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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
147/262

第百四十七話

 オレオルに弾かれ宙を舞う炎槍。次いで感じたのは、肉を斬る感触だった。

 エスパーダを伝った手応えに顔を上げれば、口端を上げ崩れ落ちるお爺様の姿。倒れ行くその体を、俺は刀を投げ捨て受け止めた。

 ドスッと槍が地に刺さる音やカランカランと刀が転がる音に構うことなく、両腕でお爺様を支える。


 ――見事。


 声なき声でそう告げられた後、増した腕の重さに込み上げる感情は、そっと目を閉じ呑みこんだ。


「長い間、お世話になりました」


 聞こえていないのは承知で、感謝の言葉を口にする。そして俺が与えた傷が広がらないよう慎重に、お爺様を地面に横たえた。

 意識はないもののお爺様の顔は満足そうで、安らかなその表情に思わず呼吸を確認してしまったが、弱弱しくも続く呼吸と思ったよりもしっかりした鼓動に安堵の息を零す。

 これほど傷ついてなお力強く脈打つ心臓に「流石だな」と思いつつ、俺はお爺様を治療してもらうため結界を解いてもらおうとセルリー様へ視線をやる。

 見上げた先にその姿はなかったものの、俺が求めるまでもなく結界は崩れ始め、幻想的な光景が広がっていた空には青色が覗いていた。


 ――ゎぁぁあああ!


 徐々に大きく、はっきり聞こえてくる歓声。

 周囲に張り巡らされた結界が解かれると共に、流れ込んでくる様々な声に視線を下ろせば、エルヴァ様率いる薬師達と母上やメリルが駆け込んでくる姿が見えた。


「急所の止血を最優先に手分けして処置を。急ぎなさい!」

「「「はい!」」」


 すぐさま治療にとりかかるエルヴァ様達と母上にお爺様を任せ、立ち上がる。転がったエスパーダとオレオルを拾い上げ、移動すべく邪魔にならない場所を探し辺りを見渡せば、セルリー様とグレイ様達の姿が目に入った。 

 いつの間にか地に降りていたセルリー様はなんらかの魔法を使い、観客達がなだれ込まないようにしているらしく、足止めされたグレイ様達と揉めている。


「セルリー殿、早くしてください」

「グレイ殿下はせっかちですねぇ」

「ドイル様! セルリー様、通してください!」

「はいはい。今通しますから落ち着きましょうね、ローブ君」


 しかしそれもつかの間、二言三言セルリー様と言葉を交わしたグレイ様達は彼の横をすり抜け、俺の元にやってくる。


「ドイル様!」

「「ドイルお兄様!」」


 駆け足でやってくるバラドとリェチ先輩達。その後ろから薬箱を抱えたレオ先輩と、涼しい顔を浮かべつつ急ぎ足のグレイ様がやってくる。

 そんな彼らの姿を視界に収めながら、俺はエスパーダとオレオルを鞘に仕舞った。




「エルヴァ様、追加の魔法薬をお持ちしました!」

「その薬はあちらの傷に。大まかな止血は終わったので、私とセレナ殿は凍った左腕の治療にはいります。他は凍傷優先で造血や傷の治療にあたりなさい。異変があったらすぐに知らせるように」

「「「はい!」」」


 エルヴァ様の指示のもと、慌ただしく走り回る薬師達。治療にあたっている薬師達の表情は真剣で、漂う空気は緊張を孕んでいる。

 血と土で汚れたお爺様の体を拭い消毒し、清潔な布や包帯で止血。大きな傷や重度の凍傷には治療薬や魔法薬、母上の回復魔法が使われ治療が進んでいく。その間お爺様に動きはなく、されるがまま。

 俺は少し離れた場所から、静かに横たわり彼らの治療を受けるお爺様を見守っていた。

 そんな俺の傍らにはグレイ様やバラド、レオ先輩達がおり、同じようにお爺様達を見ている。クレアはというと、観客達と同じくセルリー様に足止めされていた。王妃様方も同様に足止めされているので、治療の邪魔にならないよう、また普通の女性には血生臭いものを見せないようにという配慮だろう。


「……お前は治療を受けなくて大丈夫なのか、ドイル」


 お爺様の治療を静かに見守る中、グレイ様が躊躇いがちに口を開く。

 同時に、レオ先輩達の目が俺に向けられた。グレイ様の言葉に視線を強めた彼らの目は『なぜ、治療を拒むのか』と不満を語っており、俺は苦笑するしかない。


「大丈夫です。ご心配ありがとうございます、グレイ様」


 問いかけるグレイ様にそう答え、レオ先輩に向けて笑みを浮かべる。次いで大きく息を吸い、俺は姿勢を正した。

 お爺様ほどではないがボロボロの体は重く、本音を言えば座り込みたい。しかしその気持ちをぐっと堪え、己が足で立つ。

 ボロボロながら自力で立っている俺と、横たわり治療を受ける炎槍の勇者。勝敗は明白だが、満身創痍の中ぎりぎり勝ちを拾ったと思われては、重体に追い込む覚悟でお爺様を斬った意味がなくなる。

 

 ……先輩達の心配はありがたいが、観客達には炎槍の勇者を余裕で倒したと思ってもらわないといけないからな。


 歓声に混じる驚愕の声と畏怖の籠った視線を感じながら、俺は顔を上げる。背筋を伸ばして胸を張り、微笑みを浮かべ余裕をみせつける。

 畏怖と驚愕と尊敬。使者達や自国の貴族、魔術師団や騎士団、今この場に居るすべての者達の記憶に刻み込むためにも、ここで俺がへばって治療など受けるわけにはいかない。そのための、精一杯の痩せ我慢だ。

 それくらいグレイ様もわかっているのだろう。一瞬眉間に皺を寄せたのが見えたが、返ってきた答えは素っ気ないものだった。


「そうか」

「はい」


 俺のやせ我慢の理由に気が付いているグレイ様は、それ以上なにも言わなかった。

 そんな俺達にバラドやレオ先輩達が不満そうな目を向けるが、グレイ様は小さく首を振るだけ。

 グレイ様のそんな態度の理由を薄々悟りながらも、治療を諦められないレオ先輩は物言いたげな視線で俺を見つめる。その眼光は鋭く、厳しい。薬学を修める者として、レオ先輩も簡単に譲れないのだろう。

 しかしこれは、俺にとって意地でも張り通さねばならぬ虚勢。レオ先輩達の心配はわかるが、ここで折れるわけにいかないので俺は笑って誤魔化した。

 そんな俺にレオ先輩はますます目を細め、咎めるような口調で告げる。

 

「色々背負うのは自由だが、それで死んだら意味ねぇぞ」

「承知していますし、レオ先輩がいらっしゃるなら無用な心配だと思っています」


 そう告げ見返せば、レオ先輩は息を呑んだ。本心なのに酷い反応である。そのまま視線を外さず「本当に限界だったら有無をいわさず助けてくれるでしょう?」と畳みかけるように尋ねれば、レオ先輩はたっぷり一拍固まった後、大きくため息を吐き不服極まりないといった表情を浮かべた。


「……本音を言えば今も力づくで治療したいところだが、お前には立場つうもんがあるからな。今は大目にみてやらぁ」

「ありがとうございます」


 不本意ながら折れてくれたレオ先輩に礼を言えば、ギッと睨まれる。 


「今は、だ。あとで覚えとけ――」

「エルヴァ様、ゼノ様の意識が戻りました!」


 不穏な台詞をレオ先輩が言いかけた瞬間、薬師の一人が声を上げる。

 聞こえてきた言葉に俺やレオ先輩は勿論、近くにいた人々がお爺様へと視線を向けた。


「聞こえますか、ゼノ」

「――」

「セレナ殿のご助力があったとはいえ、相変わらずの回復力でなによりです。左手は動きますか?」


 意識が戻ったと聞き、エルヴァ様がお爺様に話しかける。

 患者に対するその声色は優しく、慈愛に満ちた表情と相まってとても安心を誘った。


「――」

「指だけで結構。腕は持ち上げなくていいです。それだけ動かせれば後遺症は大丈夫そうですね。大体の治療は終わったので、これから治療室に移動しますよ」

「――――」

「は? なに言っているんです。駄目に決まっているでしょう」


 しかしお爺様がなにがしかを告げた途端、優しかった声色に険が交じる。


「――――」

「ちょっと話すだけって、今しがた死にかけたところです。駄目に決まっているでしょう」

「――――」

「駄目です。死にたいんですか? 魔獣並みの回復力を持つ貴方でも、あまり無理するとドイル君の晴れ舞台に間に合いませんよ」

「――――ドイルに――」

「ちょ、待!? わかった呼ぶ、呼ぶから、起き上がるな! 折角止血したのが台無しになるだろう!? それ以上動くと、ドイル君と話す前に強制的に眠らせるぞゼノ!」


 険を含んだ声から呆れの籠った声色に変わる最中、横たわっていたはずのお爺様の頭が持ち上がった気がした。見間違いかと己が目を疑うと同時に、薬師達がどよめきエルヴァ様が焦った声でお爺様を制止する。

 一体なにが起こっているんだと、緊張した面持ちでエルヴァ様達の動向を見守る。そうしているうちに母上の焦った声も聞こえてきたかと思えば、立ち上がったエルヴァ様が振り返り、疲れた表情を浮かべ俺を呼んだ。


「義父様、あまりご無理は」

「ドイル君、ゼノがどうしても話したいことがあるらしい」

「すぐそちらにいきます!」


 お爺様にも聞こえるよう、大きな声で手招きするエルヴァ様に答える。


 ――母上の回復魔法やエルヴァ様の薬を使ったとはいえ、もう自力で体を動かせるとは凄い回復力だな。


 駆けつける最中、己の回復力や頑丈さを棚にあげそんなことを思う。

 肩まで凍らせた左腕に、大小さまざまな切り傷や凍傷、確かな手応えを感じた最後の一太刀。どれも殺す気で放った攻撃であり、お爺様の意識が途切れるほどのダメージは与えたはずだ。だというのに、この短時間で意識が戻り会話できるどころか、体を動かせるとは、相当無理はされているのだろうが驚くべき精神力と回復力である。

 とはいえ、これ以上お爺様に無理させてはエルヴァ様の仰る通りになってしまうので、急ぐ。式典には、是非参加してもらいたいからな。

 そんなことを考えながらお爺様の元に駆けよれば、体のいたるところに包帯を巻かれたお爺様と目が合った。


「ドイル」

「だから、起き上がるな!」

「しかし、それでは格好がつかぬ」

「重傷者の癖して格好だと? もう一度意識落とすぞ」

「じゃが」


 俺を見るなり起き上がろうとしたお爺様を、エルヴァ様が止める。しかしお爺様は寝たままの会話では不満があるらしく、食い下がる。

 薬瓶をちらつかせ脅すエルヴァ様と、どうにか身をおこそうとするお爺様。無理をするお爺様を止めたいが、重傷者ゆえエルヴァ様以外口を挟めないでいたその時、母上の後ろで静かに控えていたメリルが動いた。


「ゼノ様。これ以上のご迷惑は、セバスに報告しなければならないのですが?」

「それは止め――」

「では、エルヴァ様の指示にお従いくださいませ。私、セバスから『折角のドイル様の晴れ舞台。ゼノ様や奥様があまりにはしゃぐようなら、速やかに報告するように』と厳命されております。これ以上は『はしゃぎすぎ』にあたるかと」


 メリルのそれは、とても静かな宣告であった。

 しかしお爺様や母上には効果てき面だったらしく、お二人はさーっと顔色を悪くするとぎこちない動作で顔を見合わせる。


「お、義父様、大人しくしましょう?」

「そう、じゃな。あやつがくると、面倒じゃからな」

「ええ。この状況でセバスを呼ばれたら、折角ドイルちゃんに会えたのに礼儀作法の復習とかさせられて、それこそ当日まで話す時間がなくなってしまいますわ」

「うむ、貴族の心得を説くセバスが目に浮かぶわ」

「……セバスがきたら、リブロとルタスは間違いなく喜びますよ。勿論、私も。彼は貴方達の手綱をとれる、数少ない人材ですからね」


 お互いの言葉に深く頷き合う母上とお爺様に、エルヴァ様が疲れたように告げる。メリルはそんな三人を見つめると、用は済んだとばかりに後ろへ下がり再び母上の後ろに控えた。

 彼女の表情に変化はないが、漂う雰囲気はどこか満足気である。セバスという手札を隠し様子を窺い続け、絶好のタイミングで手札をきってみせた彼女の内心は、きっと達成感に満ち溢れているのだろう。元気そうで、なによりである。

 相変わらずなメリルに苦笑しつつ、俺は大人しく横たわったお爺様の側に膝をついた。


「お爺様、母上、お話し中失礼致します」


 お爺様がこれ以上の無理をする前に、話しかける。怪我させた俺が言うのもなんだが、出来ればお爺様には元気な姿で出席していただきたい。そんな気持ちで話しかければ、お爺様はその双眸を俺に向けた。


「高いところから失礼いたします、お爺様。お呼びとのことでしたので、参上いたしました」

「ドイル」


 なにを告げられるのか緊張している胸中を隠し笑いかければ、お爺様は俺の名を呼び黙り込む。

 そんな俺達を母上は小さく笑うと、「また後でね、ドイルちゃん。義父様も無理しないでくださいね」といってメリルの元に向かった。

 母上の行動に倣うように、一人また一人と薬師達が立ちあがり俺達から距離をとる。離れたといっても患者が居るので声の聞こえる距離だが、皆でお爺様を覗き込んでいた時より圧迫感が減っていく。そうして、エルヴァ様も立ち上がり少し距離をとるとお爺様はゆっくり口を開いた。


「剣の腕も、氷魔法も素晴らしかった。今日に向けて鍛錬してきたのじゃが、完敗だったわ!」


 お爺様の台詞に「そんなことない」と言いかけて、呑みこむ。お爺様に槍を置いていただくならば、それはもう俺が口にしてはいけない言葉だ。

 自分などまだまだと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、俺は告げる。


「ありがとうございます」

「……本当に、強くなったわ」


 謙遜も否定もせずただ礼を言った俺に、お爺様は噛みしめるように呟いた。そうして寂しさを湛えた目を一度閉じると、その双眸で俺を見据え告げる。


「いままで、すまなかったドイル」


 そう告げたお爺様の目は、強い覚悟を秘めていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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