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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
169/262

第百六十九話

無事、卒業試験に合格しましたので、本日より更新を再開させていただきます。

 エピス学園の一角にある貴族用宿舎。

 その中でも特別な、王侯貴族用に用意された一室で、俺とグレイ様は向き合っていた。

 グレイ様から朝食を一緒にどうだ、と誘われたのは昨晩のこと。

 ジンに朝練の時間をやると約束をしたから護衛役がいない、などと仰っていたが、ようするに、人払いした場で話したいから来いということだ。

 勿論、俺がその呼び出しを断る理由などなく、こうして朝食をご一緒した次第である。


「それにしても、すっかり涼しくなったな」

「たしかに」


 窓の外で舞い落ちる葉を眺め呟いたグレイ様に頷き、窓の外を見やる。

 クレアとの婚約式から一月ほど。

 夏らしく青々と茂っていた葉は赤や橙、黄色に色付きはじめ、朝夕は冷え込むようになった。


「ドイル様、グレイ殿下。何か上衣になるものをご用意いたしますか?」


 朝食の片づけを終えたバラドは、そういって俺達へと目を向ける。それをグレイ様は小さく頭を振って断った。

 早朝という時分もあり確かに肌寒い気もするが、上着が必要なほど冷え込んでいるわけではない。それにいくら外が秋めいてきているとはいえ、日中は温かくなる。今はまだ、着込む必要はないだろう。

 そう思った俺は、グレイ様同様首を横に動かす。


「いや、大丈夫だ。でも、そうだな、温かいお茶でも入れてくれ」

「畏まりました」


 俺の言葉に腰を折ると、バラドはお茶の準備を始める。どうやらグレイ様がいらっしゃるため、今回は一から目の前でいれるらしい。

 バラドのことはグレイ様も信用しているので、毒など入れないと証明するための行動など必要ないだろうが、親しき仲にも礼儀ありということなのだろう。そのあたり、ローブ家の教育はしっかりしている。

 そうこう考えているうちに、お湯を沸かす側らでティーポットが温められ、ソーサーにカップ、ティースプーン、シュガーポット、クリーマーなどが卓上へ並べられていく。

 その様を眺めていると、おもむろにグレイ様が思い出したように口を開いた。


「――そう言えば、昨晩グラディウス殿達がなにごともなく東国に到着された、との知らせが城からきたぞ」

「それはよかった」


 唐突に告げられたウィン大叔父様とオブザさん達の安否情報に胸を撫で下ろせば、グレイ様も僅かに表情を緩ませる。

 幸いなことに、赤い髪の男とゼノスの逃亡から、深淵の森での魔獣狩りに至るまでの一連の出来事を使者達に知られずに済んだようで、何処からも苦情や問い合わせを受けることはなかった。表面上は。


 フォレストレイスの方々は異変を感じとっていたようだが……。


 流石、要塞国家といったところである。王弟のスムバ殿が含みある笑みと共に「マジェスタには優秀な兵が揃っているようで羨ましいかぎりだ」との言葉を告げてきた時はひやっとしたが、それ以上の追及はなかったのでよしとしよう。

 そんなこんなで、誓いの式から王都を巡るパレード、王城で舞踏会での祝いも無事終わり、他国の使者達はそれぞれの国へと帰って行った。東国は遠いため、なかなか帰国の連絡がこなかったが、無事についたようでなによりだ。

 婚約式の時のことを思い返していると、グレイ様の表情が僅かに真剣みを帯びる。


「――それから、例のメイドはセルリー様付になったらしいな」


 なるほど。本日の朝食のお誘いは、これが聞きたいがゆえだったようだ。

 グレイ様が口にした例のメイドというのは、ゼノスを連れ去った赤髪の男と同郷だという彼女だ。アルヴィオーネが捕まえてきてくれたユリアという名の彼女は、現在このエピス学園にいる。


「助手兼メイドとして働いています。先日様子を見行った時は、フィアと楽しそうに遊んでいましたよ」

「そうか」

「明日の放課後に様子を見に行く予定なんですが、グレイ様も行きますか?」

「ああ。空けておこう」


 そう答えたグレイ様は、頭の中で明日の予定を組み直しているのか、黙り込む。

 思案しはじめたグレイ様の邪魔をしないよう、声をかけるのはひかえる。そして手持無沙汰になった俺は、現在セルリー様の元にいるユリアとゼノスを連れて逃げた赤い髪の男へと思考を巡らせた。

 ユリアと同族だという赤い髪の男の名は、マリス。

 彼女達は、人ではなかった。

 では、彼女達は一体何なのかというと、魔王の末裔だという。

 ドライアドから生じたその魔王は、肉体的にはとても弱く、しかし賢かった。己の肉体と魔力は、人間よりも多少強い程度だと自覚していた魔王は身を隠し、他種族と交わり血を繋いだ。そうして生まれたのが、ユリアやマリスだという。

 長い時をかけ人間や獣人など人型の者と多く交わった結果、外見や肉体強度、魔力量、基本的な生活様式などは俺達と大差なく、村には法律のような規則もあり、破った者は罪に応じて罰せられる。

 ユリアは、退屈な村での生活がいやで、より発展している人間の国へと出てきて生活してきたらしい。マリスとは元々の知り合いというわけではなく、人に混じって暮らす最中ばったり出会ったそうだ。

 偶然巡り合った同胞との出会いに喜び、少しだけ奴の頼みを聞いただけ。マリスがなにをしているかなど知らないし、連絡を取る術はないという。

 何処までが本当で、嘘がどれだけ交じっている話なのか、正直わからない。


 ――彼女が、なにかを隠しているのは確かだ。


 ユリアの言う通り外見は人と変わらず、体の頑丈さや魔力の総量に関しては、比べる対象によっては彼女の方が劣る。アルヴィオーネやラファールがいなければ、人間とは異なる存在だと見抜けなかっただろう。

 しかし、ユリアの話がすべて本当かといえば、かなり怪しい。彼女達には、俺達が知りえない何か大きな秘密がある気がする。

 それは父上達も同意見らしく、しばらくの間、彼女を監視、観察することになった。勿論、彼女の身柄をどこで管理するかは揉めに揉めた。

 見るかぎり貧弱な彼女だが、実際のところその能力は未知数。また、獣人やエルフなどと違い、魔王の末裔とくればその本質がどのようなものか、わからない。

 ある程度の武力がなければ不測の事態に対応できないし、また万が一彼女の秘密が他国に漏れては要らぬ諍いを呼ぶため、機密保持のできるところでなくてはならない。

 幸い彼女の姿を見たのは、あの時俺と共に戦っていたジョイエ殿や魔術師団の者達、エルヴァ薬師長やリェチ先輩達である。そこで魔術師団の者や先輩方には念入りな口止めを行った上で、陛下や父上、四英傑の方々に魔術師団団長と騎士団団長といった面々で、ユリアの身柄についての話し合いが行われた。

 そうして、騎士団か魔術師団かはたまた近衛騎士団か、いや近衛では王族の方々に危険が及ぶ可能性がある、ここは研究機関で生態を調べつつ……などなど多くの意見が出たが、紆余曲折を経て彼女はセルリー様預かりとなったのだ。


「――どうぞ、ドイル様」


 ユリアの身柄に関するごたごたを思い返したところで、バラドの声が聞こえた。


「ありがとう」


 音もなく置かれた紅茶に礼を告げれば、バラドは微笑み再び下がる。温かな湯気を立てるお茶を手に取りグレイ様へと目を向ければ、丁度口をつけているところだった。

 グレイ様は静かにカップを置くと、再び口を開く。


「――生徒が側にいるというリスクはあるが、教員達は皆多かれ少なかれ戦いの心得がある。なにより、セルリー様の目を掻い潜って逃走するのは至難の業だ。それに奇しくも、現在ここには風、水、火の精霊がいる。彼女が事を起こしても十分対処可能だし、学園はマジェスタ内でも隔離されている場所だ。なにかあった時の口止めや証拠隠滅はし易い。まかり間違っても他国の人間の目につく心配はないし、王城に捕えておくよりよほど安全だな」

「ええ」


 グレイ様の話に頷きながら、カップをソーサーに戻す。

 次いで顔を上げれば、悪戯な輝きを放つ深緑の瞳と目が合った。


「なにより、エピス学園ならばお前の目が届く。上手くやったじゃないか、ドイル」


 そういって笑うグレイ様に、俺も口端を上げる。

 彼女の身柄の行方は、揉めに揉めた。そうして、俺達が学園に戻る日が来ても決まらなかったゆえに、これ幸いと掻っ攫ってきたのだ。

 グレイ様やクレアが学園に戻るとなれば、二人の荷や道中の護衛の準備、見送りの人員選出と城内はそれなりに忙しくなる。そうして話し合いが中断されているうちに、ユリアを連れ出し、一足先に転移陣で戻るセルリー様に連れて行ってもらったのだ。

 学園に着いてしまえば、あとはこっちのものである。

 彼女を城に戻すために騎士団団長や魔術師団団長が動いては、人目を引く。合宿が終わった今、彼らが学園を訪れる理由はないからな。父上ならば学生の親族という理由が使えるが、近衛騎士団団長という立場上、おいそれと陛下の側を離れるわけにはいかない。ゆえに転移陣を使い単独で長距離移動できるセルリー様か、俺の親族であるお爺様が動かなければ、学園から彼女を秘密裏に移動させることは叶わない。

 あれほど上手くいくとは思わなかったが、俺がどう動くか楽しんでいるセルリー様や、城での手合せから完全に引退を決め込んだお爺様のお蔭で、ユリアの身柄を手の届く範囲に置くことに成功した。


「抗議の手紙はきていますが、学園に着いてしまえばこちらのものですからね。彼女に関しては、セルリー様とお爺様が協力的で助かりました」

「ちなみに抗議の手紙は、俺のところにもきているぞ。父上やアラン殿は勿論、リブロ宰相やエルヴァ薬師長からもな。学園長の元にも届いているようだし、彼には迷惑をかける」


 グレイ様の言葉に、罪悪感を覚え若干心がうずいた。

 俺がユリアの身柄を攫ってきたことで、一番被害をこうむっているのは間違いなく学園長である。

 セルリー様が側に置き彼女を常に監視しているし、俺についてきたラファールやアルヴィオーネにもユリアの動きを見張っているよう頼んであるが、学園長には生徒を守る義務と責任がある。その上、俺やセルリー様に巻き込まれただけで本人は無関係なのに、父上達から抗議を受けているのだ。さぞかし気を揉まれていることだろう。


 あとでリェチ先輩とサナ先輩の様子を見に行ったついでに、レオ先輩に胃薬でも頼んでおこう……。


 そんなことを考えつつ、学園長への謝罪の言葉を口にする。


「学園長には大変申し訳なく思っています。しかし、知らぬ間に陛下や父上達に彼女を隠されては困る。ゼノスの件もありますし」

「ああ。その後、先輩達はどうしている?」


 リェチ先輩とサナ先輩の様子を問うグレイ様の声色は、少し重い。

 先輩達との関係性に気が付く者がいた時の場合を考えて、グレイ様にはゼノスの本名がゼーゲン・テラペイアであることから二人の兄であることまで、すべて説明してある。

 ゆえに、リェチ先輩達の様子が気になったのだろう。


「変わらずお過ごしですよ。二人のことはレオ先輩にも頼んであるので、大丈夫かと」

「そうか」

「おかしな動きをしている者がいたら教えるよう、ガルディにも頼んであります」

「俺の方でも気にしておこう」

「ありがとうございます」


 グレイ様の申し出に、心から礼を告げる。

 薬師関係はエルヴァ薬師長が抑えてくれるだろうが、鼻が利く貴族や騎士は沢山いる。ガルディになにか探る素振りをみせる者がいたら報告するよう言ってきたが、彼には近衛の任務もあるため、見逃すこともあるかもしれない。

 リェチ先輩達の身の安全や将来がかかっている以上、万が一などあってはいけないのだ。貴族や騎士達の動向を抑え、幅広く対処できるようにするには、グレイ様にお力添えいただくのが一番いい。

 そんな俺の考えが通じたのか、グレイ様は力強く頷く。


「貴族達の動向は、俺に任せておけ。目を光らせておこう。二人の心情に関しては、気を配るしかできないが……」

「はい。お二人の胸のうちも、立場がどう転ぶかも今の段階では判断しにくいですから」

「なるべく顔を見に行くようにしてやれ」

「それは勿論」


 グレイ様と共に先輩方の先行きを思い悩むことしばし。現状リュチ先輩達にしてあげられることはないと判断したグレイ様が話題を変える。


「傭兵達はどうしている?」

「シオンや炎蛇の者達、それからアルゴ殿に『よその国でおいしい仕事があるらしい』といった噂を流してもらってます。それと合わせて、ヘンドラ商会には国外へ買い付けにいく必要のある仕事を頼みました。商会の護衛ついでに移動する者達も出始めたので、あとは時間が解決してくれるかと。また、彼らにはゼノス達の目撃情報も集めてくれるよう依頼してあります」

「買付ついでに各国を商会の者に探らせ、傭兵でマジェスタ内と周辺か。いい手だ」


 俺の報告を聞き傭兵に関しては問題ないと判断したのか、グレイ様はそう言って頷いた。


「となると、目下の課題はメイド殿についてだな」

「はい。彼女に関しては、このあと図書館に出向いて魔王関連の情報を調べる予定です」

「学園には城にもない蔵書が置いてあるから、案外掘り出し物があるかもしれんな。城の書庫はリブロ宰相とルタス補佐官が探ると言っていたぞ」

「そうですか」


 一通りの報告を終えたところで、俺はぬるくなった紅茶を飲み干す。

 大変なのはこれからである。

 ゼノスとマリスの行方については情報を待つしかない。リェチ先輩達に関してはゼノス達の件が解決するまで、貴族や騎士の動向、先輩方の心情ともに気を配り続けなければいけない。

 そしてユリアと名乗った彼女。

 嘘は言っていないだろうが、真実をすべて口にしているわけではない。その、彼女が黙秘している部分に、マリス達を捕えるヒントがある気がするのだ。

 だから、俺は彼女の一族について知らなければならない。


 そのためにも、まずは魔王の誕生や歴史について調べてみるか……。


 人と変わらぬ魔王の末裔の姿を脳裏に思い描きながら、俺は改めて今日の予定を考えはじめた。


  ***


 エピス学園の一角に建てられた図書館。

 アーチ状に作られた天井が閉鎖感を払拭してくれる室内は、中央に広めの通路があり、建物を縦断する形で机や椅子が一直線に並べられていた。吹き抜けになっている通路の両側には何千、何万あるのだろうかと思わせる量の書物。多種多様な本を一分の隙もなく詰め込んだ本棚が、幾重にも並べられている。

 マジェスタ城の書庫にも引けを取らない蔵書量を誇るそこを、グレイ様との朝食を終えた俺は、バラドと共に進む。


「では、私は過去に確認された魔王についての資料を集めてまいります」

「頼む」


 建物の中ほどまで来たところで、バラドとわかれる。

 そうして、魔王の誕生や歴史に関して書かれた本を探すこと、しばし。

 タイトルに目を滑らせながら棚の間を進み、魔王関連の書籍を一冊また一冊と腕に収めていたその時、フッと視界の端に赤が掠める。

 ユリアやマリスの持つ黒と見紛う赤ではなく、燃え盛る火を思い起こさせる鮮烈な色。見覚えのある赤色に、俺は本を探す手を止めその後を追う。

 すると、別の列で本を探していたバラドが中央通路へと顔を出した。


「ドイル様? なにかございましたか?」


 バラドの声がしたのと同時に、俺は通路の奥にお目当ての人物を見つける。


「フィアがいる」


 通路の奥でしゃがみ込む彼女を見ながら、バラドに答える。

 目を引いた鮮烈な赤の正体は、セルリー様のところにいる火の精霊フィアだった。


「火の精霊様が?」


 俺の視線を追い、フィアの姿を探すバラドの様子を見るかぎり、今彼女は器に入っていないようだ。

 言葉少ないが、意外と好奇心旺盛なフィアは、常人に見えないことを利用して偶に学内をふらついている。

 セルリー様の指導を受けているお蔭か、彼女が問題を起こすことはなく、通達がいっているのか、気配に鋭い教員も見て見ぬふりをしていた。

 それゆえ、普段ならば見かけても声をかけたりはしない。しかし、ここは本に囲まれた図書室、彼女の司る属性を考えると放ってはおけなかった。


 セルリー様と共に過ごしている彼女が、誤って本を焼くことはないだろうが……。


 一応、注意しておくか。その程度の軽い気持ちだった。


「フィア。こんなところで、なにをしているんだ?」


 そう声をかければ、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべ、手の中のモノを見せびらかすように差し出した。

 どこか微笑ましい彼女の行動と時同じくして、その小さな手の中身を視界に収めた俺は、安易な気持ちで関わったことを激しく後悔する。


『つかまえたの』

『離してくだされ、火の精霊様!』


 どこか誇らしげに突き出されたフィアの手には、喋る毛玉が握られていた。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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