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甘く優しい世界で生きるには  作者: 深/深木
本編(完結済み)
111/262

第百十一話 ゼノ・フォン・アギニス

お陰さまで筆記・実技試験共に合格し、進級できることになりましたので、本日より更新を再開させていただきます。


 部下と別れ戻った自室で一人、先ほどのことを思い返す。


『――承知しております、お爺様』


 思い浮かぶは、儂の言葉にしっかりと頷いたドイルの姿。

 入室から退出までの間、反論はおろか言い訳一つしなかった孫の姿を思い出し、儂は懐から通信用の魔道具をとりだす。

 そして、魔力を流しこんだ途端淡く点滅しだした緑の魔石を眺めながら、喰えない性格をした旧友を思い浮べた。


『――はい』

「……儂じゃ。実は先ほどまでドイルとおったのじゃが――」


 魔道具が淡い光を放ったまま、点滅を止めるのは通信がつながった証。

 光が安定してすぐに聞こえてきた、長い近い付き合いとなった男の声に、儂はゆっくりと先ほどまでのことを語りだす。

 相手の都合など聞かんのは今さらじゃ。本当に忙しければ、緊急の用件ではないとわかった時点で通信を切られておるはずじゃからな。


 ……そういえば、あの直後も此奴に会いに行ったな。


 黙って耳を傾けてくれるセルリーに事の顛末を語りながら思い出したのは、ドイルに初めて槍を与えた直後のこと。

 儂がおると自信満々に言い切って魔獣が闊歩する森へ連れ出したというのにはぐれてしまい、あわやのところで助け無事連れ帰った。

 あの時もアランやセレナ、セバスやメリルに散々文句をいわれた後、儂はセルリーに会いに行った。そして事の顛末を、正直に話したのじゃ。

 あの時、馬鹿にされるとわかってなお此奴に会いに行ったのは、アメリア亡き後、儂に畏怖することなく本心のまま罵倒してくるような人間は、此奴しかおらんからじゃった。

 そして今回も。

 初日の手合わせから、今日の説教に至るまでの経緯を語りながら、儂はゆっくりと当時のことを思い返した。




 


 五歳になったばかりのドイルに槍を与えたのはつい最近のこと。

 無垢な瞳を輝かせ、楽しそうに槍を振り回すドイルの姿に、頬を緩めたのは儂だけではなかろう。

 初めての槍に興奮し、嬉しそうに振りまわすドイルに基礎となる型を教えてやれば、あっという間に覚え見られる形で槍を振るようになった。槍の鍛錬をさせても、嫌がるどころか嬉しそうに励む姿に「血筋じゃな」と思ったのは記憶に新しい。

 是非アメリアにも見せてやりたかった。まぁアメリアのことじゃ。きっと草葉の陰で喜んでくれておるじゃろう。


 そんな将来が楽しみな我が孫に、魔獣をみせてやろうと思い立ったのはつい先日。

 新人騎士の為に毎年行われる深淵の森での魔獣狩りは、騎士団内での恒例行事じゃ。勿論入りたてのひよっこに大怪我をさせる訳にはいかないので、尻拭いができるよう森に詳しい者や腕のいい先輩騎士を同行させ見守る。

 ドイル自身、幼いがこちらの話をよく聞き理解できる敏い子じゃ。それなりに自分で考え行動することも出来る為、連れていっても問題ないと思ったのじゃが……。

 それがまさか、このような事態になろうとは。




「元帥! この先真っ直ぐいったところにドイル様がいます!」

「うむ!」


 部下の声に導かれ森の中をひたすら走る。前に立ちふさがる木々をあいている手で退け、心細い思いをしているだろう孫の元へ急ぐ。


 この魔獣狩りは新人達の腕前は勿論、冷静さや判断力を見る為のものじゃ。故に先輩騎士は余程の事態にならなければ介入せん決まりじゃ。勿論、魔獣に対し間違った対処を行おうとも注意などせん。

 魔獣討伐の任務にあたるなら、その土地に住まう魔獣のことを事前に調べておくのは騎士として当然じゃからな。それに口頭で注意するよりも、実際に痛い目に遭い学んだ方が身になるものじゃ。

 その為、毎年必ず準備不足で下手を打ち、魔獣に追われる新人がおる訳じゃが、今年はよりにもよってワイルドボアーでやらかしおった。


 ワイルドボアーは五~十程度の群れで行動する魔獣で、短い脚と寸胴な体に見合わない優れた運動能力を持つ。オスの成体などは3メートルをゆうに超え、大きな鼻の横に並ぶ二本の牙は獲物に刺さると爆発する大変危険な魔獣である。

 じゃがその一方で、牙が主な攻撃手段であり、直線的な攻撃が多い為、一匹ずつ仕留めれば何の問題もない魔獣でもある。餌や罠などを使いばらして一匹ずつ仕留める、もしくは木の上などに身を隠した状態で弓などを用いて一匹ずつ殺していくのが一般的じゃ。


 だというにあの馬鹿な新人は、何を思ったのか群れを見つけるや否や、群れの中に突っ込んでいきおった! 

 お蔭で十数匹にも及ぶワイルドボアーに同時に追いかけられておった。

 そこでいっそ開き直って自らを囮とし、追ってくるワイルドボアーを仲間に仕留めてもらえばまだよかったのじゃ。なのに、あの馬鹿は助けを求めて仲間の元に向かった為、仲間達も共に追いかけられる事態となった。

 そこまできてようやく先輩騎士達が助けに動いた訳じゃが、中々に大きい群れだった為事態の収拾に手間取ってしまった。

 そしてようやく事態が収束したところで、ドイルとはぐれた、との一報である。


 ワイルドボアーを見た際、ドイルが木の上に逃げていくのが見えた。そして木の上で群れが通り過ぎるまでやり過ごし、その後我々を追ってくる姿も見た。冷静な子じゃ。

 途中までは、ドイル同様木の上でやり過ごした騎士達と共に、我々の後を追ってきていたはずじゃ。じゃから安心しておったのじゃが、あちらはあちらで別の魔獣に出くわしたらしく、途中ではぐれてしまったらしい。

 はぐれたことに気が付き、蒼白な顔で駆け込んできた騎士を叱咤するのはお門違いじゃろう。ドイルの身の安全は儂の責任。ドイルの側にいなかった儂が悪い。


「元帥! ドイル様の側に魔獣の気配が――」


 枝を掃う手や足元から聞こえるメシッ、バキッという無残な音に構うことなく森の中を突き進む。そして告げられた言葉の内容を理解するや否や足に力を込め、限界まで速度を上げた。

 慌てた部下の声が遠ざかるのを感じながら、ひたすら走る。

 そして遥か前方に見えた光景に、儂は全力で炎槍を振った。

 

「ドイル! 無事か!?」

「――お爺様」

 

 生命の危機から解放されしばし呆然としておったようじゃが、儂の姿を認めた瞬間、ドイルの瞳に涙の膜が張っていく。瞬きすれば落ちそうなほどたまった涙は、しかし零れることはなく。

 

「はぐれて、ごめんなさい」


 唇を噛みしめながら、己の足で立ち上がり。

 ぐっと零れそうな涙を拭い、告げたドイルに強い子だと心から思った。






 ……思えばドイルは昔から我慢強い子じゃったな。


 あの時を振り返りしみじみ思う。

 ドイルは結局、最後まで儂を責めたりはせんかった。謝罪すべきは側にいなかった儂だというに先にドイルに謝られてしまい、なんと声をかけていいかわからなくなったことを今でもはっきりと覚えておる。

 じゃが、儂が贈った槍をぎゅっと握りしめ言葉を待つドイルに、どうしたものかと困惑したのはつかの間じゃった。

 幾ら聡明な子とはいえ、当時のドイルは幼子。謝罪の瞬間こそ堪えてみせた涙は次から次へと溢れ出し、最終的には声を上げて泣き出した。

 そんなドイルを慰め、背負い帰ったのはいい思い出じゃ。


 ……悪いのは目を放した儂じゃというのに。


 あの子はいつだってそうじゃ。

 己に厳しく、人に甘い。

 槍の一件も、何も知ろうとせず期待だけを押し付け、勝手に失望した儂を責めなかった。

 そして今回の件も。


 見張りをつけなかったのは儂じゃし、自由にさせたのは儂じゃ。ドイルは儂の与えた自由にこれ幸いとのっただけ。後から知って、怒るなどお門違いじゃろう。

 ガルディの件とて直接伝えたわけではないし、連れ歩くよう命じた訳ではない。ドイルにガルディを同伴させる義務はなかった。

 儂の説教はとても理不尽なものであっただろうに、こちらの心配を感じ取り、大人しく受け入れ謝罪するドイルはできた孫じゃ。


『――で? 貴方はドイル君が何も言わないものだから、罪悪感にかられて私に連絡ですか。悪いことしたのに相手に優しく許されて罪悪感にかられるなんて、何処の餓鬼の話です。いい歳してみっともないと思わないんですか? 本当に貴方は成長しませんねぇ……まぁ「顔もみたくない」といわれないだけ、よかったじゃないですか。あれだけの仕打ちをした上、理不尽に叱りつけても慕い尊敬してくれる孫なんてそうそういませんよ。よかったですねぇ。ドイル君が優しい子で。貴方の様な人間があれだけできた孫を持てたのです。アメリアの血に感謝して、己の僥倖を噛みしめたらいかがです?』

「セルリー。だからこそ儂はじゃな――」

『「ドイル君の為に何かしてやりたい」ですか? 貴方は何様ですか。消化できない己の罪悪感をどうにかしたいなど甘いのですよ。貴方を罵倒するも許すもドイル君の自由でしょう。ドイル君の選択を黙って受け入れるのが、貴方の役目です。老い先短い貴方が楽になる為に、未来ある少年の邪魔をするものではありません』

「うっ」


 事の顛末を話し終えた途端、流れるように繰り出された言葉の数々に反論を試みる。しかし、言いかけた言葉の続きをあっさり当てられた上、ばっさり切り捨てられてしまい言葉に詰まる。


「……し、しかしじゃな。違っていたからいいものを、本当にオピスに縁ある傭兵団だったら危険過ぎるじゃろう?」

『なに馬鹿なことを言っているのです。オピスだろうとなんだろうと、ドイル君にかかれば傭兵団の一つや二つ楽勝でしょう。貴方の孫であり、由緒あるアギニス公爵家の血を引き、雷槍の勇者と聖女の血を受け継いだ子です。ドイル君がマーナガルムを両断したのは偶然なんかではありません。当然のことです。その上、風の精霊に愛され、私の指導を受けた子ですよ? 最盛期であるアラン殿ならまだしも、老い衰えた貴方など簡単に越えられるでしょう。本人に足りないのは、とっくに貴方など越えているという自覚とその力を使う覚悟です。貴方にどんな幻想を抱いているのか知りませんが、ドイル君は貴方には到底及ばないと思い込んでいます。そしてそれが彼の能力を抑制してしまっている。真にドイル君のことを想うのなら、虚勢を張るのは止めてドイル君に本当の実力を実感させてあげたらどうです?』

「……」

『ゼノ。アラン達もそうですが、貴方もいい加減認めるべきです。あの子は優しい子ですから、貴方達が心から望めば籠の中で大人しくしてくれるでしょう。しかしそれではいけません。いいですか? その耄碌した耳をかっぽじってよくお聞きなさい。我々大人が期待を押し付け失望している間に、あの子を囲い守ってあげられる時期は終わったのです。過ぎた時間は戻らず、あの子は既に我々の手など必要としていません。そのことを悔やむ資格など、貴方達にはないのです。そうさせたのは、貴方達を含む周囲にいた大人達なのですから。手合わせしたのならわかったでしょう? ドイル君は心身共に十分強い。また、彼に足りないものを補ってくれる部下もちゃんと手に入れています。彼に無いのは、その力を存分にふるう為の自由です』

「セルリー」

『貴方がドイル君にしてあげられることは、彼に老い衰えた力を晒してその力を自覚させてあげることと、枷をつけようとする大人達を退けることだけです』


 きっぱり告げられた言葉を認めるのは、辛い。

 しかし同時に、心の隅で思っていたことをはっきり指摘されすっきりしてもおる。


 ……アメリアが居たら、とっくにはっ倒されておったじゃろうな。


 ここ数年間の己の行動を振り返り、自嘲する。

 儂よりもずっと小さく華奢な彼女は、誰よりも強かった。幼馴染だというセルリーならばともかく、当時の儂相手にも彼女は怯まなかった。初対面にも関わらず正面から文句をいってきた女性は、後にも先にもアメリアだけじゃ。

 深窓の令嬢といっても過言ではない容貌を持ちながら、真っ直ぐで豪胆だった彼女を思い出し。セルリーに背を押してもらい、儂もようやく覚悟を決める。

 贖罪の気持ちと己のエゴをない交ぜにするのは、もうお仕舞じゃ。


 今までの贖罪を込めて、守り甘やかしてやりたかった。

 老い衰えた己を認めたくなかった。

 ましてや、変わらず尊敬の目を向けるドイルに失望して欲しくなかった。

 故に、色々なものを見て見ぬふりしてきたのは事実。 


 ……あの時、儂は限りなく本気じゃった。


 初日の手合わせを引き分けられたのは、運がよかっただけじゃ。精一杯虚勢を張り笑って褒めてみたものの、すべての攻防が紙一重であった。あれ以上続けていれば、早々に致命傷を喰らっていたじゃろう。

 何より、ドイルは精霊の助力を受けていなかった。その余裕が何よりの証拠。

 儂が守ってやるというのは烏滸がましいほど、今のドイルは強い。


 そっと目を閉じ、その事実を噛みしめる。

 そして幾ばくかの時間を過ごし、儂は再び目を開けた。


「……もう、遅いのじゃな」

『そうです。諦めて孫離れしなさい。邪魔です』


 結構な時間思い耽っていたにも関わらず、突如発した儂の言葉に即答したセルリーに笑みが浮かぶ。

 慰めるでなく、追い打ちをかけてくれるセルリーの言葉は、突き放すようでいて優しい。

 セルリーに追い打ちをかけられて、ようやく儂も本当の意味でドイルを認めることができたわ。


 あの日背負って帰った小さな体温は、もう儂が背負えるものではない。

 守ってやりたいと思うのは、贖罪にあらず。もはや儂の我儘じゃ。

 大分遅くなったが、それを認めよう。

 手合わせの時、迷うことなく他の生徒や部下達をその背に庇い守った姿を思い出す。すでにドイルは、誰かを背負い守れるだけの強さを持っている。

 大人達の身勝手な囲いなど、邪魔なだけじゃ。


『――お爺様! どうしたらお爺様のように強くなれますか?』


 そう儂に問いかけてきた幼い孫は、もう何処にもおらん。

 今儂の元におるのは、立派に成長した次期アギニス家当主じゃ。


「セルリー。一つ頼みがある」

『なんです?』


 胸を刺す、甘やかしてやれなかった後悔と巣立ちゆく子を見送る寂しさ。

 僅かに燻る、越えられた悔しさと未だ底の見えない才能への羨望。

 そして確かに感じる、未来への希望。

 それらの感情をのみこみ、やり残した最後の一つをなす為に儂はセルリーに頼む。


「城の鍛錬場を、な。強化しておいて欲しいのじゃ。儂らの引退騒ぎの影響で、まだ修繕しておらん所があったじゃろう? あれをお前が使える最高峰の魔法を用いて強化し、壊れんようにして欲しいのじゃ」

『――ようやく踏み台になる覚悟ができましたか?』

「うむ。実習が終わればドイルは城に行く。そこで片をつけようと思っとる。それがドイルの為じゃろう…………それに、これ以上駄々をこねてはアメリアにはっ倒されるじゃろうしな」


 告げた言葉と共に「可愛い孫に何しているですか!?」と叫ぶ彼女の姿と、「可愛い孫に迷惑かけて……なんて情けない! ご覚悟はよろしいですね? ゼノ様!」といって右手を振り上げる彼女の姿が瞼の裏に浮かぶ。

 

 ……アメリアの平手は何故か、ものすっごく痛いんじゃよな。


 遥か昔、何度も喰らったアメリアの平手を思い出し、なんとなく左頬に手をやった。


『もう手遅れでしょう。精々今からあの世に行った時の覚悟でもしておきなさい――アメリアに求婚する時もそうでしたが、戦場以外の貴方は意気地がなさすぎます』

「余計なお世話じゃ!」


 華奢なはずなのに、驚くほど威力があるアメリアの平手を思い出しておったところでかけられたセルリーの言葉に、思わず叫ぶ。

 だ、断じて、当時の彼女を思い出して怖気づいたわけではないぞ!? 

 セルリーの物言いが癇にさわっただけじゃ!


『はいはい。用事は済みましたか? 私も忙しいのでいい加減切りますよ?』

「よくいうわ! 儂に此処を押し付け、自分はちゃっかり学園に逃げ込みおって――って、人の話は最後まで聞け、セルリー!」


 誰に聞かれた訳でもないのに、声を荒げたことへの釈明を胸中ですれば、いつも通り馬鹿にしたようなセルリーの声が聞こえてくる。

 儂の身勝手な懺悔に付き合ってくれていた優しさは何処へやら。もう興味はないと言外に告げるセルリーの声色にカッとなって言い返せば、言葉の途中でふっと魔道具の光が消えおった。

 ……光が消えるのは通信が終わった証拠。無情にも淡い光が消えた魔道具に向かって叫ぶ。しかしもう一度通信を繋ぐ気にはなれず、荒々しい動作で通信用の魔道具を懐に仕舞う。

 そしておもむろに愛槍を取り出し、儂は自室から出た。

 向かうは鍛錬場。

 そこでやることは一つ。ドイルと戦う為の鍛錬じゃ。


 武器を交わらせれば相手の実力は大体わかる。久方ぶりに行った数日前の手合わせは、儂にドイルの成長を思い知らせるには十分じゃった。

 恐らく、次にドイルと相まみえる時、儂は負けるじゃろう。それはもはや決定事項じゃ。

 しかし、炎槍の勇者の名を持つ元大元帥として。

 そして何より、ドイルの祖父として。

 孫に失望されない程度には、足掻いてみせようぞ。


「――老い衰えた身なれど、そう簡単に踏み越えさせてはやらんぞ、ドイル」


 儂の気合に呼応するようにチリリッと燻った愛槍を、しっかりと握りしめ。

 生涯最後の真剣勝負を後悔なく終える為、儂は練習相手という名の獲物を求め鍛錬場へと足を進めた。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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