第百三十八話
――どうかお幸せに。
各国の要人が集まるサロンで、そう告げたブリオ殿下と別れ大庭園へ足を進めた。そうして庭園でご婦人方の玩具になった後、再びブリオ殿下達の元を訪れたがすでにその姿はなく。彼らは与えられた部屋に戻ったとメイドから聞いた俺とクレアは、グレイ様達と合流し役目を果たした。
それが昨日のことである。
やけに潔かったブリオ殿下や到着が遅れているアグリクルトの使者達など気になる事柄は多い。ゼノスの件や薬師が見たという謎のメイドの件もある。しかし時は着々と過ぎ、クレアとの婚約式までもう少しだ。
彼女との婚約に不安は無い。照れくさい気持ちは拭えないが、彼女と正式に婚約できることを俺は嬉しく感じている。
当日やることと言えば衆人環視の中で誓いをたて、式典後の晩餐会で彼女をエスコートするだけ。人目に晒され緊張するような柔な精神はしていないし、いまさらダンスや礼儀作法を案じる必要はない。そう感じられるほど、過去に指導してくれたセバスには深く感謝している。
とはいえ一応主役である俺には、本来なら衣装合わせや式典の詳細など決めなければならないことが沢山ある。
しかし俺の衣装はバラドがアギニス家やグレイ様達と相談し用意していたらしく、すでにデザインが出来上がっていた。なので、採寸して終わり。滞在中の衣装もしかりである。その上、クレアの衣装は「当日のお楽しみですわ」と言って相談されず、式典に関してはグレイ様が「俺に任せておけ」と言って関わらせてくれない。
他の細々したイベントに関しても母上や王妃様達が張り切っており、気が付けば俺の意見を挟む余地などどこにも残っていなかった。
まぁ、特に希望があったわけではないのでいいのだが、主役の片割れであるはずの俺が一番暇とはこれいかに。
張り切って祝おうとしてくれるのは、嬉しいが……。
今日も今日とて忙しそうにしていたグレイ様達を思い出し、ぼんやり考える。俺の知らぬところで結託している彼らに、式典当日がちょっと恐ろしくなった今日この頃である。
「――ドイル君、ここです」
「はい」
文句はないが今一つ腑に落ちない己の現状について考えていると、前を歩いていたセルリー様が足を止め呼ぶ。
俺が足を止めたのを確認したセルリー様は、特にそれ以上告げることなく扉と向き合う。その姿を視界に収め、俺は改めて今朝の出来事を思い出した。
『ドイル君は暇ですよねぇ? 少々付き合ってください。損はさせませんよ』
朝食を終えているかも微妙な、一般常識と照らし合わせると非常識に部類される時間帯にやってきたセルリー様は、開口一番にそう告げると俺の可否を聞くことなく歩き出した。
その際、セルリー様はいつもどおり笑みを浮かべていたのだが、その顔に愉悦はなくどちらかというと急いでいるようにも感じられた。なにか異変があったのだろう思わせるには十分なその表情に、俺は言われるがままアルヴィオーネと共についてきたというわけだ。
ちなみに、アルヴィオーネ以外の面々には部屋で待機するよう伝えてある。自由行動させると碌なことがないと学んだばかりだからな。
そうしてセルリー様に連れられ歩くこと十数分。辿り着いたのは、城の敷地内に建設されている魔術師団の本部であった。
――コンコン、ガチャ。
扉の前で立ち止まったセルリー様は、おざなりなノックをすると中からの返事を待たずノブを引く。
セルリー様の手によって扉が開けられると同時に、むわっと魔力が噴出した。それは瞬間的なものであったが、肌に感じたその魔力に興味を引かれ扉の中へと視線を向ければ、床や壁の至るところに魔道具や素材、本や資料らしき紙束がひしめいているのが見える。
「いらぬ心配でしょうが、周囲のものには手を触れない方が身のためですよ?」
「承知しております」
扉の中に広がる光景に答えれば、セルリー様はさっさと部屋に入り進んでいく。その背を追いかけ俺も部屋の中に足を踏み入れる。
『久しぶりに入ったけど、年々凄いことになっているわねここ』
「そうなのか?」
『ええ。前はもう少しマシだったわよ? といってもその男が長になる前の話だから軽く六、七十年前の話だけど』
アルヴィオーネの言葉に相槌を打ちつつ、初めて入る宮廷魔術師達の領域を観察する。希少な魔道具や資料が乱雑におかれた室内は大変興味深く、色々な意味で壮観だった。
魔術師団、そこに所属する彼らを人は宮廷魔術師とも呼ぶ。
名門貴族や己の実力で這い上がってきた平民達がこぞって目指す、魔術師のエリート。全員の保有魔力量は勿論、個々が持つ魔法適性や関連スキルは民衆とは一線を画する。魔法に特化した集団である。
その歴史はマジェスタ建国当初からと長く、此処近年ではセルリー様のご活躍のお蔭でその名声を高めた。現在は彼の方の一番弟子であるジョイエ・フォン・ヘクセ殿が長を務められている。
彼らの主な仕事は、マジェスタ国内における治安維持や魔法関連の問題解決、それから魔法に関連する研究だ。前者の仕事はともかく、後者の研究をやりたくて宮廷魔術師を目指す者も少なくない。研究のみを行う専門機関もあるが、そこは主にパトロンの意向に沿った研究を求められるので意外に自由度が低く、宮廷魔術師の方が人気だ。
国の発展に役立つと認められれば潤沢な資金が国家予算から支払われる上、城には個人では到底入手できない素材や研究資料が集まる。なにより、宮廷魔術師には国が用意した研究成果を試す場所がある。これが魔法大好きな奴らからすれば案外馬鹿にできない特典らしく、数少ない宮廷魔術師の採用枠を巡り、毎年熾烈な争いが繰り広げられる一因となっているそうだ。
颯爽と魔獣討伐する姿などしか知らない民にはあまり知られていないことだが、貴族や城勤め関係各所からは、『卓上の理論では満足できない生粋の魔法馬鹿』という認識が強い。あんまりな評価な気もするが先日のラファール達への執着を見れば、仕方ないといえよう。
そんな宮廷魔術師達には騎士団同様、城の敷地内に専用の宿舎が用意されている。日頃から魔窟と揶揄されるそこは廊下だけは綺麗だが、部屋に一歩入れば魔道具や陣が描かれた布、杖や魔石など魔法に関連するだろう物で溢れている。さらに部屋の奥へと進めば、力尽きて床で寝ているものや怪しげな笑みを浮かべ一心不乱に作業に没頭する者達がそこかしこで見られ、正に魔窟と呼ぶにふさわしい雰囲気だ。
……バラドや先輩達は置いてきて正解だったな。
多種多様な魔法関連の品々から漏れ出た魔力が醸し出す濃密な気配に、俺はそんな感想を抱く。魔力を色という形で見ることができれば、この部屋はカラフルで目が痛い色彩に染まっているに違いない。思わずそんなことを考えるくらい、雑然とした魔力が部屋に満ちていた。
そんな部屋の最奥。
無秩序だったここまでよりは幾分片付けられているスペースに、その人達はいた。
ジョイエ魔術師長と副官殿それから部下だろう宮廷魔術師二人が、難しい表情で足元に広がる粉々になったナニかを見つめている。接近しているセルリー様と俺には目もくれず、真剣な様子で話し合う彼らからは近寄りがたい空気が出ていた。
しかしそこはセルリー様。彼らの間に流れる緊迫した空気などなんのその、といった様子でジョイエ魔術師長達に近づくと声をかける。
「お待たせしました。ジョイエ、これが件のものですか?」
「そうです」
「ご足労いただき申し訳ございません、セルリー様」
突然の登場に驚いた様子もなく答えた魔術師長と副官殿は、気配で気が付いていたのだろう。セルリー様に深々と頭を下げる副官殿を他所にジョイエ魔術師長は、ちらりと俺に視線を寄越す。
俺の隣に居るアルヴィオーネを目に留めた魔術師長は、瞳を輝かせた。その後しきりに辺りを見渡した彼は「風の精霊様は?」と視線で問いかけてくる。
大変見覚えのある視線に「お前もか!」と心の中で突っ込みつつ、とりあえず丁寧にお辞儀しておいた。次いで今はセルリー様を優先しろと視線で示せば、彼は師と俺を見比べ肩を落とす。
しばし未練がましい視線を送ってきていたジョイエ魔術師長だったが、それもつかの間。
「――これはまた、派手にやられましたねぇ」
「面目ないかぎりです」
「本当ですよ。このようなところまで侵入を許すなど情けない。貴方に魔術師長の席はまだ早かったですかねぇ」
「申し訳ございません」
粉々に散った破片を眺めていたセルリー様が発した言葉に、魔術師長は深く頭を下げる。悔しそうに唇を噛む彼を一瞥した彼の方は、次いで二人の魔術師へと視線を向けた。
見ていて可哀想なくらい身を縮めていた二人は、セルリー様に見据えられ恐る恐る口を開く。
「ずっと見張っていたのですが……」
「気が付いたらこの状態でして……」
「言い訳は結構」
一生懸命顔色を窺いながら述べた二人を、セルリー様はバッサリ切り捨てる。
相変わらず厳しい人だ。
「「申し訳ございません!」」
魔術師二人は慌てて謝罪の言葉を口にするも、セルリー様は彼らを一瞥しただけだった。許しも叱りもしないセルリー様に顔を歪めるジョイエ魔術師長と頭を下げる二人の魔術師、そんな彼らを心配そうに見やる副官殿。
和やかとは言い難い空気を漂わせている彼らを他所に、セルリー様は俺を手招きして呼ぶ。
「ドイル君、これ元はなんだったと思います?」
「……魔道具でしょう? それもこの辺りでは滅多に見ない、希少な陣が描かれていた」
「え?」
セルリー様の問いかけにため息を零しつつ応えれば、ジョイエ魔術師長から間の抜けた声が聞こえた。
驚く魔術師達を横目に示された破片を見る。床に散らばっているそれを見るかぎり、金属と木材と魔石から構成されており、素材だけみればよくある魔道具と変わらない。しかし、破片の周囲には結界を張っていた痕跡が見られ、ここにあった魔道具が普通とは違う特別なものだったことが読み取れる。さらにこの場の雰囲気と魔術師長と副官殿という大物がいることから、破片と成り果てたこれがガルディの言っていた『調べる価値のある魔道具』だろうと察するのは容易い。
なにより、俺の発言に息を呑んだ魔術師長達の態度が、その推測に信憑性を持たせてくれたからな。
……セルリー様はなんだかんだいって、お爺様と仲がいいみたいだからな。
恐らくこの人はガルディから情報を得たことを見越して、俺をここに連れてきたのだろう。つまり、俺に犯人捜しを手伝ってやれということだ。
未だお爺様やセルリー様の復帰を望む声は多い。長の座を譲ったばかりのセルリー様がここで出張っては、ジョイエ魔術師長の今後に差し支える。煩い奴らを調子づかせるよりは、俺に借りを作る方がずっといいというわけだ。
「なんでもあまりよろしくない効果で、人の手に余る魔道具だったと聞きましたが?」
「やはり知っていましたか」
「ええ、まぁ……それで壊されたのは何時頃ですか?」
「昨日の深夜から日の出前にかけてです。日が昇ると同時に事が発覚したらしく、私に連絡がきたのは先ほどです」
セルリー様と互いが持っている情報を軽く交換していく。
誘い文句どおり俺に損はなく、それどころかセルリー様や魔術師達に恩を売れるので、手伝うことに異論はない。
「私は動けませんからねぇ。お願いできますか?」
「勿論」
俺の返事などわかっているだろうに、わざわざ問うセルリー様にそう答える。
探ろうと思っていた魔道具が壊されたと聞かされるだけで、俺は勝手に動いただろう。そしてそんな俺の行動をセルリー様が読み切れなかったは思わない。そこをあえて、俺がセルリー様に頼まれて魔術師達に協力してやるという構図に持ってきたのは、俺に恩を売らせるためか、それともジョイエ魔術師長達に俺と知り合う機会を与えたかったのか、それともその両方か。
厳しいんだか優しいんだか……相変わらず考えが読みにくい人である。
「よかったですねぇ、ジョイエ。私の代わりにドイル君が協力してくれるそうです。水と風の精霊の力を借りられるだけでなく、いざという時の後ろ盾もドイル君ならばっちりですからね。多少の無理もきくでしょう――ああでも、権力を振るってくれるかはドイル君の心次第ですからねぇ。なるべく仲良くすることをお勧めします」
「えぇ?」
俺の返事に気をよくしたセルリー様は、ジョイエ魔術師長に明るい声で告げる。
師の申し出に驚きの声を上げる魔術師長と、優しげと言えなくもない表情で弟子を見つめるセルリー様に、そういえばジョイエ魔術師長はぎりぎり貴族にひっかかる程度の家柄だったなと、俺は思い出していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




