第百八話
一見すれば荒くれ者と間違われそうな風貌をした傭兵達が、剣や槍や弓を主流に戦槌や棍棒、トマホークといった様々な武器を構え、まるで長年訓練を受けた騎士団のように美しい方陣を形成する。
その様は異様な光景でありながらも圧巻。
そしてそんな傭兵達を言葉一つで背に従え、名乗りを上げた大人の魅力溢れるペイル・ジャーマという女性。
『――改めまして。初めまして、若様。この度は私の部下がとんでもないことを仕出かしたにもかかわらず、ご温情いただきありがとうございます。私達は古の蛇が一角、『炎』の名を持つ部隊。古の蛇の中では『炎蛇』と呼ばれているわ。そして私がこの部隊の責任者、ペイル・ジャーマ。得意な依頼は敵の殲滅! 辺り一帯を更地に変える攻撃力が売りの部隊よ。文字通り戦うしか能の無い奴ばっかりだけど、よろしくね』
一歩間違えれば下品に見える紅のルージュを完璧に使いこなした彼女は妖艶に笑い、そう俺達に告げた。
彼女の背後に控え従う傭兵達の目に不満の色は無く。従って当然といった様子で、堂々と名乗りを上げた彼女を見守る傭兵達からは、彼女への深い尊敬の念が窺えた。
それが昨晩のことである。
あの後、賃金などの細かい交渉を彼女と交わした訳だが、当然多くの傭兵達から信望を受けるペイルは一筋縄ではいかない女性であり、経験の豊富さをひしひしと感じさせる彼女との交渉は俺にとって大変貴重な経験であった。
交渉の途中、戯れ半分に色仕掛けを始めた彼女と面白がって冷やかしの声を上げた傭兵達に眉をひそめたバラドが「ドイル様がこの者達に価値を見いだしていることは重々承知しておりますが、少々無礼が過ぎませんか? 別の傭兵団をお望みでしたら、いつでも仰ってくださいませ。傭兵団などこの世に幾らでもいるのですから」といい放ち、交渉の場が冷ややかな空気に包まれるといった出来事に見舞われたが、元々優位だった俺の立場と彼女の譲歩により、俺にとって良好な条件で交渉を終えることができたのは幸いだったといえよう。
その後、彼女との交渉を終え夜明け前に戻ってきた俺達は、それぞれの部屋へと戻り仮眠をとった。
そして現在。
俺は交渉の末得たシオンをお爺様に紹介する為、待機中である。
「――エーデルの従者の一人が、悪い意味で殿下至上主義なんだ。殿下の為なら国を犠牲にしても構わないって感じ。根本は主人愛なんだろうが、『殿下の為』を免罪符に好き勝手やっててなぁ。ありゃ、早いとこどうにかしないとあの国は危ないな。誘拐事件も言いだしたのはそいつで、侯爵は利用価値があるからそいつの思惑に乗ってやったって感じだ。侯爵の息子が何を考えていたのかまでは知らん」
「エーデルの殿下はあの件に乗り気だったのか?」
「……それは微妙なところだな。エーデルの殿下は悪い奴ではないんだが、青い。身内を信用し過ぎだ。最初は殿下も姫さんの名誉やマジェスタとの国交を気にしてたんだが、従者と侯爵に『殿下のご懸念は尤もですが、それらはどうか私達にお任せを。すべてはクレア姫をお助けする為なれば、マジェスタ王も殿下の御心を無下にはしますまい』とか上手く言いくるめられて、乗った形だ。あの殿下は、信頼して任せるのと野放しの違いを知るべきだな」
「そうか。次は……そうだな。古の蛇について聞かせてくれ」
「いいぜ」
シオンの言葉にどっかで聞いた言葉だなと思いながら、次の情報を促す。
そして、俺の催促を快諾し「……何から話すかな」と思案するシオンの姿を眺めながら、周囲で聞き耳をたてている者がいないか探った。
朝食も食べ終え、多くの騎士達が己の職務をこなすべく出かけていった騎士団宿舎はとても静かで。それでも普段ならば、休みの騎士達の気配がぽつぽつと感じられるのだが、今日はそれもない。
どうやら昨日に引き続き大忙しな騎士団は、全員休み返上で働いているらしい。
申し訳ないが、都合がいいといえば都合がいい。
これから俺の周りをうろつくシオンが捕縛されては困るということで、此処の責任者であるお爺様に報告したところ、時間をつくるから本人を連れてこいと言われたのが今朝のこと。
その為、こうしてシオンと雑談しながらお爺様からお呼びがかかるのを待っているところなのだが、人目が少ないのは幸運であった。お蔭で聞き耳をたてられる心配なく、俺はシオンの話を聞ける。
お爺様とシオンを会わせることに異論はないが、騎士達には会わせたくないという点でも都合がいい。ガルディならともかく、近衛騎士団長をはじめとする騎士達に見つかれば父上達の耳に入ってしまうからな。
その辺りを配慮して、宿舎の方で待機するよう命じてくれたお爺様には感謝している。
「――古の蛇は炎、水、風、土、白、黒の6つに分かれている。呼び名はそのまんま炎蛇、水蛇、風蛇、土蛇、白蛇、黒蛇だな。俺がいる炎と水が実働部隊。風は情報収集と実働半々。土は各拠点の建設、整備。白は医療部隊だ。あそこは部隊ごとに行動っていうよりも、他の5つある部隊に何人かずつ派遣されている感じだな。ゼノスは白の奴からの紹介。今炎蛇にいる白は回復魔法が主体だから、ゼノスの薬は重宝してる。で、黒は本部。うちの統領や副統領達がいる。料金は各部隊の隊長の気分次第だな。気に入られりゃ安くしてもらえるし、嫌われればとんでもない金額ふっかけられる。もしくは依頼自体受けてもらえねぇ」
「各部隊の隊長の権限が強いんだな」
「まぁ、そうだな。基本、俺達は隊長の命にそって行動するし、黒蛇の居場所は各部隊の隊長と副隊長しか知らねぇ。下っ端の大半は黒蛇の人達に会ったことないから、黒蛇は実在しないと思っている奴も多いな」
「その口ぶりだと、お前は会ったことがあるのか?」
「あるぜ。俺は餓鬼の時に黒蛇の人に拾われて、そのままその人に育てられたからな。ペイル姐さんのとこに移動してきたのは三年前だ」
シオンの説明に質問を重ねれば、当然のように質問の答えが返ってくる。
……拾われたということは、シオンは戦争孤児か何かか?
シオンの言葉にその生い立ちを想像しつつ、次は何を聞こうかと思案する。俺の質問に嫌がることなく素直に答えるシオンの態度は、ペイル・ジャーマとの交渉の結果だった。
ペイルとの交渉の結果、クレアとの婚約式を終えるまでシオンを専属で借り受けることになっている。 勿論その間の衣食住の面倒は俺が見ることになるが、その代わり専属としての報酬はなし。期間中シオンは無償で知っている限りの情報提供し、雑用など出来ることは協力することになった。
またシオンの専属が切れるまでの間、ペイルが率いる炎蛇は俺が用意した仕事を優先してくれることになっている。その上、彼女の好意によりシオンが俺の側にいる間、俺以外から仕事を受ける場合は契約する前に教えてくれることになっている。
本来ならば彼女達がそこまで俺に気を使う必要はないのだが、シオンの件に関する彼女なりの誠意だと言われたので、ありがたく受け取っておくことにした。一時的とはいえ、傭兵団を専属で雇った時と同じ条件で、彼女達の動向を把握できるのは魅力的だからな。
「初めて会った時に俺が持ってたハルバートあるだろう? あれはその人の相棒に貰った奴なんだ」
「その人達はまだ黒にいるのか?」
「いる」
「会うことは可能だろうか?」
「そりゃ、姐さんとの交渉次第だな。黒は統領が率いているだけあって強い。あそこは滅多な仕事じゃ動かねぇよ。面識持つにはまず隊長を落とさねぇと話にならねぇし。つっても姐さんお前のこと気に入ってるしな。頼んでみれば?」
「いいのか?」
「幾らお前が化け物みてぇに強くても、あの人達はどうこう出来ねぇよ。あの人達は正真正銘の化け物。年季がちげぇ」
「ここにも年季のはいった化け物がいるけどな」
「ああ、炎槍の勇者な。確かに化け物だな」
打てば響くように返ってくるシオンの言葉に、軽口を叩きながら考えを巡らせる。
そういう契約だからなのか、ペイルにそうしろと言われているからなのか不明だが、シオンは先ほどから俺が聞きたかったことを次々と教えてくれていた。
シオンが零してくれる情報を拾い上げ、警戒心を抱かせないように更なる情報を引き出すのは中々難しく。
そうやって重要な情報を零す度に楽しそうな目で俺の様子を窺うシオンを見る限り、俺は試されているのだろう。
俺を試しているのが、シオンなのかペイルなのかは不明だが。
……今一、此奴の立ち位置がわからないんだよな。
軽く扱われているようで、大切にされているシオンは古の蛇の者達にとってどのような位置づけなのかが悩ましい。此奴の立場によって、俺も今後の対応とシオンの使い方を考えなければならない。
話を聞く限り、古の蛇には明確な格付けがあるように感じられた。その中でかなり自由度の高い行動が許されている点と、古の蛇の中核である黒の出身である点からシオンがかなり重要な立場にいることは推測できる。
此奴が後継者であると仮定して、行動しておいた方が無難か……。
エーデルへの牽制と情報集めの足掛かりのつもりで引っ掛けたのだが、思っていた以上の大物が釣れた予感に胸が弾む。
俺の予感が正しいのなら、これは腕のいい傭兵団を丸ごと手に入れるまたとない機会だ。
「他に聞きたいことはないのか?」
「沢山あるが、取りあえず時間だ」
口を噤んだ俺に、「腹の探り合いはこれで終わりか?」と言外に問いかけるシオンに一時中断を告げる。
そして扉に視線を移せば、コンコンコンというノックと共に「ドイル様。お時間ができたそうです」と告げるバラドの声が聞こえてきた。
「なら、また後でだな」
「ああ。また後でだ」
時間切れの合図に笑い合い、立ち上がる。
互いの腹と実力の探り合いは、まだまだ始まったばかりである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




