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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
158/262

第百五十八話

「元気か、公爵の坊主」


 笑いながらそう言って、杯を掲げるアルゴ殿。彼の側には酒らしきボトル数本が転がり、綺麗に盛られたつまみが岩の上に置かれている。

 手に持った杯をアルゴ殿が空にすれば、ペイルの仲間だろう女性が間髪入れず酒を注ぎ足す。


 寛ぎ過ぎだろ……。


 ここは呑み屋かと言いたくなる目の前の光景に、心の中で突っ込む。

 彼らの様子に色々物申したい気分ではあったが、のらりくらりと躱されるのが目に見えていたので、俺は喉元まで出かかった言葉を呑みこんだ。

 以前の呑み比べの席での飲酒量を考えれば、アルゴ殿が酒に強いのはわかっている。この程度ならば景気づけで済む量なのだろう。傭兵の顔役ともなればこのくらい悠然と構えていた方がいいのかもしれないと己に言い聞かせ、アルゴの前で礼をとる。


「お蔭様で。アルゴ殿が顔役とは露知らず、先日は大変失礼致しました」

「酒の席でのことなんざ気にするな。俺も久しぶりに楽しませてもらったしな」

「そう言っていただけると助かります。それから、今回はご協力ありがとうございました」


 そう言って頭を下げれば、アルゴ殿はにやりと笑う。


「なぁに、いいってことよ。己の実力を過信してでしゃばる餓鬼のお守りはごめんだが、公爵の坊主の噂は俺達の耳にも届いている。十分な強さを持った男が、大事なもん守るために戦いたいと言ってんのに止める方が無粋ってもんだ」

「若様がいれば、私達が生きて帰れる確率も上がるしね」


 アルゴ殿とペイル殿の言葉に同意する声が、近くにいた傭兵達からも上がる。聞こえてきた言葉に辺りを見回せば笑みを浮かべた傭兵達と目が合い、俺達を受け入れる意志があるのだと感じられた。


「ありがとうございます。早速ですがこちらはジン・フォン・シュピーツ。俺の同僚です」

「ああ、『次期槍の勇者様』な」

「私も噂を聞いたことあるわ」


 二人は値踏みするような目をジンに向ける。

 しかしそこはジン、二人の視線などものもとせず歩み出る。


「よろしくお願い致します!」


 円卓の間を出て以降、気分が上がりっぱなしなジンは元気な声を響かせる。

 傭兵達が興味深げにジンを観察している様子を横目に見つつ、俺は本題へ入るべくアルゴ殿達に向きなおる。


「実力は保証しますよ。それで皆さんについてなんですが、俺が指揮を執ることになりました」

「騎士団の誰かでなくて、坊主が俺達の指揮を執るのか?」


 俺のその言葉に、さしものアルゴ殿も驚いたらしく目を瞬かせる。

 期待して円卓の間での会議に臨んだ俺が言うのもなんだが、騎士団団長とか魔術師団団長をすっ飛ばしての抜擢である。驚くのも無理はない。


「ええ。住民達が避難を終えるまで深淵の森から魔獣を出さぬように、と国王陛下からお言葉を賜っております」

「国王陛下からお言葉……気安いから忘れそうになるけど、そういえば若様は王女様をお嫁にもらうような公爵様なのよね。そんな若様直属、その上次期槍の勇者様もいるし、もしかしてここで功績を上げれば私達も?」

「国王陛下は無理ですけどね。働き具合によっては、王太子殿下からお言葉を賜ることもあるかもしれませんね」


 恐る恐るといった様子で尋ねてきたペイル殿に答えれば、傭兵達がざわめきだす。

 と、その時だった。俺達の周囲とはまた違ったざわめきが、少し離れたところで生まれる。

 

「ドイル様、あちらが何やら騒がしいようですが」

「……ああ。なんだろうな」


 さざめく傭兵達に反応したジンにそう答え、俺は音を拾うため風魔法を使う。

 時同じくして、アルゴ殿はさりげなく杯を置き、ペイル殿は己の得物に手を乗せる。そんな二人の行動に、周囲の傭兵達も武器に手を伸ばしたり、腰を浮かせたりと様々な反応をみせた。

 そんな中、俺は風に乗って聞こえてくる傭兵達の会話に耳を澄ませる。


「待て!」

「ちょ、子供相手に武器なんか手に取るんじゃないよ!」

「だってよう、あんなちっこいの素手で捕まえたら握り潰しちまうって」

「アルゴさんのところに行く前にとめろ!」

「怪我させるなよ! 子供に怪我させたら姐さんにぶっ飛ばされるぞっ」


 聞こえた会話に騒ぎの方向を注視すれば、まごつく厳つい傭兵達とその足元に一瞬小さい胡桃色が見えた。


「見てきましょうか?」

「いや、いい。騒ぎの原因は小さい子供だ。殺気も感じないし、こっちに向かって来ているようだから待とう」

「子供ですか?」

 

 そんな俺とジンの会話を聞き、立ち上がりかけていた傭兵達も再度腰を下ろす。


「子供っていうと、避難してきた村人か」

「近くには騎士様もいるのに、傭兵の私達に何の用かしらね?」


 アルゴ殿とペイル殿の会話を聞きながら、俺は先ほど見えた胡桃色を探す。

 俺達の周囲にいた傭兵達が完全に腰を落ち着けたことで、慌てふためいていた奴らも徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。

 一メートルあるかどうかもあやしい客人は、捕獲から俺達の元へ誘導態勢に入った傭兵達の変化に気が付くことなく、胡桃色の髪をはためかせ走る。

 幼子という言葉が似合うその子供は、頬を上気させながら小さい手と短い足を一生懸命動かし傭兵達の間を進む。

 少しの間、必死に走る子供を見守れば、ポンと音の出そうな勢いで小さな客人は俺達の目の前に飛び出してきた。

 しかし次の瞬間、急にひらけた視界と障害物がなくなったことに驚いたのか、子供はバランスを崩す。


「わっ!」

「おっと」


 急いで腕を伸ばし、つんのめった子供の服を掴む。背側の服を俺が掴みあげたことで小さな体は宙に浮き、かろうじてつま先が地面に触れている状態だ。

 首根っこを咥えられた子猫のような格好になった幼子は、固く目を瞑っており現状に気が付いていないようだった。

 首が締まっては不味いので、とりあえず子供を地面に降ろす。

 そっと地面に立たせてやれば、痛みに備え身を固くしていた子供はそろそろと目を開ける。しかし今一つ状況が理解できていないらしく、子供は目をぱちくりさせる。次いで、キョロキョロと辺りを見回すと、近くに座り込んでいた強面な傭兵に驚き肩を跳ねさせた。


「っ!」


 息を呑む幼子と怯えられ落ち込む傭兵。双方の反応に「ふっ」と笑いを噛み殺す音がそこかしこから聞こえてくる中、俺は子供と目線を合わせるため跪く。


「子供一人でこんなところに来ては危ないぞ?」

 

 柔らかい笑みを心がけ声をかければ、傭兵に向いていた幼子の目が俺へと向けられる。

 俺の存在を認めた子供は大きく目を見開くも、それ以上の反応はなかった。先の傭兵のように怖がられなかったことに安堵しつつ、優しく問いかける。


「親はどうし――」

「いた! お兄さん、飴くれたお兄さんでしょ?」


 大きな声で言葉を遮った小さな客人は、嬉しそうに俺を指差す。続けざまにニパッとした笑みとキラッキラした目を向けられ、思わずたじろぐ。

 そんな俺に子供は笑顔から一転、不安そうな表情を浮かべた。


「違うの?」

「いや、合っている」


 悲しそうな表情に慌てて肯定すれば、子供はガシッと俺の袖を掴む。

 そして、怒涛の勢いで話し出した。


「あのね、さっき飴持ってきてくれた騎士様がね、お兄さんは優しいっていってたの。だから私のお話し聞いてくれるかもって思って探してたの! 騎士様に「お兄さんは大人の人なの?」って聞いたら、お兄さんはガクセイさんだから違うよって。お兄ちゃんは大人にいったらおこられちゃうから、お父さんや騎士様みたいな人にはいっちゃダメっていってたけど、お兄さんはガクセイさんなんでしょ? だからお兄ちゃんとの約束やぶったことにはならないし、お話していいかなって思ったの。あのね、いま森には危ないマジュウがたくさんいるんでしょ? お父さん達が、お家なくなっちゃうかもっていってたもん。だから、お兄ちゃん宝物とりにいくって。すぐもどるからだいじょうぶってお兄ちゃんいってたけど、私、お兄ちゃんがマジュウに食べられちゃったらどうしようって」


 話している途中で不安になってきたのか幼子の瞳はみるみるうちに潤み、小さな手で俺の袖を固く握る。

 泣くのを堪えている小さい頭を撫でながら、俺は子供の言葉を反芻した。

 若干わかり難かったが、どうやらこの子の兄が大人達の目を盗み、宝物とやらを取りに自宅に戻ったようだ。そして子供は、いたく兄の身を心配している。しかし、兄に大人には教えるなと言い付けられているので、学生である俺に言いに来たと。

 子供だからといってしまえばそれまでだが、中々凄い思考回路だ。突っ込みどころが満載である。

 兄と交わした約束から上手く抜け道を見つけたことを褒めるべきか、沢山の大人に聞かれてしまっていることを教えてやるべきか、傭兵の危険性を説くべきか。

 色々思うところはあるのだが、この子に言い聞かせるのは後でいい。それよりも、この子のお兄ちゃんを探すことの方が先決だ。


「ジン」

「はい!」


 涙を溜めた子供を前に、それ以上の言葉など必要なかった。

 ジンは子供の親を探すため、住民達の元に向かって走り出す。


「あんたも行って話聞いてきなさい」

「わかりました」


 ペイル殿に命じられ、比較的優しい顔立ちをした傭兵がジンの後を追い掛けていくのが視界の端に見えた。ちらりと視線を走らせればアルゴ殿も頷いていたので、俺は子供へと視線を戻す。


 ――こんな風に助けを求められて、断るなどありえない。


 泣くのを必死に我慢している幼子に、そう思った。

 兄と約束した手前大人達に相談できず、この子はさぞかし心細く不安だっただろう。

 それでも兄を心配し、どうすれば助けられるのか必死に考え、この子は俺を探しにきたのだ。兄のためといえど、このような幼い子供が武装した傭兵の集団に飛び込むには相当の勇気が必要だったろうに。

 傭兵達の足元を必死に走る子供の姿を思い出しながら、今にも零れそうな幼子の涙をハンカチで拭ってやる。

 すると、子供は袖を握る手に力を込めて言った。


「お兄さん、騎士様よりずっと強いんでしょ? 私のお兄ちゃん探してきてくれる?」

「任せろ。君のお兄ちゃんは俺が見つけてやる」


 しっかり目を見て答えれば、子供は潤んだ瞳を輝かせ笑った。






ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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