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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
173/262

第百七十三話

 静まり返った自室で、一心不乱にペンを走らせる。

 一体なにを書いているのかと言えば、学園長から夜間の外出許可を取るための書類だ。

 自身の地位や一昨日図書館で発見した隠し部屋など、交渉に使えそうなものはいくつかあるが、学生という身分である以上、学園の条件に則った方法で許可をもらうのが一番いい。というわけでルツェ達との作戦会議後、色々反省した俺はエピス学園の歴史や規則について調べることにした。

 その結果見つけたのが、『しかるべき理由がある場合にかぎり、教員五名の許可を得ること、また監督役の教師が一名以上同伴することを条件に、学内施設を夜間に使用することを許可する』といった一文である。

 五名もの教師を納得させるためにはそれなりの理由がいる。故に俺は今回の七不思議を様々な観点からまとめ、なんの対策も取らずこのまま放置しておいた場合に発生するだろうデメリットをこうして書き綴っている。たとえば、『青い人魂』を放置しておくと、目撃した生徒が無断外出する可能性がある、また人魂は馬牧場に向かっているようなので驚いた馬が怪我をするかも、といった感じでな。

 過去の記録を見るかぎり数年に一度、夜間の外出許可を取っている生徒がいた。その理由は、天体観測や夜間にしか咲かない薬草の採取など様々だ。


 ――お婆様の名前があったことには驚いたけどな。


 どうやらアメリアお婆様は戦士科だったようで、他数名の生徒と共に出された許可書の内容は夜間の戦闘訓練と書かれていた。それも在学中は毎年行なっていたようで、その名は代表者として三回も残っている。

 実家に飾られていた姿絵を見るかぎり深窓の令嬢というのが相応しい風貌だったが、俺のお婆様は中々活発な方だったらしい。


 アメリアお婆様の話は、あまり聞いたことがないからな……。


 幼い頃、祖母という存在に憧れて、アメリアお婆様について尋ねた覚えがある。その時に、面と向かって彼女の話をするなと言われたわけではないが、皆がどことなく避けているように感じられたため、俺はそれ以降アメリアお婆様の話題に触れるのを止めた。

 そのうちにウィン大叔父様やオブザさんと出会い、知った事実にそれどころでなくってしまったので忘れていたが、アメリアお婆様は一体どのような方だったのだろうか。


 ――今度ウィン大叔父様に伺ってみるか。


 手紙でも出してみようなどと思いつつ、もう会うことができないアメリアお婆様に想いを馳せる。機会があれば、アギニス家の歴代当主やウィン大叔父様達の両親についても伺ってみたいものだ。

 これほど穏やかな心持でアギニス家の歴史や血筋について興味を抱けるのは、単にお爺様の言葉があったからだろう。

 昔は己のルーツを知るのが恐ろしかった。俺は異端なのだと、はっきり突きつけられたくなかったからだ。

 しかしお爺様やアギニス家の歴史を考えれば、俺の適性や能力は正当なものだと、はっきり肯定していただいた。

 お蔭で俺は今、祖先がどのようにしてマジェスタ王家に仕えこの国を守ってきたのか、アギニス家の誇りを守ってきた人々はどんな方々だったのかを素直に知りたいと思える。

 祖先へ思いを馳せながら、俺はペンを置く。次いで、誤字脱字や書類に不備がないかを確認していった。

 アギニス家の名を傷つけないためにも正攻法で、許可書をもぎ取ってこなければならない。そのため、許可書にサインをいただく先生方ももう決めてある。

 戦士科のダス先生とサウラ先生に魔法科のテレール先生、馬牧場の責任者も兼任しているプフェ先生、それからセルリー様だ。


「――よし、できた」

 

 出来上がった書類をまとめ、グッと背を伸ばす。


「お疲れ様です、ドイル様」

「誤字脱字などがないか、一応お前も確認してくれ」

「畏まりました」


 そう頼めば、近くに控えていたバラドはすぐに確認作業に入った。

 紙を捲る手は早く、不備がないかチェックする姿は真剣そのもの。一字の間違いも見逃さないといった様子で書類を見据える鋭い目つきは、バラドの祖父セバスとよく似ている。


 ……そういえば、セバスは戦場でお爺様に拾われたと言っていたな。


 しかし、二人がどの様に出会ったのかは、聞いたことがない。それはメリルに関しても同じだ。散々薬関係で世話になっているというのに、結婚前の母に拾ってもらった以上のことを聞いた記憶がない。

 こうして考えてみると、俺は案外周囲について知らないことが多い。それは自分のことだけしか考えられてなかった証拠にほかならず、このままではいけないのだと改めて思う。


 ――俺は、もっと沢山のことを学ばなければならない。


 知らなかったから気が付けず守れなかった、なんてことがないように。

 機会があれば、お爺様やその実家についても聞いてみたいと思う。そりが合わず実家を出てきたお爺様からすれば思い出したくもないかもしれないが、それでもいつか、話してくださる日がきたらいい。

 そうこう考えているうちに、確認作業を終えたバラドが俺を呼ぶ。


「――ドイル様」

「なにか問題はあったか?」


 差し出された書類を受け取りながらそう問えば、バラドはゆっくりと首を振る。


「ございません。内容も素晴らしいものでした。これならば、なんの問題もなく先生方もご署名くださるでしょう」


 淡々と答える声とは裏腹に、その顔には興奮と喜びが浮かんでいた。その見覚えのある表情に俺がまずいと感じるや否や、バラドはもの凄い勢いで話し出す。


「――昨日今日という短期間でこれほど完璧な資料を作成されたばかりか、セルリー様への対策も怠らない手腕には感嘆の声しかございませんっ。その上ドイル様が手間暇をかけてくださった理由が私達のためだなんて、これほど光栄なことはございません! ドイル様ほどのご身分があれば優秀な部下など掃いて捨てるほど集まるというのに、こんなにも気にかけていただけて私もルツェ達も幸せ者でございます!」

「そ、そうか」


 ほぼノンブレスで言い切ったバラドの勢いに押され、思わず頷く。するとさらに目を輝かせた従者は、嬉しそうに称賛し続ける。


「はい! いち部下にまでお心砕かれるドイル様の優しさは、まるで枯れることを知らぬ湧水のように清らかで美しく! 知略溢れた策は過去に戦略の神と称えられた賢者も裸足で逃げ出すほど深く、そのご聡明さを――」


 うっとりとした表情で言葉を紡ぐバラドを横目に、俺は出掛ける準備を始めることにした。

 身だしなみをチェックし、バラドが用意した布に完成したばかりの書類を入れる。また、先生の居場所によっては筆記用具がない可能性を考慮して、羽ペンやインクも持つ。

 今後の予定としては、まずダス先生ら四名からサインをいただき、セルリー様のもとに向かおうと思っている。


 最初にセルリー様から署名をいただくという手もあるが……。


 それではセルリー様の名を盾に、他の先生方にサインをいただくことになる。これから国を率いていくというのならば、いつまでも虎の威を借る狐でいるのはよくない。

 書類には、ダス先生らを納得させるだけの根拠と証明する資料を盛り込んであるので、問題なく署名をいただけるはずだし、セルリー様を頷かせるための策も打ってある。

 上手くいくかまだわからないが、無条件でセルリー様を頷かせることができれば上出来だな、などと考えながら俺はバラドへと目を向ける。

 すると久々の暴走タイムを満喫したらしい従者は、いつの間にかすっきりした表情で控えていた。


「そろそろいくぞ」

「はい!」


 出発を告げれば、バラドは意気揚々と扉を開ける。


「先生方がどのような表情をされるのか、楽しみですね」

「そうだな」


 楽しそうなバラドの言葉に頷きながら、俺は署名をもらうべく校舎へ向かい歩き出した。



   ***



 自室を出発して、はや数時間。

 すっかり日も落ち、多くの生徒が夕食を求め食堂に向かっているだろう時間帯にも関わらず、俺はセルリー様の研究室にいた。

 机についているのは、俺とフィアとセルリー様。俺の背後にはバラドが控えており、ユリアは部屋の隅からこちらを気にしている。


 ……いつになったら、彼女は歩み寄る気になってくれるのだろうか。


 待つと決めたばかりだが、こうも怯えられると若干傷つく。なにか彼女の警戒を解くきっかけがほしいところだ。いっそ七不思議の解明に彼女も誘ってみるか、などと考えつつ俺はセルリー様へと視線を戻す。

 現在彼の方が目を通しているのは、俺が製作した夜間の行動許可をもらうための書類と資料だ。もちろんダス先生やサウラ先生、テレール先生にプフェ先生のサインは既にもらってある。

 室内に会話をする声はなく、セルリー様がパラパラと紙を捲る音だけが響く。そんな中、膝の上に座るフィアを撫でながら、書類を読み終わるのをじっと待つことしばし。

 不意にセルリー様の手が止まる。


「――おや。私が最後なんですね?」


 最後のページに辿り着いたセルリー様は、意外そうな声で俺に問う。


「ええ。だって、セルリー様の名を最初にいただいてしまったら、他の先生方が断れなくなってしまうでしょう?」


 そう答えれば、セルリー様は愉しそうに笑った。


「断らせないようにするために、という考え方もあります。私の名は未だ有効ですよ?」


 俺がなにを思ってセルリー様を最後にしたのか理解しているくせに、わざわざ聞いてくるこの方は意地が悪い。


「承知しております。しかし、その名にいつまでも縋ってはいられませんから」

「それはそれは。いい心がけですねぇ」


 からかいを多分に含んだセルリー様の声が、耳を打つ。


 ……まぁ、ユリアの件では思いっきり利用させてもらったからな。

 

 彼女を連れ去ってくるにあたり、あれだけお爺様とセルリー様の世話になったのだ。というか、頼りっきりだったと言ってもいい。故に、急な方針の転換をこうして揶揄されても仕方ない。


「己を省みる機会がありましたので、できる範囲は自身の力でと思った次第です。セルリー様には学園長の印をいただくために、ご助力いただければと思います」


 面白がっているセルリー様の視線を甘んじて受けながら、俺は最後の手札を切る。


「このとおり、フィアも楽しみにしていますので」

「だめ? 主様」


 膝に座っていたフィアは俺の言葉に立ち上がると、机の上に身を乗り出してセルリー様に問う。その目は期待に満ちており、セルリー様に許可がほしいと訴えていた。


「先ほどから、なぜドイル君の膝に乗っているのか気にはなってはいたんですが、そういうことですか……」


 示し合わせたようにおねだりをはじめたフィアに、状況を察したセルリー様が呟く。その様子を眺めながら、俺はひっそり笑みを深める。

 そう。このフィアこそ、俺がセルリー様への対策として懐柔した相手である。

 もともと山の妖精に並々ならぬ興味を示していた彼女は、お菓子の山と共に「セルリー様の説得を手伝ってほしい。フィアも、あの毛玉とか七不思議に興味あるだろう?」とお願いすれば二つ返事で了承してくれた。

 俺を呼び寄せるためにセルリー様がレオ先輩達を利用したように、交渉を優位に行うために相手の部下を懐柔しておくのは定石。故に俺はフィアを口説かせていただいたわけだ。

 こういった場合、普通の部下ならば切り捨てる、もしくは懐柔されたことを咎めるといった方策も考えられるが、フィアは幼くとも精霊である。ここまで乗り気になっている精霊を諦めさせるのは至難の業だし、切り捨てるなどもっての外だろう。

 そう俺が睨んだとおり、セルリー様は瞳を輝かせるフィアを見てため息を零す。


「まったく貴方は……いつ間に、ドイル君に懐柔されたんですか?」

「毛玉を捕まえるの。それから、ラファールやアルヴィオーネと一緒に夜の探検!」


 質問を無視して楽しそうに告げる彼女に、セルリー様は俺へと目を向けると「やってくれますねぇ」と呟く。

 そんな中、許可をもらえなかったフィアは俺の上から降りると、セルリー様のもとに向かった。


「主様」


 主人の裾を引きながらアピールする幼い精霊をそっと抱き上げたセルリー様は、彼女を己の膝に乗せ問いかける。


「どうしても、行きたいんですか?」

「行きたい!」

「……仕方ないですねぇ」


 即答したフィアに苦笑したセルリー様は、彼女を己の膝に座らせつつ、再度書類へ目を落とす。


「まぁ、書類に不備もありませんし、資料や理由づけも悪くはありません。事前にフィアの懐柔をしておいたのも評価に値します。今回は、合格点をあげましょう」


 そう言いながら羽ペンを手に取ったセルリー様は流暢な動きで署名を済ませると、俺に書類を返す。


「ありがとうございます」


 受けとった紙の束を捲り確かにサインが書いてあることを確認した俺は、それらを丁寧に仕舞う。と同時に、セルリー様の口から追加条件が出てこないか待つ。


「同行する教師については、書類提出の際に学園長から指定があると思います」


 しかし、セルリー様の口から出てきた言葉はそんな言葉だった。


「承知致しました。それでは失礼します」


 そう答えながら立ち上がるが、セルリー様に俺を引き留める様子はない。

 どうやら合格点と仰っただけあり、今回はなんの条件もつけることなくこちらの要求を呑んでくれるようだ。


「日時が決まったら一応、連絡をしてください。フィアを預けるんですから」

「勿論です」


 達成されたらしい目標にささやかな喜びを感じつつ、セルリー様に頷く。そして、彼の方の膝に座るフィアへと声をかけた。


「今日はありがとう、フィア」

「毛玉捕まえられる?」

「それはやってみないとわからない。授業が終わったらここに迎えにくるから、明日一緒に頑張ろうな」

「うん!」


 今回の功労者たるフィアに礼を告げつつ、明日の約束を交わす。そして最後にもう一度、セルリー様と向かい合い礼を告げた。


「本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」

「どういたしまして」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべるセルリー様に若干驚きつつ頭を下げれば、そんな俺に倣ってバラドも腰を折る。


「それでは失礼致します」

「失礼致します」


 そうして、教員五名の署名が書かれた書類を無事に手に入れた俺は、バラドと共に研究室を退室したのだった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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