第百五十六話
大きな丸い机が中央におかれただけの、装飾も調度品もほとんどない円卓の間。
部屋の最奥、上座に位置する席には国王陛下のお姿があり、その両脇をグレイ様と近衛騎士団団長である父上が固めている。
陛下から見て右側にいるグレイ様の隣にはリブロ宰相、エルヴァ薬師長と続き、左側にいる父上の隣には騎士団団長と魔術師団団長のジョイエ殿の姿が見える。陛下を中心に部屋の右側に財務や内政、外交を担う文官、左側には軍事関係者が座っている形だ。
円卓には、陛下達を含み三十名ほどの人間が座っているが、その中に俺やジンの席はない。各々の副官殿同様、円卓につくグレイ様の後ろに控えている状態だ。
しかし、席がないことを嘆く必要はない。俺とジンは父上や騎士団団長、魔術師団団長と同じく武器の所持が認められているからだ。国王陛下や王太子殿下のすぐ側で武器を持つことが許されるのは、誰が見てもわかる信頼の証。
俺達に与えられた位置は、入れ替わりの激しい下座の席よりもずっと特別なものだ。現に俺やジンには好意、興味、品定め、嫉妬、威圧と色とりどりな視線が向けられている。
ちなみに、現在議論されているのは、俺を同行させるか否かであり、展開はグレイ様が仰っていた通りといった感じだ。
「お元気そうなご様子ではございますが、ゼノ様が療養を必要とするほどの対戦だったのです」
下座に近い場所に座る文官の一人が、優しい声で告げる。
「左様。ドイル様とてお疲れでしょう」
文官の言葉を聞き、隣に座っていた男が同調する。すると武官側の席からも同様の発言が聞こえてくる。その流れるような展開に、彼らが会議前に談合していたことが窺えた。
予想どおり過ぎる展開に、俺は円卓につくグレイ様へ目を向ける。すると、計ったようなタイミングで振り返ったグレイ様と目が合った。
予想していたとはいえ、無駄な議論で時間を消費する者達に若干の苛立ちをみせる幼馴染は、俺を見つめ小さく首を振る。
今は俺達が口を出す時機ではない、という意味なのだろう。了承の意を込めて頷けば、グレイ様は何事もなかったかのように姿勢を戻した。
こういった会議の場で、俺やジンのような若輩者が意見を通すのは中々難しい。でしゃばりすぎてはいけないし、かといって黙り込んでいるだけでは望む結果を得られない。会議全体の流れを読み、重鎮方の反感を買わないよう気を遣う必要がある。
そのあたりはグレイ様の得意分野なので、お任せしておくのが一番である。
真っ直ぐ伸ばされたグレイ様の背から視線を外し、円卓で議論している人々へ意識を向ける。丁度、先ほどの文官達が発言しようとしているところだった。
「ドイル様は、クレア王女様との婚約を明後日に控えた身です」
「ここは大事を取るべきかと」
「……ふむ」
二人の言葉に、陛下は思案しておられるようだった。
視線を落とし考え込む陛下のご様子に、男達が俺へ勝ち誇った顔を見せる。同時に、幾人かから視線を向けられたのを感じた。
俺の反応を窺う目や心配を乗せた視線、その中でも突き刺さるのは『お前達にこの場はまだ早い』と下座の方から威圧してくる者達の視線だが、そういう奴にはしっかり目を合わせた上で微笑んでやる。
そんな俺に対する反応は、若干青ざめた顔で気まずそうに目を逸らすか、顔を赤く染め上げさらに厳しい視線を向けてくるかだ。
前者は、これだけ皆の注目を集めているのだから、睨んでも特定されないと踏んでいたのだろう。そんな甘い考えをしている者は、そう気にしなくていい。ああいった手合いは不服に思いつつも、長いものには素直に巻かれる性質だ。
逆に、後者の反応をみせた者達は要注意である。俺が視線に気が付いていると知ってもなお睨み返すということは、敵対する意思が明確にあるということだからな。
――彼奴らの顔は覚えておこう。
俺を睨み続ける者達の顔と名を、記憶に刻む。勿論、陛下に進言していた奴らも。
俺達を疎ましく思う奴らの気持ちもわからなくはないが、グレイ様達に期待されている以上一介の貴族に引けを取るなどあってはならない。足をすくわれることがないよう、気を付けなければ。
そんなことを考えながら、俺は陛下達へと視線を戻す。
「魔獣達の動きはどうなっている?」
思考から戻ってきた陛下の問いかけに、リブロ宰相が即座に答える。
「常駐している騎士達からの報告によると、現在魔獣達は深淵の森内を移動中です。その数は千をゆうに超え、群れは森に棲む魔獣達を巻きこみ今なお増加しているそうです。このまま進めば、森に最も近い村を夕刻には通過するかと。近隣住民の避難や魔獣達の足止めを常駐している騎士団に命じておりますが、手が足りないので早めに応援を、との報告を受けております」
リブロ宰相の言葉にざわめきが広がる中、陛下の目配せを受けた父上が、騎士団の団長やジョイエ殿へと視線を向け尋ねた。
「騎士団と魔術師団の出陣準備はどうなっている?」
「「はっ」」
多くの視線が集まる中、先に口を開いたのは騎士団の団長だった。
「騎士団は第一師団が準備中ですが、深淵の森までの出陣となると夕刻には間に合いません」
「魔術師団はご用命通りセルリー様にご協力を仰ぎ、兵を送る転移陣の準備中です」
転移陣で兵を送るといったジョイエ殿の言葉に、小さな歓声が上がる。しかし、当のジョイエ殿の表情は優れなかった。
転移陣を使うには、多くの魔術師が必要だと聞いたことがある。安堵できるほど、便利なものではないのだろう。
騎士団団長もそう思ったのか、ジョイエ殿に問いかける。
「魔法陣を使い、順々に兵を送ることは可能か?」
「いえ、転移陣を動かすには大量の魔力が必要になります。魔力の回復薬にも限りがありますし、後に戦闘することを考えると陣は動かせて二回です。また、一度に運べるのは百名が限界です。魔術師団からはすでに百名選んでありますので、騎士団からも百名選抜していただきたい」
「……百名か」
ジョイエ殿の言葉に、騎士団長は難しい表情を浮かべる。
深淵の森に行けるのは二百名だという報告を受け、再び円卓の間に緊迫した空気が漂う。
そんな中、陛下の声が響いた。
「――九十五名ずつだ。残り十名はエルヴァのところから薬師を同行させよ」
「畏まりました」
陛下のお言葉に真っ先に答えたのは、エルヴァ様だった。座ったまま胸に手をあて礼をとったエルヴァ様に頷くと、陛下はジョイエ殿と騎士団の団長へと目を向けられる。
「先に薬師十名を送らせるゆえ、魔術師と騎士達は一回目に四十五名ずつ、後に五十名ずつ隊を組んで行かせる。よいな?」
「「畏まりました」」
ジョイエ殿と騎士団の団長は陛下のお言葉に礼をとると、後ろに控えている副官を呼び寄せ命じる。彼らの命を受けた副官達は各々に与えられた役目をまっとうすべく、通信機を手に取ったり持ってきた書類を漁っていた。
陛下はそんな彼らから目を逸らし、リブロ宰相へと意識を向けられる。
「リブロ、現地にいる傭兵の雇用は誰が行っている?」
「転移魔法を使えるアランの部下に前金を持たせ、交渉にあたらせています。そろそろ連絡がくるかと」
リブロ宰相の言葉を受け、陛下は隣にいる父上へ着目される。
「アラン」
「ただいま」
陛下の呼びかけに応え、父上は控えていた副官から通信機を受け取ると相手を呼び出す。通信の相手は恐らく深淵の森に向かった部下だ。
『はい』
「アランだ。首尾はどうなっている?」
緑の光を放つ通信機から響く声に、皆が耳を傾ける。
『はっ、それが――』
――そろそろだな。
聞こえてきた騎士の戸惑っているような声に、そんなことを思う。時同じくして、振り向いたグレイ殿下から側に来いと目配せされたので、俺とジンは命じられた通り机に近づく。
そんなグレイ様の動作を、周囲は通信機からの声を聞けるようにするための配慮と取ったらしく、同じように己の副官を円卓の側へ呼び寄せる。
『契約できたのは駆け出しの傭兵ばかりで、周辺にいた中堅以上の傭兵達には契約を履行中のため、自分達を雇用したいのならまず契約主と交渉してくれと。現在契約主について伺うために、元締めをしているアルゴ殿を探しております』
騎士からの報告に、陛下達が表情を険しいものへと変わる。
陛下達の変化は瞬く間に部屋全体へと伝わり、嫌な静寂が訪れる。そんな中、最初に口を開いたのは、グレイ様だった。
「ドイル」
「はい」
「お前、以前マーナガルムの件が気になるから、傭兵達を雇って深淵の森を調べさせるとか言ってなかったか?」
今思い出した、とでも言った様子で声をかけてきたグレイ様の言葉で、円卓の間中から視線が集まる。
深淵の森に行くと主張するのは、今が頃合ということらしい。
「調べさせている最中ですが」
そう答えた瞬間、べキと何かが折れるくぐもった音が聞こえた。
音源を見れば、大変痛い視線をこちらに向けているリブロ宰相と目が合う。俺とグレイ様が何をしようとしているのか気が付いたらしい宰相殿は、声を荒げ叱りたいのを必死に堪えているようだった。
「雇ったのは?」
「『炎蛇』という五十名程度の傭兵部隊とそこの統領を介して出会った傭兵をいくばくか、残りはアルゴという傭兵に適当な人数を集めるようお願いしました」
グレイ様にそう答えると、父上が驚いたように呟く。
「ドイル、いつの間にアルゴ殿と知り合ったんだい?」
思わずといった様子で、実家で会話する時と同じ口調で話しかけてきた父上に、俺は小さく笑う。公の場にいながら、父上が素で驚いた様子を見せるなど貴重だ。
俺達のそんなやり取りを何とも言えない表情で見る騎士団の団長や口端を緩ませるジョイエ殿、頭が痛むのかこめかみを解すリブロ宰相に、宥めるルタス補佐官とエルヴァ様、それから悔しそうな表情を浮かべ俺を睨む者達。
皆が様々な反応をみせる中、グレイ様は陛下に向かい合う。
「陛下、僭越ながらドイルが意見を口にする許可をいただけますか?」
「許そう」
「ドイル」
グレイ様に自身の口から告げろと促された俺は、さらに円卓に近づく。そして国王陛下と王太子、両名の視線を受けた俺は跪いた。
「私が雇った傭兵は、おおよそ百五十名おります。中には、私が契約変更の許可を出した証拠を示せと言ってくる者達もいるでしょうし、傭兵達の確保にこれ以上時間を割くのは得策ではないかと」
「されど、傭兵達の戦力は必須。二百あまりの兵力では、民を守りきることは不可能ぞ」
「存じております。しかし、傭兵の確保は私が深淵の森に向かうことで解決する問題です。また、僭越ながら私自身戦力になれるかと。常駐している騎士団や近衛騎士団の方々には、近隣住民の避難などに専念していただいた方が有意義かと存じます」
よく似た碧い二対の瞳が一つは誇らしげに、もう一つは仕方ないといった諦観を込めて俺を見下ろす。その目をじっと見返せば、陛下はすっと視線を外し、グレイ様へと目を向けられる。
「グレイ、お前が城を出ることはまかりならんぞ」
「承知しております。代わりといってはなんですが、ドイルと共にジンを」
グレイ様のその言葉に目を輝かせたジンが、俺の隣に膝をつき頭を下げる。
「よろしくお願い致します!」
「ジンと共に、必ずや陛下方のご期待にそう働きをしてまいります」
ジンに続き頭を下げれば、陛下は深いため息を零された。
「……いいだろう。傭兵達の指揮権はドイル、お主に与える。周辺住民が避難を終えるまで、深淵の森から魔獣を出さぬよう努めよ」
「承知致しました」
陛下のお言葉に緩む口元を引き締め、もう一度深く頭を下げる。時同じくして、部屋の入口の方からガタンッと席を立つ音が聞こえてきた。
「――っお待ちください、陛下!」
「結論は出た」
異を唱えようとした者の言葉を遮った陛下は、悠然と席を立つと皆に向けて告げる。
「出発は一刻後、魔術師団、騎士団共に第一陣として四十四名ずつ選出せよ。薬師十名とドイル・フォン・アギニス、ジン・フォン・シュピーツを同行させる。時は一刻を争う。速やかに行動せよ」
「「「はっ!」」」
陛下のそのお言葉にエルヴァ様やジョイエ殿、騎士団団長は臣下の礼をとると席を立った。その後を各々の副官が追っていく。
彼らの姿を見送った陛下は未だ円卓に座る者達を順々に眺めた後、異を唱えようした貴族へと目を向ける。
「――若者の活躍は眩しく映るものよ。焦りもしようが、それは杞憂に過ぎぬ。国政のなんたるかも知らぬ彼らだけでは、国は成り立たぬ。お前達が各々の役目を果たしてこそのマジェスタなれば、皆の働きには期待している。ゼノやセルリーを欠いたマジェスタなどとるに足らんと、周辺国家に思わせてはならぬぞ」
「! 承知致しました」
「「「「「陛下のお心のままに」」」」」
優しいその言葉に男は息を呑み、頭を垂れる。部屋に残っていた者達も男に続き拝礼すると、急ぎ席を立った。己が役目を果たすために。
「流石父上、見事だ」
ぼそりと呟かれたグレイ様のお言葉に、俺とジンも頷いた。
不満や焦りを呑みこませ、彼らを仕事に走らせた手腕は流石陛下である。長い間、あくが強いお爺様達を従わせてきた実力は伊達じゃない。
――この方がいたから、この国の民は王族への敬意を忘れないのだろうな。
俺とジンを睨みながらも足早に出ていった貴族達を見送りながら、改めて陛下に敬意を抱く。
四英傑や雷槍の勇者に聖女、多くの英雄が生きる国でありながら、マジェスタの民にとって最も尊いのは王族の方々だ。それは先の貴族達や俺達にとっても同じ。
「俺達も行くか」
「はい!」
この方達がいる国を守らねばならない、そんな気持ちを胸にジンに声をかければ、元気な返事が聞こえた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




