第百二十六話
槍の勇者にはなれない。
七年前に告げられたその一言をきっかけに、沢山のことがあった。
アメリアお婆様との思い出の刀を託してくれたウィン大叔父様と、必死に引き留めてくれたオブザさん。
二人との出会いを境に抱いた暗い感情は、長い間消えなくて。多くの人を傷つけた。
離れゆく殿下の背と俺を責めるお爺様の視線、期待を失望に変えゆく人々のため息。寂しそうなクレアの姿にメリルやセバス、バラド達の物言いたげな視線。悲しみを堪え、いつでも変わらぬ笑みを見せてくれた父上と母上。
何度思い返しても後悔は数知れず。
しかし、愚かだった己が歩んできた道を忘れる気はない。
同時に沢山の人から色々な想いを貰ったから。
挫折も絶望も後悔も抱え、今ここにいる幸せを噛みしめて。
俺はこれからも皆と一緒に歩んでいく。
喜びを謳う曲に合わせ軽やかなステップを踏む紳士淑女達が場の空気を華やかに飾り、より一層の盛り上がりをみせる舞踏会。
その一角で、ウィン大叔父様とグレイ様が『東国からの使者』と『マジェスタの王太子殿下』として交わしている、形式にそった挨拶が終わるのをじっと待つ。
勿論俺の隣にはクレアがおり、後ろにはバラドやレオ先輩達がいる。
「――それではどうぞ、舞踏会をお楽しみください」
「ありがとうございます。かような御心遣い感謝いたします、グレイ殿下」
二人が挨拶を終えたのを確認した俺は、グレイ様に視線で了承を得て歩み出る。場所を空けてくれた殿下の横にクレアと共に並び、ウィン大叔父様とオブザさんの前に立つ。
数年振り、しかもこのような場では会うのは初めてなのでなんだか新鮮だった。
……見上げていた記憶しかないしな。
見上げずともはっきり見えた二人の顔に、そんなことを思う。
ふわんとした不思議な雰囲気を纏い、父上と同じ碧色の瞳を細め俺を見るウィン大叔父様は相変わらず優しげで。猫毛な金髪に混じった白髪が、あの日から長い月日が経ったことを感じさせる。
一方のオブザさんはウィン大叔父様の護衛という立場故、一歩後ろで控えていた。隙のない佇まいで周囲を警戒する様は衰えを感じさせず。むしろ当時よりもずっと濃さを増したというか、熟練した鋭さを感じる。
しかし綻んだ口元が、細められた赤土色の瞳が、俺との再会を喜んでくれていると感じさせてくれた。
優しい眼差しを向けてくれる二人を前に、俺は背筋を伸ばす。
軽く顎を引き、肩甲骨をよせるように動かし胸を張る。
相手から視線は外さない。
右足を軽く下げ、右手を胸元に添える。
その際、緩く握っていた手は、指先を揃え真っ直ぐ伸ばして。
左手を横方向へ水平に差し出し、背を丸めないよう軽く上半身を倒す。
いつもよりも間をあけて一、二、三と心の中で数え。
ゆっくり姿勢を正したら、相手と視線を合わせ心からの微笑みを。
「――ご無沙汰しております、ウィン大叔父様」
護衛としてきているオブザさんの名を、この場で呼ぶことはできない。
しかしそれでもウィン大叔父様とその後ろに控えているオブザさんに見てほしくて、万感の思いを込めて俺にできる最高の礼を贈る。
グレイ様とクレアに挟まれ立つ俺を見て、笑みを深めたウィンお叔父様とオブザさん。
優しい眼差しをみせる二人へもう一度笑いかけ、俺はクレアを紹介する。
「こちらは、この度私と婚約することになりましたクレア第三王女です」
「お初にお目にかかります。この度ドイル様と婚約することになりました。クレア・フォン・マジェスタと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
「ご丁寧にありがとうございます、クレア王女様。私は東国の王より代理として遣わされました、ウィンカル・フォン・グラディウスと申します」
ドレスの裾を摘まみ微笑むクレアに挨拶を返したウィン大叔父様は、顔を綻ばせ再び俺に視線を戻す。
「ドイル君も久しぶりだね。さすが、公爵家継嗣だ。あの時も凄いなと思ったけど、先ほどの礼はずっと綺麗で、思わず見惚れてしまったよ」
「ありがとうございます」
初対面の時と同様に、優しげな笑みを浮かべ褒めてくれたウィン大叔父様に、俺も笑い返す。
そんな俺を見て眩しそうに目を細めるウィン大叔父様と、オブザさんの視線がくすぐったかった。
「……本当に、立派な青年になって。アランもセレナさんも鼻が高いだろう」
「だといいんですが」
孫を愛でる祖父母のように、ふにゃりとした笑みを浮かべるウィン大叔父様にそう答える。
たまに母上の名で荷物が届くが、手紙などのやりとりはない。父上とも、お爺様達の引退騒ぎの時に顔を合わせたきりである。あの時は衣装を届けにきてくれた父上にお礼を言っただけだった。
入学式の日、『待っていてほしい』といった俺の言葉を酌んでくれているのだと思う。
父上と母上が最近の俺の噂をどう思っているかはわからない。
でも、喜んでいてくれたら嬉しい。
そんなことを考えていると、俺の内心を見透かしたようにウィン叔父様は「間違いないよ」と答え笑う。
次いで、場所を譲ったというのに立ち去らず俺の隣に居るグレイ様へ視線を向けた。
そして俺に視線を戻すと、再び口を開く。
「ゆくゆくは、アランのようにグレイ殿下をお守りするんだね」
「はい」
確認するかのように告げられた言葉に、俺はしっかり答える。
それが俺の生きる道なのだと伝わるように、力強くはっきりと。
「――そう。それは素晴らしいことだね」
躊躇うことなく答えた俺に言葉を途切れさせたウィン大叔父様は、何かを噛みしめるように一度目を閉じると、次いで優しい声色で告げる。
喜んでくれている、と感じさせるその言葉と声に俺が答えるよりも先に、その言葉を聞いていたグレイ様とクレアが口を開いた。
「ドイルが守ってくれるならば、これ以上心強いものはないと思っています」
「私もドイル様がお兄様のお側にいてくだされば安心だと思っておりますわ」
「そうですか」
「「はい」」
二人の言葉にウィン大叔父様は、嬉しそうに応える。
そんなウィン大叔父様に頷くグレイ様とクレアに、頬に熱が集まるのを感じた。
迷いなく言い切ってくれる二人の言葉が、恥ずかしいけど嬉しい。
そんな俺をみていたオブザさんが『よかったね』と小さく口を動かすものだからよけいだ。
赤らんでいるだろう俺の顔をちらりと見て口端を上げたグレイ様に、何とも言えない気持ちで俺も笑う。きっと今浮かべている笑みは、とても情けないものだろう。
「――頑張ったんだね、ドイル君」
そんな俺達をひとしきり眺めた後、告げられた言葉に息を呑む。
同時にこの人はすべてを知っているのだなと思った。はっと顔を上げた俺を見て、優しく目尻を下げたのがいい証拠だ。
七年前のオブザさんとの出会いで、俺が己の適性を知ったことも。それをきっかけに、道を誤ったことをも。今に至るまでに俺が歩んできた道をすべて、この人は知っている。
……それもそうか。
ウィンお叔父様とオブザさんは長い付き合いだと聞いた。子供の頃出会い、ウィン大叔父様が東国に婿入りした時再会して、それからずっと共にいるといっていた。それだけ長い付き合いならば、互いのスキルの一つや二つは知っていて当然だ。
それに加えてウィン大叔父様は父上が全幅の信頼をおく方。手紙のやり取りも頻繁にしていたし、俺のことも色々相談されていただろう。
ぐっと込み上げる感情を呑みこむ。
熱くなる目頭を誤魔化すように、息を吸って吐いた。
すべてを知った上で「頑張ったね」と言ってくれたウィン大叔父様に、みっともない姿を見せるわけにはいかない。
「――ありがとうございます」
すべてを知っていながら当時のことを口にしないでくれるウィン大叔父様と、愚かだった俺の口止めを七年間守り続けてくれたオブザさん。
二人の物言わぬ優しさに、深く感謝する。
礼を告げた俺に微笑み優しい眼差しを向けてくれるウィン大叔父様と、護衛の姿勢を崩さないものの、目尻を下げ口元を綻ばすオブザさん。
二人の前に立ち、俺は胸を張る。
俺の居場所はここです、と。
「うん――ところで、後ろにいる子達も紹介してもらえるのかな?」
「よろしければ」
「勿論」
そんな俺にウィン大叔父様は小さく頷いた。
次いで、俺達の後ろにいるバラド達に目をやり期待の籠った目を向けるウィン大叔父様に、俺も笑顔で答える。
「俺の身の周りの世話をしてくれているバラドです」
「お初にお目にかかります。ドイル様の側仕えをさせていただいている、バラド・ローブと申します」
俺の言葉にスッと歩み出たバラドが、深々と腰を折る。
バラドの姿と名に懐かしそうに目を細めたウィン大叔父様は、変わらぬ優しい口調で問いかけた。
「セバスのお孫さんかな?」
「はい。グラディウス様のお話は祖父や父上からかねがね」
「碌な話じゃなさそうで嫌だなぁ」
バラドの言葉に子供の頃でも思い出したのか、ウィン大叔父様はちょっと嫌そうな顔を浮かべた。恐らくセバスと色々あったのだろう。彼はちょっと厳しいからな。
アギニス家の者ならばとおっただろうセバスの授業を思い出し、俺も苦笑いを浮かべる。その時丁度目が合ったウィン大叔父様と思わず苦い表情で頷き合って。
次いで零れた笑いに、俺はレオ先輩の名を呼んだ。
「共通の思い出話はまた後ほど――こちらは俺の専属薬師となる予定のレオパルド・デスフェクタ先輩とその助手となる予定のリェチーチ・テラペイア先輩とサナーレ・テラペイア先輩です」
「初めまして。エピス学園の薬学科に所属しております、レオパルド・デスフェクタです。卒業後はアギニス公爵家でお世話になります」
「治療薬を専門にしております。リュチーチ・テラペイアです!」
「魔法薬を専門にしております。サナーレ・テラペイアです!」
「「お世話になります!」」
若干緊張しているのか三人とも短い。それでも俺のために、使い慣れないだろう丁寧な言葉遣いで言葉を紡ぐ先輩方にウィン大叔父様は優しげな笑みを浮かべる。
「ドイル君が選んだんだ。さぞ優秀なんだろうね」
「はい。三人とも、引く手数多なんですよ?」
「それは重畳。優秀な薬師が側にいるのはいいことだ」
な、と視線を投げかけたウィン大叔父様に、オブザさんも深く頷く。
「ドイル君をよろしくね」
「「「はい!」」」
ウィン大叔父様の言葉に力強く答えた三人に和んだ俺は、グレイ様の後ろで先ほどからそわそわしている奴に目配せする。
此奴を俺が紹介するのは、ちょっと違う気がするんだがな……。
「こいつはグレイ殿下の側仕えなので、俺が紹介するのもどうかと思いますが」
「ジン・フォン・シュピーツと申します! ドイル様には及びませんが、共にグレイ殿下をお守りできればと思っております故、以後お見知りおきを!」
「……元気だねぇ」
堪えきれず俺の言葉を遮り身を乗り出したジンに、ウィン大叔父様は苦笑いである。
しかしその後ろで俺達を見持っていたオブザさんは、目を見開き固まっていた。
……『視た』のか。
まじまじとジンを見た後、気遣わしげに俺を見るオブザさんに彼がジンの適性を『視た』ことを感じとる。
物言いたげな顔で俺を見るオブザさんに大丈夫だと微笑みかけて、俺はかねてから思っていたことを口にする。
「ウィン大叔父様」
「ん?」
「ジンは、お爺様が目をかけている槍の名手でして。近い将来、父上の持つ槍を継ぎ『槍の勇者』を名乗るようになるでしょう」
「……それは」
穏やかに告げた俺にウィン大叔父様は微妙な表情を浮かべる。同時に、いくつかの息を呑む音が聞こえた。
そんな彼らに込み上げる感情そのままに笑みを浮かべ、俺は自信満々に言い切る。
「大丈夫です。俺にはウィン大叔父様が下さったエスパーダという『勇者の槍』に勝るとも劣らない名刀がありますから。それに、これでもお爺様と父上と母上の血を継いでいるのです。ジンが『槍の勇者』を継いだところで負ける気がしません」
一旦言葉を区切り、碧の瞳を真っ直ぐ見つめ胸を張る。
そしてジンは勿論、グレイ様やクレア、バラド達や先輩達に言い聞かせるようにはっきりとその言葉を告げた。
「槍に拘らなければ、俺は誰よりも強い」
そう言い切って、オブザさんに目を向ける。
じっと俺をみているオブザさんに「そうでしょう?」と視線で尋ねれば、力強く何度も頷いてくれた。
周りに目を走らせれば、グレイ様とレオ先輩は目を見張り、クレアとバラドは頬を染めて俺を見ている。リェチ先輩達は目を輝かせ、ジンは熱い視線を向けてくる。
グレイ様とレオ先輩はともかく、他の面々は何を考えているのか手に取るようにわかった。
そんな中、熱い闘志を灯した瞳で俺を見るジンに笑みをくれてやる。
――悔しかったら、俺を負かしてみせろ。
そんな俺の態度にジンが見えない耳をピン! と立てたのを感じつつ、「まぁ、負けないけどな」と胸中で呟く。
俺が一番ほしかったものを易々と手に入れられるジンには、生涯負けたくないと思う。
「さっすが若様、超男前!」
「……君は?」
「ああ。これは最近縁がありまして雇うことになったシオンという傭兵です」
「……傭兵」
そんな俺を茶化すように声をかけてきたシオンに苛立ちを感じていると、俺の宣言に呆気にとられていたウィン大叔父様が奴に興味を示したので紹介する。
若干投げやりな紹介になったのは、仕方ないだろう。
「これって……いつも思うんだが若様、俺に対して酷くねぇ?」
「いつも余計なことを言うからだ。いいから早くウィン大叔父様に自己紹介しろ」
「――はいはい。『古の蛇』に所属しているシオンだ。一応、若様の護衛」
「そうですか……」
納得いかない表情を浮かべていたものの、俺に促されシオンがウィン大叔父様の前に歩みでる。ぶっきらぼうともとれる簡潔な自己紹介に思わず眉を顰めるも、シオンに対し微妙な反応を見せたウィン大叔父様が気になり口を噤む。
シオンに何かあるのか問いかけようとした瞬間、グレイ様に声をかけられ俺は言葉を呑みこんだ。
「ドイル、そろそろ行かねば。周囲が気にし始めたぞ」
「そう、ですね」
時間切れのようだ。
グレイ様の言葉に周囲を見渡せば、確かに人々の視線を感じる。少々長居し過ぎてしまったらしい。
年配者はウィン大叔父様を知っているらしく視線を向ける者はいないがそれ以外、若い世代や他の国の使者達がこちらを気にし始めている。
自国の貴族はともかく各国の使者達に、マジェスタと東国の関係を勘ぐられてはよろしくない。大広間に流れる曲も、いつの間にかゆったりした曲に変わっているし、これ以上この場に居るのは互いのためにもひかえた方がよさそうだ。
ウィン大叔父様もそう思ったのだろう。残念そうな表情を浮かべ、別れの言葉を口にする。
「名残惜しいけど、また別の機会だね」
「そのようですね。お時間をとらせてしまい、申し訳ございません」
各々、手早く別れの挨拶を告げていく。
解散の雰囲気を漂わせる俺達に、視線が散っていくのを感じほっと息をつく。
他の使者達も「なんだ気にしすぎか」といった表情で、再び舞踏会を楽しみだしていた。
ギリギリセーフだったようでなによりである。
「それでは、失礼いたします」
最後にもう一度二人に挨拶をして、グレイ様達と共に歩き出す。
『また、後でね』
別れ際、そう小さく口を動かしたオブザさんに頷き、俺は皆に混ざってその場を後にした。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。




