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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
139/262

第百三十九話

『こっちよ』

「わかった――ジョイエ殿、こちらだそうです」

「はい」


 歴代の王族達を描いた肖像画が飾られた回廊を、アルヴィオーネの先導に従いジョイエ殿と共に歩く。セルリー様の発言を受け、俺達は現在魔道具から伝う魔力の残滓を追っているところだ。


 ……つくづく、精霊って凄いよな。


 ふわふわと浮かびながら先を行くアルヴィオーネを追いかけ、そんなことを考える。

 粉々になった魔道具を取り囲み、これからどうするか悩む俺達に、アルヴィオーネはなんでもないことのように声をかけた。彼女曰く、完璧には追えないだろうが、薄ら侵入者の形跡が残っていると。

 彼女が言うには、蜘蛛の糸のような淡い魔力の名残のため、手がかりを得るのが先か魔力が自然に還るのが早いか微妙なところらしく、追ったところで犯人に辿り着かない可能性が高いそうだ。しかしそれでも、やらないよりはマシ、なにか手がかりが見つかれば儲けものである。

 俺達はあの場を副官殿とセルリー様に託し、慌てて魔術師達の本部を後にした。

 そうして今に至る。


 壊された魔道具から続く淡い魔力を追って辿り着いたのは、高位貴族達が使うサロンとも近い、多くの賓客が泊まっている客室棟へと続く回廊だった。

 絵が陽光で焼けないよう設計されている所為か、陽は昇っているというのに回廊は薄暗い。ただ、嫌な薄暗さでなく木陰の中にいるような印象を受ける。

 それに歴代の王と王妃の肖像画がかけられている回廊と違い、庭園で王子達が駆け回っている絵や質素な服で寛いでいる姿など様々な場面が描かれており、家族写真に近い雰囲気がある。絵に描かれた王族達が穏やかな表情を浮かべているお陰で、不思議と落ち着く空間となっていた。

 そんな雰囲気が好まれたのか、まだ早い時間帯だというのに回廊にはちらほらと使者達の姿が見える。


「おはようございます、アギニス公爵様」

「おはようございますアルモニー殿。良い一日をお過ごしください」

「ありがとうございます。公爵様もよい一日を」

「ありがとうございます」


 時折かけられる声に応えながら、アルヴィオーネを見失わないように急ぐ。しかし周囲に気取られても困るので、優雅に急ぎ足で回廊を進む。


「アギニス様、このような場所で魔術師長と一緒とは、何事です?」

「警備お疲れ様です。ちょっとセルリー様に呼び出されただけですのでお気になさらず」

「……それは朝から災難な。お気をつけて」

「ありがとうございます」


 賓客達が宿泊している棟にも近い回廊だけあって、ジョイエ魔術師長と俺という組み合わせに声をかけてくる騎士もいるが、セルリー様の名を出せば問題ない。隣にいるジョイエ殿が『魔術師長が朝から使い走りか、大変だな』という同情をいただいている間に、サクサク進んでいく。

 そうして多くの人を捌き、居並ぶ肖像画に描かれた名も知らぬ王族の中に陛下やグレイ様、クレア達の面影を探す余裕が出てきた頃、ジョイエ殿がぽつりと呟いた。


「流石ドイル様ですね。これほどあっさりここまで来られるなんて。僕だけでは、ここに入る許可が出るまでに一時間はかかったと思います。仮にすんなり入れたとしても、サロンに向かう貴族様になぜここにいるのか、詳細な説明を求められたでしょう。その間に、この痕跡など消えてしまいます。そもそも痕跡を追ってくださる精霊様もいませんし……」


 アルヴィオーネを追いつつ周囲を見渡していたジョイエ殿は、俺へ視線を向けると感心したのか不条理を噛みしめているのか、ため息を零す。

 そんな姿に、俺は彼を取り巻く環境を思う。

 ジョイエ・フォン・ヘクセ魔術師長、正直言って彼の立場は微妙である。

 彼の家は父君の功績が認められ准男爵を賜っている。しかし世襲はできても実質的な特権を持たない准男爵では、いくら本人がセルリー様の一番弟子で魔術師長の地位にあろうとも、ある程度の爵位を持つ貴族達は靡かない。その地位も就いたばかりで実績が足りず不確かだからな。


 残念なことに、ジョイエ殿には魔術師としての実力はあれど、貴族達への発言力がほぼないのだ。権力のなさは魔獣討伐などの通常業務には影響しないが、今回のように城内でなにかしようと思った時には致命的である。城内の統括に関わる役職は、名家出身が占めているからな。

 さらに高位貴族は多くの特権を持ち、城内にも彼らだけに許された場所がある。この奥にあるサロンのように。

 歴史ある家柄を誇りにしている彼らの矜持は、良くも悪くも高い。名高いセルリー様ならまだしも、目立った功績も持たない准男爵が彼らの領域で自由に動くことなど許しはしないだろう。

 セルリー様なら許されたことも、今のジョイエ魔術師長の元では許されない。そんな状態が続けば宮廷魔術師達の不満は溜まり、近いうちに足並みが揃わなくなる。

 だからこその俺である。

 セルリー様の『お願い』は『足りない身分と権力を補ってあげてください』という意味だと俺は受け取った。セルリー様が表立って動くと、復帰を望む輩が調子づき余計な火種を生む。なので、ジョイエ殿が貴族と揉めた時は俺に守ってほしいというわけだ。

 代わりに差し出されたのは、魔術師団。

 俺がジョイエ殿につけば魔術師団の自由度は確実に増す。そして庇護を失いたくない宮廷魔術師達は、ある程度俺に協力的にならざるを得ない。

 セルリー様にお願いされて魔術師団に協力するという構図は、俺達にそういった関係を築けと言っているように感じられた。つまり俺はセルリー様直々に、ジョイエ殿の後ろ盾に指名されたってわけだ。


 ……ん? そうすると、俺は案外セルリー様に認められてたりするのか?


 ふと思い至った可能性に、そんな馬鹿なと自身で突っ込む。

 丁度その時、ジョイエ殿が再び口を開いた。


「……セルリー様も仰っていましたが、僕に魔術師長の座は早かったのでしょう。ドイル様と違って、僕は与えられた地位に見合った功績も権力もありません。今回だって本部内への侵入を許し、セルリー様が足場固めにと残してくださった魔道具まで壊されて。そればかりか、こうしてドイル様にご助力いただけるように取り計らっていただいて――なんて情けない。セルリー様が呆れてなにも言わないのも当然ですよね」


 自嘲するようにそう告げたジョイエ殿は、俺に返答を求めていたわけではないらしく、自然な動作でアルヴィオーネへ視線を戻す。唇を噛むその目には、悔しさが浮かんでいた。

 どこかで見たその姿に記憶を探る。大して時間をかけず、許しも叱りもしないセルリー様に彼が同様の表情を浮かべていたことを思い出した。同時に、いつもの笑みを浮かべながらどこか急いだ様子だったセルリー様の姿が脳裏に浮ぶ。


 ……今思えば、あれは急いでいたのではなく焦っていたのでは?


 本部の中に侵入を許すという魔術師団の失態、ひいてはジョイエ殿の危機に焦っていたのではなかろうか。俺の元を訪れたセルリー様を思い出し、なんとなくそう思った。

 あの方は己にも他人にも厳しい。目をかけている相手であっても、その実力を測り間違えたりしないだろう。ジョイエ殿になら可能だと思ったから、魔術師長の席を譲ったのだ。

 そもそもセルリー様が彼に呆れていたとしたら、俺にお願いなどしない。貴族間で『お願い』とは『借り』をつくるに等しいからな。

 ならばなぜセルリー様は俺に態々『お願い』してきたのか。

 それは単に、ジョイエ殿にはそうしてやるだけの価値があるからだ。


「セルリー様は、呆れているわけではないと思いますよ」


 己の無力さを噛みしめているジョイエ殿を横目に、セルリー様の真意を推測していた俺は、気付いたらそう口にしていた。

 そんな呟きにジョイエ殿が驚いていたが、考えに没頭していた俺は思いついたまま言葉にしていく。


「え?」

「本当に貴方を見限っているのならば、私に『借り』を作ることになる『お願い』などしません。ジョイエ殿には、私の身分を利用してでも守る価値があるのでしょう。言い換えれば、貴方以外に魔術師長を継がせる相手はいないとセルリー様はお思いなのでは?」


 口に出したことでストンと胸に落ちた考えに、一人納得して頷く。

 そう、セルリー様の一連の行動を顧みるに、今回の件であの方が一番危惧しているのはジョイエ殿が潰れることである。

 ジョイエ殿も言ったとおり、引退の際にセルリー様が露呈させていった不審な魔道具は手っ取り早く実績を重ねさせるためのものだったのだろう。そうしてある程度足場ができ、なるべく対等な立場になってから俺と対面させて、さらなる功績をと考えていた。今回このような事態になったのはセルリー様にとっても不測の事態だったと思われる。故にあのように俺と魔術師長を少々強引に対面させた、と考えるのが恐らく正解だ。

 下手な貴族に潰されるよりは、多少俺と魔術師団の間に上下関係が生まれてもいいというわけだ。

 セルリー様はジョイエ殿を、誰もが認める魔術師長にしたい。そう考えると、本部でジョイエ殿達になにも言わなかった理由にも見当がつく。

 見えてきたセルリー様の考えに、気分を高揚させながら進む。訳もわからないまま転がされるのが常だったので、確信を持ってその意図を読み取れるのは気持ちがいい。


「し、しかし、セルリー様はなにもおっしゃりませんでした」

「それは貴方が魔術師長だからでしょう? あそこで貴方や見張りをしていたお二方を叱咤しては、いつまで経ってもセルリー様が」


 魔術師団の最高権力者のままですから。

 と続けようとしたが言いかけたところで、俺は慌てて口を噤む。しかし時すでに遅く、俺の言葉を聞いたジョイエ殿は目を見開き、足を止めていた。


 ……失敗した。


 セルリー様が自力で気付かせたかっただろう事柄を口にしてしまい、反省する。ぎりぎり最後の言葉は言わなかったが、ついつい気分が高揚して色々説明してしまった。


「ジョイエ殿、行きますよ」

「――え、ええ」


 ほとんど答えを言ってしまったようなものだが、せめてもの抵抗とばかりにジョイエ殿の肩を叩き現実に引き戻す。

 たたらを踏んだ彼がアルヴィオーネを見ながら歩き出したのを確認し、俺も前を向いて歩き出す。

 セルリー様は無言を貫くことで、これからの魔術師団の手綱を握るのはジョイエ殿だと示したのだ。素直に優しい人とは言えないが、あの人は俺達のこれからを真剣に考えてくれている。

 そう思うと、やはりジョイエ殿の質問に答えてしまったのはよくなかった。この程度でセルリー様の思惑に大きな支障はでないだろうが、これはジョイエ殿が自力で理解すべきことだった。


「――このままでは駄目だとわかっていました。でも叶うなら、ずっとこのままで居たかった」


 俺が心の中で深く反省していると、零れるような呟きが聞こえた。いやに耳に残るその台詞にジョイエ殿を見れば、彼は寂しそうな表情を浮かべ、堪えるように目を閉じる。


「寂しいですが、別れの時なんですね――これからは僕が」


 なにかを噛みしめ、そっと目を開けた次の瞬間、ジョイエ殿はその口元に弧を描く。

 その表情の変化は、言葉にし難く。曇り空の割れ目から光が差すような、どことなく希望を感じさせる鮮やかな変化だった。


「教えてくれてありがとうございます、アギニス様」

「――いや」


 俺を見返し告げるジョイエ殿に言葉が見つからず、そう答えるのがやっとだった。

 そんな俺を気にすることなく、ジョイエ殿は前へと進む。アルヴィオーネを追いかけるジョイエ殿に、己を卑下していた先ほどまでの雰囲気はなく、同一人物とは思えない自信に満ちた表情を浮かべていた。その表情と纏う空気に、俺はたった今、人が変わる瞬間というものを目撃したのだと、理解する。

 同時にほっと胸を撫で下ろした。セルリー様の邪魔をしてしまったかと思ったが、俺の杞憂だったようだ。セルリー様の真意を受け取り、なんらかの決意を固めたジョイエ殿に、俺も小さく笑みを浮かべる。

 そうして会話もないまましばらく歩んだところで、アルヴィオーネが止まり告げた。


『……ここまでね。これ以上は薄れてしまって追えないわ』

「わかった。ジョイエ殿、ここまでだそうです」


 ジョイエ殿に、アルヴィオーネの言葉を伝える。告げられた内容に魔力の残滓が続いていたと思われる方向に目をやった彼は、俺に向き直り言う。


「わかりました。あそこを調べるために、もう少しご助力いただいてよろしいですか? アギニス様」

「勿論」


 迷うことなく俺に助けを求めた彼に、頷いてやる。

 アルヴィオーネが止まったのは、回廊を抜けサロンがある場所とは反対方向に進んだ廊下の中ほど、城から少し離れた客室棟へと繋がる道だった。ここから侵入者が向かう場所など一カ所しかない。


「助かります。では報告と準備のために一度戻りましょう」

「そうですね」


 必ず正体を暴き、捕まえる。

 そんな強い意志を浮かべたジョイエ殿に、俺は力強く頷いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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