第百一話
ラファールからの報告を受け、今後の予定に頭を悩ませたのは数時間前。
その後、俺はバラドに呼んできてもらったナディにツヴァイ達が持ってきた虫を預け、巡回に出た。
王都警備について四日目となり、ある程度業務に慣れた俺達は本日より一班ずつ交代制で巡回を行う。
俺の班は今日巡回にきているので、明日はナディの班、明後日はワルドの班が受け持ち、その次はワルドの班と共に来ていたもう一班が巡回に出る。俺の班が次に巡回に出るのは三日後となり、その間午後は指導役である騎士の意思に従うことになっている。
バラドとルツェ、ジェフ、ソルシエ、一年二人に我が班の指導騎士を加えた八人で初日と同じ経路を辿り巡回を終えた俺達は、現在騎士団に戻らず王都の北西、職人達や薬師達が住まう地区へ来ており、傭兵達から得た情報を元に薬師巡りをしていた。
寄り道してから帰る為、報告書が遅くなる許可はとってあるので問題ない。むしろ俺が持ち帰った情報の所為で騎士達は忙しくしているので、生徒達は問題さえ起こさなければ勝手にしてくれといった感じである。ワルドやナディに聞く限り、午後は自由行動を申し付けられているらしく、生徒達は各々好きなことをして過ごしている。
授業の一環なのにこれでいいのかといいたいところだが、王都騎士団の騎士達はそれどころではないらしく、近衛騎士達の手も借り奔走中だ。こうなることを狙ったわけではないが、騎士達からの監視の目が緩み、結果オーライといったところである。
……これで指導役の目もなくなれば完璧なのだが、そこまで上手くはいかないよな。
紫や緑、ピンクに青と様々な色の薬が置かれた店内をジェフ達と物色するふりをしながら、俺達を見守る騎士に心の中で舌打ちする。
この騎士さえ居なければ一年生達を宿舎に帰らせ、バラドを例の水辺に行かせられるというのに、惜しいかぎりである。
身分も実力もある騎士というのは上司のご機嫌を伺う必要がなければ、躍起になって功績をたてる必要性もない為、目先のことに囚われてくれず厄介だ。
「……あの、おまたせいたしました」
どうにかこの騎士を帰らせることはできないかと思案していたところでかけられた声に、棚から視線を外す。恐る恐る紙を差し出す店主の手は震えていた。
「ありがとうございます」
「いえ……あの、私はあちらにおりますので」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に対応するが、店主は俺に紙を手渡すと逃げるようにカウンターの奥へと引っ込んでしまった。己の店だというのにカウンターの奥で縮こまる店主は、店の入り口に背をあずけ俺を待つガルディという名の騎士をしきりに気にしている。
早く用を済ませて出ていってやった方が、店主の為か。
怯えているような、戸惑いを多分に含んだ店主の視線に心の中で溜息をつきながら、差し出された二枚の紙にざっと目を通す。
一枚はこの店で扱われている薬草の仕入れ先と購入記録。
もう一枚は最近受けた薬の注文記録だ。
これを見て俺が知りたいのは、魔獣狩りや護衛など真っ当な職務以外を食い扶持にしている傭兵がいないか、また各傭兵団が好んで受ける依頼の種類と傭兵団の規模がどれくらいかである。
護衛が主なら回復系の薬が多く、魔獣狩りなら回復系の薬プラス魔獣を無傷で手に入れる為に魔獣用の麻痺や眠り薬等が加わる。対人用の状態異常を起こす薬を大量に用意しているところは碌でもない用途を考えている可能性がある、といった具合に傭兵達が必要とした薬の種類と量で大体の判断をつけている。
判断方法としては大雑把だが、一度に傭兵達を追い出すことは難しい為、追い出す順番を決めておこうと思っただけなので大体の判別がつけば問題ない。また見当違いの依頼をだして、どこの傭兵団も喰いつかなくては仲介料が無駄になるという理由もある。
ただ、顧客情報の守秘は傭兵や貴族を相手にするような店ならば必須。貴族や傭兵は特に己の情報流出を嫌うので、情報の流出先がわかればどちらも即座に店を変える。
その為、仕入れている薬草と最近受けた注文記録を見せて欲しいと告げた俺に嫌な顔をするのは、真っ当な薬師ならば当然である。
だというのにガルディは俺の申し出に渋い顔をした薬師に対し、自身の身分を明かした上で「拒むのなら、俺の近衛騎士の権限をもって反逆罪でお連れしてもいいんですよ?」との一言である。
当然だがそう告げられた途端、薬師は慌てて俺の申し出を了承した。注文記録を見せ渋っただけで、どう行き着いても極刑しかない反逆罪をきせられては堪らないからな。
俺としてはもう少し穏便に事を運びたかったのだが、ガルディの脅しがなければこれほど簡単に店主が折れることはなかっただろう。
理由や用途も知らされず俺の寄り道に付き合わされている彼の顔に、不満や不機嫌さは感じられない。それどころか近衛騎士で侯爵家の者という己の武器を存分に行使し、協力してくれており、このガルディの献身を俺はどう受け取るべきか、悩みどころである。
ガルディの言葉を信じて大胆に動くか、警戒して大人しくすべきか……。
ガルディは俺の不利益となる行動はしないだろうが、そう簡単に信じていいものか悩ましい。
そもそも何故俺なんだ……と思いながらガルディを盗み見れば、彼は笑みを浮かべ俺の用事が終わるのを待っている。
本来ならば、初日に割り振られた指導役の騎士がかわることはない。
しかし権力を駆使して本日付で俺の班を担当することになったという彼は、ちょっとどころか、かなりの癖者だった。
時遡ること数時間前。
ナディに件の虫を預けた俺とバラドは、本日の巡回に出発する為ルツェ達と一年生二人を連れ、これまで同様指導役である騎士を呼びに向かった。
そこで突然、今日の巡回から指導役がかわることを告げられ、紹介されたのがガルディ・フォン・スペルビアという男であった。
「こちらの騎士が今日から君達の指導役となる。所属は近衛騎士団だ」
「ドイル・フォン・アギニスと申します。どうぞご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」
指導役の交代にも驚いたがそれ以上に、交代した相手が近衛騎士団所属だという言葉に驚く。同時に初日の近衛騎士達の態度を思い出した俺は、目の前の騎士に対し警戒を深め、礼を尽くす。
「俺にそのような警戒は不要ですドイル様。俺の所属は近衛騎士団ですが、隊長達とはちょっと事情が異なりますので――改めまして本日付でドイル様の班をご指導する御役目を賜りました、ガルディ・フォン・スペルビアと申します。若輩者ではありますが、どうぞ末永くお願いいたします」
しかし近衛騎士所属だという騎士は俺の警戒に気付きそう告げると、不可解な挨拶と共に腰を折る。その優雅な所作と言葉遣い、何よりスペルビアの名に聞き覚えのあった俺は、引きつりそうになる己の口元を気合で押しとどめ、指導役だった騎士に視線を送る。
視線に気が付いた騎士が申し訳なさそうに目を逸らしたところで、俺は目の前で微笑む近衛騎士に確信をもって尋ねた。
「失礼ですが、ガルディ様はもしかして、スペルビア侯爵家の……」
「はい。ドイル様にはお初にお目にかかりますが、スペルビア侯爵家の次男になります。あ、ガルディと呼び捨ててくださって結構ですよ。俺、ドイル様の部下志望なので」
「ぶ、部下志望?」
「はい! ドイル様がグレイ殿下をお守りした際に切り捨てたマーナガルムを拝見して以来、ドイル様の下で働くことを希望しております。そのお歳であの強さ――衝撃でした。先日のゼノ様との手合せも、素晴らしかったです。流石アギニスの名を継ぐ方。その他の功績もブルーム侯爵から聞き及んでおります故、上司にするならこの方だと思っております」
世間話の延長のようにさらっと部下になりたいと告げたガルディに、聞き間違えたのかと思い聞き返す。しかしそんな俺の淡い期待を吹き飛ばすかのように、ガルディは笑みを浮かべその想いを語り始めた。
浮かべている笑みも、告げられた言葉も社交辞令と思える無難なものばかりだったが、片時も動かない視線にそこはかとない熱意を感じた俺は、そろりと足を後ろに動かす。
しかしガルディから距離をとることは叶わず。自然な動作で俺の手をとったガルディは、これまた自然な動作で跪いた。
「普段は近衛騎士としてエスト陛下の離宮警備についておりますが、この度ドイル様が授業の一環で王都騎士団にいらっしゃると耳に挟みまして、父と兄に泣きついてねじ込んでいただきました。ドイル様に取り入り、将来王城に上がられた際に部下として抜擢していただくつもりで此処にきたので、なんなりとお申し付けください。自分で言うのもなんですが、この年で近衛になれるだけの実力に、侯爵家次男という高い身分もあるのでドイル様のお役に立てますよ、俺」
爽やかな笑顔で人目を気にせず堂々と、家の権力使って俺に取り入りに来たと告げるガルディになんと返すべきか悩む。
部下にしてほしいという彼の目に嘘は感じられない。スペルビア侯爵の悪い噂は聞かないし、ブルーム侯爵からクレア達の件を聞いたというのなら、王家の信頼もあるのだろう。
陛下の寝所もある離宮の警護をしていたということは、家柄だけでなくガルディ自身騎士として優秀であり、父上の信頼がある証だ。
別の思惑はあるかもしれないが、目の前のガルディからは俺達を害そうという気は感じられない。それにガルディの出自と現在の地位を考えれば、確かに役立つ。
近衛であり侯爵家のガルディがいれば、学生の俺では中々手が出せなかった王城と社交界の情報が手に入るだろう。城内で自由に動ける部下は大変魅力的だ。
がしかし、である。
あくが強すぎる!
手こそ放したものの、いつまでたっても立ち上がろうとしないガルディに、心の中で叫ぶ。
ガルディが滅茶苦茶堂々としていた所為で軽く聞き流しそうになったが、騎士ましてや近衛騎士ともあろう人間が身分を笠に着て配置換えなど、本来はよくないことである。
とはいえ、正攻法だけでは貴族としてやっていけない。貴族が情報を得る為に金を握らせることはあるし、権力を行使することはある。父上やお爺様だってそれが必要ならやるし、俺だってやるだろう。
正攻法だけで守り抜けるほど、国を守るということは簡単ではない。
被害がなければ貴族の多少の越権行為が見逃されることは昔からよくあるし、彼が何の咎めもなく此処にいる時点で見逃せる程度の越権行為だったということだ。
ガルディの所為で誰かが被害にあったなら、父上達が許すはずないからな。
ガルディはそれをわかっているからこそ、必要な時には己の持つ権力や身分を振りかざすし、そうすることに罪悪感を抱いたりはしないのだろう。貴族の持つ権利の使い所と使い方をよく知っているとも言える。
またこの堂々とした態度を見る限り、俺に取り入る為にきたというのも隠していた訳ではなさそうだ。元指導役だった騎士やたまたま居合わせている騎士達が苦笑いを浮かべながらも、皆どこか微笑ましそうに俺とガルディのやり取りを見ている。
ガルディがここにいる点、越権行為を見逃した陛下や父上とお爺様に、騎士達のこの反応。
すべてを顧みるに、父上達が実力や性格、彼の思惑込みで評価した結果、役に立つだろうと俺の元に送ってくれた可能性も考えられる。
しかし本来ならば暗黙の了解として秘匿すべき己の越権行為を、こうも堂々と口にするあたりに、彼のあくの強さと図太さを感じる。
「俺なら他の部下の方々と違い、王城内でも自由に動ける使い勝手のいい駒になれますし、ドイル様のお邪魔は致しません。必ずお役に立ちますから、是非お側で英雄への道を見せていただきたいのです」
謙虚なことを口にしている癖に、俺を見上げ「まさか断りませんよね」と圧力をかけてくるガルディに、いつかのブランや腹黒く押しの強いセルリー様を思い出す。
これ、頷かなきゃ駄目かな……駄目だよな。
侯爵子息を跪かせた上にここまで言わせて断ったら、お前何様だって話だもんな。
こうやって騎士やバラド達の目がある中で跪き、持ち上げ、さりげなく俺の退路を塞ぐガルディは確かに優秀なのだろう。恐らくガルディは俺が了承、もしくはそれに準じる言葉を言わないかぎりてこでも立たない気だ。
「……よろしくお願いします。ガルディ様。どうぞお立ちください」
「ガルディと。それから部下となる者に敬語は不要です」
「……ガルディ殿」
「ガルディと」
「…………ガルディさん」
「ドイル様?」
「………………ガルディ」
後々どうにか誤魔化せないかと敬称をつけて呼んでみるが、笑顔の圧力に負け呼び捨てる。そんな俺に言質は取ったぞといった顔で意気揚々と立ち上がったガルディに、途轍も無い敗北感を感じた。
「はい。それでは巡回に行きましょうか、ドイル様」
「ああ」
俺の言葉に笑みを浮かべ、バラド達に挨拶しているガルディに頬が引きつるのを感じる。同時にガルディから頭を下げられ恐縮しているジェフやソルシエ、一年生達を見て思う。
騙されている、騙されているぞ、お前達!
バラドとルツェを見習え。
二人はガルディが侯爵子息である己が下手に出れば人の目にどう映るかを理解した上で行動していると気付いているから、大して気にしてないだろう。
むしろ二人に気付かれていても「だから?」といった態度のガルディを警戒している。
ガルディは笑顔どおりのいい人ではないぞ。
イイ性格はしているだろうがな!
いいように騙されているジェフ達に頭を痛め、コソコソ話しながらガルディを見定めるバラドとルツェに僅かに安堵し、息を吐く。
そしてこの状況に少なからず関わっているだろう、父上とお爺様に対し届かぬ言葉を胸中で叫ぶ。
父上、お爺様。
己の価値を知り、人心の扱い方を知り、父上達の信頼もある使える人材をくださったのなら、ありがたいかぎりです。
しかし、だがしかし!
こんなにあくの強そうな人の主導権を握れる気が、まったくしないのですが!?
この場にいない父上とお爺様にそんな言葉を投げかけつつ、俺に自分から部下にして欲しいといってくる奴はこんな奴ばっかだな! と心の中で叫んだのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




