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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
155/262

第百五十五話

 魔獣騒ぎも収まった頃、サナ先輩は体調を心配したエルヴァ様によって治療室へと連れて行かれ、リェチ先輩とティム殿も二人について行った。

 その場に残った俺は、アルヴィオーネが連れてきた女性から話を聞くことにしたのだが、水牢に捕えられた彼女は驚くほどすんなり質問に答えてくれた。

 話を簡単にまとめると、地下で俺が会った男は彼女と同郷。しかしそこまで親しい間柄でなく、男と出会ったのは里を出てから。

 彼女自身は、数年前からエーデルシュタインで『ユリア』という名で暮らしており、現在はブリオ王太子殿下付のメイド。身を隠すスキルをいくつか保持しており、薬師達にフェニーチェの存在を仄めかした件と、魔術師の宿舎に忍びこみ魔道具を壊した件は自分がやったと認めた。

 フェニーチェの件は、クレアとブリオ殿下をくっつけるための情報集に忍びこんでいたところ、鉢合ってしまった薬師の気を逸らしたくて口にしたそうだ。

 魔道具に関しては、彼女の里の物だからという理由らしい。彼女の故郷は現在隠れ里状態らしく、魔道具に使われた材料や魔法陣から場所を特定されないようにしたかったそうだ。外で村に関するものを見つけたら壊すのが、里の外に出た者の義務だと彼女は言っていた。


 そして肝心の二日後に何が起こるのかというと、深淵の森からこの王都に向かって大量の魔獣もしくは恐らく魔王クラスの魔獣がやってくるらしい。

 あまりに曖昧な内容に彼女を問い詰めれば、「その件は彼奴が計画して一人でやっていたことだから、詳しくは知らないの」との答えが返ってきた。

 アルヴィオーネとラファールが問い詰めても答えが変わらなかったので、恐らく彼女は本当にそれ以上のことは知らないと思われる。

 他の話に関しては、嘘は言っていないがすべてを話しているわけではない、といった感じの印象だ。

 

 色々と詳しく追及したいところだが、その前に深淵の森からくるという魔獣達をどうにかしなければならない。

 そんなこんなで、話を共に聞いていたジョイエ殿は魔術師達と共に、陛下やリブロ宰相達に一連の出来事を報告しに行った。

 その結果、城内は騒がしくなり、現在は各方面への通達と詳細の確認中である。

 外をみれば、黒かった空は青みがかり地平線が白く輝いていた。白い光は徐々に太さを増し黄、橙と色を重ね、やがて真っ赤な太陽が顔を覗かせる。

 夜が明け、新たな一日が始まろうとしていた。




 空が明けゆく中、俺は魔獣と戦った場所からほど近い部屋にいた。

 部屋の中には俺とアルヴィオーネにラファール、一連の報告を聞いて合流したグレイ様とジンとバラド、それからユリアと名乗った件の女性。先ほどまでガルディとシオンもいたのだが、二人には用事を頼んだので今は退室している。

 部屋の中央には、アルヴィオーネによって作られた水牢が浮かび、黒と見紛うほど濃い真紅を纏った女性はその中に閉じ込められていた。


「私、本当に知らないんだってば。知っていることは全部話したし、もういいでしょ? 出してちょうだい。ほら、私一応ブリオ殿下付のメイドだから、朝食の準備とかしなくちゃいけないし」

『駄目に決まってるでしょ? あんまり聞き分けないこと言うならお仕置きよ』


 憮然とした顔で水牢から出すよう要求した彼女に、アルヴィオーネが告げる。次いで、つぃとアルヴィオーネが指を動かすと、水球の中で親指大の水滴が勢いよく跳ねた。

 

「え? ちょ、い、痛い痛い! 生意気言ってごめんなさい! 謝るから止め――」


 バチバチと霰でも降っているかのような音と共に、ユリアの悲鳴が聞こえてくる。怪我をするほどではないようだが手や足元など、肌が露出しているところが赤くなっているのでそれなりの威力はあるのだろう。


『大人しくする?』

「する! するから、これ止めて!」


 必死さが滲む彼女の答えに、アルヴィオーネは水滴を消した。


「ヒリヒリして地味に痛いし……なんで私がこんな目に」

『だって、元凶が逃げてしまったんだもの。仕方ないじゃない?』

「大半というか九割は彼奴が仕出かしたことなのに、理不尽だわ……」

『精霊も人の世も理不尽なものよ?』


 追い打ちをかけるアルヴィオーネと肩を落として嘆くユリアから視線を外し、グレイ様へと視線を向ける。

 グレイ様の手の中には通信に用いられる魔道具があり、交信を求め淡い緑の光を放つに通信機に魔力を流し許可を与えているところだった。


「何かわかったか?」

『はっ! 深淵の森に駐在中の騎士が報告された近辺を探ったところ、数えきれないほどの魔獣の気配を感知したとのことです。また、強い個体もいくつか見受けられるとのこと。つきましては半刻後、円卓の間にて会議を執り行うためドイル様やジン様とご一緒に出席するように、とのことです!』

「わかった。また何かあったら知らせてくれ」

『畏まりました。それでは、失礼致します』


 緊張を孕んだ兵士の声と共に、通信機は光を失う。

 交信を終えた通信機を懐に戻したグレイ様は、俺へと目を向けた。


「――だそうだが、お前はどうするつもりだ? ドイル」

「勿論、会議を終えたら深淵の森に行ってきます」


 俺が即答したことで、グレイ様の眉間に皺がよる。しかし、その口から文句や制止する言葉が出ることがなかった。

 現状、俺しか選択肢がないので当然である。

 マジェスタの戦力で有名どころといえば現近衛騎士団長である雷槍の勇者、四英傑に数えられる炎槍の勇者とセルリー様だ。

 しかし炎槍の勇者たるお爺様は、治療中のため深淵の森に遠征どころではない。

 かと言って、近衛騎士団長である父上を城から出すわけにはいかない。近衛が最優先すべきは、王族と王がいる城の守護だ。

 残るはセルリー様だが、この城には現在様々な国の王族縁の者や重役達がいる。彼らの手前、セルリー様も城の防衛要員として残らざるをえない。無事魔獣の群れを退けたとしても、使者達に万が一の事態があっては後の外交に支障をきたすからだ。


 ……不安にかられた使者達が、マジェスタ城を出るようなことがあっても困るしな。


 普通に考えれば帰路につく方が危険だとわかるだろうが、このような非常事態しかも頼る先が少ない他国に滞在中となれば、人間どのような行動を取るかわからない。

 冷静な判断ができず身を危険に晒した人間の責をマジェスタに求められても正直困るが、この件で使者に被害が出ればマジェスタの危機管理不足とされるのは明白だ。

 使者達の安全を確保するためにも城へ留まってもらわなければいけないし、そのためにも名だたる戦力は城に残さなければならない。父上やセルリー様が守る城ならば、自主的に出ようとは思わないだろうからな。

 となると、動くのは現役の騎士団長と魔術師団長だが、実績に乏しい彼らではマジェスタの民や貴族達が納得しない。民を不安にさせないためにも、確実に魔獣の群れを殲滅して帰還できるだけの戦力を向かわせなければならない。

 お爺様達とは別口でそれなりに名が知られている戦力といえば、俺だろう。グレイ様もそうと理解しているから、内心はどうあれ何も言わないのだ。

 恐らく、陛下や父上達も何も言わないだろう。他に選択肢がないからな。

 深淵の森に向かうにあたり障害になるものといえば、俺の活躍がおもしろくないマジェスタの貴族達くらいである。

 そんなことを考えていると、俺の内心を見透かしたかのようなタイミングでグレイ様が口を開く。


「……適任だというのは否定しないが、お前はクレアとの婚約を二日後に控えた身、それも昨日ゼノ殿と派手に戦った後だ。大事な式典を控えている、昨日の今日では体調が、とでも言えば表面上はお前の身を案じているよう装える。引きとめる理由に事欠かない以上、この機に及んでお前の出陣に文句をつける馬鹿は必ずいるぞ」


 煩わしげな表情を浮かべ告げるグレイ様の脳裏には、恐らく俺と同じ面々が浮かんでいるのだろう。

 貴族の中には、俺の活躍を望まない者も多い。

 グレイ様の信頼厚く、クレアまでもらう俺自身を厭うている者もいるが、彼らが俺の活躍を嫌がる最大の理由は、軍を運営することで生まれる利潤に関わるからだ。

 兵糧や武具、武器の手入れや兵達の娯楽品など、軍は維持するだけで大きなお金が動く。そこに自身の家で生産しているものをねじ込めれば大きな利益になるし、特定の商家から仕入れる代わりに袖の下を受け取ることもできる。

 つい最近までは大元帥にお爺様、近衛騎士団長に父上が就いていた。当然、軍備関係の最終的な決定権はお二人にあった。しかしお爺様達が己の立場を利用して、利益を貪るような真似をするわけがなく、楽においしい思いができる術があるのに、手を出すどころかお零れにあずかることさえできない状況だったわけだ。


 そんな中、お爺様の引退で騎士団のトップが代わった。懐柔もしくは上手いこと軍備の仕入れなどを任せてもらえれば、大きな利益を得ることができる。

 俺が騎士団に入ることは決定事項だが、それは将来の話。

 今の俺が軍内部に口を出す権利はない。

 俺やジンが正式に騎士団に入る前に、実入りがよい役職を自身と縁ある者達で占め、一掃できないほど組織化しておきたい。そう考えている奴らにとっては、俺達がエピス学園を卒業するまでの数年が勝負なのだ。

 しかし、ここで俺が目覚ましい活躍を見せ、褒賞として軍の役職をもらうことにでもなったら、すべて絵に描いた餅となってしまう。ゆえに、俺の活躍は歓迎すべきものではないのだ。

 軍の運営で得ることできる利権どうこう言っている状況ではないのだが、空気を読まない愚か者がいるから困ったものだ。


「嘆かわしいことに、国の将来でなく己のことしか考えられない者達がいるからな。そいつらを黙らせる術はあるのか? ないのなら、円卓の間へ行く前に陛下やリブロ宰相に一芝居頼んでおいた方がいい」


 そういって俺を見つめるグレイ様に、なんと答えるか思案する。

 将来を見据えるならば、煩い奴らは俺が自力で黙らせるのが望ましい。ここで存在を示せれば、様子見している者達を抱き込めるかもしれないからな。

 しかし、時間が惜しい状況でもある。故にグレイ様は、明確な手立てがないのなら陛下達の力を借りろと言外に告げているのだ。国の未来よりも、自己を優先する貴族達の茶番に付き合っている暇などないというわけだ。


 そろそろ戻ってきてもよさそうなんだが……。


 俺の答えを待つグレイ様に焦りを覚えつつ、【気配察知】を使いこの部屋に近づく気配がないか探す。

 煩い奴らを黙らせる手立ては、上手くいけばある。今はその結果待ちといったところだ。

 交渉に行かせたシオンには十分な条件を提示したので十中八九大丈夫だと思うのだが、曖昧な状態でグレイ様に報告するわけにはいかない。

 しかし、会議まで時間が迫っている。シオンが間に合わないようならば、陛下達にお願いしなければならない。

 さてどうすると考えたその時、部屋に近付く気配があった。

 サイズ的に成人男性、恐らくシオンだ。

 それから間もなくして、俺達のいる部屋の扉を叩く音が響く。


「入るぜ、若様」


 ノックしながら入ってきたシオンに、バラドが眉を顰める。しかし、そこは流石バラド、シオンに厳しい目を向けつつも状況を読んで小言を呑みこんでいた。

 大人しく控えるバラドを横目に、俺はシオンに交渉の行方を尋ねる。


「どうだった?」

「上手くいったってよ。森の近辺にいた奴らは全員若様に雇われ、言う通りにしてくれるそうだ」

「それはよかった」


 囁かれた報告の内容に笑みを浮かべれば、シオンも悪戯な笑みを浮かべる。

 騎士団と魔術師団が深淵の森へ向かうのは決定事項だ。そして同行しようとする俺に対し、邪魔が入るのも想定内。

 ならばどうするか。答えは簡単、俺が行かなければならない状況を作っておけばいい。

 騎士団も魔術師団も総員を連れていけるわけではない。その上お爺様達を欠いた彼らは、足りない分の戦力を傭兵達で補給することになる。

 去年マーナガルムが出現した影響で、深淵の森周辺での魔獣狩りは推奨されている。その関係で、装備を整えた傭兵があの周辺に数多く集まっているのだ。各団長は勿論、陛下やリブロ宰相もあの辺りにいる傭兵達を戦力として計算に入れているだろう。

 あてにしている傭兵達が俺との契約破棄を嫌がって求めに応じないとなれば、どうなるか。傭兵達の契約者である俺を、深淵の森に向かわせなければいけなくなる。というわけで、俺が現地に行けるようペイル・ジャーマ達に傭兵達の買収を頼んでおいたというわけだ。丁度いいことに、彼女が率いる『炎蛇』も深淵の森で生活費を稼いでいたからな。

 今頃現地にいる傭兵達は、俺が雇い派遣したことになっているだろう。

 報告を受けたリブロ宰相達が先行部隊を放ち、すでに交渉を始めている可能性があったが、シオンを通して連絡するだけだった俺の方が一足早かったようだ。


 ……それなりの金額を払い、シオン達を手元に置いておいた甲斐があってなによりだ。


 そんなことを考えていると、未だ側にいたシオンが小声で俺に問いかける。


「それにしても若様、アルゴの爺さん達といつ知り合ったんだ? 彼奴らが協力的だったお蔭で楽に交渉できたらしいが、姐さん達も驚いてたぜ?」


 シオンの口からでた名に、俺は首を捻る。次いで、アルゴという名を記憶の中から探した。

 そうして思い出したのは、ワルドの実家だという宿で呑み比べした傭兵。お爺様に近そうな年齢だったが、生涯現役と宣言しているだけあって手強かった。あの宿でも中々の古株らしく、持っていた情報もよかった覚えがある。


「呑み比べをする機会があってな。あの人そんなに影響力のある傭兵だったのか……」

「アルゴの爺さんはマジェスタ近辺を拠点にしている傭兵達の顔役だぜ? 俺も姐さんに連れられて挨拶にいったし」

「……それは幸運だったな」


 小声でシオンの質問に答えつつ、そんな凄い人物だったのかと驚く。同時に、これが終わったらお礼しに行こうと記憶に刻む。マジェスタを根城にしている傭兵達の顔役との縁は、今後も役に立つだろう。

 バラドに酒の手配でもさせておこうと考えつつ、会話が終わるのを待っていたグレイ様に向き直る。


「グレイ様。深淵の森近辺にいる傭兵達を全員買ったので、問題はありません」

「…………なるほど、それなら問題はないな」


 俺の報告に一旦考え込んだグレイ様は、少し間を空けて答える。次いで愉しそうな表情を浮かべた。


「傭兵達は契約を大事にするからな。契約の執行中は、彼らの契約者の口添えでもなければ交渉自体難しいだろう」

「こちらから連絡とるのは難しい傭兵も多いので、私が直接会って話さないと」

「それは大変だ。早く、皆に知らせなければならないな」

「ええ」


 茶番のような会話を重ね、笑い合う。

 傭兵達のお蔭で問題はなくなった。後は、煩い奴らを黙らせてさっさと深淵の森に行くだけだ。


「行くぞ、ドイル」

「はい。バラド、シオン、彼女達とこの場を頼んだ。すぐ戻る」


 笑みを消し告げたグレイ様に応え、バラド達にこの場を任せる。


「承知致しました」

「任せろ」


 深く腰を折ったバラドと軽く手を上げて応えたシオンに見送られ、俺達は陛下や多くの貴族が待つ円卓の間へ向かうべく部屋を後にした。



ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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