスキルさえ効かなかったのだから当然の結果だと。人が持っている負の感情をもとに効果を発揮するスキルなので何の憂いもない状態であったり、不安をねじ伏せるほどの強い意志があればかからないそうです」

 

 唯一明確な形で結果が出たのはオレオルだけだった。目測で効果を見るしかなかった魔道具と違い、オレオルはマリスの時と同様にユリアの【心蝕】を防ぐと同時に爆ぜて、静電気が走ったような感触を俺の掌に残した。

 痛みと時同じくして纏わりついていたユリアの魔力が消えたのを感じたし、精霊達もそう言っていたのでオレオルに【心蝕】を防ぐ効果があるのは間違いないだろう。龍素材を使った他の品に同様の効果が見られなかったのは残念だが、折を見てオレオルにどれだけの恩恵があるか調べる予定だ。


 オブザさんに詳しい素材を聞いてみないとな……。


 そんなことを考えつつ、ユリアと交わした会話や本日の結果をもとに出した結論を口にしていく。


「使う相手を選ぶ必要があるスキルとはいえ、多かれ少なかれ人は負の感情を持っていますから効かない方が稀だそうです。対策として精神干渉を防ぐ魔法が有効だと彼女も言っていましたが、魔王の固有スキルだけあって生半可な品では防げないそうです。ですから妥協せず最高品質の魔道具を購入してください。資金は送ります」

『承知いたしました』

「こちらからの話は以上ですが、なにか報告はありますか?」


 今日得た情報と優先してほしいことは伝えたのでそう問いかければ、僅かな沈黙のあとリヒターさんの声が聞こえてきた。


『――傭兵達に動きはありませんが姫の件でご報告が一つ。髪飾りはまだ見つかってないのですが、とても美しい紫水晶の玉があったので購入しました。親指ほど大きさなのですが、白濁がなく透明度も高い品です。色の濃さもドイル様の瞳に近いので、玉を使って特注するのもよいかと。日数的に加工する職人はハンデルよりもマジェスタで探した方がいいと商会の方に言われたので報告書と一緒に渡しておきました。職人への紹介状は頼んでおいてくださるようなので、必要であれば会長のご子息に声をかけてくださいとのことです』

「……色々とご配慮いただき、ありがとうございます」

 

 連絡をもらい張り切って職人を選出してくれているだろうルツェの父親を思い浮かべ、ついため息を零せば、柔らかい声が俺を呼んだ。


『明日には着くでしょうから見てみてください』

「承知しました。楽しみにしています」


 リヒターさんの言葉にそう返せば、『ぜひ』という一言だけ響かせ通信用の魔道具は光を失う。

 役目を終えた魔道具をしばしの間眺め亜空間に仕舞ったあと、俺は誰もいないのをいいことにため息を吐く。時同じくして、精神的なものか新型の魔道具を使ったことによるものかわからない疲労感が身を包み、俺は机に倒れ伏したのだった。



ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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