表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
163/262

第百六十三話

 アルゴ殿の指示に従い、傭兵達は散乱している魔獣の死体から素材を剥いでいく。その顔には、二度目となる魔獣の波をかわした安堵が広がっていた。

 そんな中、俺がホッと息をついたのはつかの間。


「アルゴ殿! 至急ペイル殿に連絡を取っていただけますか」


 思い至った可能性を伝えるべく俺が声を上げれば、響いた言葉に皆が動きを止め、緩みかけていた空気が一気に張りつめる。

 一転した場の雰囲気にアルゴ殿は指示を出すのを中断し、傭兵達から離れた。


「――なにか不味いことでもおきたか?」


 アルゴ殿は俺の顔を見るなり何かを感じとったらしく、そう言いながら通信用の魔道具の準備を始めている。

 そこに魔獣の襲来を乗り切った安心や自信はなく、あるのは肌をピリピリ刺激するほどの警戒。周囲の傭兵達もそんなアルゴ殿の態度に感化されたのか、再び厳戒態勢へと入っていく。


 ――これが、長年傭兵として生き抜いた男か。


 その切り替えの早さと隙のない立ち振る舞いを、目に焼き付ける。

 酒の席では『いついかなる時も慢心しないのがこの稼業を長く続ける秘訣だ』と笑いながら言っていたが、確かにこれならば失敗することは少ないだろう。戦いの直後、それも勝利した戦いでこれだけ油断なく過ごせる者は滅多にいない。

 垣間見た一流の傭兵の姿に感服しつつ、俺は口を開く。


「ええ、大分。とりあえず、ペイル殿に連絡をして、無事かどうかと増援が必要かどうか聞いてください。余裕がありそうなら、襲ってきている魔獣の種類とどのような流れで襲撃を受けているかの確認をお願いします」

「……わかった」


 頷き、ペイル殿と連絡をとるべく行動し始めたアルゴ殿から目を逸らし、俺は握っていた魔道具に魔力を流した。

 魔道具に灯った淡い緑色が、ゆっくりと点滅を始める。幸い一、二、三と点滅したところで、魔道具に緑の光が宿った。


『――ドイル様? いかがされました?』


 繋がったと思った次の瞬間、魔道具からジョイエ殿の声が聞こえてくる。

 その不思議そうな声に、俺は僅かに安堵の息を吐いた。

 ジョイエ殿の態度から推考するに、未だ被害は出ていないようだ。何処かが奇襲を受けていたり、森から魔獣が出るといった事態が発生していたら、悠長に何があったかなど尋ねるはずがないからな。


「すでに二回ほど魔獣の群れと戦っているのですが、思っていた以上にまずい状況かも知れません。騎士団の方に聞いていただきたいのですが、誰か近くにおられますか?」

『います。少々お待ちを』


 魔道具の向こう側で騎士を呼ぶジョイエ殿の声を聞きながら待つこと数十秒、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『お待たせしました、ドイル様』

『近衛騎士団のリヒターです。騎士団団長は今手が離せないようだから、僕が一緒に聞くよ』


 幸運なことに、ジョイエ殿が呼んだのはリヒター殿だった。

 あまり親しくない騎士団の団長よりも、好意的なリヒター殿ならば俺の言葉を聞き入れてくれる可能性が高い。また騎士団団長も、ジョイエ殿と父上が信頼する近衛騎士からの言葉の方が受け入れやすいはず。これならば話が早い。

 俺はこれ幸いと口を開いた。


「では、早速ですが本題に入らせていただきます。今のところ二回魔獣の集団と交戦しているのですが、一回目は歩兵代わりにハティやゴブリン、それから一点の突破力に秀でたヘイゼルスプリンターと奇襲係と思われるサンダーバードがいました。二回目は集団戦を得意とするウェポンモンキーや広範囲の攻撃が可能な巨大サラマンダー、純粋な攻撃力が高いタイラントベアーと戦っています。また、現在俺とジンは誘導されていたらしく、炎蛇傭兵団のいた右翼からアルゴ殿がいる左翼まで移動してきています。すでに報告した人語を解する大蜘蛛の存在と合わせて考えるに、かなり知能の高い統率者が魔獣達を率いている可能性が高いのでご報告を」

『魔獣がドイル様とジン殿を誘導、ですか?』


 そんなことがあるかと如実に語るジョイエ殿の口ぶりに、俺はさらに言葉を続ける。


「傭兵達の手にあまる魔獣は、俺とジンが率先して相手していたのを見抜かれたのだと思います。上手い具合に強い個体が出現し、気付けば当初いた場所から左へ大幅に移動していました。急ぎペイル殿達の状況を確認しておりますが、今あちらに何かあったら俺とジンは間に合いません」


 俺のその言葉に魔道具の向こう側は勿論、アルゴ殿や周囲にいた傭兵達、そしていつの間にか戻ってきていたジンがはっと息を呑む。

 そんな中、真っ先に行動を再開したのはアルゴ殿だった。


「そっちに何かあってもすぐには戻れないところまできちまってるから、警戒を怠るなと公爵の坊主が――ああ、そうしてくれ。たかが魔獣と舐めない方が身のためだ。――――そうか、魔獣の質に変化はないんだな? だとしたら狙いは坊主達か……」


 現状を把握したらしいアルゴ殿が、ペイル殿にそう告げているのが耳に入る。

 と同時に手元の魔道具から、リヒター殿の咎めるような声が聞こえてきた。


『――手が空いている近衛騎士がいるから、その件に関してはこちらで対処できる。それで、ドイル君達はどうするつもりだい?』

 

 告げられた言葉に、内心舌を巻く。

 俺の考えなど見透かしているらしいリヒター殿はいささか荒ぶっているらしく、声色がきつかった。

 流石父上が信を置く近衛騎士、いや、この場合は幼き頃からの顔見知りというべきか。

 そんなことを考えながら、俺は自身の考えを口にする。


「折角のお誘いなので、このまま乗ってみようかと」

『ドイル君、そんな危険なこと僕は許可できないよ』


 間髪入れず諭すようなリヒター殿の声が聞こえてきて、俺は苦笑する。


 心配してくれているのはわかるんだが……。


 子供時代に世話になり、今も変わらぬ親愛を向けてくれるリヒター殿に逆らうのは気がひける。

 しかし、俺にも任された役目がある。故に、引き下がるという選択肢はなかった。


 ……これも俺が蒔いた種、か。


 守るべき存在という認識を崩さないリヒター殿に、そんなことを思う。

 こういった扱いを受けるのは、リヒター殿が初めてではない。いくら武功を立てども、親しければ親しいほど大人達は俺を対等に扱ってくれず、守ろうとする。それは若さが原因というよりも、周囲から向けられる好意に散々甘えてきたつけなのだろう。俺が甘え倒してきたから、いつまでたっても頼りにしてもらえないのだ。

 ならば、その認識を正さなければならない。

 他ならぬ俺自身の言葉と行動で。

 そう思うと同時に、俺は口を開く。


「リヒター殿。私は、陛下の命を受けてここにいる。そして与えられた任は、『周辺住民が避難を終えるまで森から魔獣を出さない』こと。村人達が王都につくのは夜半、それまでの間、傭兵達の指揮権は私にあるし、任を果たすためどう行動するかは自由。貴方から許可を得る必要はない。勿論、ジョイエ殿や騎士団団長殿の許可も」


 従うつもりはないという意志を伝えるため、口調は変えた。

 今回の出陣において俺は傭兵、ジョイエ殿は魔術師、騎士団団長は騎士に対して指揮権が与えられており、ほぼ対等の立場にある。

 陛下から与えられた命を守るために協力し合う義務はあれど、互いの行動に指図する権利はない。その行動が、国を守るために正しければ尚更。

 ましてやリヒター殿は、リブロ宰相が父上に命じ派遣した先発組の一人である。その任は、偵察と住民の避難と傭兵達への交渉だ。俺を制止する権限などもっていない。


『ドイル君! 君には――』

「第一陣、第二陣の構成を考えるに、あちらは魔獣達を使いあぐねている。しかし、このまま傭兵達相手に集団戦の練習を続ければ、統率者はいずれ魔獣達の使い方を知るだろう。軍としての動かし方を学ばれる前に統率者を倒し、魔獣達を烏合の衆にしなければ危険が増す。この後、行われる殲滅作戦にも支障をきたすことになる。そうならないよう、統率者を討てる可能性があるならそちらに賭けるべきだ。それは貴方も理解しているだろう? リヒター殿」


 俺のその言葉に、リヒター殿が押し黙る。正論だと思っている証拠だ。

 リヒター殿も、俺の言い分が正しいと頭ではわかっているのだろう。しかし、子供時代を知っているからこそ保護者気分が抜けず、制止しようとしている。

 その気持ちは嬉しいし、ありがたい。

 だが、いつまでもそれでは困るのだ。

 彼が案じてくれているのは重々承知しているが、王命を受けてこの地に立った以上、我が身よりも優先すべきはマジェスタの防衛である。

 ジョイエ殿も騎士団団長もリヒター殿も傭兵も皆、少なからずそう思っているからこそ、その手に武器を持ちこの地に立っている。

 俺やジンだって、その中の一人。だというのに、未だ子供扱いではやるせない。

 衆人環視の中でお爺様を斬り伏せたあの瞬間から、俺は守られる側から守る側へと変わったのだ。

 だからこそ国王陛下は俺に傭兵達の指揮権を与え、この地に向かうことを許した。そのことを忘れられては困る。

 国を守ると誓った騎士や魔術師達と変わらぬ想いでこの地にいるということを、明確な言葉にし、伝えなければならない。

 そう思った俺は、見えていないとわかっていながらも姿勢を正し、手の内にある魔道具と向き合った。

 そして、はっきりと告げる。


「私は社会見学や鍛錬しにきたのではない。アギニス公爵家継嗣として国王陛下から命を受け、マジェスタを守るために今この場にいる。そのことを踏まえた上でなお、私が間違ったことを口にしているというのならば聞こう」


 威厳を感じさせるため、あえて突き放した口調で語りかける。

 そして騎士や魔術師と同様に、俺を国の守り手として対等に見てくれるか否かの答えを待った。

 

 ……どっちだ?


 不安と期待を抱きつつ、待つこと数十秒。

 静まり返っていた魔道具の向こうから、微かに衣擦れの音が聞こえた。


『――出過ぎたことを申しましたこと、お詫びいたします。ドイル様が戻られるまでの間、傭兵達が形成している防衛線の強化には近衛騎士団が当たらせていただきますので、ご安心ください』


 リヒター殿の出した答えに、笑みを浮かべる。

 どうやら俺は、合格点をもらえたらしい。


「お願いします、リヒター殿」

『ご武運を』

「リヒター殿も」


 リヒター殿とそんな会話をしていたその時、思いがけない声が向こう側から聞こえてきた。

 

『多くは送れないが騎士も向かわせる。そちらは頼んだぞ、アギニス殿』

「……ありがとうございます、シュバイク殿」


 突然聞こえたスタラー・フォン・シュバイク騎士団団長の声に驚きつつ礼を言えば、次いで穏やかなジョイエ殿の声が耳を打つ。


『数名ですが魔術師も向かわせますので』

「助かります、ジョイエ殿」

『お互い様です。こちらも統率のとれた魔獣よりも、烏合の衆を相手にする方がやりやすいので』


 それから傭兵達との取り決めや布陣について軽く説明したところで、魔道具は役目を終え沈黙した。

 近衛騎士や魔術師団だけでなく、騎士団まで傭兵達を援護してくれるという結果に驚きつつ魔道具を懐に仕舞う。次いで顔を上げれば、傭兵達が一斉に礼を取った。

 目礼だったり、頭を下げたり、得物を掲げてみせたりとその動きは様々だったが、敬意を示されているとわかる動きに俺は思わず目を瞬かせる。リヒター殿への宣言が、思わぬところにも効果をもたらしていたようだ。

 狙っていたわけでないが、マジェスタを拠点にしている傭兵達に好印象を持たれ悪いことはない。彼らの好意に応えつつ、笑みを深める。

 そんな俺に、アルゴ殿が告げた。


「格好よく決めたんだ。仕損じるなよ、公爵様」

「勿論――え?」


 愉快そうな声で告げられた言葉に答える最中、『公爵の坊主』から『公爵様』へと変わった呼び名に気が付きバッと顔を向ければ、真っ直ぐ俺を見つめるアルゴ殿と目が合う。


「ご武運お祈り申し上げる」


 次いでかけられたのは、無事を祈る言葉。

 ありふれた言い回しだったが、丁寧に告げられたその言葉にはもっと重い意味が込められている気がして思わずその名を呼ぶ。


「アル――」

「敵襲ー! 先陣はコボルトだ!」


 しかし俺の声は、周囲を警戒していた傭兵の声に掻き消された。

 新たな魔獣の群れの登場に、辺りが一気に活気づく。

 近くに集まっていた傭兵達は、各々の武器を手に取ると瞬く間に散る。そしてそれぞれの配置につくと、迎撃態勢に入った。


「――あっちにさっきよりもでかいタイラントベアーがいるぞ!」

「行きましょう、ドイル様!」


 強敵の存在を知らせる声に、ジンはボッと大きな音を立て槍に炎を纏わせるとそう告げた。そして俺の返事を待たずに走り出す。

 見る見るうちに離れていくジンの姿に舌打ちしつつ、俺もその後を追った。

 アルゴ殿のことは気になるが、強い個体を餌に誘われているとわかっている以上、ジンを一人で行かせるわけにはいかない。


「道中、気を付けろよ!」

「ご武運を!」


 傭兵達から次々とかけられる背に聞きながら、俺はエスパーダを抜いて走った。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ