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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
154/262

第百五十四話 とあるメイド

 城中が寝静まり、日付も変わろうという時分。

 サロンへと続く廊下と客室棟に繋がる回廊の間に設けられた空間に、私は彼女といた。突如目の前に現れた私に身を固くしている彼女はサナーレ・テラペイア、あのドイル・フォン・アギニスが連れてきた部下の一人だ。

 硬直している彼女の頬に手を添えれば、驚きが恐怖へと変わる。見開かれた浅緑色の瞳には、目を赤く光らせた私の姿が映っていた。


「見ちゃったの? 困った子ね」


 囁き、頬に添えていた手とは逆の手で彼女の首に手刀を落とせば、その瞳は簡単に閉じた。

 意識を失い崩れ落ちる体を片手で受け止め、私はため息を零す。

 同胞であるあの男から突然連絡がきたのは、ブリオ殿下に夕食を出し終えた頃だった。宿舎に忍び込んだ犯人を捜す魔術師達の目を掻い潜り、同胞が提示した場所に向かう。そうして久しぶりに顔を合わせた同胞は、挨拶もそこそこに『魔獣達の育成に失敗した。もう俺の力では操作できない。戦いに巻き込まれて命を落とすなど御免だから、俺は騒ぎが収まるまでゼノスと身を隠す。お前も逃げろ』と言ってきた。


 恐怖や嘆きを喰らうために、人里に魔獣をけしかけることはたまにある。でも、精々山奥の小さな村に一、二匹放つくらい。それも大人が十人も集まれば倒せる程度の魔獣だ。全滅させてしまっては感情をいただくことはできないし、有名な土地や大規模にやると捜査の果てに人災が疑われる可能性がある。その結果、人に捕まり、一族の存在が明るみ出るようなことがあれば、静かに終焉を待つ同胞達にも迷惑がかかる。

 私達の存在を悟られぬよう、ひっそりと自然な形で悲劇を生む。それが外に出た者達の暗黙の了解であったというのに、あの同胞ときたら。


 マジェスタが落ちれば、次は私が住処にしているエーデルシュタインに危険が及ぶ。というか、森の番人たるマジェスタが敵わないのなら、周辺国家も軒並み大打撃を受けるだろう。 

 どういうつもりだと文句を言えば、『もう、時間がない』ときた。

 彼奴は我が一族でも強い方、操作できる規模も私なんかとは全然違う。管理できなくなるほどの数を扱おうとしたのか、個体が予想以上に強くなってしまったのか。どちらにしろ、私は巻き込まれたらひとたまりもない。

 だというのに、あの男は言いたいことだけ告げて去って行った。そのあまりにも身勝手な態度に、殺意が湧いたのは言うまでもない。


 しかし、希望はあった。

 思い出すのは、昼間の炎槍の勇者と次期アギニス公爵の人間の域を超えた戦い。二人は勿論、周囲に被害が及ばぬよう結界を張っていた老人と側に居た火の精霊、次期アギニス公爵に従っている風の精霊と水の精霊。他にも雷槍の勇者などこの国には化け物じみた強さを持つ者が沢山いる。

 人間側が勝つ可能性は高い。人災が疑われたとしても私は元々関係ないし、元凶の同胞はとっくに逃げおおせている。万が一私に疑惑の目が向けられたとしても、エーデルに戻ってしまえば調べられる心配はない。時間をかけて得たブリオ殿下付きのメイドという立場を手放さなくて済むし、深淵の森や王都周辺の村に被害がでればご馳走にありつける。

 そう考えた。


 ……よりにもよって、会話を聞いていたのがこの子だなんてついてないわ。


 腕の中にいる子を見て、溜息をつく。

 同胞との会話ばかりに意識がいき、存在を感知するのが遅れた。せめてメイド姿に戻る前に気が付いていれば誤魔化しようもあったけど、姿を変えるところまでばっちり見られている。

 こうなっては、逃げるしかない。溜息を零しながら、逃亡を決める。

 記憶の操作など私にはできない。目覚めたこの子が今見聞きした話を報告すれば、魔術師達の宿舎に忍びこんだ犯人は私だといずれ気付かれる。かといってこの子に手を出したら、次期アギニス公爵は必ず犯人探しを行うだろう。

 ああいった手合いは、身内を傷つけられたら地の果てまで追ってくる。

 政治や後宮など陰謀渦巻く場所が多い王城は、負の感情が満ちていて美味しい餌場だったけど仕方がない。ブリオ殿下付きになるまでの苦労を思えば残念どころでは済まないけれど、自身の命には代えられない。


 ……彼奴、次会ったら絶対殴ろう。


 そう心に決め、懐から眷属の欠片をとりだす。

 宿舎に忍び込んで以来、各建物の周りは魔術師達によって見張られている。移動に長けたスキルをもっているわけでもないし、一度見つかってしまえば戦闘が不得手な私では逃げ切れない。捕まらないためには、彼らの目を一カ所に集めなければならなかった。

 腕の中の子を床に寝かせ、その上に眷属の断片を置く。

 生き物や土地に漂う魔力を吸収し糧とする種なので、私の魔力をわけてあげればあっという間に大きくなる。この魔獣は再生能力や繁殖力に長け、斬られてもすぐに再生するし、一片の葉や蔓があれば新たな芽をだし増殖するのでいい時間稼ぎになるだろう。

 魔力を与え成長させる前に、サナーレを喰い殺さぬようきつく命じる。誤って彼女の命を奪っては、後が怖い。

 眷属であるこの魔獣が、魔王の血を引く私の命に反することはない。それでも念には念を入れて、彼女を喰い殺さぬよう何度も言い聞かせる。

 そうして、魔獣を目覚めさせるため大きく魔力を動かした瞬間だった。

 人の耳では認識できぬ音が、辺りに響き渡る。

 魔力を使った私を基点に広がる音の波紋に、私は慌てて【偽装】を使い周囲と同化した。次いで【気配消失】を使って部屋の隅へと移動する。そして、息を潜めた瞬間だった。


「ここか?」

「ここだ。探そう」

「……ようやく罠に引っかかるほど魔力を使ってくれたな」

「無駄にならなくて何よりだ」

「あれだけ頑張ったのに空振りだったら泣くって」


 駆けこんでくる者や魔法で転移してきた者、魔道具を使い仲間を呼び寄せる者など、様々な方法で魔術師が集まってくる。

 彼らは私の姿を探し辺りを見回す。しかし成長した魔獣を見つけ、意識が逸れた。 


「おい、魔獣だ!」


 私の目の前を、魔術師達がそう言って駆けていく。彼らの手には杖や魔道具が握られており、私と戦い捕獲する気だったのだと強く感じさせた。


 あ、危なかった……。


 私の捜索を止め、魔獣を取り囲む魔術師達に冷や汗が流れた。バクバクと鳴る心臓を押さえ、私は必死に呼吸を整える。

 間一髪だった。身を隠すのがもう少し遅ければ、私は魔術師達に見つかっていただろう。


「なんで城に魔獣が?」


 多くの魔術師達が集う中、まだ年若い魔術師が呟く。

 彼らの視線の先には、私の眷属がいる。大小様々な蔓が何千と絡み合い大木のようになった魔獣だ。私の魔力をわけた影響か三メートルちょっとの横幅に、九メートル近い高さを持つ魔獣は中々立派な外見をしている。

 植物だから火には滅法弱いが、魔獣の中にはドイル・フォン・アギニスの大事な部下を入れてある。彼女がいる限り、彼らは火など放てないはず。

 とはいえ、これで大丈夫とはいえない。彼らの意識が魔獣に向いているうちに、城から出ないと。


「召喚でもしたんでしょ? さっさと火魔法で片付けて、術者を探しましょう。まだ近くにいるはずよ」

「まて! 魔獣の中に人がいる!」


 女魔術師がその手に巨大な火の玉を宿すが、魔獣に囚われた女の子を発見した魔術師の言葉を聞いて霧散させる。

 思った通りの反応に、私は胸を撫で下ろした。

 サナーレに気が付きざわめく魔術師達を横目に、私はゆっくりと歩き出す。見つからないよう周囲の景色に同化しているとはいえ、大きな動きをすれば見つかってしまう。焦る気持ちを押し込め、少しずつ慎重に進む。


「早く救出しないと」

「とりあえず土壁で囲って足止めを――」


 そんな会話を聞きながら、サロンへと続く廊下に出る。廊下に人影はなかったが、細心の注意を払い進んだ。

 そうして喧騒が聞こえなくなり、人の気配もまったくしなくなったところで、近くにあった窓を開けて外に出る。

 足の裏に感じる柔らかな芝生と心地いい夜風に、私は詰めていた息を大きく吐いた。次いで文句が口から出そうになったが、寸前で呑みこむ。

 声など出したら、誰かに聞かれるかもしれない。先ほどのような罠が、どこに仕掛けられているかもわからないし、迂闊な行動は控えた方がいいだろう。

 宮廷魔術師を舐めていたことを反省しながら、慎重に進む。

 先ほどの罠は私が残した魔力を分析し、利用したものだった。同質の魔力を感知すると、特殊な音を鳴らし使われた場所を知らせる。メイド姿になるため【偽装】を使用した時は大丈夫だったので、魔力を感知するにはいくつか条件があるのだろうが、それでもたいしたものだ。

 あの罠は、城の敷地内すべてで発動するよう仕掛けてあったはず。でないと意味はない。短期間であの罠を作り、城の敷地内すべてに仕掛けて回るのは手分けしたとしても大変だっただろう。

 私が魔力を使うかどうかもわからないのに、ご苦労なことである。


 そこまでして、私を捕まえたかったとはね……。


 魔術師達の執念に、溜息が零れる。 

 正直なところ、宮廷魔術師達がここまでするとは思わなかったし、ここまでできるとも思っていなかった。だから、同胞が置き忘れた魔道具を壊すという仕事を安請け合いしたわけだけど、失敗だった。

 先代達が起こした大戦に巻き込まれながらも、崩壊しなかった国は伊達じゃない。化け物みたいな人間も沢山いるし、こんな国からはさっさと退散してしまうのが一番だ。


 そんなことを考えているうちに、私は城壁の側まで来ていた。

 城壁というだけあって結構な高さだが、このくらいの高さなら魔法を使えば上がれる。

 私は周囲に人の気配がないか確認し、城壁に登った。

 心地よい夜風が、私の髪をさらって行く。城壁の上は高く、城の全貌がよく見えた。月を背負うマジェスタ城は美しく、もう少し見ていたい気がしたけれど私にそんな時間はない。

 先ほど魔獣を放った辺りから、恐ろしいほどの魔力を感じる。あれは次期アギニス公爵の魔力、彼が魔獣と戦っているのだろう。彼を相手取るにはあの魔獣では力不足、急いで逃げた方がいい。

 犠牲にした眷属に謝り、私は結界と向き合う。次いで、とっておきの魔道具をとりだした。

 いざという時のために肌身離さず持っていた、防御用の魔道具だ。高価なくせに使い捨てだが、その代わり魔道具が形成する結界の強度は高い。これで身を守れば、城壁の結界を通り抜けても大した怪我にはならないだろう。

 

 ――次は、マジェスタと国交のない国に行こう。

 

 そう心に決め飛び降りようとした瞬間、背筋を走った悪寒に私は足を止める。

 それが、最大の失敗だと知らずに。


『――そんなところから出て、どこに行く気かしら?』


 声と共にひんやりとしたものが肩に乗った、そう思った次の瞬間、手、足、腰と冷たい何かが巻きつき、強い力で私を城の敷地内に引き戻す。抗えない力によって落ちゆく中、星空を背負い笑う水の精霊が見えた。

 ザプンッと音を立てて自身の体が水に沈んだのを感じ、私は咄嗟に息を止める。

体の周りを水が勢いよく巡り、水圧で押し潰されそうになる。しかしすぐに圧迫感はなくなり、体の周りから水が引いていく。楽になった体に首を傾げながら目を開ければ、水の壁越しに水の精霊と目が合った。


『貴方、ご主人様が追っていた子でしょう。皆あの魔獣に夢中で気が付いてなかったようだけど、部屋からここまで真新しい魔力の跡がしっかり残っていたわ』


 私が犯人だと確信しているらしく、彼女の言葉に疑問符はなかった。

 水の精霊を警戒しつつ、自身の現状を確認する。どうやら私は、精霊が創りだした水牢に閉じ込められたようだ。上下左右前後、私の周りすべてが水の壁で囲われている。

 なんとか脱出できないかと水の壁を試しに押してみるも、ビクともしなかった。

 元が植物系の魔王の子孫である私は水と相性がよく、普通ならば水を糧に力を増すことだってできる。しかし、この水牢からは魔力どころか水の一滴も奪えない。

 それはつまり、水の精霊が私より圧倒的上位者であるということだ。


「見逃してくれたりは?」


 焦る内心を隠し精霊にそう尋ねれば、彼女はにっこり笑う。


『見逃すつもりなら、そもそも追ってきてないわ。さぁ、行くわよ』


 無情な彼女の言葉に、私は肩を落とす。

 そんな私を他所に、水牢は宙を舞う水の精霊を追うように浮き上がった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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